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第7章 ーノエル編ー

4 学園入学前

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それは、ある日突然のことだった。


父の二冊目の本が出版され、ノエルと父は二人でお祝いのおしゃれディナーに出かけた翌日だった。ノエルとザラは地元の学校に通っていて、仲良く家に帰ってきたタイミングだった。

「え?母さんが倒れた?」

ザラの母、マリーが勤務中に倒れて病院に運ばれたのである。そして一か月にわたる闘病の後、亡くなってしまった。


マリーはザラとの旅行の後、今まで以上に働くようになった。ウエイトレスの仕事の他に早朝の仕事を入れていた。働きすぎである。ここ一年はザラがノエルたちのところに毎日のように預けられていた。

マリーと父が話しているのをこっそり聞いてしまったことがある。

『マリー、最近働きすぎだよ。お金が足りないのかい?』

『ユニが…夫が…もしかしたら彼の実家で軟禁されているかもしれないの…。助けたいの…。』


どうやらマリーの働きすぎには、ザラの父親が関わっていたらしい。


ザラはマリーが入院してから毎日辛そうで、お見舞いに行っては帰ってきてノエルに抱き着いてわからないようにすすり泣いていた。

ノエルにも覚えがある。ザラにもマリーがもう元気にならないとなんとなくわかったのだろう。


「ノエルはザラと一緒に暮らすのは嫌かい?」

マリーが亡くなった後、引き取り手がいなくなったザラに関して、父が真剣にノエルに訪ねてきたことをよく覚えている。

「嫌じゃないよ!ザラとずっと一緒で嬉しい!」




その話をした翌朝のことだった。下宿に長い黒髪の男性が尋ねてきたのは。

男性の醸し出す雰囲気は少し野生的で本能が近寄ってはいけないと言っているように感じた。男性は下宿の中をのぞき、ザラを見つけると無言で腕をつかんで部屋の外に連れて行こうとした。

「待ってください!いったいザラに何の用ですか!?」

父が引き留めようとするが、男性は父をみて馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「私はこの子の伯父だ。母親のいなくなったこの子は家で預かる。」

ちょうど引っ越しのためにまとめていた荷物を男性のお付きの人と思われる灰色の髪の男性が担ぎ上げる。

「待ってください!この子の親戚だという証拠は!?」

お付きの人が懐から書類を出し、父に渡す。後日知ったが、そこにはザラを家に引き取るための正式な手続きを終えたことを証明する内容が書かれていたそうだ。


「ザラ!」

連れていかれるザラに、過去に連行されてぼろぼろになって帰ってきた母が重なり、思わず追いかけるノエルを父は必死に止めた。

「いやだ!行きたくない!話せ!」

暴れるザラの頭を黒い男性がガシッとつかむ。それをザラが「やめろよ!」と振り払うと、なぜか驚いたような顔をしていた。
灰色の男性がザラの耳元で何やらささやくと、ザラは急に大人しくなり、こちらをちらりと見てから表に止まっていた馬車に乗っていってしまった。
今時このあたりで馬車に乗っているのも珍しいなとぼんやり思った。遠くから来たのかもしれない。


毎日のように一緒にいたザラが急にいなくなってしまった日だった。



ー---



家主がいなくなった下宿は親戚に相続されるということでノエルと父は引っ越しをした。ちょうど部屋は手狭になってきていたし、父も小説により安定した収入を得られるようになってきていたことから、もう少し大きい部屋に引っ越すことにした。

場所はノエルがいつもお世話になっているデザイナーのクロエの店の上である。お客さんを呼んで泊めることもできる大きな部屋だった。そこで暮らして2年が過ぎた頃。


「ノエルちゃん、おはよう!あら、かわいいユニフォームね!」

店で仕事をしていたクロエは鮮やかな青に黄色のラインの入った大きめのユニフォーム姿のノエルに声をかける。背中には黒いバッグを背負っている。

「今日はウィザーズの試合だったかしら?」

「そうなの。最近は負けが続いているけど、今日は勝つわ!私が見に行くんだもの!」

ここ数年、セドリック魔法商会考案の魔法ラジオが非魔法族に流通したことで娯楽の幅が一気に広がった。隣国には魔法に頼らないラジオがあるそうだが、ルクレツェンはそういった技術では遅れていた。


準備を終えた父も上の階から降りてくる。同じように青と黄色のラインのユニフォームを着ていた。ノエルがクロエの店の手伝いでためたお金で買ってあげたのだ。

「パパン!行くよ!」

興奮しているとノエルはオールディ語が出てしまう。

「ああ。行こうか、ノエル。じゃあ、クロエさん、いってきま…。」

「すみません。こちらにノエル・ボルトン嬢がお住まいだと思うのですが…。」

出かけようとしたまさにその時、濃い茶髪を後ろでひっつめた背の高い40代の女性が店の入り口から入ってきたのだ。
ノエル、12歳の春のことだった。



ー---



「ノエル嬢は魔力もちです。」

翌日、再訪してくれた女性は魔法学園の教師でミネルバといった。学園の教師は家名は名乗らないシステムらしい。

「あー…ご冗談を。ノエルの父の私には魔力がありませんし、母はオールディの生まれなので魔力の有無はわかりませんが…。魔力があったとしても微量でしょう。学園に通うほどでは…。」

「ルクレツェンにて魔力登録をしたすべての魔力もちが魔法学園に通うのがルールです。」


それに、とミネルバはノエルを見る。

「ルクレツェンの外にルーツを持つ非魔法族のお子さんが魔力を持つのはままあることです。隣国では魔力調査は行いませんし、魔法族でありながら非魔法族として暮らしている人が多いのです。
それに現在のルクレツェンの魔力もち判定は本当にわずかな魔力量でも反応します。貴族の子息たちを確実に入学させるためにね。
しかし、ノエル嬢の場合は魔力量は同年代の中でもずば抜けて多いのではないかと思いますよ。」


「しかし…。非魔法族生まれの魔法族として学園に通うものなんてそうそういないでしょう?」

「ここ20年はいませんね。」

「魔法学園は貴族至上主義の強い排他的な風習だと聞きます。そんなところに娘を通わせるのは…。」

「しかし、魔力もちを学園に通わせないとなるとあなたが罪に問われることになりますよ?」


重たい沈黙。父の暗い顔と打って変わって、ノエルの内心はワクワクしていた。魔法を使うことがノエルにもできるのかもしれない。いつだかに見せてもらった魔法はとても楽しいものだった。

行きたい。勉強したい。


「父さん。私、魔法学園に行くわ。魔法、使ってみたかったし、きっと大丈夫よ。」

ノエルは期待に胸いっぱいで魔法学園への進学を決めた。




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