群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

38 合流を果たし

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「ふ~~……」

 何度か深呼吸を繰り返し、直樹はやっと興奮状態にあった全身が落ち着くのを感じた。
 香月の事となると頭に血が上りやすいのは自覚しているものの、こればかりは一生かかっても治らないのではないかとも考えている。
 慣れ次第だとも思うが、慣れるために香月を危険に晒す訳にもいかない。道程は険しい。

「……それ、死んじゃったりしてない?」

 背後から恐る恐るといった様子で香月が寄ってきた。ゆっくりと近付いてきたのは警戒心と同時に、気を失った希理を背にしていたからだ。
 香月の言ったそれ・・とはもちろん、たった今まで人間サンドバッグと化していた龍造寺である。
 完全に意識が飛んでいるにも拘らず、膝立ち状態のままである事は大したものだと直樹は考えていた。
 精神に異常をきたしていない状態での立ち合いであったならば、相当に苦戦したのではないだろうか。

「これだけの図体だ。武器でも持ち出さなきゃ殺せないだろ」

 香月を前に血生臭い話題を避けたい直樹は、おどけるように肩を竦めてみせた。
 とはいえ、先程までの直樹は完全に殺す気で攻撃を繰り出していた。死んでいないのは単なる結果論だ。

「私を追ってきていた時からおかしかったし、元に戻るかな、龍造寺先生」

 追われる恐怖を味わった香月ではあるが、さすがに担任である龍造寺の容態は気掛かりだ。
 護ってくれる直樹がいる事もあり、龍造寺に対する恐怖はかなり薄らいでいる。

(せ、先生だったのか……)

 直樹に龍造寺との接点は無い。
 言われてみれば学園内で見掛けた記憶もあるような気がするが、直接教わっていない教師の顔と名前を覚えようという生徒は少ない。

「そいつ、別人だろ」

 僅かばかりの動揺も表情に出さず、直樹は膝立ちの龍造寺の肩口を靴底で押した。
 揺らぎ、静かだったが鈍重な音を立てて龍造寺が倒れ込む。
 その巨体は霧を周囲に押し退けたが、すぐさま龍造寺の身体を埋めてゆく。
 横に倒れても龍造寺の巨体が霧に埋没する事はなかったが、放送禁止になりそうな顔が見えなくなったので良しとしよう。

「龍造寺先生なら、もっと男前だった」

 元の顔など直樹の記憶には無かったが、きっぱりと言い切って押し通す。
 直樹がボコボコにしてしまった後ではあるが、そうする前から龍造寺の顔は人としての体裁を保っていなかった。
 この霧の影響がなくなった後にどうなるかは、その時になってから考えれば良い。
 自分達が無事に帰る事が出来なければ、そんな後の話をしても何にもならないからだ。

「うん……そうかもね。そうかも」

 口にした直樹自身、相当な無理矢理感は否めなかったが、それでも香月は頷いた。
 見るもの聞くもの体験するもの全てが現実味のないものであるならば、こうして誰かが強く推す意見を受け入れてしまえば、余計な事を考えずに済むのだから。

「ほら、交代だ」

 有無を言わさず、香月の背にあった希理を持ち上げる。
 途中で目が覚めて暴れられたりすれば厄介な事になるが、元々が希理を捜しに来たのだという事を忘れてはならない。
 仮に、そんな事態になったのだとしても。
 香月もいるのだ。きっと、どうとでもなる。

「あ…あれ、三島センパイ!?」

 直樹が密かに頼りにしている香月が声を上げた。
 その視線の先を追うと、直樹の視界にも奈紀美の姿が映った。
 相変わらずひらひらとした動作で、霧の向こうに姿を消した。
 直樹が目にした時間は一秒にも満たなかったが、それでも奈紀美なのだと認識するには充分だった。

「行こう」

 ここに奈紀美がいる事が不思議で仕方ないという顔の香月だったが、直樹は短い言葉で促した。
 ここまでの状況から、奈紀美はきっと案内役なのだという事で直樹は納得していた。

 こんな場所で、どうして案内役が務まるのか。何者かの思惑によって案内役を務めているのか。
 香月に事のあらましを伝えてみたところで、真偽の程は分からない。
 そもそも案内役というものも、状況的に直樹がそうだと感じているだけなのだ。
 感覚派の香月ならば同意してくれるかもしれないが、客観的に判断すれば思い込みもいいところだ。

 奈紀美に問い質してみたところでゆるりと微笑んで躱されるか、それ以前に会話のできる距離に近付ける気がしない。
 どうであろうと、今は奈紀美を追うしかない。

「わかったわ。急ぎましょ」

 奈紀美とは犬猿の仲の香月だが、直樹の言葉に何かを感じたらしい。
 そうでなくとも、知った顔をこんな場所に放置していくなど、香月の正義感が許さない。
 先導するように動いた香月を追い、背にした希理を刺激しないように直樹は背負い直した。
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