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第四章 Side B
2 エリーと予測不能な人事
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どうやらすぐに離縁という話にはならなさそうだというのはその後にヘンリーから得られた情報だ。アーチボルト家はしばらく喪中となるが、ドタバタで前侯爵の葬儀も挙げられていない。
少なくとも令嬢の輿入れに二年ほどの時間を要するだろうとのことだ。
エリーが離縁されるにしても一年ほどの時間があるだろう。
では、離縁後のことを考えておく必要があるわけだが、まずは先立つものがない。
慰謝料など払ってもらえることはあっても、払う必要はないだろう。お金が必要となるのは離縁後、エリーが生活していくためだ。
出戻りの娘がいては弟妹たちの縁談に迷惑をかけてしまう。なので、エリーは離縁後にロンズデール伯爵家に戻るつもりはなかった。
この三年間のうちに、次の職への足掛かりを見つけておくか、しばし無職であっても暮らしていけるだけのお金をかせいでおくつもりだったのだ。
ブラッドリーとの契約にふわっとした言葉をいくつかいれたのはそのためである。
「何か仕事はあるかしら?」
「そうだな…。エスパル語の翻訳の仕事は山ほどあるぞ。」
そう言われて、内緒でこっそり仕事を受注し始めた時、王太子妃であるエスメラルダとの定例お茶会に呼ばれた。
「”魔女の森”の魔女について、ですか?」
エスメラルダの突然の質問に、エリーは困惑した。
「ええ。エリーは魔女の血をひいていると聞いたわ。」
「確かにそうではありますけど…、いったい誰からその話を?」
「王太子殿下よ。殿下は今、魔女たちの力を借りられないのか、こっそり調べているの。」
またこの国の王太子はそのようなことを考えているのか…。
「ならば、ご存じですよね?前王太子殿下が魔女の森を訪ねて行方不明になったことを。」
「ええ。魔女は王侯貴族が嫌いなのよね?でも、血縁の者であれば力を貸してくれるのではないかしら?」
「…どういうことです?」
エスメラルダは優雅に紅茶を飲みながらも険しい顔をしていた。
「あなたも、ポートレット帝国に敗戦した話は知っているでしょう?その後勝利したとはいえ、海馬部隊の半数を失っていることに変わりはないの。
帝国はまた新しい手を打ってくる可能性もあるし、こちらとしても使える手は多い方がいいわ。他国に協力を願うことはもちろん続けるけれど、自国にも不思議の技を持つ一族がいるのに使わない手はないでしょう。」
「しかし、魔女の森の魔女たちは、セオドア殿下に何か術をかけて行方不明にしたのですよ?国王陛下が協力させようと思うでしょうか?」
「そこは説得するしかないわ。いいこと、ポートレット帝国がこの国に上陸したら、まずブルテンの騎士団では勝てないわ。兵力が全く違うの。海戦だから勝てているのよ?」
エスメラルダは厳しい顔でこちらを見てきた。
「帝国が上陸してくるのは国の東側。魔女の森だって戦場になるのよ?アーチボルト領、ロンズデール領、フリーマントル領が火の海になることは間違いないわ。」
「それは…そうですが…。」
「魔女たちの力を借りたいと説得をしたいの。血縁の者であれば話を聞いてくれるかもしれないわ。殿下は国王陛下には内密にその任をロンズデール伯爵に頼もうとしているの。
その前に、私にあなたに情報をきくように頼んでくれたのよ。」
もちろん、国の一大事であることはエリーも把握している。しているが…。
「魔女たちの術が戦に使えるとは思えません。薬草術や変化の術は見事なものだと思います。また、占いや予言もするとききます。」
「それを判断するのは軍の軍略部隊よ。私たちの仕事ではないわ。とりあえず、有事の際に力添えがもらえるように協定を結びたいのよ。」
どうやら王太子の中で、この任務を進めることは決定事項の様だ。王太子殿下と仲睦まじいエスメラルダも折れる気配がない。しかし、これを父に任せるというのは納得できない。
「これは父でなければいけないのですか?父は魔女の血を引いてはいません。それにロンズデール伯爵家がセオドア殿下の一件で国王陛下に嫌われていることはエスメラルダ様もご存じでしょう?
失敗しただけで排斥されかねません。」
「そこは人を使えばいいでしょう?それに陛下には内密、と言ったわ。すべて殿下が考えていることよ。報酬も殿下の懐から出るわ。」
「ですが、父に何かあってはロンズデール伯爵家は…。その仕事、まず私に預けてくださいませんか?」
「エリーに?」
エスメラルダは驚いて目を丸くした。自分でも大胆なことを言ったと思う。
「私は魔女にひ孫にあたる血縁の者です。どうにか魔女と接触し、どのような点からならば交渉に応じられるのか探ってきます。」
それに、ちょうどお金もほしいし。父の安全も守れる、とても良い案だと思った。
「それはオルグレン殿がなんというかしら…。」
「問題ないと思いますよ。」
エスメラルダは不思議そうな顔で首を傾げた。
ーーーー
案の定、ブラッドリーからの許可が下りた。むしろセオドア殿下と同じように行方不明になってくれと思っているかもしれない。
「奥様、馬車の準備ができました。」
「ええ。今行くわ。」
オルグレン公爵家から馬車を出してもらい、行き帰りも含めておよそ二か月の里帰りだ。三人いる専属侍女のうち、赤毛のポピーがついてきてくれることになった。
伯爵家にも今は使用人がいるため、他の二人には遠慮してもらい、家庭菜園の世話を任せた。
「奥様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「ありがとう、リチャード。」
「旦那様は朝早くに出られましたが、奥様のことを心配されていました。」
「…そう。旦那様にもよろしくお伝えして。」
あいかわらず使用人たちはエリーとブラッドリーの仲を取り持とうとしている。おそらく、これはリチャードのリップサービスだろう。
エリーとブラッドリーの仲は多少良くはなっていたが、今回の海軍の敗戦で再び会わなくなったところにヘンリーの話があり、エリーの中では好感度は初期値に戻っていた。
「では、行ってくるわね。」
「「「「いってらっしゃいませ。」」」」
こうしてエリーは約一年ぶりに実家へと里帰りをした。
少なくとも令嬢の輿入れに二年ほどの時間を要するだろうとのことだ。
エリーが離縁されるにしても一年ほどの時間があるだろう。
では、離縁後のことを考えておく必要があるわけだが、まずは先立つものがない。
慰謝料など払ってもらえることはあっても、払う必要はないだろう。お金が必要となるのは離縁後、エリーが生活していくためだ。
出戻りの娘がいては弟妹たちの縁談に迷惑をかけてしまう。なので、エリーは離縁後にロンズデール伯爵家に戻るつもりはなかった。
この三年間のうちに、次の職への足掛かりを見つけておくか、しばし無職であっても暮らしていけるだけのお金をかせいでおくつもりだったのだ。
ブラッドリーとの契約にふわっとした言葉をいくつかいれたのはそのためである。
「何か仕事はあるかしら?」
「そうだな…。エスパル語の翻訳の仕事は山ほどあるぞ。」
そう言われて、内緒でこっそり仕事を受注し始めた時、王太子妃であるエスメラルダとの定例お茶会に呼ばれた。
「”魔女の森”の魔女について、ですか?」
エスメラルダの突然の質問に、エリーは困惑した。
「ええ。エリーは魔女の血をひいていると聞いたわ。」
「確かにそうではありますけど…、いったい誰からその話を?」
「王太子殿下よ。殿下は今、魔女たちの力を借りられないのか、こっそり調べているの。」
またこの国の王太子はそのようなことを考えているのか…。
「ならば、ご存じですよね?前王太子殿下が魔女の森を訪ねて行方不明になったことを。」
「ええ。魔女は王侯貴族が嫌いなのよね?でも、血縁の者であれば力を貸してくれるのではないかしら?」
「…どういうことです?」
エスメラルダは優雅に紅茶を飲みながらも険しい顔をしていた。
「あなたも、ポートレット帝国に敗戦した話は知っているでしょう?その後勝利したとはいえ、海馬部隊の半数を失っていることに変わりはないの。
帝国はまた新しい手を打ってくる可能性もあるし、こちらとしても使える手は多い方がいいわ。他国に協力を願うことはもちろん続けるけれど、自国にも不思議の技を持つ一族がいるのに使わない手はないでしょう。」
「しかし、魔女の森の魔女たちは、セオドア殿下に何か術をかけて行方不明にしたのですよ?国王陛下が協力させようと思うでしょうか?」
「そこは説得するしかないわ。いいこと、ポートレット帝国がこの国に上陸したら、まずブルテンの騎士団では勝てないわ。兵力が全く違うの。海戦だから勝てているのよ?」
エスメラルダは厳しい顔でこちらを見てきた。
「帝国が上陸してくるのは国の東側。魔女の森だって戦場になるのよ?アーチボルト領、ロンズデール領、フリーマントル領が火の海になることは間違いないわ。」
「それは…そうですが…。」
「魔女たちの力を借りたいと説得をしたいの。血縁の者であれば話を聞いてくれるかもしれないわ。殿下は国王陛下には内密にその任をロンズデール伯爵に頼もうとしているの。
その前に、私にあなたに情報をきくように頼んでくれたのよ。」
もちろん、国の一大事であることはエリーも把握している。しているが…。
「魔女たちの術が戦に使えるとは思えません。薬草術や変化の術は見事なものだと思います。また、占いや予言もするとききます。」
「それを判断するのは軍の軍略部隊よ。私たちの仕事ではないわ。とりあえず、有事の際に力添えがもらえるように協定を結びたいのよ。」
どうやら王太子の中で、この任務を進めることは決定事項の様だ。王太子殿下と仲睦まじいエスメラルダも折れる気配がない。しかし、これを父に任せるというのは納得できない。
「これは父でなければいけないのですか?父は魔女の血を引いてはいません。それにロンズデール伯爵家がセオドア殿下の一件で国王陛下に嫌われていることはエスメラルダ様もご存じでしょう?
失敗しただけで排斥されかねません。」
「そこは人を使えばいいでしょう?それに陛下には内密、と言ったわ。すべて殿下が考えていることよ。報酬も殿下の懐から出るわ。」
「ですが、父に何かあってはロンズデール伯爵家は…。その仕事、まず私に預けてくださいませんか?」
「エリーに?」
エスメラルダは驚いて目を丸くした。自分でも大胆なことを言ったと思う。
「私は魔女にひ孫にあたる血縁の者です。どうにか魔女と接触し、どのような点からならば交渉に応じられるのか探ってきます。」
それに、ちょうどお金もほしいし。父の安全も守れる、とても良い案だと思った。
「それはオルグレン殿がなんというかしら…。」
「問題ないと思いますよ。」
エスメラルダは不思議そうな顔で首を傾げた。
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案の定、ブラッドリーからの許可が下りた。むしろセオドア殿下と同じように行方不明になってくれと思っているかもしれない。
「奥様、馬車の準備ができました。」
「ええ。今行くわ。」
オルグレン公爵家から馬車を出してもらい、行き帰りも含めておよそ二か月の里帰りだ。三人いる専属侍女のうち、赤毛のポピーがついてきてくれることになった。
伯爵家にも今は使用人がいるため、他の二人には遠慮してもらい、家庭菜園の世話を任せた。
「奥様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「ありがとう、リチャード。」
「旦那様は朝早くに出られましたが、奥様のことを心配されていました。」
「…そう。旦那様にもよろしくお伝えして。」
あいかわらず使用人たちはエリーとブラッドリーの仲を取り持とうとしている。おそらく、これはリチャードのリップサービスだろう。
エリーとブラッドリーの仲は多少良くはなっていたが、今回の海軍の敗戦で再び会わなくなったところにヘンリーの話があり、エリーの中では好感度は初期値に戻っていた。
「では、行ってくるわね。」
「「「「いってらっしゃいませ。」」」」
こうしてエリーは約一年ぶりに実家へと里帰りをした。
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