その男、月の騎士につき!

竜田彦十郎

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異世界転生から始まる……?

見知らぬ町

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「――あだっ!!」

 落ちに落ちまくって、背を打ち付けた。
 反射的に叫んでしまったが、思っていたよりも――むしろ、まったく痛くはなかった。これならば、柔道の受け身の練習の方がよっぽど痛い。
 落下感は長く続いていたようにも思えたが、そもそもが現実世界でなかったのだ。物理的な合理性を求める方がどうかしているのだろう。

「な――なんだ?」
「いきなり人が現れたぞ?」
「誰か、警備兵を――」
「おい、あんた。大丈夫か?」

 周囲に起こるざわめき。
 とりあえずは人のいる場所への移動は果たせたようだ。

「ああ、大丈夫。大した事は――」

 心配そうに声を掛けてくれた人へ言葉を返しつつ、上体を起こした。

「お、おお……!」

 周囲の様子を見た俺は、言葉を失ってしまった。
 目の前に広がる町並みは、さながら中世ヨーロッパ。都心部から少しばかり離れたような、隙間の多い風景だったからだ。

 こちらを注視する人達も、あきらかに外国人然としている。
 それでいて、言葉が通じる。
 これはもう完全に――

「異世界……来ちゃったのか」

 右手で左手の甲を抓ってみる。
 痛い。
 この痛みは夢なんかではない。

(しかし、ここからどうしよう……)

 異世界転生、そりゃあ凄いとは思う。
 とはいえ、望んで来た訳でもない。
 旅行程度なら……そう思わなくもないが、現実的に考えれば元の世界に帰りたい。

(さしあたっては……テティスか)

 起こしに来て。そう言っていた。
 知りたい事は山ほどあれども、肝心な事は何ひとつ伝えられていない気がする。
 起こすのだとしても、どこに行けばいいのやら。
 そもそも、だ。テティスが女神の類であるならば、人間の身で行けるような場所なのか。

「どうしよっかなぁ」

 何から手を付けたものか見当もつかないが、それでも悲観はしていなかった。
 異世界モノの定番、冒険者にでもなって食い繋げば良い。
 幸い、剣の扱いには覚えがある。競技剣術ではない、みっちり仕込まれた実戦剣術だ。

 身体の感覚からいって、赤ん坊からのスタートという訳ではないらしい。
 視線の高さや、指先の感覚、着ている服だって欠片程の違和感もない。

 え? 服?

 慌てて自身の身体を見下ろすと、毎日着ていた学校の制服。
 見慣れているのは良いのだが、この場ではあまり良いとは言えないだろう。
 なにしろ周囲は中世ヨーロッパ。行き交う人々も、実にそれっぽい格好だ。
 この学生服、都会での最先端ファッションだぜ、なんて言い訳はおそらく通じまい。

 仮に通じるのだとしても、あきらかに周囲から浮いた格好の俺は注目を浴びまくりだ。
 実際、俺の周囲には何事かと足を止める人が増えてきている。
 この世界を知り尽くしていれば目立つ事も悪くはないのだろうが、右も左も分からないとなれば、単なる道化師でしかない。

 これはいっその事、大道芸人とでもしておけば逆に違和感はなくなるかもしれないな。
 とりあえずは広い場所を確保して、大道芸に見えなくもない体術を披露してみようか。

 そう思った矢先、馬の甲高い嘶きが人集りの向こうから聞こえてきた。

「な、なんだなんだ!?」
「うわ、危ねえっ!!」

 異口同音に、馬の進行方向から逃れようとする人々。
 まるでモーゼの十戒とばかりに人垣が割れ、そこに現れたのは大型の馬に跨った真っ白い人物。
 手綱や鐙に掛けられた手足以外を、白いローブですっぽりと覆い隠している。
 表情もまったく窺い知れなかったが、フードの奥の視線が俺に向けられているのは肌で感じ取れた。

「乗れ!」

 やや高めの声。女性のようにも聞こえたが、くぐもった声だけで判断はできかねた。
 そもそも、いきなり現れて乗れとか言われてもって話だ。

 俺の躊躇を感じたのかどうか。最初の一声から促すような素振りも見せず、睨み合いにも似た膠着が続いた。

「 こっち……! こっちです!! 」

 俺と馬を囲む人垣の奥から、そんな声が聞こえてきた。
 その声に続いて聞こえてくるのは、ガチャガチャと金属を擦るような摩擦音。
 人垣の隙間から、鎧に身を包んだ数人の男の姿が見えた。

 どう見ても警備兵だ。こっちの世界での警察みたいなものだろう。どちらかと言えば自警団かもしれない。
 そういえば、俺がこの場に現れた直後にそんな声が聞こえてきていた気もする。

「どうする? 私と一緒に来るか、警備兵に連れて行かれるかの二択だぞ」

 考えようによってはそれ以外の選択肢もあるのだろうが、今の俺は警備兵にとってみれば、とりあえず連行しておくべき対象なのは間違いない。
 この世界で頼る存在のない身としては、連行された先でどんな目に遭わされるか分かったものではない。

 白ローブもそれを理解しているのだろう。余裕のような雰囲気すら伝わってくる。フードに隠れた口元はさぞかし歪んでいるに違いない。

「くそっ、底意地悪いな!」

 改めて差し出された手を取り、白ローブの後ろに飛び乗った。
 下から見上げていたせいで馬が大きく見えていたのかと思ったが、実際に乗ってみると、俺の知っている高さよりもかなり視界が広がっている。
 こっちの世界の馬はみんなこうなのか? それとも、白ローブがそれなりの人物なのか。
 駆けつけていた警備兵がこっちを指差して何事か叫んでいるが、馬の嘶きによって俺の耳にまで届かない。

「舌を噛むなよ!」

 言うや、馬は突如として疾走した。
 鞍は大きく同乗者用の鐙もついていたが、あまりのスタートダッシュに上半身が仰け反りそうになる。

「――うおっ!?」

 思わず白ローブの腰に抱きついてしまった。
 格好悪いとか、そんな事を言ってはいられない。地面は石畳であったし、頭から落ちれば死んでしまう事だって考えられる。
 人ふたりを乗せているとは思えぬ力強さで人々の頭上を跳び越え、閉められようとする門を駆け抜け、俺達を乗せた馬は名も知らぬ町を後にした。
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