二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

文字の大きさ
58 / 75
第六章 Side B

1 エリーと想定外の事態

しおりを挟む
春が来て、今年のポートレット帝国軍の侵攻が始まった。詳しい戦況が入ってきたのは夏の終わりで、エリーには王太子妃のエスメラルダから定例のお茶会で伝えられた。

「無事に退けられたみたいよ。あなたが仕入れてきた情報の通り、”白い犬”が活躍したみたい。」

「そうですか。」

「これはここだけの話なのだけれど、その犬がね、人に変化したらしいの。」

「……え?」

犬が人に変化した?

「………え゛?」

「どうにもね、獣人だったようなのよ、その犬。」

獣人。以前、エスメラルダと話題にしたことがある。大陸の内地に住むという、獣の技を使う人々だ。

「獣人は、獣に変化できるのですか?獣の特徴を持つとは聞いたことがありますが。」

「私もそんな事例があるとは今回初めて知ったわ。でも他と交流を持たない人々だし、知られていない情報があってもおかしくはないわ。」

「わが軍のために戦っているのですか?」

「その様よ。敵が今回新しく出してきた船型の魔道具は彼の活躍でほとんど海に沈められたそうよ。」

過去にないほどの打撃をうけたポートレット帝国軍は例年より早く完全撤退を始めているようだ。

「ブルテン軍は来年以降、彼について帝国軍が対策を取る前に、と追撃してさらなる打撃を加えているそうよ。」

今年の侵攻は、ほとんど終わったといってよい様だ。ひとまず、エリーは自分がもたらした情報が正しかったことに安堵する。

「国王陛下は彼に爵位を与えて囲い込むことを考えているみたい。その時に、彼が犬に変化できることは伏せておくつもりみたいなの。だから、あなたも彼が犬になれることは口外しないように。」

「わかりました。今年の侵攻が終わった後に、そうなるのでしょうか?」

「ひとまずは彼の身辺調査なんかも必要だからそんなにすぐではないわ。」

エスメラルダはため息をつく。

「まだ肝心のアーチボルト大将も大活躍したという獣人も海の上よ。落ち着いてようやく細かい情報が来たと思ったら、新情報のオンパレードで、エイブはもうてんやわんやよ。」

エイブ、とは王太子フェイビアンの愛称である。

「最近は王太子殿下の評判もうなぎ上りです。細やかな政策と気配りに国民たちからの支持も厚くなっているとか。裏で大変なご苦労があるのではないかとお察しします。」

「そうなのよ。いつも疲れ切って寝室に帰ってくるから子作りもできやしないわ。」

エスメラルダのはっきりした物言いをエリーは気に入っているが、社交界では眉をひそめれるのだろう。社交の後はいつもお茶会の場で愚痴を吐いている。

「でも、帝国軍を退けたというのは良い知らせのはず。殿下も気が楽になっているのでは。」

「そうね。今日あたり、誘ってみようかしら。」

エスメラルダはちらりとエリーを見た。なんだろうと首をかしげる。


「それであなたの方は夫婦生活はどうなの?」

「どうなの…とおっしゃられても、ないとしか。」

「そうよね…。」

エリーと夫であるブラッドリーはいずれ離縁する間柄だ。夫婦生活はもちろんない。エスメラルダは知らないことだが、結婚時から契約でそのように決まっている。
特に身の危険を感じたこともない。そもそもブラッドリーには性欲がないのではないか、とエリーは思っている。それぐらい仕事人間なのだ。

「あなたが私たちの子供の乳母になってくれたら最高じゃないかとちょっと思ったのよ。」

「乳母ですか?まさか、私には無理ですよ。」

「別に乳母には学歴はいらないわよ。必要なのは信頼と子育ての経験。信頼は厚いからあとは子育てさえしててくれればね。」

エスメラルダはため息をついた。

「ブラッドリー殿とアーチボルト伯爵令嬢との縁談も進展がないし、あなたも宙ぶらりんな状態よね。」

「ええ…。」


そう、エリーのもたらした情報は図らずもブラッドリーの最愛の人との縁談を止めることになった。”白い犬”は彼女の愛犬であったため、彼女なしで犬を戦場に連れていけなかったからだ。

アーチボルト嬢が戦死したり、再起不能な怪我をしたりという連絡はない。無事であることを祈るばかりだ。自身の円満な離縁のためにも。



ーーーー



エリーが『離縁後は王太子妃殿下の侍女になるから契約通りに離縁してくれ』とブラッドリーに伝えたのは冬のことで、あの後の彼は珍しく熱を出して寝込んだ。

家令のリチャードによれば8歳の時以来の熱らしい。

エリーも使用人たちに期待されて、何度か看病をした。

「すまない、君にこんな手間をかけさせて…。」

ブラッドリーは珍しくしおらしかった。

「きっと働きすぎたのです。ゆっくりお休みになってください。」

「いや、そうではないんだ…。」

ブラッドリーはなにやらごにょごにょ言っていたが聞こえないのでスルーした。その間も手際よく彼の看病をしてやる。

「手慣れているな。」

「弟妹が熱を出したら看病するのは私の仕事でしたので。」

「そういえば、妹が二人に弟がいたな…。」

「はい。旦那様の援助のおかげで弟は秋から王立学園に通っていますよ。」

「ということは今年13歳か。妹たちはいくつだ?」

「18歳と16歳です。」

ブラッドリーがエリーの家族のことに興味を示すのは初めてだ。

「上の妹は適齢期だな。妹たちの縁談は?」

「上の妹はフリーマントル辺境伯家で侍女として働いております。下の妹も領地の学園を卒業後は働くつもりの様です。」

「俺の方で縁談を世話しようか?」

「いえ、結構です。」

ブラッドリーが用意する縁談など、怖くて妹には薦められない。

「………なぜだ?」

「我々は国王陛下の不興を買っています。私も妹たちも貴族家と縁づく縁談は諦めていますから。それで職業婦人の道を選んでいるのです。妹たちよりも弟にお願いしますわ。」

「…お前も離縁後は働くつもりだったな。」

「はい。」

「それなら我が家で第二夫人をしている方がいいのではないか?」

またその話か。

「旦那様は意中のお方と上手くいっていないのですか?エリザベス・アーチボルト伯爵令嬢と。」

エリーの口からその名が出てきたことにブラッドリーは驚いて目を丸くする。

「だから私を屋敷に残そうとされるのですか?しかし、妻が二人もいるなど、王族以外ではありえない話です。意中のお方も嫌がるのではないのですか?」

「…エリーは自分が第二夫人になっても構わないと言っていた。」

ここで言うエリーとはアーチボルト嬢のことだ。

「君との間に遺恨を残すなと。」

「それは大変できた方なのですね。私としても異存はないのだとお伝えください。直接お話ししても構いませんよ。」

なんとなく、エリーはアーチボルト嬢とブラッドリーは相思相愛なのだと思っていた。やむを得ず引き離されてしまっただけの恋人同士だと。
理性のある人なのだろう、彼女は。だからブラッドリーとも別れ、海軍への道を選んだのだ。

ブラッドリーは微妙な顔をしていたが、エリーは気づかないふりをした。



ーーーー



秋も深まったころ、その知らせは王都にもたらされた。その日はブラッドリーも休日で、なぜかエリーとエリーお気に入りのガゼボでお茶を飲んでいた。

あの熱の後、ブラッドリーはエリーとこういう時間を持つようになっていた。だからと言って、何か実のある話をするわけではない。ただ、最近何をしているかを話すだけだ。


「旦那様!ポートレット帝国の密偵からの速報です!」

そういった仕事も手伝っているリチャードからもたらされた知らせに、そわそわしていたブラッドリーの顔が引き締まった。
すぐにその知らせに目を通す。心なしか驚いたような顔をしている。


「帝国で反乱が起きたようだ。」

それでけ言うとブラッドリーは立ち上がった。

「すまない。この埋め合わせはまた。」

「いえ、お気になさらず。」

埋め合わせるようなことだったんだな、と頭の片隅で思うが、思考はほとんど速報の内容にとられていた。

「しばらく帰れないと思う。留守を頼む。」

「いってらっしゃいませ。」


それから一か月の間、ブラッドリーは帰宅できなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

処理中です...