満月に囚われる。

柴傘

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28:新月の夜

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「我が君、此方ですわ。あぁ、何とおいたわしい…この上着も、この髪飾りも。貴方様には不要な物です。外して、捨ててしまいましょうね」

に言われるまま、上着を脱いでその場に捨て去る。

白く綺麗な指先が、俺の髪に触れた。そのまま褒める様に数度撫でた後、しゅるりと髪飾りを外される。
駄目だ。なんで?大事だから。違うよ。好きだから。僕は嫌い!

そんな相反する感情が脳内を支配する。ずきり、激しい痛みに思わず呻いた。

「お可哀想に…さぁさぁ、わたくしと共に参りましょう。そうすれば、何も痛くありません。この先一生、幸せに暮らしていけますよ」
「…いっしょう、しあ、わせ…?」
「はい、一生です。辛くも苦しくもなく、貴方様を害する者も何も無い。貴方様の為にだけある世界に…先代聖女様も、其方で生涯幸せに過ごされたのですよ」

聖女様、その単語に何か違和感を感じた。聖女なんて、初めて聞く筈なのに。

『シルティア、この世で一番強い魔術はね…』

ぼんやりと響く、柔らかな女性の声。以前夢に見た、知らない女性。

…違う。俺は、この人を知っている。知っているのに、忘れていた。いや、無意識に記憶に鍵をかけていた。
彼女は俺を守ってくれたから。文字通り、命をかけて。その彼女が、俺が自由に生きる事を望んだ。

俺を唆す奴に拳を打ち込む。パシンッ、さも簡単に受け止められ一瞬だけ動揺する。

今俺は、かなりの強さで打ち込んだ。並の人間なら、簡単に伸してしまう程度の強さで。
なのにコイツは受け止めた、軽々と。そしてそのまま俺の手首を捉え、ギリギリと締め上げる。

途端に走る激痛に思わず顔を歪めた。コイツは、俺じゃ敵わない。

「お痛は駄目ですよぅ、我が君。貴方様は我々を救う御柱…さぁさぁ、此方へおいでください」
「っぐ、」

声も姿も女のはず、なのに力が異常に強くてちぐはぐで。

目の前の女が化け物に見えた。事実、化け物じみた力だとも思う。俺の脳裏に過ぎるのは、呪いの二文字。
恐らく俺に呪いを掛けたのは、コイツだ。俺の力を呪いを媒介にして奪っているんだろう。でもそれも憶測に過ぎない。

訳がわからない、怖い。怖がっている場合ではないのに。

「…おやおや、まぁ…そうですか、我が君の愛しい者は穢らわしい獣なのですねぇ」

ニタニタ、嫌な笑いを浮かべる女。

奴が発した言葉に、一気に血の気が失せていく。それと同時に湧き上がる怒りに、目の前が赤く光った。
気付けば俺は女の上に馬乗りになっていて、高く拳を振り上げている。そのまま勢いよく下せば、ゴッと鈍い音がした。

もう二度三度、打ち付ける。止まらない、感情が溢れ出てくる。ヴィンスは、ヴィンスは穢らわしくなんか…!

「…ル、シル!何処だ!」
「ゔぃ、んす」

少し離れた所から聞こえる、不安に駆られた様な声。

ヴィンスが俺を、探している。大丈夫だよって、行かなきゃいけない。
俺は平気、髪飾りと上着を捨ててごめんって、謝らないと…そう思った瞬間、気付いた。

俺は今、何をしている?拳は血塗れ、女を組み伏せて。

「我が君、我々と同じ所までいらっしゃいな」

そんな酷く嗄れた声が、下から聞こえる。俺達を見下ろす新月は、引きずり込まれそうな程真っ黒だった。
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