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第五章 Side A
閑話 サムの独白 4
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何故か、エリーとあの男の縁談は先延ばしとなった。
修復できなさそうな深すぎる溝のせいだろうか?貴族の縁談とは、そういった個人的な理由で先延ばしになるものなのだろうか?
エリー自身も首をひねっていた。エリーにわからないものが、サムにわかるはずもなかった。
「ところでエリー、オルグレン公爵家のご令息との縁談があると聞いたが、海軍はやめるのか?」
「…いえ、どうやら保留になっているようで、兄にも海軍で実戦に出るようにと。」
「実戦だって!?フレディは正気なのか!?」
エリーの伯父である人物との会話で、エリーが実戦に出ることを初めて知ったサムはご機嫌に振っていた尻尾をぴたりと止めてしまった。
「私は海軍に所属しているのですから、覚悟はできています。兄上が思うように戦場に出れない中、私が出ることでアーチボルト家の本気を示せます。
しかし、縁談のことを思うとどうにも腑に落ちません。」
エリーの伯父も同意を示して、サムの方を見る。
「この子も連れて行くのかい?」
ジョシュアがサムを示す。
「いえ、さすがにそれは。」
思わず、尻尾が下がってしまった。エリーはサムを置いて戦場に出てしまうつもりだ。どうにかしなくては。
焦って策をめぐらせていたサムだったが、乗船の許可はあっさりとエバンズ大佐改め、少将から降りた。
「アーチボルト二等は犬を連れて乗船しろ。」
「……は?」
「もう一回言うか?」
初めてサムはエリー以外の人物に向けて尻尾を振ってしまった。
「い、いえ。しかし、海戦では長期で海上にいることになりますし、食糧も限られています。サムは仕事をできるわけでもないですし…。」
「構わない。その犬の不思議の術が役に立つかもしれない。」
エリーは不満げだが、少将の命令には逆らえない。…そういえば、少将に昇進したらこいつはエリーとの縁談が用意されているんじゃなかったか?あの男とエリーの縁談を何とか破談にしても、このままではエリーはこっちと結婚してしまうかも。
そう思うと、尻尾は止まった。
「まあ、いいじゃないか。連れてってやれば。」
アイザックまで背中を押してくれて、ようやくエリーは承諾してくれた。
ーーーー
サムは実戦がどんなものなのか、わかっていなかった。
エリーに隠れて海軍の訓練を受けていたので、乱闘に巻き込まれるようなことになっても大丈夫だろうと思っていた。それに自分には闇魔法と風魔法があるし、犬の牙もある。
それに乗船するのは第一線の司令船で直接の戦闘に参加する機会はまずないだろう、と。
実際、敵が船に乗り込んでくる直前になるまで、どんなものかわかっていなかったのだ。
「サム、よく聞いて。」
戦闘準備をするエリーを見上げていると本人から声をかけられた。
「部屋に戻ってそこで待っていて。」
部屋とはサムが寝泊まりしているエリーに与えられた船室のことだろう。エリーはサムに隠れているようにと言っているのだ。
「ここは、戦闘になるわ。見たところ手練れがたくさん乗り込んでくるようだし、サムがいたら危ないわ。私も助けてあげられないのよ?」
サムだって戦える。エリーに守ってもらう必要はない。意思を込めて石のように動かずにいた。
「サム!」
「エリー、放っておけ!」
アイザックの声と同時に船に大きな衝撃があり、敵が乗り込んできた。
サムは突然のことに思わず固まってしまったが、エリーの動きは速かった。次々と敵を切り伏せていく。
「指令を出しているのは上級の隊長、敵の隊長を殺せ!」
「あれは女じゃないか?生け捕りにして久々に女で遊ぼうぜ!」
殺意高く船に乗り込んできたガラの悪そうなポートレット帝国兵にサムの殺意は一気に高まった。自然と硬直は解けて奮戦するエリーを助けるために闇魔法を駆使する。
闇魔法にかかる帝国兵には戦闘を放棄させるか、エリーの盾になるように誘導した。戦意の低い兵たちは簡単に自分から戦闘を放棄した。戦意が高い兵も、よっぽど女が恋しいのか、エリーに対しては殺意が薄い。エリーの盾になるように感情を操るのは簡単だった。
しかし、それでも間に合わない時がある。敵が多いため、エリーに剣が届きそうになる機会も多かった。そういう時は自ら歯を立てて、食いちぎる勢いで噛みついた。
人型に戻って大規模な風魔法を使えば、一瞬で帝国兵を追い払える。
そのことが脳裏をよぎったが、エリーがなんと思うかが気になり、エリーの前で人型には戻れなかった。
そんな時、新手が船に乗り込んできた。
「船を一隻落とすのにいつまで時間をかけているんだ!頭を狙えって言っただろうが!」
大声でわめきながら乗り込んできたのは、プラチナブロンドに真っ黒な装いの若い男だった。なにやら一点を指さしてさらに声を上げた。
「あそこにいる黒髪の男が隊長だ!」
一瞬で隊長の位置を見破ったことにサムは驚いて目を見開く。サムが驚いている間にエリーは動いていた。
敵の合間を駆け抜けて、プラチナブロンドの男に肉薄すると一撃を加えた。驚いている男にさらに迫っていく。
「…女がなぜここに!?」
エリーの剣は相手の腹に深々と刺さってもろとも倒れこみ、船のへりに激突した。それを見ていたサムも慌ててエリーの方へと駆け寄るが、その前に敵兵たちが雄たけびを上げた。
「イヴァン皇子!」
「皇子をお助けしろ!」
「このクソ女、殺してやる!」
エリー、逃げて!サムは闇魔法を発動するが敵兵たちの強い怒りの前になす術がない。エリーも危機を察知して起き上がったが、不自然に転んだ。
ダメだ、間に合わない、このままじゃエリーが死ぬ…。
「エリー!!!」
船に乗ってから長らく聞いていなかった自分の声が響く。サムは迷う間もなく人型に戻っていた。風魔法の奥義、かまいたちを発動し、敵兵を容赦なく切り刻む。
そしてエリーの腕をつかんでいたプラチナブロンドの敵兵を蹴とばして、エリーを思い切り抱きしめた。
そういえば、ずっとこうしたかったんだったな。そう思ってサムはエリーに叩かれるまで彼女を強く抱きしめ続けた。
修復できなさそうな深すぎる溝のせいだろうか?貴族の縁談とは、そういった個人的な理由で先延ばしになるものなのだろうか?
エリー自身も首をひねっていた。エリーにわからないものが、サムにわかるはずもなかった。
「ところでエリー、オルグレン公爵家のご令息との縁談があると聞いたが、海軍はやめるのか?」
「…いえ、どうやら保留になっているようで、兄にも海軍で実戦に出るようにと。」
「実戦だって!?フレディは正気なのか!?」
エリーの伯父である人物との会話で、エリーが実戦に出ることを初めて知ったサムはご機嫌に振っていた尻尾をぴたりと止めてしまった。
「私は海軍に所属しているのですから、覚悟はできています。兄上が思うように戦場に出れない中、私が出ることでアーチボルト家の本気を示せます。
しかし、縁談のことを思うとどうにも腑に落ちません。」
エリーの伯父も同意を示して、サムの方を見る。
「この子も連れて行くのかい?」
ジョシュアがサムを示す。
「いえ、さすがにそれは。」
思わず、尻尾が下がってしまった。エリーはサムを置いて戦場に出てしまうつもりだ。どうにかしなくては。
焦って策をめぐらせていたサムだったが、乗船の許可はあっさりとエバンズ大佐改め、少将から降りた。
「アーチボルト二等は犬を連れて乗船しろ。」
「……は?」
「もう一回言うか?」
初めてサムはエリー以外の人物に向けて尻尾を振ってしまった。
「い、いえ。しかし、海戦では長期で海上にいることになりますし、食糧も限られています。サムは仕事をできるわけでもないですし…。」
「構わない。その犬の不思議の術が役に立つかもしれない。」
エリーは不満げだが、少将の命令には逆らえない。…そういえば、少将に昇進したらこいつはエリーとの縁談が用意されているんじゃなかったか?あの男とエリーの縁談を何とか破談にしても、このままではエリーはこっちと結婚してしまうかも。
そう思うと、尻尾は止まった。
「まあ、いいじゃないか。連れてってやれば。」
アイザックまで背中を押してくれて、ようやくエリーは承諾してくれた。
ーーーー
サムは実戦がどんなものなのか、わかっていなかった。
エリーに隠れて海軍の訓練を受けていたので、乱闘に巻き込まれるようなことになっても大丈夫だろうと思っていた。それに自分には闇魔法と風魔法があるし、犬の牙もある。
それに乗船するのは第一線の司令船で直接の戦闘に参加する機会はまずないだろう、と。
実際、敵が船に乗り込んでくる直前になるまで、どんなものかわかっていなかったのだ。
「サム、よく聞いて。」
戦闘準備をするエリーを見上げていると本人から声をかけられた。
「部屋に戻ってそこで待っていて。」
部屋とはサムが寝泊まりしているエリーに与えられた船室のことだろう。エリーはサムに隠れているようにと言っているのだ。
「ここは、戦闘になるわ。見たところ手練れがたくさん乗り込んでくるようだし、サムがいたら危ないわ。私も助けてあげられないのよ?」
サムだって戦える。エリーに守ってもらう必要はない。意思を込めて石のように動かずにいた。
「サム!」
「エリー、放っておけ!」
アイザックの声と同時に船に大きな衝撃があり、敵が乗り込んできた。
サムは突然のことに思わず固まってしまったが、エリーの動きは速かった。次々と敵を切り伏せていく。
「指令を出しているのは上級の隊長、敵の隊長を殺せ!」
「あれは女じゃないか?生け捕りにして久々に女で遊ぼうぜ!」
殺意高く船に乗り込んできたガラの悪そうなポートレット帝国兵にサムの殺意は一気に高まった。自然と硬直は解けて奮戦するエリーを助けるために闇魔法を駆使する。
闇魔法にかかる帝国兵には戦闘を放棄させるか、エリーの盾になるように誘導した。戦意の低い兵たちは簡単に自分から戦闘を放棄した。戦意が高い兵も、よっぽど女が恋しいのか、エリーに対しては殺意が薄い。エリーの盾になるように感情を操るのは簡単だった。
しかし、それでも間に合わない時がある。敵が多いため、エリーに剣が届きそうになる機会も多かった。そういう時は自ら歯を立てて、食いちぎる勢いで噛みついた。
人型に戻って大規模な風魔法を使えば、一瞬で帝国兵を追い払える。
そのことが脳裏をよぎったが、エリーがなんと思うかが気になり、エリーの前で人型には戻れなかった。
そんな時、新手が船に乗り込んできた。
「船を一隻落とすのにいつまで時間をかけているんだ!頭を狙えって言っただろうが!」
大声でわめきながら乗り込んできたのは、プラチナブロンドに真っ黒な装いの若い男だった。なにやら一点を指さしてさらに声を上げた。
「あそこにいる黒髪の男が隊長だ!」
一瞬で隊長の位置を見破ったことにサムは驚いて目を見開く。サムが驚いている間にエリーは動いていた。
敵の合間を駆け抜けて、プラチナブロンドの男に肉薄すると一撃を加えた。驚いている男にさらに迫っていく。
「…女がなぜここに!?」
エリーの剣は相手の腹に深々と刺さってもろとも倒れこみ、船のへりに激突した。それを見ていたサムも慌ててエリーの方へと駆け寄るが、その前に敵兵たちが雄たけびを上げた。
「イヴァン皇子!」
「皇子をお助けしろ!」
「このクソ女、殺してやる!」
エリー、逃げて!サムは闇魔法を発動するが敵兵たちの強い怒りの前になす術がない。エリーも危機を察知して起き上がったが、不自然に転んだ。
ダメだ、間に合わない、このままじゃエリーが死ぬ…。
「エリー!!!」
船に乗ってから長らく聞いていなかった自分の声が響く。サムは迷う間もなく人型に戻っていた。風魔法の奥義、かまいたちを発動し、敵兵を容赦なく切り刻む。
そしてエリーの腕をつかんでいたプラチナブロンドの敵兵を蹴とばして、エリーを思い切り抱きしめた。
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