33 / 75
第四章 Side B
3 エリーと大きな父
しおりを挟む
夏真っ盛りのロンズデール領は美しい。エリーも大好きな景色だ。しかし、今回ばかりは気が重い。王太子妃、つまりは王太子からの依頼の件はもちろんのこと、ブラッドリーとの契約結婚については家族には伝えていないのだ。
どちらも間違ったことはしていない。していないと思っているが、隠し事があるというのは気が重い。王太子からの依頼についてはすぐに父と相談するようにと書状を預かっているが、それも気が重い。
勝手に危ない仕事を引き受けて、と心配をかけるだろう。
やがて、エリーを乗せた馬車はとある屋敷の前で止まった。綺麗に整えられた屋敷に目を見張る。
「まあ、あんなにぼろぼろだったのに…!」
「姉上!!」
走ってくるのは12歳になる末っ子のパトリックだ。エリーと同じ金髪に緑の目をした活発な少年で、この秋からは王立学園の中等部に通うことになっている。
パトリックはエリーに飛びつく寸前で止まった。
「姉上!おかえりなさい!」
「ただいま、リッキー。いい子にしてた?」
「僕はいつでもいい子です!」
パトリックはむうっとしたような顔をする。実はこの顔はエリーにそっくりなのだが、エリー本人は気づいていない。
「姉上がいない間も、僕がしっかり姉上の家庭菜園を守っておきました!夏の野菜が収穫できるので、一緒に収穫しましょう!」
「まあ!」
「キャシー姉上とベティ姉上は夏の間はフリーマントル辺境伯家に行儀見習いに出ていて、今はいないんです。」
「ええ、聞いてるわ。会えなくて残念だわ。」
下の妹二人は学園が休みの間は働きに出てくれている。
「お父様のところに連れて行ってくれる?」
「はい!父上は書斎に!」
ポピーに荷解きを任せ、パトリックとともに父の書斎に向かう。
「お父様、エリーです。」
「おお!エリー!よく帰ってきた!」
父は顔をあげるとデスクから立ち上がりエリーに歩み寄って抱きしめた。小柄なエリーからすると父はとても大きい。その腕にすっぽりと包まれてこの一年の間感じていなかった安らぎを得た。
鼻の奥がつんとしてくるのは気のせいではないのだろう。
「お父様、ただいま帰りました。」
「ああ。公爵家はどうだ?つらい目にはあっていないか?」
「はい。使用人たちはみんなよくしてくれています。」
ここで旦那様はとは言わないのはエリーが正直なためである。
「ああ、そうか。」
エリーと父は髪色は同じだが、目の色は全く違う。父の目がアンバーなのに対して、エリーは緑色だ。これは今は亡き母の目の色である。
「オルグレン公爵家からの援助で、落ち込んでいた産業をいくつか立て直すことができたんだ。王太子妃様がドレスのために絹をたくさん買ってくれてね。これもエリーのおかげだろう?」
「エスメラルダ様が?」
「エリーのドレスを見て気になったとか。」
王太子妃御用達のブランドになれれば、ロンズデール領の絹は巻き返せるだろう。
「しばらく滞在できるようだが、どうするんだ?以前の様に家の仕事はしなくてもいいぞ。」
「しばらく領地を回ろうかと思うの。」
「領地を?」
「リッキー、ちょっとお父様とお話があるから、退室してくれる?」
パトリックが退室した後、扉を閉めて父の机の上に王太子殿下からの書状を出す。父すぐにペーパーナイフを取り出し、中身を確認した。
そして、あきれたように顔をあげてエリーを見た。
「エリー。」
「すみません。」
「なぜ引き受ける前に相談しないんだ?ブラッドリー殿はいいと言ったのか?」
「旦那様の許可は得ています。」
父はそれを聞いて微妙な顔をした。
「それで、魔女の森の周辺に行きたいんだな?」
「まず、ジョーンズ家に行っておばあさまに話を聞きに行こうと思います。」
「ああ、シャルロット様だな。」
シャルロット・ジョーンズはエリーの祖母であり、魔女の息子であった祖父の妻であった人物だ。残念ながら祖父はエリーが幼いころに亡くなっているが、シャルロットはもうすぐ70歳を迎えるがまだまだ元気だ。
一族で最も魔女に詳しいのが彼女だろう。
エリーが難しい顔をしていると、父の手がぽんと頭に乗った。
「エリーは昔からアンに似て頑固だからな。仕方がない。私からシャルロット様に手紙を送っておこう。返事が来るまでゆっくりしていなさい。」
「はい。ありがとうございます。お父様。」
ーーーー
「姉上ー!!」
父の書斎を出て屋敷を歩いていると弟のパトリックが駆け寄ってきた。
「父上とのお話は終わったんですか?」
「ええ。」
「じゃあ、僕のエスパル語のお勉強相手になってくれませんか?僕も姉上みたいにエスパル語をマスターして翻訳の仕事をしたいんです!」
「たしかに、今、エスパル語の翻訳の仕事は増えているけれど…。王立学園での勉強の準備は大丈夫なの?」
「家庭教師の先生も、エスパル語の需要は今後も高まっていくから、勉強することに賛成なんです。でも先生もエスパル語は話せないので、姉上が来たら見てもらおうと思っていたんです。」
「私のエスパル語もほとんど独学だけれど…。」
「でも、姉上はエスパルの商人との会談にも同行できるほどエスパル語がお上手ですよね!」
パトリックは目をキラキラとさせながらエリーを見ている。久々の弟との時間を過ごしたい気持ちもある。
「じゃあ、お茶をしながらエスパル語の会話をしましょうか。」
「はい!」
エリーはふと自分の将来に思いをはせる。離縁されてオルグレン公爵家からの支援がなくなっても、ロンズデール家はなんとか領地をまわしていけるだろう。パトリックの王立学園への入学金も授業料も高等部を含めた六年分を支払い済みだ。
エリーの離縁がパトリックの将来に影響することはないだろう。
だが、出戻って家に居座ってしまえばパトリックと妹たちの縁談には差支えがでるかもしれない。私の悪評がロンズデール家に影響しに様に、私は家を出るべきだ。
となると、弟たちと仲良く過ごせる時間はもうあまりないのかもしれない。
「姉上?どうされました?」
「なんでもないわ!さあ行きましょうか!」
なるべく長く、家族とも時間を過ごしたい。エリーは優しい笑顔でパトリックの頭を撫でた。
どちらも間違ったことはしていない。していないと思っているが、隠し事があるというのは気が重い。王太子からの依頼についてはすぐに父と相談するようにと書状を預かっているが、それも気が重い。
勝手に危ない仕事を引き受けて、と心配をかけるだろう。
やがて、エリーを乗せた馬車はとある屋敷の前で止まった。綺麗に整えられた屋敷に目を見張る。
「まあ、あんなにぼろぼろだったのに…!」
「姉上!!」
走ってくるのは12歳になる末っ子のパトリックだ。エリーと同じ金髪に緑の目をした活発な少年で、この秋からは王立学園の中等部に通うことになっている。
パトリックはエリーに飛びつく寸前で止まった。
「姉上!おかえりなさい!」
「ただいま、リッキー。いい子にしてた?」
「僕はいつでもいい子です!」
パトリックはむうっとしたような顔をする。実はこの顔はエリーにそっくりなのだが、エリー本人は気づいていない。
「姉上がいない間も、僕がしっかり姉上の家庭菜園を守っておきました!夏の野菜が収穫できるので、一緒に収穫しましょう!」
「まあ!」
「キャシー姉上とベティ姉上は夏の間はフリーマントル辺境伯家に行儀見習いに出ていて、今はいないんです。」
「ええ、聞いてるわ。会えなくて残念だわ。」
下の妹二人は学園が休みの間は働きに出てくれている。
「お父様のところに連れて行ってくれる?」
「はい!父上は書斎に!」
ポピーに荷解きを任せ、パトリックとともに父の書斎に向かう。
「お父様、エリーです。」
「おお!エリー!よく帰ってきた!」
父は顔をあげるとデスクから立ち上がりエリーに歩み寄って抱きしめた。小柄なエリーからすると父はとても大きい。その腕にすっぽりと包まれてこの一年の間感じていなかった安らぎを得た。
鼻の奥がつんとしてくるのは気のせいではないのだろう。
「お父様、ただいま帰りました。」
「ああ。公爵家はどうだ?つらい目にはあっていないか?」
「はい。使用人たちはみんなよくしてくれています。」
ここで旦那様はとは言わないのはエリーが正直なためである。
「ああ、そうか。」
エリーと父は髪色は同じだが、目の色は全く違う。父の目がアンバーなのに対して、エリーは緑色だ。これは今は亡き母の目の色である。
「オルグレン公爵家からの援助で、落ち込んでいた産業をいくつか立て直すことができたんだ。王太子妃様がドレスのために絹をたくさん買ってくれてね。これもエリーのおかげだろう?」
「エスメラルダ様が?」
「エリーのドレスを見て気になったとか。」
王太子妃御用達のブランドになれれば、ロンズデール領の絹は巻き返せるだろう。
「しばらく滞在できるようだが、どうするんだ?以前の様に家の仕事はしなくてもいいぞ。」
「しばらく領地を回ろうかと思うの。」
「領地を?」
「リッキー、ちょっとお父様とお話があるから、退室してくれる?」
パトリックが退室した後、扉を閉めて父の机の上に王太子殿下からの書状を出す。父すぐにペーパーナイフを取り出し、中身を確認した。
そして、あきれたように顔をあげてエリーを見た。
「エリー。」
「すみません。」
「なぜ引き受ける前に相談しないんだ?ブラッドリー殿はいいと言ったのか?」
「旦那様の許可は得ています。」
父はそれを聞いて微妙な顔をした。
「それで、魔女の森の周辺に行きたいんだな?」
「まず、ジョーンズ家に行っておばあさまに話を聞きに行こうと思います。」
「ああ、シャルロット様だな。」
シャルロット・ジョーンズはエリーの祖母であり、魔女の息子であった祖父の妻であった人物だ。残念ながら祖父はエリーが幼いころに亡くなっているが、シャルロットはもうすぐ70歳を迎えるがまだまだ元気だ。
一族で最も魔女に詳しいのが彼女だろう。
エリーが難しい顔をしていると、父の手がぽんと頭に乗った。
「エリーは昔からアンに似て頑固だからな。仕方がない。私からシャルロット様に手紙を送っておこう。返事が来るまでゆっくりしていなさい。」
「はい。ありがとうございます。お父様。」
ーーーー
「姉上ー!!」
父の書斎を出て屋敷を歩いていると弟のパトリックが駆け寄ってきた。
「父上とのお話は終わったんですか?」
「ええ。」
「じゃあ、僕のエスパル語のお勉強相手になってくれませんか?僕も姉上みたいにエスパル語をマスターして翻訳の仕事をしたいんです!」
「たしかに、今、エスパル語の翻訳の仕事は増えているけれど…。王立学園での勉強の準備は大丈夫なの?」
「家庭教師の先生も、エスパル語の需要は今後も高まっていくから、勉強することに賛成なんです。でも先生もエスパル語は話せないので、姉上が来たら見てもらおうと思っていたんです。」
「私のエスパル語もほとんど独学だけれど…。」
「でも、姉上はエスパルの商人との会談にも同行できるほどエスパル語がお上手ですよね!」
パトリックは目をキラキラとさせながらエリーを見ている。久々の弟との時間を過ごしたい気持ちもある。
「じゃあ、お茶をしながらエスパル語の会話をしましょうか。」
「はい!」
エリーはふと自分の将来に思いをはせる。離縁されてオルグレン公爵家からの支援がなくなっても、ロンズデール家はなんとか領地をまわしていけるだろう。パトリックの王立学園への入学金も授業料も高等部を含めた六年分を支払い済みだ。
エリーの離縁がパトリックの将来に影響することはないだろう。
だが、出戻って家に居座ってしまえばパトリックと妹たちの縁談には差支えがでるかもしれない。私の悪評がロンズデール家に影響しに様に、私は家を出るべきだ。
となると、弟たちと仲良く過ごせる時間はもうあまりないのかもしれない。
「姉上?どうされました?」
「なんでもないわ!さあ行きましょうか!」
なるべく長く、家族とも時間を過ごしたい。エリーは優しい笑顔でパトリックの頭を撫でた。
12
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる