二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

文字の大きさ
16 / 75
第二章 Side B

6 エリーと緊急の難題

しおりを挟む
エリーがエリザベス・ロンズデールからエリザベス・オルグレンになって、三か月が過ぎた。夫であるブラッドリーとは白い結婚を保ち、この三か月、一度も接触しなかった。
同じ屋敷に住んでいるはずなのに、一度もだ。お互いに避けあえば、ここまで会わないことが可能なのだと、エリーは感動している。

しかし、この日、ついにエリーはブラッドリーに彼の書斎に呼び出された。

「旦那様が私を?」

「はい。」

侍女のメアリーも困惑した顔をしている。メアリーを困らせるわけにはいかないので、エリーはすぐにブラッドリーの書斎に向かった。


何かしら?庭が気に入らないのかしら?

エリーが最初に手を付けた庭はすっかりと整い始めていた。今は秋の花が美しく咲き誇っており、ガゼボが美しく庭を見られる場所と家庭菜園のそばに建設中だ。


それとも、食堂にお手製の刺しゅう入りのテーブルクロスを飾ったことかしら?

ブラッドリーはエリーと時間をずらして食堂を使っているらしい。もちろん使わない日も多いのだが。食事を一緒にするかどうかはブラッドリーに任せるとリチャードに伝えてあるので、一緒にならないのはつまりはそういうことだろう。


あと、ナンシーにいくら頼まれても、彼のために雑貨を作らないこととか?でも別に望んでないと思うのよね…。

エリーが思うに、侍女長のナンシーはエリーとブラッドリーを仲の良い夫婦にしたいと考えているようだ。どうやら屋敷の使用人たちは、ブラッドリーがエリーをお飾りの妻にしていることを良しとしていないらしい。
本当の夫婦になってほしいと思われている、気がする。なぜならみんな優しいから。


「旦那様、お呼びと伺いましたが…。」

「あ、ああ。」

ブラッドリーはエリーに旦那様と呼ばれて驚いたようだ。そういえば、目の前で読んだことはなかった。

久しぶりに見たブラッドリーは相変わらずの不愛想なイケメンだった。最近忙しくしていたようで、記憶にあるより少しやつれている。

「来月、エスパルの王女が王太子殿下に輿入れするが、その歓迎の舞踏会と結婚式に夫婦で参加するようにと陛下に言われた。」

「まあ!」

エリーは困ったように顎に手をやる。

「それは旦那様でも断れませんわね…。」

「ああ…。だから君に出席してもらいたい。」

「かしこまりましたわ。致し方ありませんものね。」

エリーの頭にTo Doリストがしゅぱぱぱっと出来上がる。

「ドレスを二着用意しないといけませんね…。舞踏会用と結婚式用に。一か月で二着は難しいですよね?」

「そこはナンシーとリチャードと相談してくれ。」

「ダンスも踊る必要がありますか?」

「俺はいつも踊らないから問題ない。」

リチャードが隣で顔をしかめているが、ブラッドリーは気にならないようだ。実はエリーはダンスの教育はろくに受けられていない。この屋敷にいるうちに習っておいた方がいいかもしれない。

「舞踏会と結婚式の作法を一通り復習しておきたいのですが…?」

「ナンシーとリチャードと相談してくれ。」

ダメだ、こいつ。頼りにならない。

「かしこまりましたわ。リチャード、後でナンシーと部屋にきてくれる?」

「かしこまりました。」

ブラッドリーは優秀な人だと聞いたが、女性のことには疎いようだ。相談するだけ無駄だろうと早々に切り上げて書斎を後にすることにした。

「それでは失礼しますわ。」

「…ああ。」



ーーーー



「困ったことになったわ…。次期公爵夫人が下手なドレスは着れないわよね?アクセサリーもよ?」

「アクセサリーは奥様が結婚式で身につけられたものをお使いになるのでよろしいと思います。」

「あのエメラルドのネックレスとイヤリングね。いいと思うわ。高そうだったし。」

「ドレスについては、大奥様御用達のお店がありますが、おそらくもうドレスを作る余裕はないでしょうね。奥様にドレスをと頼んでも…。」

「私の評判、めちゃくちゃ悪いんですってね。ヘンリーに聞いてるわ。他のお得意様を押しのけてまでは作ってくれないわね。」

エリーの評判が悪いのは全てブラッドリーのせいだ。お飾りのいずれいなくなる妻に対してそこまでするつもりはないのだろう。
それか、社交に出ないから問題ないと思っているのかもしれない。

「なので、エバンズ商会に頼むのがいいかと思います。」

「私もそう思っていたわ。手紙を書くから用意してくれる?」

そうしてその日の午後にはヘンリーが飛んできた。


「こうなるんじゃないかと思ってたよ。うちの服飾部門にはまだ余裕があるし、ドレスを用意できる。」

デザイン画をたくさん机の上に出しながら、ヘンリーは早口でまくし立てる。

「でも、公爵家のドレスだから布も高級でないと…。エバンズ商会では布を扱っていないでしょう?」

「扱っていないんじゃなくて、売れないから売るのをやめたんだ。在庫はたくさんあるよ。」

そこでエリーはぴんときた。

「うちの領のシルクね!」

前王太子の失踪ですっかり廃れてしまったロンズデール領の養蚕業だ。なんとか継続してもらっているが、規模は縮小してしまった。

「あとはデザインだ。シルクを使えるデザインをいくつか持ってきたよ。全部エリーが昔にデザインしたものだ。」

「でも、これはドレスになってしまっているでしょう?それに最近の流行りでもないし。」

「そうだな…。今の王都の流行りを調べてこようか?」

「それでいいのかしら?エスパルの意匠を取り入れる方がいいかしら?どう思う、ナンシー?」

「舞踏会はそのようにするのがいいかと思います。式典はクラシックなブルテン式のドレスを用意されるのがいいかと。」

「確かに、私の結婚式でも、夫人のドレスにそこまでのバリエーションはなかったわね…。」

「じゃあ、そちらは過去のデザインをアレンジするでいいだろう。」

「エスパルの意匠を調べてもらえる?」

「わかった。」


ブラッドリーからの難題はヘンリーの助けとナンシーとリチャードの助けにより、なんとか目途が立った。



ーーーー



「ヘンリー、今日は助かったわ。ありがとう。」

「お礼はドレスが完成してから言ってくれ。」

「そうね。」

ヘンリーを玄関まで見送っていると、趣味の乗馬を終えて帰ってきたところのブラッドリーとかち合った。珍しいミスである。エリー、リチャード、ナンシーの意識が難題の方に向いていたのが原因だろう。

「客か?…君はたしか、ヘンリー・エバンズか?」

「エバンズ商会のヘンリーです。奥様から一か月後のドレスの依頼を受けまして、大急ぎで打ち合わせに来た次第です。」

「…そうか。君は卒業後、商会に就職したのか。成績は優秀だったが、官吏にはならなかったのか?」

「もともと自分は商会で働くうえでよいだろうと王立学園に進学したので。急がなければならないので失礼いたします。」

ヘンリーはなかなか不敬な態度だが、ブラッドリーは気分を害した様子もない。それどころか、ヘンリーが屋敷を出て行った後には、「彼は優秀だったから、国のために役人になればよかったのに」と高く評価するようなことを言った。

「ヘンリーは私の幼馴染ですが、昔から商会で働きたいと言っていましたよ。彼は夢をかなえたわけですね。」

ブラッドリーは不快そうに顔をゆがめた。

「才能があるのだから、国のために使うべきだろう。」

「商会も国に貢献する重要な仕事ですが…?」

エリーはブラッドリーの言っている意味がよくわからず、首を傾げてしまった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

処理中です...