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第二章 Side B

5 エリーといなくなった王太子

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ヘンリーが来た翌日からエリーは菜園のために庭の隅を耕し始めた。

「お、奥様!執事がやりますから、奥様はおやめください!」

「いいのよ!こう見えて私、筋肉があるのよ?」

「奥様!日に焼けてしまいますから!」

侍女たちの説得に、最後はエリーも折れて比較的若い執事に鎌を譲った。不思議なことにこの別邸には若い使用人が少ない。おそらくエリーの侍女たちが一番若いが、皆エリーよりも五つほどは年上だ。
どうしてなのかリチャードに聞くと『口が堅い者だけをそろえております』とのことだった。

将来、愛する人を迎えるときのために、ブラッドリーが指示したのだろうか。


畑ができると、今から育てるのに適した野菜の種や苗を植えていく。今回購入したのはトウモロコシと芽キャベツ、そしてニンジンだ。

「奥様はすべて育てたことがあるのですか?」

すっかりエリーに慣れてくれた赤毛の侍女のポピーが植え付けを手伝いながら質問してきた。

「ええ!土壌がわからないから、これまでに育てた野菜でまず試してみるの。」

「お花ではなくお野菜を育てていらっしゃったのですか?」

「お花は食べられないもの。」

エリーが嫁ぐ前に極貧生活をしていたことはなんとなく使用人たちに知れ渡っていた。まあ、ここ数年は極貧というほど貧しくもなかったけれどね。妹たちは学園に通っていたし。
まあ、エリーの稼ぎと使用人を雇わなかったからではあるのだが。

「さて!最後に案山子かかしをここにさして…!」

思いのほか案山子は重かったが、最後の作業だから自分でやりたいと言って畑の横に案山子をさした。

「完成だわ!」

「お疲れ様です、奥様。こちらにお茶の席をご用意したので、休憩なさってください。」

「まあ、いつの間に?ありがとう、ナンシー。」

現れた侍女長の姿に振り返ったエリーは机と椅子と紅茶とお菓子を見て驚く。全く気付かなかった。土で汚れた手をポピーに綺麗にしてもらい、お茶の席に着く。

「やっぱり公爵家のお茶はおいしいわね!どこの紅茶なの?」

返ってきたのは最高級メーカーの名前だ。やっぱりねと肩をすくめる。


「奥様がこちらにこられて一週間ほどですが、いかがですか?」

「みんなよくしてくれて快適だわ。」

「ご実家でなされていたことで、こちらでなさりたいことは他にございますか?」

「そうね…。お裁縫かしら?私の部屋に小物を置きたいの。」

「商会を呼んでお気に入りのものを買うこともできますが?エバンズ商会が御用達であられるんですよね?」

「そうだけれど…。あまり物を買うのは得意ではないの。実家にはそこまで余裕はなかったしね。基本自分で作っていたから、お裁縫が得意なの。」

「でしたら、ぜひ旦那様にも何か作って差し上げてくれませんか?」

「…旦那様に?」

「はい。とても殺風景な部屋に住んでおられるんですよ?」

それは契約違反になるのでは?だが、ナンシーはエリーとブラッドリーの契約をしらないし、それを話すことも契約違反だ。

「うーん。旦那様は私が作ったものはいらないんじゃないかしら…?ほら、結婚してからは一度もお会いしてないし?」

「そんなことはございませんわ!」

いや、そんなことございます。

どうしたものかな…、と思っているところに侍女であるメアリーがペーパーナイフと一緒に手紙を届けに来てくれた。


「奥様、ご実家からのお手紙です。」

「ありがとう。」

嫁いでから初めての手紙である。その場で開封して中身に目を通す。手紙は父からで、エリーの暮らしを心配していることや、弟に家庭教師をつけ始めたこと、そして六年前から継続していたとある捜索を中止したことが書かれていた。

まあ、そうよね。潮時よね。


エリーの眉間にしわが寄ったのを見たナンシーが心配そうにどうしたのか尋ねてきた。

「ああ、実は、実家でここ数年続けていた行方不明の前王太子殿下の捜索をやめることになってね。その連絡よ。」

「前王太子殿下ですか?」

紅茶のお代わりを注いでくれたポピーが不思議そうな顔をする。

「確か、魔女の森という場所に向かって、行方不明になられたんですよね?」

「ええ。おかげでうちの領地は大変な目にあったわ。」


前王太子殿下がブルテンの誇る海馬部隊に弱点があると言い出して、海馬部隊の代わりになるような術を求めてロンズデール領にある”魔女の森”にいる魔女たちに協力を求めようとしたのは今から六年前のことだ。

「魔女の森に魔女がいるというのは本当なの。確かに、我々が使えないような不思議の技を使うし、そのおかげで助かったこともうちの領地では数多くあるわ。でも、誰でも彼でも力を貸すような優しい人たちではないの。」

魔女は好き嫌いが激しい。おそらく、大陸での迫害の歴史を言い伝え続けているからだろう。特に王族を忌み嫌っている。

「もともといた国で王族に迫害されてきた歴史があるから、特に王族が嫌いなのよ。だから、魔女の森に行くっていう前王太子殿下をお父様は必死に止めたの。
絶対に力を貸してもらえないからやめるようにって。どうしてもというなら自分が行くからって。」

エリーは手紙を封筒に戻しながら、「でも結果は…」と続ける。

「話せばわかってもらえる、流行り病では力を貸してくれたからこの国を好いてくれている、自分が誠意をこめて話す、と言い続けて最後には勝手に行ってしまったの。
そして、案の定行方不明よ。」

「まあ…。前王太子殿下のセオドア様と言えば、私たちの世代では憧れでしたのに。頭が良くてかっこよくて。」

ポピーは残念そうだ。イメージを壊してしまったなら仕方がないが、エリーからすれば、セオドア殿下の印象は最悪だ。

「ロンズデール家はセオドア殿下のせいで困窮したの。その後の大規模な捜索の費用を出さなければいけなかったし、みすみす優秀な王太子を危険な場所に行かせたと他の貴族から総すかんをくらったわ。
自領のものは買ってくれないし、他領のものは売ってくれないし。」

エリーは「愚痴になってしまうわね…」とため息をついた。


「もう今の王太子殿下が順調に後を継いでいるし、今セオドア殿下が戻ってこられても喜ばないでしょう?だから捜索はやめようかっていう話になってたの。どうせ見つからないのはわかりきっていたしね。」

「そうなんですか?」

「ええ。きっと殿下は魔女に変化の術を使われたのよ。」

「変化?」

「魔女は変化の術が得意なの。きっと殿下は本来のお姿をされていないと思うわ。そんなんじゃ私たちには見つけられないでしょう?」





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