たとえ“愛“だと呼ばれなくとも

朽葉

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1章

43.ボクじゃない ※閲覧注意、R15

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「ねー、おにーさん? 相手居ないんでしょ? 良かったら俺と遊ばない……?」

 酒の充満した香りに人々によって密封された室内。
 噎せてしまうほどの暑苦しい空間だが、彗はこの場所が好きだ。……ここは所謂、ゲイバーである。
 始めてきたのは二十歳の誕生日。
 今まで同性愛者だということをカミングアウトせずに過ごしてきた彗にとってはゲイバーは天国のようなところになった。
 何故なら皆が同類で自分は嫌悪されないのだ。

「ごめんね。ボク、身体の関係は好きな人としか持たないって決めてるんだ! ここには遊びに来てるだけ!」

 いつも通りそう答えた。
 週二で通っている常連なので、ほとんどの人が彗とは関係を持てないと知っているが、たまに来る新参はそれを知らずに声をかける。理由はチョロそうとか、見るからにネコでタチ専が声をかけやすいからとか、様々だ。
 すると、お店のドアが開くベルの音がなった。

「いらっしゃいませー!」

 若いバイトの青年が客をカウンターに案内する。店員の態度から新参の人なのできっとボクに声を掛けるだろう、と彗は感じた。
 しかし、その客は思いもよらぬことを言ったのだ。

「え? もしかして彗か……?」

 聞き覚えのある声に振り向くとそこには卓郎が立っていた。
 同僚に無理矢理連れてこられたことが分かる手に握られたぐちゃぐちゃの札束や緊張感。

 ──あ、どうせ嫌味を言われるだろうな……。

 彗は瞬時に察した。
 けれども、卓郎はゲイバーに居ることを問い詰めずに空いていた隣の席に座る。

「コイツと同じの下さい」

 そう言って既に半分以上減っている彗の冷えたグラスを指差す。
 卓郎の表情は至って平然としているが、頬は微かに赤い。
 きっと飲み会の罰ゲームか何かで来たのだろう。アルコールの匂いも彗の近くにまで漂ってきた。

「最近やってるゲームどうなんだ? えっとアルビス? だっけ……」

 変な卓郎の態度に思わず彗はクスクスと笑ってしまう。好きなゲームにも関わらず、間違えて覚えられるのも癪に障るので、彗は訂正してあげる。

「アイクエですよ……!」

 卓郎は「ああ、そうアイクエだ」と店員から受け取ったグラスを揺らしながら呟いた。彼の様子を見て彗は思うのだ。

 ──ああ、やっぱり先輩のこと好きだなぁ……。

 と。
 世間話を一時間程した後、彗は酒のせいで立つことも出来ない卓郎を家に送ろうと考えた。
 当然のように、酔っ払っている卓郎をタクシーに乗せるのは断られてしまい、渋々近くのビジネスホテルに連れて行く。
 彼らの体格差はかなりあるのだ。ホテルに着いた時点で彗はヘトヘトだった。

「せんぱあい、起きてください! 明日仕事なのでシャワー浴びた方がいいですよー!」

 ベッドに仰向けで寝ている卓郎に声を掛けると、卓郎の目がぱちりと開いた。
 それも薄目で顔が認識できるかできないかくらいであろう。

「あ、起きた。せんっ────」

 彗は突然卓郎に抱きつかれる。
 体格の良い卓郎の身体に触れ、彗の心臓は爆音を立てた。ふと、部屋にある鏡に映った顔を見ると、自分の頬が赤子の肌のように赤く染まっているのに気付く。

「せ、先輩……?」

 ドキドキしながらも先輩の意思を確認する。段々と鼓動は速まり、いつかその反動で止まってしまうのではないかと疑いたくなった。

「────、──い……」

「?」

 卓郎がボソボソと何かを呟く。詳細は聞き取れず、何を言っているのかは検討が付かない。
 彗の頭の中ははてなが沢山浮かんでいた。

せい……」

 その言葉を聞いた瞬間、彗の頭が真っ白になる。

 ──母さんの名前……?

 そう、星とは彗の母親の名前なのだ。卓郎、星、彗の父、そして茂は高校時代からの友人。
 卓郎が星に想いを寄せていたとしてもおかしくはないだろう。更には、母親と彗の顔と性格はよく似ていて、一匹狼なこと以外は、あまり父親似ではなかった。

「……もう無理だ、せい」

 鮮明に卓郎の声が耳に聞こえてきた。同時に卓郎がネクタイを緩め、彗を強く押し倒す。

「ま、待って……。嘘だよね……?」

 彗の声は卓郎に聞こえていないようだ。卓郎は無理矢理彗のシャツを脱がした。
 当たり前だが、真っ平らな彗の胸を見て卓郎は呟く。

「星、お前……こんなに貧乳だったか……?」

 でもそれは些細な疑問でしか無かったようで、卓郎は彗のズボンをあっという間に降ろし始める。
 ……その僅かな時間があるのだから、彗は卓郎から逃げれた筈だ。
 しかし、彗は逃げなかった。いや、逃げたくなかった……。
 永遠に死ぬまで叶わない恋をするくらいなら、身体だけでも結ばれたい、という気持ちもあったが、その胸のうちの多くは彼のことを愛しているのだから、自分の手で彼の行動を拒みたくない、という感情が占めていた。

 女性についている筈のないものが彗についていても、卓郎は少しも疑問に思わない。
 彗の身体は瞳から溢れそうになる涙を堪えながら、不幸にも熱を帯びる。

「んっ……」

 段々と始めは胸にあった手が下へと伸びていく。
 と、か細く可愛らしい声が漏れた瞬間、自分の口から出た女のような甲高い声に酷く吐き気がした。
 母親も父親と行為に及ぶときは、こんな声を出しているのかと。
 とうとう下半身に卓郎の物が入ってくるが、大した準備もしていない為、皮膚をこじ開けるようなその痛みに悶絶してしまう。

 ──痛い……痛いよ……。

 いくら時間をかけても根本までは入りきっていないものの、肉体的な苦しさと、精神的な辛さに肩を震わせる。
 けれども、それ以上に卓郎の体温が温かく心地よかった。
 二人が果てたとき、卓郎は優しい声で口を開く。

「……愛してる」

 涙を鬼雨のようにぼろぼろと溢しながら彗は答えた。

「ボクも……愛してます……」
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