群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

54 死相

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「…ふぅ。面倒な男ねぇ」

 一人で考え込んでしまっている直樹を半眼で睨め付けながら、黒髪の少女は肩を竦めるように息を吐いた。
 とはいえ、直樹が思索に没してしまう気持ちも分からなくはない。
 むしろ、喚き散らしたりしないだけでも相当に評価は上がっている。

 直樹が黙したその裏で何を考えているのかも想像はつくが、あまり時間を掛けていられないというのが実情だ。
 鵺が斃れた以上は学園を囲っている結界は消えゆくものであり、部外者の目に留まる前に早々に学園から立ち去らねばならない。

「ほら、これを見なさい」

 講堂の壁に近付くと、そこにあった引き戸を横に滑らせる。
 そこには、壁に組み込まれた大型のスポーツミラー。先程まで激しい戦闘が行われていた中にあっても、目立った汚れもなく少女や直樹の姿を映していた。

「は…、は……はははははっ!!!!」

 そこに映った自身の姿を見て、直樹はこらえきれずに吹き出した。

「なるほど! そういう事か!」

 一人で悩んでいた事が本当に馬鹿らしく思える程に、直樹はいともあっさりと納得した。

 鏡に映っていた直樹の全身に張り付いていたのは、昏い影。
 身体の方は衣服によって目立つ部分こそないが、素肌を晒している顔はそうもいかなかった。べったりと貼り付いた影は、直樹の表情をまったく別のものへと変貌させていた。

 端的に言い表せば『死相』だ。

 誰にでも見えるものではなく、霊感の強い者にのみ視認できるものだ。
 そして、そんな者から見た直樹の顔色が酷いものだった。青黒く斑に染まった肌には血色が微塵も感じられず、眼窩は深く窪み、その様相はまさしく動く死体だ。
 霊視する眼を閉じれば至って普通ではあるのだが、意図してそれを実践するのは難しい。そういった感覚は、訓練を積まなければ開きっぱなしが一般的であるからだ。

「香月」

 最愛の者の名を呼んでみる。

「ん、なに?」

 いきなり嗤い出したかと思えば次に自身の名を呼ばれ、香月は何事かと思った。
 しかし逆にそんな香月の反応を見て、直樹は安堵する。

(特殊な道具が使えたからといって、この死相が見えている訳でもないのか)

 この期に及んで香月の霊感がどうこう言うつもりもなかったが、直樹を覆う影と死相が視認できていない事は幸いであった。

(あまり放置できるものでもないけどな)

 どんな事が切っ掛けとなって、香月の目に留まってしまうか。
 直樹本人でさえ、長時間の直視に耐えられない程の顔なのだ。
 どうにかして、この呪いのような状態から脱却する術を探したいところだ。

 だが、今はとりあえず―――

「帰ろう」

「え?」

 直樹の言葉に、少女らと直樹の顔を見比べてしまう香月。
 香月的には、少女らによる詰問タイムが続くと思っていたからだ。
 直樹としては、時間の巻き戻しの弊害が自分にのみ向けられているようだという結論を得て満足している。
 そうなれば、こんな場所に長居は無用だ。

「別に、帰ってもいいわよ。聞きたい事があれば、その都度聞きに行くし」

 少女も黒髪を揺らしながら、あっさりとしたものだった。

「あー、そう……なんだぁ」

 釈然としないものを感じつつも、少女らの気が変わらないうちに退散しようと香月も決めた。

「なら、さっさと行きましょ」

 直樹の手を取り、先導するように出口に向かう。
 状況に即して切り替えが早いというのも香月の長所と言える。この場から早々に去りたいだけだったのだとしても。

「あ、そうそう」

 出入口を潜ろうかというところで、香月が足を止めた。
 手が空いている側の半身をひねり、少女らへと視線を向ける。

「助けて貰った事には感謝してるけど、今日は追ってくるような真似はしないでよね。
 逃げも隠れもしないから」

 返答を待たず、香月は直樹の手を引いてその場を後にした。
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