満月に囚われる。

柴傘

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30:懐かしい声

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『おはよう、シルティア。よく眠ってたわねぇ…そんなに疲れてたの?』

くすくすと笑う、黒髪の女性。

彼女は俺の頬をくすぐるように撫でた後、二人して潜っていたベッドから抜け出した。
俺もその後を追いかけるようにベッドから降りる。俺の手を取った彼女は、優しく握りこみながらゆったりとした歩調で歩き始めた。

屋敷を出て、庭に躍り出る。色とりどりの花を横目に、ゆっくりとした散歩が続けられた。

『シルティア、この世の魔術の中で一番強いのは何だと思う?』
「…一番強い、魔術」
『そう、一番よ。何もかも圧倒的な力でふっ飛ばしちゃうの…心当たりはあるかしら?』

そう問われて、考え込む。魔術は基本、何か一つが突出して強いという訳ではない。

炎は水で消え、土は水を吸い上げる。ちゃんと、相性の良し悪しが分かりきっているから。
勿論その人の魔力量によって強弱はある。だけどそれは些細な事で、決してその人の魔術を破れないと言う訳ではない。

それこそ、神じゃないと不可能だろう。神が居るのかは、分からないけど。

「…わかんない」
『そうね、まだ難しかったかしら…でもね、シルティア。貴方はその最強の魔術を使えるのよ』
「俺が、使えるの?」
『えぇ、勿論…私も使えるし、ヴィンセントも使えるわ。誰にだって、使えない事はないの。皆、その魔術に気づいていないだけ』

さらり、彼女の黒髪が揺れる。それと同時に露になった、俺とそっくりの顔立ち。

思わず目を見開いた。何で俺、こんな大事な事を忘れていたんだろう。彼女はいつだって俺の傍に居てくれた。
俺を愛してくれていた。そんな大事な、を忘れていたなんて。

ぼろりと、俺の両目から涙が溢れた。

『あらあら、相変わらず泣き虫ねぇ…私の可愛いシルティア、貴方は貴方の幸せの為に生きなさい。ほら、彼が呼んでいるわよ』
「…ル、シル…!頼む、目を覚ましてくれ…!」
「…ヴィンス」

遠くから聞こえる、ヴィンスの声。その声は普段の落ち着きなんて一切無くて、酷く焦っている様子が伺える。

俺を、呼びながら。あぁ、早く彼の元に戻らなきゃ。
困ったようにお母様を見上げると、優しく頭をなでられた。そしてそのまま、ある一点を指差している。

その指先が示す先には、真っ白な光が溢れ出ていた。

『愛してるわ、シルティア…どうか貴方に、あのお方の加護があらん事を』

最後に聞こえたお母様の声は、俺への慈愛に満ち溢れていた。



「シル…?」

ゆっくりと目を開けると、真っ先に飛び込んできたヴィンスの顔。

満月のような双眸は、酷く不安と焦燥に溢れていた。もう大丈夫、そう言いたくて口を開くけど、全身からぐったりと力が抜けてしまい喋る気力すら湧かない。
それでもヴィンスは意図を察したのか、嬉しそうに口元を緩めてくれた。

「あぁ、うん…分かったよ。兎に角、目を覚ましてくれてよかった」
「っ…ぁ、」
「喋らなくていい。取り敢えず、今医者を呼ぶから…落ち着いたら、色々話そう」

そう言って俺の頭をなでてくれる。その掌の心地よさに、じわりと眠気が襲ってきた。

「安心して、今はゆっくり休んでくれ」

ヴィンスの至極優しいその声に、俺はゆっくりと瞼を閉じた。
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