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第二章 Side B

4 エリーと不穏な気配

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エリーが馴染みの商会に連絡するとすぐに返事が来て、数日後にエバンズ商会からヘンリー・エバンズがやってきた。

「まあ!ヘンリー!久しぶりね!王都にいたの?」

「『久しぶりね!』じゃないだろ、エリー。オルグレン公爵家に嫁ぐだなんて、心配してたんだぞ?」

ヘンリーはエリーの幼馴染である。エバンズ商会はかつてブルテンの北東の三領、ロンズデール領、ヘリーマントル領、アーチボルト領を拠点にしていた商会であり、先の感染症の治療薬の開発に一役買った商会でもある。
エリーとヘンリーはそれ以前からの付き合いであったが、ヘンリーは王立学園に進学していたため、ここ数年は手紙のやり取り程度でやや疎遠になっていた。

ヘンリーが客間のソファーに腰かけると、エリーは部屋にいたリチャードと侍女のソフィーにヘンリーを紹介する。

「彼とは小さいころからの付き合いなの。ロンズデール領で流行り病が出た時にエバンズ商会の助けを借りたのよ。以来、お得意様なの。」

といっても、ロンズデール伯爵家は商会からものを買う機会よりも、ものを売る機会の方が多かったが。

「家令のリチャードと私付きの侍女のソフィーよ。」

「エバンズ商会のヘンリーと申します。以後、お見知りおきを。」

「ヘンリー・エバンズ殿といえば、王立学園で旦那様に次ぐ成績を残された方だと記憶しております。」

リチャードのセリフに驚く。ヘンリーとブラッドリーは同級生であったらしい。そして、ヘンリーはめちゃくちゃ頭が良かったようだ。

「ああ。はい。最後までオルグレン様と王太子殿下に勝る成績は残せませんでしたが。三席で卒業いたしました。」

「あなた、そんなに頭良かったのね。でも意外だわ。」

「何が?」

「あなたの性格なら、三位まで行ったなら一位を狙いそうだもの。上位では満足できない質でしょう?」

リチャードはぴくりとしたが、ヘンリーはそれには気づかなかったように肩をすくめた。

「一位じゃない方が都合がいいこともあるって気づいたんだよ。俺も大人になったの。…それで、今日は家庭菜園と屋敷の庭づくりの話だって手紙では言ってたけれど?」

「そうなの!」

エリーはここ数日、自室でカリカリと用意していた家庭菜園のイメージ図を出してヘンリーに見せた。

「…家庭菜園よりも庭のデザイン案が欲しかったんだけど。」

「そんなの、私にできるわけがないじゃない。」

「じゃあ、デザイナーから手配するか…。」

「お金の話はリチャードとしてちょうだい。構わないかしら、リチャード?」

「かしこまりました。」

「家庭菜園の方は私の費用から出すわ。」

エリーも公爵家の夫人としてのお給料をブラッドリーからもらっている。

「場所はもうリチャードと相談してあるの。屋敷の庭の隅で、入り口からお客様が来ても隠れるところよ。」

「一応、家庭菜園に必要そうな道具を見繕ってきたけれど、見る?」

「見たいわ!」

ヘンリーが運び込ませた荷物の中からはスコップや鎌、軽石やレンガなど、畑を整えるのに必要そうなアイテムが一通りそろえられていた。中にはつばの広い帽子をかぶった案山子かかしまであった。いびつな笑顔がかわいらしい。

「ああ、その案山子はプレゼント。長い間うちの倉庫に眠っていてさ。もったいないから。エリーの好きそうな顔だし。」

「まあ!ありがとう!」

侍女に屋敷にある備品を確認してもらい、足りないものを購入した。ほぼ全てがなかったのでヘンリーが用意した荷物を全部買い取ることとなった。


デザイナーの手配も済ませ、他に入用なものはないかという話の流れで、ブラッドリーの話になった。

「オルグレン様はエリーが庭を改装することに賛成しているんだよな?」

「ええ。好きにしろとおっしゃっているわ。」

ヘンリーはちらりと侍女と家令のリチャードを見た。

「公爵家で何も不都合はないか?正直、オルグレン様がこんなにも早く結婚して、しかも相手は王立学園も卒業していないエリーだろう?驚いているんだ。」

「…みんなとてもよくしてくれているわ。」

それはお飾りの妻に対してだとは思えないくらいに。

「でも結婚式の翌日からオルグレン様は仕事をしているだろう?『白い結婚』だの『お飾りの妻』だのと社交界では早速噂になっているぞ?
結婚式以来、エリーのお披露目もないし。」

「そうなの…。でも、私は屋敷にいるように言われているから…これからも社交はしないわ。」

ヘンリーはもう一度ちらりとリチャードを見る。リチャードは「私のことは構わずに自由にお話しください」とヘンリーに続きを促す。


「実は、ここだけの話だが、ポートレット帝国がまた侵攻してこようとしている。」

「まあ!」

ポートレット帝国とは大陸にある大国のことで、とても好戦的な国だ。過去にも何度かブルテンに海戦を挑み、海軍の海馬部隊によって撃退されたと聞いている。

「実は毎年のように攻めてきて海軍に返り討ちにされているんだ。いつ大規模な戦闘になってもおかしくはないから、ブルテンを拠点にする商会はポートレット帝国から手を引いている。」

「我が国の海馬部隊は負け知らずなのよね?そんなに心配することなのかしら?」

「まあな。でも、ポートレット帝国の毎年の進行を危惧して、同盟のために王太子殿下はエスパルの王女を王太子妃に迎える決断をしたんだ。家令殿はご存じだと思うが。」

「そうなの…!外国の王女が王妃になるのは珍しいことね…。いつ輿入れなさるの?」

「この秋にはいらっしゃると思う。ポートレット帝国は冬に戦ができないから、攻めて来るのは秋口だろう。」

今は夏まっさかりだ。あと数か月で輿入れなさるのだろう。

「急な話ね。」

「話自体は一年ほど前からある。王太子殿下は内定していた婚約を白紙に戻して、婚約者の嫁ぎ先に王家に次ぐ家としてオルグレン公爵家をと考えていたんだが…。オルグレン様はさっさとエリーと婚約した。」

そんな話があったとは、寝耳に水だ。

「相手のご令嬢は後妻に入ることになったんだが、エリーの悪い噂なんかはこのご令嬢が流しているんだ。」

「…すでに敵がいるのね。社交界には出なくて正解だわ。」

それにしてもブラッドリーはなぜそのご令嬢を結婚相手に選ばなかったのか…。簡単か。相手がお飾りの妻なんて絶対に受け入れないからだ。

可能ならばヘンリーにブラッドリーの愛する人に関する噂も聞きたかったが、使用人たちの前ではしない方がいいだろう。


「ところで、ライアンは元気かしら?海馬部隊に所属して、そろそろ見習いも終わるんじゃない…?」

「ああ。ライアンか。無事に正規兵になった。」

ライアンとはエリーの母方の従兄弟であるライアン・ジョーンズのことだ。海軍にあこがれ、隣のアーチボルト領の軍立学園に通い、卒業後は海軍に入隊していた。
こちらもここ数年疎遠になっていたため、エリーの結婚に驚いたことだろう。

「よかったわ!じゃあ、ポートレット帝国との海戦にも参加するのかしら?」

「この前会ったときは、辺境駐在部隊に配属になったって言っていたから、魔物退治と海賊討伐が当面の仕事じゃないか?」

かつてはエリーとヘンリー、そしてライアンで仲良く遊んでいたものだ。今はエリーは一応は次期公爵夫人。随分と立場が離れてしまった。


「ところで、次期公爵夫人に対して、どういう風にしゃべるのがいいだろう?」

「今、それ聞く?今まで通りでいいわよ。ねえ、リチャード?」

「…屋敷の中だけであれば構いませんよ。」


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