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突然前世の記憶が戻ったので、どうにか彼を嫁にしたい。
「ノヴァ、私と結婚してくれないだろうか」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に勢いよく記憶が流れ込んできた。
どうやら俺は、トラックに轢かれて死んだ後この世界に転生したらしい。
サスティア侯爵家次男、ノヴァ。さらりとした金色の髪に青空のような水色の瞳。顔立ちはかっこいいと可愛いが7:3くらい。
そして、目の前で俺にプロポーズしているのがこの国の第二王子、エドワルド。
前世でプレイしていたBLゲームの登場人物と瓜二つな彼は、確か婚約者いた筈だ。
…っていうか、居るし。柱の影から此方をガン見している可愛らしい彼は、シエル・クリステア様。
俺の憧れで、初恋の人だ。その人が今、俺にプロポーズする自分の婚約者を見ている。
……控えめに言って不味いのでは?このままじゃ、俺はシエル様の婚約者を奪おうとしている泥棒猫じゃないか!
違う、断じて違う!俺が本当に好きなのはシエル様だし、第二王子に擦り寄ったのはシエル様と接触する為だ。
そう言い訳をしたかったが、気付いた時には既にシエル様の姿は消えていた。
「ノヴァ、返事が欲しいんだが…」
「殿下、申し訳ありません。俺は殿下と結婚できません…それでは!」
踵を返し急いで走り出す。やばいやばい、早く誤解を解かないと…!
シエル様は、前世の記憶によると癇癪持ちの我儘悪役令息だった。けど、この世界のシエル様は違う。
顔が良いのは同じだが、とても大人しく優美だ。殿下の少し後ろをついて歩き、さりげなくサポートして引き立てている。とてもできる嫁だ、まだ婚約者だけど。
俺はそんな彼に昔から好意を寄せている。初めて出会った幼い頃、女神様なのかと思ったくらい。
だけどそんな彼に良い噂はない。というか、政敵の貴族連中の令嬢子息によくない噂を流されていると言った方が正しいか。
その内容は様々で、気に入らない男を殺してはメイドに死体の始末をやらせてるとか、平民に熱を上げているとか。
実際の所は定期的に平民街で一家総出で炊き出しをしている。シエル様は美しいので、愚かにも告白する平民は多いらしい。
そんな彼らに丁寧な返事をするから、平民達には大人気だ。第二王子には勿体無いとも言われてる。
そんな彼は、殿下にとても心を開いていた。殿下にだけは、本当の笑みを見せていた。
俺はそれが羨ましくて堪らなかった。殿下の側近になれば将来彼が結婚してもそばに居られる、そう思って殿下に近づいた。
なのに殿下は俺を選んだ。て言うか、俺がいつ殿下を好きって言ったんだよ。勘違いも程々にしろよ。デートに誘われても全部断ってただろうが。
でもまぁ、それも世界の強制力とか言うやつだろう。強制力滅べマジで。
俺は完全に第二王子ルートを突き進んでいる。だが、プロポーズを断ったので友愛ルートに入る筈だ。いや、友愛を抱かれても困るけど。
でも待てよ、友愛ルートでも断罪シーンってあったよな?シエル様が俺を階段から突き落としたり、私物を壊したりして。
でもあのシエル様がそんな事するとは思えない。
「んー…ちょっと色々、やる事増えそうだな」
ぽつりとつぶやいた独り言は、誰にも聞かれる事は無かった。
◇
「…は?」
周りの風景がゆっくりと通り過ぎていき、俺の身体は重力に従って落ちていた。
落ちる直前に見えた顔は、シエル様の家の政敵である子爵家の令息。あぁ、分かった。シエル様に命じられたって嘘をついて殿下にチクるのか。
絶対そうはさせない。シエル様を守ってやれるのは、今この場で俺だけなのだから。
咄嗟に前世で習った受け身をとって、階段の下に着地する。幸いにも成功し、大きな怪我は見当たらない。
「ノヴァ!大丈夫か!?」
顔を青ざめさせて駆け寄ってくる殿下に大丈夫だと頷いて見せ、捉えられた令息に近寄る。
彼は俺が着地するとは思っていなかったようで、口をぱくぱくと開閉させていた。ふは、間抜け面。
よくも俺とシエル様の溝を深めようとしてくれたなぁ、絶対生きては返さないぞ。
にっこりとした笑みを向けてやれば、怯えきった彼は慌てたように叫んだ。
「し、シエル様だ!シエル様がノヴァ様を階段から突き落とせと命じたんだ!僕は、っ僕は家族を人質に取られて…!」
「喚くな。殿下、コイツは俺がどうにかします。良いですよね?」
「あ、あぁ…」
若干引き気味の殿下に無理矢理許可を取り、俺は意気揚々と個室へと令息を連れ込んだ。
そして、分かったことがある。殿下がコツコツと卒業パーティーに向けて断罪劇を準備していることに。
許せない、ぶっ殺してやる。そんな暗い感情が頭の中を支配する。ふざけるな、あんなにも殿下の事を敬っているシエル様を陥れようだなんて。
怒りに任せて殿下の下へ行こうとした時、父が悪い顔をして提案してきた。
「ノヴァ、これはチャンスじゃないか。もし上手く事が運べば、シエル様と結婚できるかもしれないぞ」
「父上、一体何を…」
「まぁまぁ聞け、我が息子よ。私も第二王子の行いには腹を据えかねていたんだ…余りにもシエル様が可哀想だしな」
シエル様を哀れむ言葉を口にしている筈なのに、父の顔は悪いままだった。父がこの顔をする時は、貴族が何個か潰れるんだよな。
顔も知らない潰される予定の貴族に手を合わせつつ、父の話に耳を傾ける。
頭に上っていた血は、いつの間にか落ち着いていた。シエル様と結婚できるかもしれない、その言葉が俺の期待を膨れ上がらせた。
待っていてください、シエル様。俺が必ず、あの馬鹿から貴方を解放して見せますから…!
◇
「シエル・クリステア!貴様との婚約を、今日この場を以て破棄する!」
少し離れた所でもはっきりと聞こえる馬鹿王子の声。何故シエル様がこの祝いの場で辱められなければならないんだ。
殿下が並び立てたシエル様の罪とやらは、全て王家やクリステア侯爵家、サスティア侯爵家に悪意を持つ下級から中級の貴族がした事だ。それに関しての裏はしっかりと取っている。
勿論殿下はそんな事微塵も知らないので、全部シエル様の仕業だと思っているらしい。んな訳ねぇだろ、だからお前は馬鹿なんだよ。
心の中で殿下に罵詈雑言を浴びせる。口に出したら、不敬罪で捕まるからな。
沸々とした怒りが収まらないが、今はまだ我慢だ。シエル様の反応次第では作戦を変えなければいけない。
まぁ、十中八九シエル様は婚約破棄を受け入れるだろう。サスティア家の調査が正しければ、シエル様は殿下に愛想を尽かして実家に籠っていたらしいので。その間一度もお姿を見れなくて、違う意味で俺が死にそうになってはいたが。
そろりと足音を殺し、シエル様の真後ろまで移動する。殿下が激昂してシエル様が傷付く事がないよう守る為に。
「…畏まりました。それでは、僕は一度邸に戻り陛下からの沙汰が下るまで大人しくしております」
シエル様の静かな声が会場に響く。その声には殿下への愛情なんてほんの少しもこもっていなくて、内心ほくそ笑んでしまった。
あぁ、やはりシエル様はとても賢い。殿下が自分にとって害にしかならないのを即座に判断し、切り捨てた。
やはりあの馬鹿王子には勿体無いくらいよく出来た方だ。俺が恋焦がれた、美しい人。
「相変わらず愛想が微塵も無いな。まぁ良い、早く私の前から失せろ!」
失せるのはテメェだろ!そう言いたいのをグッと堪え、殿下の言葉に従順に従うシエル様の目の前に立ち塞がる。
不思議そうに俺を見上げる黒い瞳が可愛くてたまらない。何のようだと訴えているような表情が俺の心を刺激しまくっていた。この人、何でこんなに可愛いんだろうか?
もしかして、俺に文句でも言われると思ってんのかな。可愛いな。この場で2時間くらいシエル様の可愛さを延々語っても良いかもしれない。
そんな事をひた隠しにしながら、柔らかな笑みでシエル様に話しかけた。
「ご無沙汰しております、シエル様。殿下との婚約を解消されるのは、本当ですか?」
「えぇ、まぁ…まだ正式ではありませんが、陛下と父の間で承諾されれば近いうちには」
その言葉に俺の機嫌は急上昇する。あぁ、今ばかりは顔を繕うことなんて出来てないだろう。
だって、嬉しすぎるんだ。ずっと手の届かない場所にいた憧れの人が、たった今俺の手の中に入る範囲にまで降りてきてくれた。
そんなの、喜ばずしてどうする?今すぐ抱きしめてキスをして、耳元で愛を囁きたい。そんな事をしたら嫌われるかもしれないから絶対にしないけど。
うきうきとした気持ちを抑えられないまま跪き、シエル様の手を取り甲に口付ける。嬉しさで蕩けきった視線を向ければ、黒い瞳が見つめ返してくれた。
「シエル・クリステア様。どうかこの俺、ノヴァ・サスティアと結婚して頂けませんでしょうか」
俺の突然な公開プロポーズに、戸惑いながらもシエル様は頷いてくれたのだった。
◇
「おいノヴァ!シエルにプロポーズするなんてどういうつもりだ!?」
シエル様に公開プロポーズをした後、即座に邸に帰らせた。ここから先は、知らなくても良い事だから。
エメラルド色の目をキツく吊り上げながら怒鳴る殿下に、冷ややかな視線を送る。その言葉、そっくりそのままお返ししますけど?
なんて言えず、こほんと一つ咳払いをする。
「今日のプロポーズは、クリステア侯爵にも許可を得ています。シエル様が殿下に婚約破棄を言い渡され、それを受け入れたら俺との婚約を認めて下さると」
「…おい、一体どう言う事だ。ノヴァは何故、私が今日婚約破棄すると…」
俺の言葉に何か勘付いたらしい殿下が、一歩後ずさる。
するとタイミングよく個室の扉が開き、我が父と一緒に厳かな衣装に身を包んだ国王陛下が現れた。
突然の陛下の登場に狼狽える殿下を尻目に、臣下の礼をする。面を上げよとの声が聞こえれば、俺は再び立ち上がった。
どうやら殿下は、全て悟ったらしい。馬鹿だと思っていたけど、こう言う時だけ頭の回転が早いんだな。
「エドワルド、お主にはほとほと呆れた。しっかりとした裏も取らず、祝いの場でシエルを断罪するなど…それが事実ならまだ良い。だが、此度の件にシエルは一切関わっておらぬ」
「なっ…父上、それは違います!本当に今までシエルが!」
「シエル様は本当に関係ありません。全て、クリステア家と王家、サスティア家に恨みを持つ貴族達の仕業ですよ」
殿下の訴えをピシャリと遮って睨みつける。これ以上、シエル様を侮辱する事は許さない。
あの場では殿下に失態を犯させるべく見守るに徹したが、今はもう関係ない。徹底的に言い負かして、ボコボコにしてやる。
俺は懐から手紙を取り出し、淡々と読み上げる。内容は今回の件の真犯人達の名前だ。数人に心当たりがあったのか、どんどん殿下の顔が青ざめていく。
シエル様が犯人だと、彼は卑しい人物だと…そう殿下に吹き込み、蔑んだ連中を俺は絶対に許さない。
「エドワルド、お主には心底愛想が尽きた…今まで見逃しておったのは、全てシエルの尽力あってこそ。お主はシエルに感謝することはあれど、辱める権利など微塵も持っておらぬ」
陛下のその言葉に、殿下は膝から崩れ落ちた。
◇
「…ノヴァ、どうかした?」
俺の愛おしい人が、綺麗な髪を風に靡かせながら振り返る。その光景の美しさに双眸を細めつつ、そっと後ろから抱きしめた。
あの後エドワルド殿下は王位継承権を剥奪され、厳しいと評判の北の教会に送られた。勿論、身一つで。
いい気味だと思う。シエルは勿論、そんな事は知らない。知る必要もないし、本人も特に知りたがる素振りがなかった。
俺たちは王都で挙式を上げた後、サスティア侯爵領へ移り住んだ。自然が豊かで穏やかな侯爵領は、シエルにとって肩の力を抜ける良い環境だったらしい。
領民にも快く受け入れられ、日々楽しそうに過ごしている。最近は侯爵邸で菜園を始めたようだ。
「…いや、幸せだなぁと思って。愛してる、シエル」
「ま、またそんな急に…もう。…僕だって、愛してるよ」
目元を赤らめ照れながらそう告げるシエルは、あまりにも可愛い。可愛すぎて辛い。
俺が内心大暴れしてるのを知らないシエルは、嬉しそうに最近の出来事を話し始める。この間農場で牛の赤ちゃんが生まれた、今年の麦畑は豊作になりそうだ、夏にはトマトがいい感じに実るだろう。
朗らかに笑うシエルは美しい。本当に、王都にいた頃とは比べ物にならないくらい元気そうだ。
するとふと、シエルが黙り込む。どうしたのかと思い顔を覗き込むと、シエルを抱きしめていた俺の腕にそっと掌が触れた。
「…あのね、ノヴァ。冬には、一人家族が増えそうだよ」
…は?……は!?
い、今シエルはなんて?家族が増える?この邸に!?
聞き間違えじゃないよな!?いま、はっきり家族が増えるって言ったよな!?それってつまり、その、そう言うことか!?
「シ、シエッ…え、本当に?」
「ふふ、動揺しすぎ。うん…僕のお腹にね、赤ちゃん居るんだよ。ノヴァとの赤ちゃん」
「シエルッ…嬉しい、本当に嬉しい!男の子かな、女の子かな?どっちでも絶対に可愛いよな。そうだ、子供服とか哺乳瓶とか色々見繕わないと!」
わぁわぁと騒ぎ出した俺を、シエルが心底嬉しそうに笑いなが見つめる。
数年前の俺なら、夢にも思わなかっただろう。幼い頃から憧れ、焦がれてきた愛おしい人と結婚して、子供を授かるなんて。
ゲームの中だとか主人公だとか、どうでもいい。俺はシエルがそばに居てくれればどこでだって生きていける。
これから先、ずっとずっと…俺は、愛おしい人の隣で笑い続けるだろう。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に勢いよく記憶が流れ込んできた。
どうやら俺は、トラックに轢かれて死んだ後この世界に転生したらしい。
サスティア侯爵家次男、ノヴァ。さらりとした金色の髪に青空のような水色の瞳。顔立ちはかっこいいと可愛いが7:3くらい。
そして、目の前で俺にプロポーズしているのがこの国の第二王子、エドワルド。
前世でプレイしていたBLゲームの登場人物と瓜二つな彼は、確か婚約者いた筈だ。
…っていうか、居るし。柱の影から此方をガン見している可愛らしい彼は、シエル・クリステア様。
俺の憧れで、初恋の人だ。その人が今、俺にプロポーズする自分の婚約者を見ている。
……控えめに言って不味いのでは?このままじゃ、俺はシエル様の婚約者を奪おうとしている泥棒猫じゃないか!
違う、断じて違う!俺が本当に好きなのはシエル様だし、第二王子に擦り寄ったのはシエル様と接触する為だ。
そう言い訳をしたかったが、気付いた時には既にシエル様の姿は消えていた。
「ノヴァ、返事が欲しいんだが…」
「殿下、申し訳ありません。俺は殿下と結婚できません…それでは!」
踵を返し急いで走り出す。やばいやばい、早く誤解を解かないと…!
シエル様は、前世の記憶によると癇癪持ちの我儘悪役令息だった。けど、この世界のシエル様は違う。
顔が良いのは同じだが、とても大人しく優美だ。殿下の少し後ろをついて歩き、さりげなくサポートして引き立てている。とてもできる嫁だ、まだ婚約者だけど。
俺はそんな彼に昔から好意を寄せている。初めて出会った幼い頃、女神様なのかと思ったくらい。
だけどそんな彼に良い噂はない。というか、政敵の貴族連中の令嬢子息によくない噂を流されていると言った方が正しいか。
その内容は様々で、気に入らない男を殺してはメイドに死体の始末をやらせてるとか、平民に熱を上げているとか。
実際の所は定期的に平民街で一家総出で炊き出しをしている。シエル様は美しいので、愚かにも告白する平民は多いらしい。
そんな彼らに丁寧な返事をするから、平民達には大人気だ。第二王子には勿体無いとも言われてる。
そんな彼は、殿下にとても心を開いていた。殿下にだけは、本当の笑みを見せていた。
俺はそれが羨ましくて堪らなかった。殿下の側近になれば将来彼が結婚してもそばに居られる、そう思って殿下に近づいた。
なのに殿下は俺を選んだ。て言うか、俺がいつ殿下を好きって言ったんだよ。勘違いも程々にしろよ。デートに誘われても全部断ってただろうが。
でもまぁ、それも世界の強制力とか言うやつだろう。強制力滅べマジで。
俺は完全に第二王子ルートを突き進んでいる。だが、プロポーズを断ったので友愛ルートに入る筈だ。いや、友愛を抱かれても困るけど。
でも待てよ、友愛ルートでも断罪シーンってあったよな?シエル様が俺を階段から突き落としたり、私物を壊したりして。
でもあのシエル様がそんな事するとは思えない。
「んー…ちょっと色々、やる事増えそうだな」
ぽつりとつぶやいた独り言は、誰にも聞かれる事は無かった。
◇
「…は?」
周りの風景がゆっくりと通り過ぎていき、俺の身体は重力に従って落ちていた。
落ちる直前に見えた顔は、シエル様の家の政敵である子爵家の令息。あぁ、分かった。シエル様に命じられたって嘘をついて殿下にチクるのか。
絶対そうはさせない。シエル様を守ってやれるのは、今この場で俺だけなのだから。
咄嗟に前世で習った受け身をとって、階段の下に着地する。幸いにも成功し、大きな怪我は見当たらない。
「ノヴァ!大丈夫か!?」
顔を青ざめさせて駆け寄ってくる殿下に大丈夫だと頷いて見せ、捉えられた令息に近寄る。
彼は俺が着地するとは思っていなかったようで、口をぱくぱくと開閉させていた。ふは、間抜け面。
よくも俺とシエル様の溝を深めようとしてくれたなぁ、絶対生きては返さないぞ。
にっこりとした笑みを向けてやれば、怯えきった彼は慌てたように叫んだ。
「し、シエル様だ!シエル様がノヴァ様を階段から突き落とせと命じたんだ!僕は、っ僕は家族を人質に取られて…!」
「喚くな。殿下、コイツは俺がどうにかします。良いですよね?」
「あ、あぁ…」
若干引き気味の殿下に無理矢理許可を取り、俺は意気揚々と個室へと令息を連れ込んだ。
そして、分かったことがある。殿下がコツコツと卒業パーティーに向けて断罪劇を準備していることに。
許せない、ぶっ殺してやる。そんな暗い感情が頭の中を支配する。ふざけるな、あんなにも殿下の事を敬っているシエル様を陥れようだなんて。
怒りに任せて殿下の下へ行こうとした時、父が悪い顔をして提案してきた。
「ノヴァ、これはチャンスじゃないか。もし上手く事が運べば、シエル様と結婚できるかもしれないぞ」
「父上、一体何を…」
「まぁまぁ聞け、我が息子よ。私も第二王子の行いには腹を据えかねていたんだ…余りにもシエル様が可哀想だしな」
シエル様を哀れむ言葉を口にしている筈なのに、父の顔は悪いままだった。父がこの顔をする時は、貴族が何個か潰れるんだよな。
顔も知らない潰される予定の貴族に手を合わせつつ、父の話に耳を傾ける。
頭に上っていた血は、いつの間にか落ち着いていた。シエル様と結婚できるかもしれない、その言葉が俺の期待を膨れ上がらせた。
待っていてください、シエル様。俺が必ず、あの馬鹿から貴方を解放して見せますから…!
◇
「シエル・クリステア!貴様との婚約を、今日この場を以て破棄する!」
少し離れた所でもはっきりと聞こえる馬鹿王子の声。何故シエル様がこの祝いの場で辱められなければならないんだ。
殿下が並び立てたシエル様の罪とやらは、全て王家やクリステア侯爵家、サスティア侯爵家に悪意を持つ下級から中級の貴族がした事だ。それに関しての裏はしっかりと取っている。
勿論殿下はそんな事微塵も知らないので、全部シエル様の仕業だと思っているらしい。んな訳ねぇだろ、だからお前は馬鹿なんだよ。
心の中で殿下に罵詈雑言を浴びせる。口に出したら、不敬罪で捕まるからな。
沸々とした怒りが収まらないが、今はまだ我慢だ。シエル様の反応次第では作戦を変えなければいけない。
まぁ、十中八九シエル様は婚約破棄を受け入れるだろう。サスティア家の調査が正しければ、シエル様は殿下に愛想を尽かして実家に籠っていたらしいので。その間一度もお姿を見れなくて、違う意味で俺が死にそうになってはいたが。
そろりと足音を殺し、シエル様の真後ろまで移動する。殿下が激昂してシエル様が傷付く事がないよう守る為に。
「…畏まりました。それでは、僕は一度邸に戻り陛下からの沙汰が下るまで大人しくしております」
シエル様の静かな声が会場に響く。その声には殿下への愛情なんてほんの少しもこもっていなくて、内心ほくそ笑んでしまった。
あぁ、やはりシエル様はとても賢い。殿下が自分にとって害にしかならないのを即座に判断し、切り捨てた。
やはりあの馬鹿王子には勿体無いくらいよく出来た方だ。俺が恋焦がれた、美しい人。
「相変わらず愛想が微塵も無いな。まぁ良い、早く私の前から失せろ!」
失せるのはテメェだろ!そう言いたいのをグッと堪え、殿下の言葉に従順に従うシエル様の目の前に立ち塞がる。
不思議そうに俺を見上げる黒い瞳が可愛くてたまらない。何のようだと訴えているような表情が俺の心を刺激しまくっていた。この人、何でこんなに可愛いんだろうか?
もしかして、俺に文句でも言われると思ってんのかな。可愛いな。この場で2時間くらいシエル様の可愛さを延々語っても良いかもしれない。
そんな事をひた隠しにしながら、柔らかな笑みでシエル様に話しかけた。
「ご無沙汰しております、シエル様。殿下との婚約を解消されるのは、本当ですか?」
「えぇ、まぁ…まだ正式ではありませんが、陛下と父の間で承諾されれば近いうちには」
その言葉に俺の機嫌は急上昇する。あぁ、今ばかりは顔を繕うことなんて出来てないだろう。
だって、嬉しすぎるんだ。ずっと手の届かない場所にいた憧れの人が、たった今俺の手の中に入る範囲にまで降りてきてくれた。
そんなの、喜ばずしてどうする?今すぐ抱きしめてキスをして、耳元で愛を囁きたい。そんな事をしたら嫌われるかもしれないから絶対にしないけど。
うきうきとした気持ちを抑えられないまま跪き、シエル様の手を取り甲に口付ける。嬉しさで蕩けきった視線を向ければ、黒い瞳が見つめ返してくれた。
「シエル・クリステア様。どうかこの俺、ノヴァ・サスティアと結婚して頂けませんでしょうか」
俺の突然な公開プロポーズに、戸惑いながらもシエル様は頷いてくれたのだった。
◇
「おいノヴァ!シエルにプロポーズするなんてどういうつもりだ!?」
シエル様に公開プロポーズをした後、即座に邸に帰らせた。ここから先は、知らなくても良い事だから。
エメラルド色の目をキツく吊り上げながら怒鳴る殿下に、冷ややかな視線を送る。その言葉、そっくりそのままお返ししますけど?
なんて言えず、こほんと一つ咳払いをする。
「今日のプロポーズは、クリステア侯爵にも許可を得ています。シエル様が殿下に婚約破棄を言い渡され、それを受け入れたら俺との婚約を認めて下さると」
「…おい、一体どう言う事だ。ノヴァは何故、私が今日婚約破棄すると…」
俺の言葉に何か勘付いたらしい殿下が、一歩後ずさる。
するとタイミングよく個室の扉が開き、我が父と一緒に厳かな衣装に身を包んだ国王陛下が現れた。
突然の陛下の登場に狼狽える殿下を尻目に、臣下の礼をする。面を上げよとの声が聞こえれば、俺は再び立ち上がった。
どうやら殿下は、全て悟ったらしい。馬鹿だと思っていたけど、こう言う時だけ頭の回転が早いんだな。
「エドワルド、お主にはほとほと呆れた。しっかりとした裏も取らず、祝いの場でシエルを断罪するなど…それが事実ならまだ良い。だが、此度の件にシエルは一切関わっておらぬ」
「なっ…父上、それは違います!本当に今までシエルが!」
「シエル様は本当に関係ありません。全て、クリステア家と王家、サスティア家に恨みを持つ貴族達の仕業ですよ」
殿下の訴えをピシャリと遮って睨みつける。これ以上、シエル様を侮辱する事は許さない。
あの場では殿下に失態を犯させるべく見守るに徹したが、今はもう関係ない。徹底的に言い負かして、ボコボコにしてやる。
俺は懐から手紙を取り出し、淡々と読み上げる。内容は今回の件の真犯人達の名前だ。数人に心当たりがあったのか、どんどん殿下の顔が青ざめていく。
シエル様が犯人だと、彼は卑しい人物だと…そう殿下に吹き込み、蔑んだ連中を俺は絶対に許さない。
「エドワルド、お主には心底愛想が尽きた…今まで見逃しておったのは、全てシエルの尽力あってこそ。お主はシエルに感謝することはあれど、辱める権利など微塵も持っておらぬ」
陛下のその言葉に、殿下は膝から崩れ落ちた。
◇
「…ノヴァ、どうかした?」
俺の愛おしい人が、綺麗な髪を風に靡かせながら振り返る。その光景の美しさに双眸を細めつつ、そっと後ろから抱きしめた。
あの後エドワルド殿下は王位継承権を剥奪され、厳しいと評判の北の教会に送られた。勿論、身一つで。
いい気味だと思う。シエルは勿論、そんな事は知らない。知る必要もないし、本人も特に知りたがる素振りがなかった。
俺たちは王都で挙式を上げた後、サスティア侯爵領へ移り住んだ。自然が豊かで穏やかな侯爵領は、シエルにとって肩の力を抜ける良い環境だったらしい。
領民にも快く受け入れられ、日々楽しそうに過ごしている。最近は侯爵邸で菜園を始めたようだ。
「…いや、幸せだなぁと思って。愛してる、シエル」
「ま、またそんな急に…もう。…僕だって、愛してるよ」
目元を赤らめ照れながらそう告げるシエルは、あまりにも可愛い。可愛すぎて辛い。
俺が内心大暴れしてるのを知らないシエルは、嬉しそうに最近の出来事を話し始める。この間農場で牛の赤ちゃんが生まれた、今年の麦畑は豊作になりそうだ、夏にはトマトがいい感じに実るだろう。
朗らかに笑うシエルは美しい。本当に、王都にいた頃とは比べ物にならないくらい元気そうだ。
するとふと、シエルが黙り込む。どうしたのかと思い顔を覗き込むと、シエルを抱きしめていた俺の腕にそっと掌が触れた。
「…あのね、ノヴァ。冬には、一人家族が増えそうだよ」
…は?……は!?
い、今シエルはなんて?家族が増える?この邸に!?
聞き間違えじゃないよな!?いま、はっきり家族が増えるって言ったよな!?それってつまり、その、そう言うことか!?
「シ、シエッ…え、本当に?」
「ふふ、動揺しすぎ。うん…僕のお腹にね、赤ちゃん居るんだよ。ノヴァとの赤ちゃん」
「シエルッ…嬉しい、本当に嬉しい!男の子かな、女の子かな?どっちでも絶対に可愛いよな。そうだ、子供服とか哺乳瓶とか色々見繕わないと!」
わぁわぁと騒ぎ出した俺を、シエルが心底嬉しそうに笑いなが見つめる。
数年前の俺なら、夢にも思わなかっただろう。幼い頃から憧れ、焦がれてきた愛おしい人と結婚して、子供を授かるなんて。
ゲームの中だとか主人公だとか、どうでもいい。俺はシエルがそばに居てくれればどこでだって生きていける。
これから先、ずっとずっと…俺は、愛おしい人の隣で笑い続けるだろう。
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短編BLラブコメ。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
シレッとBL大賞に応募していました!良ければ投票よろしくおねがいします!
異世界転生した悪役令息にざまぁされて断罪ルートに入った元主人公の僕がオメガバースBLゲームの世界から逃げるまで
0take
BL
ふとひらめいたオメガバースもの短編です。
登場人物はネームレス。
きっと似たような話が沢山あると思いますが、ご容赦下さい。
内容はタイトル通りです。
※2025/08/04追記
お気に入りやしおり、イイねやエールをありがとうございます! 嬉しいです!
めっちゃほっこり(*´ω`*)
幸せになってよかった
幸せになってくれて良かったです😭😭😭😭😭💖💖💖💖💖✨✨✨
貴方様のかくお話全てすきです🥲🥲🥹🥹💖