明日に、架ける

小山田 華

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2.八歳:一人になる(後)

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「ここは寒い。さあ、行こう」

 ロングラムはマリオンの手を取った。小さな彼女の歩調に合わせて墓場の前に停めていた馬車まで歩き、マリオンを馬車に乗せた。初めて乗る馬車にマリオンは緊張したが、それよりも対面に座る男性の存在にマリオンの鼓動が逸っていた。そんな状態になるのは初めてのことでどうしていいのかわからず、ロングラムに声を掛けてのいいのかもわからず、マリオンは口を閉ざしていた。
 ロングラムは、といえばマリオンを見て何度も口を動かすが、声を発することはなかった。マリオンに向ける話題に困っているようだった。その間にも馬車は走り続け、やがて静かに止まる。目的地に着いたのか、御者の動く気配と幾人かの声が馬車の外から聞こえてきた。
 窓からそっと外を見たマリオンは

「す、ごぉい……」

 思わず驚きの声を漏らした。着いた先は敷地が広く、目前に建つ館はマリオンが住んでいた建物の何倍も、何十倍もある大きさだったのだ。馬車を降りれば玄関扉まで数人の使用人が並び、頭を下げていた。

「おかえりなさいませ、ミゲル様」

 並ぶ使用人の中で一番年配に見える男性が代表してロングラムに声を掛けた。
 この人はミゲル・ロングラム様。ミゲル……お母さんの大好きだった人だ。
 名を知り、やはりロングラムが母の大好きだった人なのだとマリオンは確信した。となれば、ミゲルは名門貴族の御子息で、今では当主という立場にいるはずだ。ロングラム邸の大きさにも納得がいく。
 マリオンがミゲルに連れられて恐縮しながら玄関扉を潜れば、瞬時に金髪の綺麗な女性が目に入った。それは玄関の正面に飾られている大きな肖像画で、麗しいというよりも凛とした雰囲気の女性だった。思わずマリオンは肖像画を見てほう、と息を吐いていた。街中ではそうそう見ることのないほどの美しさだったのだ。

「フェリウス」

 隣に立つミゲルが肖像画に向かって名を呼んだ。マリオンはミゲルが肖像画の人物の名を呼んだのかと思ったが、『フェリウス』は男性の名だとすぐに気付く。肖像画をよく見れば、その傍らに一人の少年が立っていた。肖像画の女性と同じ紫の瞳の、髪はミゲルと同じ銀髪のマリオンよりも少し年上の少年だった。少年は、一度肖像画に目を配ってからミゲルとマリオンの元に歩んできた。

「マリオン。これはフェリウス。私の息子で君より二つ上の十歳だ」
 
 ミゲルと似た綺麗な顔立ち。母とミゲルが出会った時、きっとミゲルは目の前のフェリウスそっくりだったに違いない。マリオンは母親がミゲルのことが忘れられず、綺麗だと何度も言っていたのも当然と思えた。

「マリオン?」

 ミゲルの問いかけに我に返り、慌てて口を開く。

「は、初めまして、フェリウス様」

 マリオンが緊張しながら小声で挨拶をすれば、フェリウスの顔が不快だといわばかりに歪んだ。
 貴族の挨拶の仕方は違うの? それともわたしはここに来てはいけなかったの?
 フェリウスの反応からそう思い、逃げるためにロングラム伯爵の背後に隠れようと足を動かしかけたマリオンだったが、

「兄さん、だ」

 フェリウスの言葉に瞬きを忘れて体が固まった。

「父さんは『妹』を連れてくると言っていた。お前は俺の『妹』なのだろう? ならば俺のことは兄さんと呼べ」

 思いがけないフェリウスの言葉にマリオンはどう答えればいいのかわからなかった。

 ―――わたしはこのおうちのかぞくじゃない。

 困惑を隠さず顔を振るマリオンに、その後もフェリウスは

「兄さんだ」

 と繰り返した。マリオンに『兄』と呼ぶことを強要するフェリウスをミゲルは止めようとはしない。なおもフェリウスは『兄さんと呼べ』と言葉を重複する。マリオンは本当に兄と呼んでいいのかを悩み、恐々ながらも

「お、にい、さん……」

 小さくそう言えば、フェリウスは綺麗な顔を悪戯が成功したかのような笑顔に変えた。

「よろしく、マリオン」

 笑顔のままフェリウスがマリオンの頭を撫でたことで、兄と呼んでほしいといた言葉が心からのものと悟り、マリオンはほっと小さく息を吐いた。
 そのやり取りを見終えてからミゲルはマリオンに優しく告げる。

「マリオン。君とは血の繋がりはないが、ここで私達の家族の一員として過ごしてもらいたい」
「家族?」
「そうだ。私の娘として、フェリウスの妹として家族になってほしい」
「で、も……」

 エイダは言っていた。
 ミゲルには綺麗な婚約者がいたはずで、それはフェリウスの母親のはずで。恐らくはあの見惚れた肖像画の女性がミゲルの妻のはずだ。
 その女性の姿がどこにもないのは、今日来る自分の事を嫌っているせいでは、とマリオンは思う。

「奥様が、嫌がるのでは……」
「君を嫌がる者はいないよ。ただ、残念だが君の母親となるべきペトラはいないのだ。だから君には寂しい思いをさせてしまかもしれない」

 マリオンは、ミゲルが自分を家に来るようにと誘ったのは働くためだと思っていた。生きていく手段を身に着けるまでの居場所を、ミゲルが提供してくれるのだと。それなのに家族になろうと言ってくれた。家族を失くし、一人になった自分に。
 戸惑いはあったものの失くしたものが再び手に入ることを幼いマリオンは喜び、新たな『家族』のことを受け入れることにした。




マリオン、八歳。ミゲル・ロングラムとフェリウス・ロングラムに出会った。



















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