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6.いとこの僕
しおりを挟む僕には愛している女がいる。
井澤 美晴という4歳年下のいとこだ。
僕は野路の愛人の子供だ。一応生まれた時から認知はしてくれていたが、5歳の冬に母親に捨てられた僕は野路の家に引き取られた。あの家では一人だった。本妻もその子供も実父の男も、僕の存在を無視していた。でもあいつらは外面は良いから、親戚が集まる席には必ず連れ出され、家族仲が良いんだというアピールを強要されていた。面倒くさい、とその集まりをいつも思っていた。
ある年、僕と同じ空気を持つ少女がいることに気づいた。
『家族』といるのに孤独な少女。
それが美晴ちゃんだった。
僕が声を掛けると、彼女は僕にすぐになついた。お互いに似たものを感じ取ったのかもしれない。僕たちはいつも『二人』で楽しく過ごした。
「いつかお兄ちゃんのお嫁さんになれたらいいな」
耳元で僕にそう囁いた美晴ちゃん。
可愛い美晴ちゃん。僕だけの美晴ちゃん。
そうだね。僕も君が自慢できるような男になるから、いつか僕のお嫁さんになって。
美晴ちゃんを幸せにできるように頑張るよ。
僕は美晴ちゃんのために勉強し有名大学に進学した。野路の家族が親戚中に自慢しまくっているが、そんなのはどうでもいい。美晴ちゃんの『凄い! 凄い!』って自分のことのように飛び跳ねながら喜んでくれている方が僕にとって重要だったからだ。
野路の家を出ても、誰にも美晴ちゃんとの生活を邪魔されないくらいの物を僕が身につけるまで、もう少し待っててね。
そんな時、真由の家庭教師をして欲しいと井澤の家の方から連絡があった。僕は二つ返事で返した。井澤の家に行けば、年に一、二回しか会えない美晴ちゃんに会える。
愛しい美晴ちゃんに会えるのなら、家庭教師も喜んでするよ。
僕が家庭教師として井澤家に行った日、彼女はリビングで僕を待っていてくれた。変わらずの笑顔を見せてくれた。
美晴ちゃんを見ることだけが僕の家庭教師をする意味。なのに、僕と美晴ちゃんの邪魔を真由がする。美晴ちゃんと話すとすぐに僕に寄ってきて自分の部屋に連れていくのだ。正直、邪魔臭くて仕様がないのだが、真由を邪険にするとこの家に入る口実をなくしてしまう。
だから、やむを得ず毎回我慢した。
時々見かける、大人になっていく美晴ちゃんを見るためだけに週四回、井澤家に行っていた。
美晴ちゃんの誕生日の翌日。僕があげたプレゼントを真由ちゃんがしていた。
「ごめんなさい」
驚いている僕に、俯いて小声で謝る美晴ちゃん。
わかってるよ。どうせあの我儘娘が『欲しい』とねだったんだろう。
大丈夫だから。きちんとこれからも毎年美晴ちゃんへのプレゼントは買っておくよ。ただ、また我儘娘(マユ)に取られかねないから、渡すのは美晴ちゃんがこの家を出て、煩わしい家族がいなくなったときにしよう。
その時まで楽しみにしていてね。
美晴ちゃんは高校にいくと帰る時間が遅くなった。
何で遅いか、なんてことちゃんと僕は知っているよ。バイトしているよね。友達の所の食堂と、洒落たイタリアンレストランで。
井澤の家を出るために頑張っているんだよね。
僕も応援するよ。早くあの家を出て、僕と一緒に暮らそう?
そういえば、最近美晴ちゃんに纏わりついてる男がいる。親友の兄、らしいが目障りだな。
今のところは黙って様子をみるけど、これ以上僕たちの邪魔になるようなら排除しなきゃ。
真由の誕生日パーティに誘われるようになった。一昨年から続けて3回目。
真由なんかの誕生日には興味ないけど、美晴ちゃんの二十歳の誕生日は興味深かった。
ようやく家を出る計画を本格的に実行に移すらしい。
美晴ちゃんの親友の家に神妙な面持ちで向かって、その翌日には親友とその兄と美晴ちゃんでアパート探しを始めていたからだ。多分、親友の両親にアパートの保証人の依頼をしたのだろう。僕があと10歳上だったら僕がサインしたんだけど、まだ若輩者だからね。依頼しにくかったよね。
美晴ちゃんの二十歳の誕生日プレゼントは、あの邪魔な家族を美晴ちゃんの前から綺麗に無くしてあげようと思ってたんだ。でもまあ、美晴ちゃんが一生懸命頑張っているから、今は好きにさせておこう。とりあえず、井澤家の人たちはそのままにしておくよ。今年のプレゼントは婚約指輪を買っておいたからね。
「もう17なんだなぁ」
「本当、17年って早いわ」
おじさんとおばさんが真由を見る。
真由と違って美晴はもう二十歳だ。僕といつでも結婚できる。
ああ、その日が楽しみだ。
「あっという間にお嫁入りしそうですね」
「ただいま」
僕の言葉の後に、美晴ちゃんがリビングにやってきた。
口うるさいおばさんに対し、この家を出る、と言い出した美晴ちゃん。
ようやく待ちに待ったこの日が来たのだ。心が踊る。
ところが、意外にも井澤の人たちは美晴ちゃんを引き留めにかかっている。もっと素直に『いいよ』というかと思っていた。このまま長引くようなら、井澤の人たちを『黙らせる』しかないけど、どうしようかな。
「少なくとも、犯罪者になって迷惑をかけることはありませんので、安心してください」
「確かに君は法学部だから、犯罪者とは対極になるだろうけど」
美晴ちゃんが犯罪なんて犯すわけがないから、思わず出た僕の言葉。
その僕の言葉に目を見開く美晴ちゃん。その眼は何で知ってるのと言っている。
やだな、美晴ちゃん。僕が君のことで知らないことなんてないのに。
大学での友達、バイト先、親友の家、よく行くリサイクルショップ、使う電車と好む車両。カードの暗証番号。何でも知ってるよ。
美晴ちゃんと井澤家の攻防は終わり、美晴ちゃんは井澤家を出て行った。僕も井澤の人たちを『黙らせる』必要がなくなったので、次の計画に移ろうと考えていると。
「出ていったものは仕方ないわ」
おばさんが深い溜め息を吐く。
「憲二郎さん。あの子は頭が良くて強い子だから一人でも大丈夫よ。これからは私たち3人で…そうね、あの子の言うように誠吾さんも……」
「申し訳ないのですが」
速攻で叔母さんの言葉を遮る。
冗談じゃない。なんで僕が井澤家なんかの一員にされるのだ。
そうだ、勘違いしている美晴ちゃんにも訂正しておかなきゃ。僕は井澤家には微塵も興味がないことと、いつでも美晴ちゃんの『家族』だってこと。
「僕がここに来ていたのは、美晴ちゃんが心配だったからです。その美晴ちゃんがこの家にいないのなら、ここに来る理由はありません。家庭教師は辞めさせていただきます」
「なに、言ってるの?お兄ちゃん」
驚いた真由はバカみたいな顔をしている。その母親も似たような顔をしていた。やっぱり親子だな。
僕にとって十年以上前から美晴ちゃんが全てなのに、なんでこの親子はそれに気付いていないのだろう。
「親戚中が美晴ちゃんを心配してました。いつもあなたたちの中に入れず、孤立していたのは誰の目にも明らかでしたからね」
「違う! 違うよ、お姉ちゃんが真由たちのこと嫌ってたからだよ!」
「何で美晴ちゃんが君たちのことを嫌うようになったのか、本当に君はわからないんだね」
真由は馬鹿だ。いつも僕の顔を見てうっとりしていた。
あれだけ傍にいながら、僕がいつも誰を見ていたのか、誰の声に聞き耳を立てていたとか、そんなことも気づきもしないなんて。
「でも、お、お兄ちゃん、真由のこと可愛い、っていつも言ってくれてた、でしょ? ま、真由のこと、す、好きなんでしょ?」
「君は可愛いよ。でも、僕が好きなのは昔から美晴ちゃんだ」
「そ、んな……」
真っ青になる真由。本当に真由は可愛いよ。
――― 馬鹿で、馬鹿過ぎて。
でも、悪いけど僕は馬鹿が嫌いなんだ。美晴ちゃんは賢くて、はるかに可愛い。
「待って……」
「今までありがとうございました。これで失礼します」
おばさんが僕を引き留めようとするけれど、それを無視して僕は井澤家を後にした。
美晴ちゃんが井澤家を出たのなら、もう野路の家にも用はない。僕は起業し、収入も得ている。お互い成人しているし、美晴ちゃんと一緒に暮らしても誰も文句は言われることはない。
ようやく、美晴ちゃんと一緒にいることができる。『家族』になれる。
ねえ美晴ちゃん。
これから君が借りたアパートに向かうよ。アパートの場所だって部屋番号だってちゃんと知ってる。
君を手に入れるのをもう10年も我慢してたんだ。
指輪はここにある。僕らの新居もね、準備したんだよ。野路の家も井澤の家も見つけられない場所に、僕たち家族の家を。
僕たちのことを邪魔するヤツがいたら、これからは僕がちゃんと、すぐに排除してあげるからね。
愛しているよ。美晴ちゃん―――
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