城下のインフルエンサー永遠姫の日常

ぺきぺき

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1 永遠姫と大好きな家族

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国の名門貴族である九条くじょう家には三歳の小さなお姫様がいた。帝が暮らすお城のよく見える大きなお屋敷で大好きな家族と仲良く暮らしていた。

お姫様の名前は永遠とわ。黒髪をまとめた二つのお団子ヘアと眉上で切りそろえた前髪がチャーミングな女の子である。


「ちーちーうーえー!」


名門貴族のお姫様である永遠は、まだ三歳であるが、読み書きのお勉強をしていた。筆を持って半紙に大きく習いたての文字を書いていく。
いかんせん、まだ三歳であるので、一文字書くごとに手や顔や服を墨で汚してしまう。


「はーーはーーうーえー!」


特に『は』の字は永遠には難しかった。それでもなんとか書き上げて、筆を放り投げて立ち上がる。もちろん、放り投げた筆には墨がついており、床に敷物がなければ高級な畳を汚してしまっていたことだろう。

「書けたー!!」

墨も乾く前に渾身の作品をつかんでダッと走り出した永遠。手習いの先生が慌てて追いかけるが、三歳児とは思えない俊敏さで部屋を飛び出して屋敷の廊下を走り抜ける。

永遠が走り回って探していた人物は九条家自慢の畑の前に敷物を敷いてくつろいでいた。

「ちちうえ!ははうえ!」

永遠は裸足のまま屋敷を飛び出して、母の膝の上でお昼寝をしている父のお腹の上に飛び乗った。その勢いに、ぐえっとなってもおかしくないのだが、永遠の父は一切ひるまずに勢い余って倒れこみそうになった永遠を支えてくれた。


「みて!これ、とわがかいたんだよ!」

得意げに差し出した半紙は……汚れすぎて何が書いてあるのかわからなかった。


「これは前衛的な水墨画だね、永遠。何を描いたのかな?」

父は永遠をお腹に乗せたまま起き上がると永遠の作品を覗き込む。母は呆れたように永遠から半紙を受け取ると言った。

「今日の永遠は手習いの練習だったはずだ。これは絵じゃなくて文字なんだろう。」

「こっちが『ちちうえ』で、こっちが『ははうえ』だよ。」

永遠も自分の作品が書き上げた時とは全く違う真っ黒な汚れでいっぱいなのを見て涙目になる。すると母が優しく頭をなでてくれた。

「よく書けたな、永遠。次はもっと上手に書けたものを見せてくれるんだろう?」

「うん!」


永遠がこの世で一番好きなのは父と母である。

父は屋敷からも見える大きなお城で働いている。帝という偉い人を守るのがお仕事だ。お仕事の日はかっこよくて自慢の父なのだが、お仕事がない日はいろいろなものを枕にそこら中で寝ている。特に母の膝枕が一番のお気に入りだ。
父にとって屋敷と母の膝は『安心できる場所』なのだそうだ。永遠にとっても父と母の間は世界で一番『安心できる場所』である。

母はいつも忙しい。母もお城でたまに働いているのだが、長い時間を屋敷で働いている。なんでも、お城での仕事が忙しい父に代わって、本来父の仕事であるはずの『当主』の仕事を母が大半引き受けているらしい。屋敷には母の命令を待っている人がいっぱいいて、父にとっては休む場所である屋敷も母にとっては仕事場なのだ。だから、母が屋敷にいても一緒に過ごせない時間は長い。
永遠が大きくなったら、母上の仕事を手伝って、もっと長い時間一緒にいるようになるのが目標だ。



「永遠姫!この真っ黒に汚れたお召し物はなんですか!旦那様の服まで汚して!」

父と母に挟まれる至福の時間は朝子あさこの雷によって終了した。永遠はヒヤッと首を縮こませて父に抱き着く。

「廊下にも墨の汚れがたくさんありましたよ!」

朝子は屋敷で永遠たち家族のお世話をしてくれる女中頭だ。時には母の侍女で、永遠のお世話係でもある。


「朝子、汚れてもいい服だから、永遠を叱らないでやってくれ。」

「そういうわけにはいきません、旦那様!」

「そうだな。そんなに汚したのは確かに問題だな。」

父は永遠をかばったが母は朝子に同調し、父からべりっと永遠を引きはがした。

「ははうえ…!」

永遠は今度は母に抱き着こうとしたが、鋭い一言で拒絶される。

「汚い。」

ガーンとうなだれた永遠を一瞥した母は再び永遠を父のもとに返した。

「父上と風呂に入って綺麗にしておいで。」


母に抱っこしてもらうために永遠がお風呂場に走っていったのを、また朝子が叱りつける。これがいつもの九条家の光景だ。



ー---



ある日、永遠が目覚めると母が美しい水色の着物を着て父と出かけるところだった。

「ああ、永遠、起きたかい?」

「ちちうえ、ははうえ、おはようございます!とわもいっしょにおでかけする!」

「おはよう、永遠。今日は城での大事な仕事だから駄目だ。顔を洗って、朝ごはんを食べて、読み書きの練習をして待っていなさい。」

父と母は買い物には永遠を連れて行ってくれるが、仕事には連れて行ってくれない。永遠はむくれ顔で両親を送り出すこととなった。今回の仕事には朝子を同伴し、父の秘書の鳴海なるみがお留守番をするとのことだったので、朝ごはんを鳴海と食べることにした。

「とわ、トマトきらい。」

「そうですか…。奥様はトマトが嫌いな子供は嫌いだとおっしゃっていましたよ?」

「…!とわ、トマトすき!おやさいでいちばんすき!」

永遠が頑張って永遠用に用意された朝食を完食すると、ご褒美だよと言って料理長がフルーツを切ってきてくれた。いつもなら父か母がいて『偉いね、永遠』と言ってくれるのだが、不在の時にはそれでご機嫌をとれないために、永遠の好物のフルーツを食後に出すことが許されているのだ。

食事の後は永遠による鳴海への質問攻めが始まる。

「ちちうえとははうえはいつかえってくるの?」

「お昼ごろにはお二人とも一度帰宅される予定ですよ。」

「おひるごはんはいっしょ?」

「はい。」

「ちちうえとははうえはなにをしにいったの?」

「本日は皇后陛下主催の花見の会に参加されています。」

「こうごうへいか?はなみのかい?」

「帝の奥方を皇后陛下とお呼びするのですよ。花見の会は花を皆でめでる会です。」

「それ、とわはいったらだめだったの?」

「本日は成年の方のみの招待です。つまり、まだ子供である永遠姫は参加できません。」

「なんでこどもはさんかできないの?」


永遠の追及が苦しくなってきたところで、九条家に来客があった。

「鳴海殿、藤堂弥生とうどうやよい様がいらっしゃいました。」

「やよいおじちゃんだ!!」

それを聞いた永遠は勢い良く立ち上がると、三歳とは思えない俊敏さで屋敷を駆け抜け、門のところでたたずむ大柄な青年に飛びついた。もちろん裸足で廊下から飛び出していった。

「やよいおじちゃん!」

「おう、永遠。おじちゃんはやめてくれよな。」

弥生は父の部下の一人で、普段は地方で働いている。背中には大きな剣を背負い、黒髪を無造作にひっつめた弥生はへらへらと永遠の頭を優しくたたいた。

「永遠はどんどん父上に似ていくなあ。顔がそっくりだ。」

「ほんと?」

「ああ。やっぱり親子は似るんだな。」

「じゃあ、ははうえととわはにてる?」

「んー?母上?」

弥生がしげしげと永遠の顔を見る。そして断言した。

「似てないな。100%父親似だ。」

ガーン。永遠が呆然としている間に弥生は鳴海に連れられて屋敷から出て行ってしまった。



ー---



「姫様…。今度は何を始められたのかしら…。」

「奥様には読み書きの練習をしているように言われたはずだけれど…。」

女中たちの注目を集めながら、永遠は衣装箱をあさっていた。朝に見た母の衣装を思い出しながら着物を選んでいく。

「みずいろのきものに…おびがしろ…くろいリボン…。」

引っ張り出してきた衣装をうんしょうんしょと着る。乱れてはいるがなんとか着ることができ、そして鏡を覗き込む。

「かみがははうえとちがう…。」

朝子が毎朝セットしてくれるお団子頭をなんとか自分でとこうと四苦八苦する。髪の毛を何本か抜きながら、髪をぐちゃぐちゃにしている永遠にしびれを切らした女中たちが手伝いを申し出てくれた。

「ははうえとおなじかみがたにしたいの。」

「奥様ですか…?奥様の髪結いは朝子殿が担当されるので私たちにはわかりませんが…?」

「うーん、うえはんぶんのかみだけむすんで…。」

揚々と母の髪形を説明し始めた永遠に女中たちは目を丸くした。朝、一瞬と言っていいほどの短い時間に見ただけだろうに、永遠はしっかりと母の姿を記憶していたのだ。
女中たちが四苦八苦しながら髪形を完成させると、今度は髪飾りを選ぶ。しかし、母が持っているように簪は永遠の持ち物の中にはなかった。

「姫様、こちらのリボンはどうですか?お気に入りでしたでしょう?」

「お花を飾るというのはどうですか?中庭で見ごろの花を見繕ってまいりましょう?」

女中たちはせっせと代替案を提示するが、永遠は母と同じ格好をしたいのだ。違う飾りでは意味がないのだ。

「ははうえとおなじじゃなきゃ、やだ…。」

永遠の黒い瞳にみるみると涙の膜がはり、今にもこぼれそうになる。女中たちが困ったように顔を見合わせた時に天からの救いの声が届いた。


「旦那様と奥様のお帰りです!」

永遠ははっと顔をあげるとすくっと立ち上がると廊下をばたばたと泣きながら走り出した。

「ちちうえ!ははうえ!」

「永遠?服を着替えたのか?…なんで泣いてる?」

ぐずぐずと泣きながら母に抱き着いた永遠に、朝子がさっと手ぬぐいを差し出し、母のおしゃれな衣装が永遠の涙と鼻水で汚れるのを防いだ。

「とわ、ははうえのこどもじゃないの!?」

「「「え?」」」

父と母と、そして朝子が驚いて声をそろえた。

「永遠は母上の大事な娘だ。なんでそんなこと思ったんだ?」

「やよいおじちゃんが、とわとははうえ、にてないって!」

「似てない?弥生が?」

父と母が後ろを振り返るとそこには、大柄な青年、弥生がいた。弥生は急に指名されて「え?」と戸惑ったようにおろおろしている。

「とわ、100%ちちうえににてるって…。おやこはにるって…。にてないとわとははうえはおやこじゃない!?」

「永遠、永遠は母上にそっくりだよ?着替えた衣装は母上の真似をしたのかい?」

父がその場にしゃがみこんで永遠と視線をあわせる。泣きはらした永遠はこくんと頷いた。

「朝に会っただけなのに、よく母上の衣装を覚えていたね。自分の衣装でここまで再現するなんて、永遠は母上と似て頭がいいんだよ。」

ぐずぐずに泣きながら走ってきたため、誰も気づいていなかったが、永遠は母とそっくりな格好をしていた。着物の袷や襦袢の色、帯や帯紐の色や結び方もつたないながらに再現していた。髪飾りはないが、髪形もそっくりだ。

「これは…たしかにすごいな、永遠。」

「ほんと?とわ、ははうえににてる?」

「よく似てるよ。性格は完全に。」

母は眉をひそめて父を見た。どのあたりが似てるんだと言いたげな顔だったが、永遠は幸せな気持ちに浸っており、全く気付いていなかった。

「とわ、あたまいい?ははうえにそっくり?」

「ああ、そっくりだよ。」

母もその場にしゃがんで手ぬぐいで永遠の顔をごしごしとこする。ちょっと痛かったが、永遠は「えへへ」と笑った。

この後、お出かけの際には母とお揃いの服装で現れる永遠を見て、城下では親子コーデが流行ることとなる。



「ところで、永遠、読み書きの練習はしたのか?」

「…あ。」



ー---



夕食後、父と母が弥生とお酒を飲むのに付き合って、母の膝の上に座っていた永遠だが、あっという間に眠くなってしまい、母にしがみついてうとうとしてしまった。

うとうとする永遠の耳には「反乱」「将軍」「出兵」「軍師」といった物騒な話題が断片的に聞こえてきていたが、まだ三歳の永遠には理解ができなかった。



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