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第四章 Side B
4 エリーと魔女の子孫の青年
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それから三日後にエリーはロンズデール伯爵領内に居を構えるジョーンズ子爵家を訪れた。
「まあ、エリー!よく来たわね!ますますアンに似てきたわ!」
エリーの祖母であるシャルロットは杖をつきながらも元気に歩いてエリーを出迎えてくれた。
「おばあ様、お久しぶりです。」
「今回は旦那様は一緒ではないの?」
「はい。王都でお仕事がありまして。」
「そう。一度お会いしたいけれど、男爵家では公爵家の方にお会いするのは難しいわね。」
ジョーンズ家はロンズデール家の分家である。地方の男爵家であることもあり、王都での噂には疎い。みんな、エリーがブラッドリーに望まれて嫁いだと思い込んでいるのだ。
「ウィリアム殿からの手紙では私に聞きたいことがあるとのことだったけれど?」
「はい。」
お茶の席を用意してもらった後、人払いをして、エリーは本題に早速とりかかった。
「実は、エスパルから来られた王太子妃殿下と懇意にさせていただいておりまして、その中で王太子殿下から”魔女”について尋ねられたのです。」
「あら…。王家はまだ懲りていないのね。」
シャルロットは呆れたようなため息をついた。
「魔女たちは王侯貴族が大嫌いなのよ。夫が養子に入る時だって勘当される勢いだったのだから。王家に力を貸すわけがないわ。」
「でも、おばあ様。ポートレット帝国との海戦で我が国が海馬部隊の多くを失ったことはご存じですよね?ポートレット帝国に侵略されるようなことになれば、魔女たちにとっても大事のはずです。」
「そうね。王太子殿下はそのような事態に備えて魔女の力を借りたいの?」
「前王太子殿下の件がありますから、期待は薄いようです。魔女の術についても情報が少ないですし。王太子殿下が知りたいのは、国防の危機に陥った場合に魔女たちに協力の意思があるのか、どのような協力が期待できるのか、です。」
シャルロットは悩ましい表情だ。
「血縁であれば、いきなり変化の術をかけるようなことはしないのではないか、と私に調査を頼まれたのです。」
「そうね。私が行くより、あなたが行く方が話を聞いてもらえると思うわ。実際、アンは貴族の身分でありながら魔女たちの協力を得て治療薬を開発したわけだし。」
シャルロットは夫が魔女の息子であっただけで、自身は魔女の血をひいてはいない。
「おばあ様は魔女の術についてどこまでご存じですか?魔女に女性しかいない理由などは?」
「男性は不思議の術を使えないからだと夫が言っていたわ。どんなに練習しても変化の術も占いもできないそうよ?できても薬草を扱う薬学どまり。」
「…以前から不思議だったのですが、魔女の息子の娘は魔女の適性があるのでしょうか?」
「それは…、どうかしらね。アンに不思議なところはなかったけれど。」
母が魔女たちからの協力を引き出せたのは、自分も魔女だったから?なんて思ったが、真相はわからない。
「エリーは魔女に接触したいのよね?」
「はい。」
「だったら、夫の親戚を紹介しましょう。」
シャルロットは思わずと言った様子で苦笑する。
「アンにも同じ伝手を紹介したの。アンがどうやって魔女にたどり着いたのかはわからないけれど、上手くすればあなたも魔女に会えるはずよ。」
ーーーー
翌日、エリーは簡素な服に着替えてジョーンズ男爵家が統括する村の一つに来ていた。それは魔女の森に最も近い村でもあり、魔女の血縁が多く暮らしている。
「今日はお時間を取っていただいてありがとうございます。エリザベス・ロンズデールです。」
「アン様のお嬢様ならいつだって歓迎ですよ。」
出迎えてくれたのは人の良さそうなエリーの親世代の夫婦だった。夫であるジョンはエリーの祖父の姉の魔女の息子であるそうだ。
12歳の時に森を出て、この村で暮らしていた魔女の子孫の家に養子に入り、妻であるマリアを迎えている。
「何もお出しできませんが…。」
「構いませんわ。私のこともエリーとお呼びください。」
ジョンとマリアは終始申し訳なさそうな顔をしていた。
「実は…、前王太子殿下の一件から、魔女の森では部外者を排除する傾向が強くなっているんです。」
「排除…ですか?」
「はい。魔女の息子である私ももはや森には入れないのですよ。妻の祖父は魔女の息子でしたが、妻は一切の交渉もできないほどです。」
「では、魔女の息子の孫である私であっても…。」
「門前払いされると思います。」
「魔女たちは村と交易などはしていないのですか?」
「しているのですが、最小限になりました。血縁の牧場から食べ物を買い取り、薬を血縁の問屋に卸す程度です。基本は自給自足で森で生活できますからね。」
「なるほど…、こちらからの援助は特に必要としていないということですね。」
これは難題だが、接触できませんでしたでは帰れない。報酬を上積みしてもらうためにも、せめて魔女に接触したい。
「血縁の方に手紙を送っていただくことはできるのでしょうか?」
「はい。森の長までエリー様のことを伝えることはできると思います。ただ、森と村の交流は月に二回ほどです。それ以外では我々からは連絡ができないのです。次の交流の際に手紙をたくすとしても三日後です。返事はさらにその二週間後になります。」
「かかりますが…、正規の手段をとらずにセオドア殿下のようになっては困りますね。」
ひとまず、手紙でジョンの妹に連絡をとってもらうこととなった。
「ところで、どの程度期待できますか?」
「かなり望みは薄いかと…。」
沈黙。そこでがらりと玄関の扉が開いた。
「ただいまー!……あれ?」
家に入ってきたのは、ジョンを若くしたような少年を卒業したばかりの青年だった。
「キース!ご挨拶なさい!」
「え?」
エリーよりも二つか三つほど年下のようで、狼狽える様子はほほえましい。エリーがくすっと笑うと青年は顔を赤くした。
「息子のキースです。キース、ロンズデール伯爵家のエリー様だ。アン様のお嬢様だ。」
「アン様の!?キースです!」
キースは17歳で、領内の学園の高等部に通っているらしい。今は夏休みなのだそうだ。平民で高等部まで進学するのはいい家の子か、特待生になれる頭のいい子だ。
「とても優秀なんですね。」
「いや…そんな。エリー様はなぜこんな田舎に?」
この話はこの子にしてもいいものなのか。エリーはちらりとジョンを見た。
「あ、いや、話せないなら別にいいのですが…。」
「いえ。少々、魔女の森のことを聞きたくて、ジョン様に会いにきたのです。」
「魔女の森に…?」
「ええ。どうにか、魔女に会えないかと。」
「魔女に??」
キースの複雑そうな顔に、彼も難しいと思ったらしいとエリーは察した。
そうだよね…。かなり望み、うすいよね…。
「まあ、エリー!よく来たわね!ますますアンに似てきたわ!」
エリーの祖母であるシャルロットは杖をつきながらも元気に歩いてエリーを出迎えてくれた。
「おばあ様、お久しぶりです。」
「今回は旦那様は一緒ではないの?」
「はい。王都でお仕事がありまして。」
「そう。一度お会いしたいけれど、男爵家では公爵家の方にお会いするのは難しいわね。」
ジョーンズ家はロンズデール家の分家である。地方の男爵家であることもあり、王都での噂には疎い。みんな、エリーがブラッドリーに望まれて嫁いだと思い込んでいるのだ。
「ウィリアム殿からの手紙では私に聞きたいことがあるとのことだったけれど?」
「はい。」
お茶の席を用意してもらった後、人払いをして、エリーは本題に早速とりかかった。
「実は、エスパルから来られた王太子妃殿下と懇意にさせていただいておりまして、その中で王太子殿下から”魔女”について尋ねられたのです。」
「あら…。王家はまだ懲りていないのね。」
シャルロットは呆れたようなため息をついた。
「魔女たちは王侯貴族が大嫌いなのよ。夫が養子に入る時だって勘当される勢いだったのだから。王家に力を貸すわけがないわ。」
「でも、おばあ様。ポートレット帝国との海戦で我が国が海馬部隊の多くを失ったことはご存じですよね?ポートレット帝国に侵略されるようなことになれば、魔女たちにとっても大事のはずです。」
「そうね。王太子殿下はそのような事態に備えて魔女の力を借りたいの?」
「前王太子殿下の件がありますから、期待は薄いようです。魔女の術についても情報が少ないですし。王太子殿下が知りたいのは、国防の危機に陥った場合に魔女たちに協力の意思があるのか、どのような協力が期待できるのか、です。」
シャルロットは悩ましい表情だ。
「血縁であれば、いきなり変化の術をかけるようなことはしないのではないか、と私に調査を頼まれたのです。」
「そうね。私が行くより、あなたが行く方が話を聞いてもらえると思うわ。実際、アンは貴族の身分でありながら魔女たちの協力を得て治療薬を開発したわけだし。」
シャルロットは夫が魔女の息子であっただけで、自身は魔女の血をひいてはいない。
「おばあ様は魔女の術についてどこまでご存じですか?魔女に女性しかいない理由などは?」
「男性は不思議の術を使えないからだと夫が言っていたわ。どんなに練習しても変化の術も占いもできないそうよ?できても薬草を扱う薬学どまり。」
「…以前から不思議だったのですが、魔女の息子の娘は魔女の適性があるのでしょうか?」
「それは…、どうかしらね。アンに不思議なところはなかったけれど。」
母が魔女たちからの協力を引き出せたのは、自分も魔女だったから?なんて思ったが、真相はわからない。
「エリーは魔女に接触したいのよね?」
「はい。」
「だったら、夫の親戚を紹介しましょう。」
シャルロットは思わずと言った様子で苦笑する。
「アンにも同じ伝手を紹介したの。アンがどうやって魔女にたどり着いたのかはわからないけれど、上手くすればあなたも魔女に会えるはずよ。」
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翌日、エリーは簡素な服に着替えてジョーンズ男爵家が統括する村の一つに来ていた。それは魔女の森に最も近い村でもあり、魔女の血縁が多く暮らしている。
「今日はお時間を取っていただいてありがとうございます。エリザベス・ロンズデールです。」
「アン様のお嬢様ならいつだって歓迎ですよ。」
出迎えてくれたのは人の良さそうなエリーの親世代の夫婦だった。夫であるジョンはエリーの祖父の姉の魔女の息子であるそうだ。
12歳の時に森を出て、この村で暮らしていた魔女の子孫の家に養子に入り、妻であるマリアを迎えている。
「何もお出しできませんが…。」
「構いませんわ。私のこともエリーとお呼びください。」
ジョンとマリアは終始申し訳なさそうな顔をしていた。
「実は…、前王太子殿下の一件から、魔女の森では部外者を排除する傾向が強くなっているんです。」
「排除…ですか?」
「はい。魔女の息子である私ももはや森には入れないのですよ。妻の祖父は魔女の息子でしたが、妻は一切の交渉もできないほどです。」
「では、魔女の息子の孫である私であっても…。」
「門前払いされると思います。」
「魔女たちは村と交易などはしていないのですか?」
「しているのですが、最小限になりました。血縁の牧場から食べ物を買い取り、薬を血縁の問屋に卸す程度です。基本は自給自足で森で生活できますからね。」
「なるほど…、こちらからの援助は特に必要としていないということですね。」
これは難題だが、接触できませんでしたでは帰れない。報酬を上積みしてもらうためにも、せめて魔女に接触したい。
「血縁の方に手紙を送っていただくことはできるのでしょうか?」
「はい。森の長までエリー様のことを伝えることはできると思います。ただ、森と村の交流は月に二回ほどです。それ以外では我々からは連絡ができないのです。次の交流の際に手紙をたくすとしても三日後です。返事はさらにその二週間後になります。」
「かかりますが…、正規の手段をとらずにセオドア殿下のようになっては困りますね。」
ひとまず、手紙でジョンの妹に連絡をとってもらうこととなった。
「ところで、どの程度期待できますか?」
「かなり望みは薄いかと…。」
沈黙。そこでがらりと玄関の扉が開いた。
「ただいまー!……あれ?」
家に入ってきたのは、ジョンを若くしたような少年を卒業したばかりの青年だった。
「キース!ご挨拶なさい!」
「え?」
エリーよりも二つか三つほど年下のようで、狼狽える様子はほほえましい。エリーがくすっと笑うと青年は顔を赤くした。
「息子のキースです。キース、ロンズデール伯爵家のエリー様だ。アン様のお嬢様だ。」
「アン様の!?キースです!」
キースは17歳で、領内の学園の高等部に通っているらしい。今は夏休みなのだそうだ。平民で高等部まで進学するのはいい家の子か、特待生になれる頭のいい子だ。
「とても優秀なんですね。」
「いや…そんな。エリー様はなぜこんな田舎に?」
この話はこの子にしてもいいものなのか。エリーはちらりとジョンを見た。
「あ、いや、話せないなら別にいいのですが…。」
「いえ。少々、魔女の森のことを聞きたくて、ジョン様に会いにきたのです。」
「魔女の森に…?」
「ええ。どうにか、魔女に会えないかと。」
「魔女に??」
キースの複雑そうな顔に、彼も難しいと思ったらしいとエリーは察した。
そうだよね…。かなり望み、うすいよね…。
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