52 / 75
第五章 Side A
閑話 サムの独白 1
しおりを挟む
サムは本名をサマル・ウォーと言った。ルクレツェン魔法大国の狼獣人の一族の生まれであり、その才能を見込まれて次期当主候補として幼い頃から厳しい教育を受けていた。
生まれ持った魔力量の多さから、魔法属性は狼獣人の一般的な闇魔法の他に風魔法を持っていた。実は、複数属性をもつ狼獣人は過去にもおらず、サムが初めてのことだった。
そして、サムは三つの時に初めて獣化に成功する。これも異例のことだ。通常、初めての獣化は8‐10歳の間におこるのだから。獣化のタイミングが幼すぎたためか、サムは子狼に変化しかできなかったが、これからどんどん成長するに違いないと大人たちは喜んだ。
「サマルは大きくなったら当主になってウォー家を盛り立てていくのよ。」
母からはそう言われて育った。なんでも、母は狼獣人ではなく弱小の鼠獣人であったため、ウォー家に嫁に入って相当な苦労をしていたらしい。
優秀な息子を生んだことが母の誇りであったのだ。
母に褒められることが嬉しくて、サムはそれはもうがむしゃらに魔法の修業を頑張ったのだ。
”闇魔法”とは相手の精神に作用する魔法である。相手に思い通りの行動をさせたり、意見を変えさせたりすることができる。
ただ、狼獣人に対してこれを使うことは一族ではご法度とされていた。母は昔、闇魔法で嫌な思いをしたことがあるらしく、誰彼構わず遊びで闇魔法をかけてはいけない、とサムに言い聞かせていた。
”風魔法”は文字通り、風を操る魔法であり、母から譲り受けた属性だ。優秀な風魔法の使い手であった母はそのすべてを息子に余すとことなく教えてくれた。
風魔法の最も強力な技は”かまいたち”といって鋭い風の刃を繰り出す技だ。これをいたずらに人に向けてはならないと母はサムに教えた。これは人を助け、守るために使う技なのだ、と。
そして、10歳になるころにはサムはどちらの魔法もすっかり極め、神童と呼ばれていた。
魔法の修業に励む間に、サムは外の世界に興味を持つようになった。外国語に堪能な出入りの商人たちと交流を持ち、異国語を学ぶようになった。
まずはすでに話せるオールディー語に近いブルテン語を、その後、その商人がおすすめだというポートレット帝国語を学んだ。
「ポートレット帝国では我が国の魔道具をヒューゲンの三倍の値段で買ってくれるのですよ。これから付き合いも増えていくだろうし、学んでおいて損はないでしょう。」
外の世界に思いを馳せる息子を母はいつも心配していた。
「サマル、ルクレツェンは他国と交流をしていないの。商人たちもね、珍しい品を持ってはいるけれど、関所で交流をしているだけで異国まではいけないのよ。」
ウォー家は排他的な家だったが、ルクレツェンも排他的な国だった。
サムが13歳の春に日常は一変した。
従弟が獣化したことにより、サムの獣体が狼ではなく犬であったことが判明したのだ。
犬…。
サムはヒューゲンからの犬図鑑を見ていた。そこに載るジャーマン・スピッツ犬にサムはそっくりだ。
「おい!あそこにお犬様がいるぞ!」
「いくら神童って言われててもその正体が犬なんじゃな!」
もてはやされるサムに対していい思いを抱いていなかった親戚の少年たちは、サムを散々犬だと呼んでからかった。別にそれは我慢できた。我慢できなかったのは…。
「まさか…!犬だったなんて…!」
母は父の腕の中で毎晩泣き崩れていた。
「それでもサマルが優秀な子であることには変わりないじゃないか。」
「でも!犬だなんて一族に受け入れられないわ!」
母がヒステリックに叫んでいる様子をサマルはいつも扉の陰から見ていた。自分が大好きな母を追い詰めている。そう思ったサムはわずかな荷物で家を飛び出していた。
もう、ルクレツェンにいる意味はない。行ってみたかった異国に行こう。
風魔法と闇魔法を使いこなすサムにとって関所はないのと同じだ。あっというまにヒューゲン側に抜けた。
ヒューゲンに出て、サムは初めて闇魔法が万能ではないことを知った。闇魔法が効かない人物が確かに世界には存在するのだ。
そして、サムは世間知らずだった。物の価値も知らず、わずかばかりの所持金はすぐに底をつき、宿にも泊まれなくなった。働かなければならないが、魔法は神童であっても、それがどんな仕事に生かせるのか、サムは全く知らなかった。後は多少の異国語が話せるくらい。
小汚いガキが通訳の仕事ができると言っても誰が信用するだろうか。しかも、ブルテン語と、あのポートレット帝国語である。ポートレット帝国が侵略国家であることをサムはヒューゲンに出てきて初めて知った。
万策尽きたサムは犬に変化して生活することにした。
犬として愛想を振りまき、時に闇魔法も駆使して食べ物を得た。寝床も犬であれば雨さえしのげればいい。
せっかくだから、ブルテンに行ってみよう。そう思い立って闇魔法を使って商船に紛れ込んだ。なぜか犬の姿では簡単な風魔法しか使えないから。
この商船では闇魔法が効きやすい人が多く、サムは悠々自適な船旅をしていた。
しかし、あと三日ほどでブルテンというところで、船は海賊に襲われた。
「なんだ?この犬、売り物か?」
ナイフを持った海賊たちに迫られて、闇魔法をとりあえず放ち、サムは海に飛び込んだ。
「あ!おい!」
「放っておけよ。」
海賊たちは追って来なかった。船から十分に距離を取ったサムは人型になって風魔法を使おうとして、ぎょっとする。馬の上半身に魚の下半身。魔物が追ってきたのだ。それもたくさん。
パニックになったサムは闇魔法をひっちゃかめっちゃかに発動する。食べるな!陸に行かせてくれ!この時初めて闇魔法が魔物に対しても有効であることをサムは初めて知った。
魔物たちはサムの体を鼻先で押しながら、陸地までぐんぐんと泳いでいったのだ。たどり着いた先は、あの”海馬の入り江”であった。
よろよろと入り江にたどり着いたサムは魔力切れを起こし、その場で犬の姿のまま倒れてしまった。
生まれ持った魔力量の多さから、魔法属性は狼獣人の一般的な闇魔法の他に風魔法を持っていた。実は、複数属性をもつ狼獣人は過去にもおらず、サムが初めてのことだった。
そして、サムは三つの時に初めて獣化に成功する。これも異例のことだ。通常、初めての獣化は8‐10歳の間におこるのだから。獣化のタイミングが幼すぎたためか、サムは子狼に変化しかできなかったが、これからどんどん成長するに違いないと大人たちは喜んだ。
「サマルは大きくなったら当主になってウォー家を盛り立てていくのよ。」
母からはそう言われて育った。なんでも、母は狼獣人ではなく弱小の鼠獣人であったため、ウォー家に嫁に入って相当な苦労をしていたらしい。
優秀な息子を生んだことが母の誇りであったのだ。
母に褒められることが嬉しくて、サムはそれはもうがむしゃらに魔法の修業を頑張ったのだ。
”闇魔法”とは相手の精神に作用する魔法である。相手に思い通りの行動をさせたり、意見を変えさせたりすることができる。
ただ、狼獣人に対してこれを使うことは一族ではご法度とされていた。母は昔、闇魔法で嫌な思いをしたことがあるらしく、誰彼構わず遊びで闇魔法をかけてはいけない、とサムに言い聞かせていた。
”風魔法”は文字通り、風を操る魔法であり、母から譲り受けた属性だ。優秀な風魔法の使い手であった母はそのすべてを息子に余すとことなく教えてくれた。
風魔法の最も強力な技は”かまいたち”といって鋭い風の刃を繰り出す技だ。これをいたずらに人に向けてはならないと母はサムに教えた。これは人を助け、守るために使う技なのだ、と。
そして、10歳になるころにはサムはどちらの魔法もすっかり極め、神童と呼ばれていた。
魔法の修業に励む間に、サムは外の世界に興味を持つようになった。外国語に堪能な出入りの商人たちと交流を持ち、異国語を学ぶようになった。
まずはすでに話せるオールディー語に近いブルテン語を、その後、その商人がおすすめだというポートレット帝国語を学んだ。
「ポートレット帝国では我が国の魔道具をヒューゲンの三倍の値段で買ってくれるのですよ。これから付き合いも増えていくだろうし、学んでおいて損はないでしょう。」
外の世界に思いを馳せる息子を母はいつも心配していた。
「サマル、ルクレツェンは他国と交流をしていないの。商人たちもね、珍しい品を持ってはいるけれど、関所で交流をしているだけで異国まではいけないのよ。」
ウォー家は排他的な家だったが、ルクレツェンも排他的な国だった。
サムが13歳の春に日常は一変した。
従弟が獣化したことにより、サムの獣体が狼ではなく犬であったことが判明したのだ。
犬…。
サムはヒューゲンからの犬図鑑を見ていた。そこに載るジャーマン・スピッツ犬にサムはそっくりだ。
「おい!あそこにお犬様がいるぞ!」
「いくら神童って言われててもその正体が犬なんじゃな!」
もてはやされるサムに対していい思いを抱いていなかった親戚の少年たちは、サムを散々犬だと呼んでからかった。別にそれは我慢できた。我慢できなかったのは…。
「まさか…!犬だったなんて…!」
母は父の腕の中で毎晩泣き崩れていた。
「それでもサマルが優秀な子であることには変わりないじゃないか。」
「でも!犬だなんて一族に受け入れられないわ!」
母がヒステリックに叫んでいる様子をサマルはいつも扉の陰から見ていた。自分が大好きな母を追い詰めている。そう思ったサムはわずかな荷物で家を飛び出していた。
もう、ルクレツェンにいる意味はない。行ってみたかった異国に行こう。
風魔法と闇魔法を使いこなすサムにとって関所はないのと同じだ。あっというまにヒューゲン側に抜けた。
ヒューゲンに出て、サムは初めて闇魔法が万能ではないことを知った。闇魔法が効かない人物が確かに世界には存在するのだ。
そして、サムは世間知らずだった。物の価値も知らず、わずかばかりの所持金はすぐに底をつき、宿にも泊まれなくなった。働かなければならないが、魔法は神童であっても、それがどんな仕事に生かせるのか、サムは全く知らなかった。後は多少の異国語が話せるくらい。
小汚いガキが通訳の仕事ができると言っても誰が信用するだろうか。しかも、ブルテン語と、あのポートレット帝国語である。ポートレット帝国が侵略国家であることをサムはヒューゲンに出てきて初めて知った。
万策尽きたサムは犬に変化して生活することにした。
犬として愛想を振りまき、時に闇魔法も駆使して食べ物を得た。寝床も犬であれば雨さえしのげればいい。
せっかくだから、ブルテンに行ってみよう。そう思い立って闇魔法を使って商船に紛れ込んだ。なぜか犬の姿では簡単な風魔法しか使えないから。
この商船では闇魔法が効きやすい人が多く、サムは悠々自適な船旅をしていた。
しかし、あと三日ほどでブルテンというところで、船は海賊に襲われた。
「なんだ?この犬、売り物か?」
ナイフを持った海賊たちに迫られて、闇魔法をとりあえず放ち、サムは海に飛び込んだ。
「あ!おい!」
「放っておけよ。」
海賊たちは追って来なかった。船から十分に距離を取ったサムは人型になって風魔法を使おうとして、ぎょっとする。馬の上半身に魚の下半身。魔物が追ってきたのだ。それもたくさん。
パニックになったサムは闇魔法をひっちゃかめっちゃかに発動する。食べるな!陸に行かせてくれ!この時初めて闇魔法が魔物に対しても有効であることをサムは初めて知った。
魔物たちはサムの体を鼻先で押しながら、陸地までぐんぐんと泳いでいったのだ。たどり着いた先は、あの”海馬の入り江”であった。
よろよろと入り江にたどり着いたサムは魔力切れを起こし、その場で犬の姿のまま倒れてしまった。
12
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。
何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。
困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。
このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。
それだけは御免だ。
結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。
そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。
その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。
「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる