その男、月の騎士につき!

竜田彦十郎

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異世界転生から始まる……?

フィズルの町

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 ゴブリンの死骸を集め終えた頃、安全と判断した馬車も戻ってきた。
 商隊の長と思しき商人風の男が、周囲にあれこれと指示を出している。

「これ、どうするんだ?」

 死骸の山を離れた場所で眺めながら、小声でアメジィに問い掛ける。

『魔物からは、魔石と生体鉱石バイオメタルが採れるの!』

 他にも問題はあるらしい。
 死骸を放置すれば他の魔物を呼び寄せるし、腐れば病原菌を撒き散らす事もある。
 特殊な状況でなければ、斃した者が後始末をするのが暗黙のルールだ。

「生体鉱石?」

 魔石は分かるが、生体鉱石とは初めて聞く名称だ。

『ほら、あれ見るの!』

 アメジィが指し示したのはゴブリンの死骸のひとつ。
 戦っていた時には痣や染みだと思って注視しなかった部分だが、よくよく見れば金属のような鈍い光沢が見て取れた。
 あれ、金属だったんだ。

『魔物からは魔石と生体鉱石! じょーしき! なの!』

 なんとも不思議なものだが、この大陸の魔物は生まれながらにして金属を体内に持っている。
 強い個体となればなるほどに生体鉱石も硬くなるが、ゴブリンなど弱い個体であれば金属といえども柔らかい。
 そして、柔らかいながらも金属である以上、医療用など有効な使い途もあるのだという。

「医療用…って、魔物から取り出した物を身体に入れちゃうのか?」

 身体に金属。すぐに思い付くのは歯の詰め物や骨折時に固定するボルトくらいだが、治療を受ける側としては抵抗はないのだろうか。
 そもそも、こっちの世界の医療レベルはどれほどのものなのか。

『医療レベルは低くはないの! 生体鉱石だってきちんと消毒してから使うし、二度と自分の脚で歩けないかもしれない人にとっては、素材の出所なんて気にしてらんないの!』

「……そうか。すまん」

 ちょっとばかしデリカシーに欠けていたなと反省する。
 とはいえ、そういった手術が行えるくらいには医療は進んでいるのか。
 回復魔法に頼り過ぎで医療が遅れているという訳でもないようだ。

 …って、人間は魔法が使えないんだっけ。
 ファンタジーな世界だと思いきや、たまに現実的な部分もあったりで、それが落とし穴にならないように気をつけよう。



「この商隊の責任者のサマンズと申します。先程は危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

 周囲に一通りの指示を出し終えた男が、俺の前にやってきた。
 頭を下げる物腰も柔らかく、良心的な人物のように見受けられる。
 人を見る目はそれなりにあるつもりだが、これで腹の中が真っ黒であるならば、商人としては凄い才覚の持ち主なのかもしれない。

「いつもなら、この半分ほどの魔物に出くわすかどうかといった具合でして。見通しが甘かったと言わざるを得ません」

「俺もたまたま近くを通りかかったのですが、力になれてよかったです」

 恐縮しきりのサマンズさん。
 護衛の面々にも大きな怪我を負った者はいないようだし、対魔物の戦闘を経験できたと考えれば俺の方こそ礼を言いたいくらいだ。

「私どもの出来る範囲になりますが、何かお礼ができればと考えているのですが…」

 サマンズさんが申し出た。
 ありがたいとは思うが、今の時点で俺が必要としている物が何であるのか、自分自身で分かっていないのだ。
 控え目だとは思うが、ここは次の町まで便乗させて貰うくらいで構わないだろう。

『武器が欲しいの!』

 ここで、俺の頭に隠れていたアメジィが飛び出した。

「よ、妖精……!? 【妖精憑き】の方でしたか!」

 突然の事にサマンズさんが目を丸くしている。
 こんなタイミングで出てくると思っていなかった俺もビックリだ。

『旅に出る時に餞別にって持たされた短剣を、魔物相手に力任せに振り回すんだもの! 刀身が欠けちゃったの!』

 ぽくぽくといつまでも叩いてくるので、腰に戻していたムーンソードを取り出してみせる。
 アメジィの言う通り、切っ先が刃毀れしてしまっている。もう少し無茶な使い方をしたら先端部は砕けてしまいそうだ。
 もちろんそう見えるだけで、実際には欠けるどころか汚れひとつだって付いていないのだが。

「なるほど……!」

 ここでサマンズさんの目が光ったのを、俺は見逃さなかった。
 商人の顔付きとでも言うのだろうか。凛々しさが3割ほども上がったように見える。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『ふふん。良い取引だったの!』

 サマンズさんの馬車に便乗させて貰った俺は、遠くに流れてゆく景色を眺めながら手にした剣の感触を確かめていた。
 アメジィの言葉に対し、サマンズさんが持ち掛けた取引とはこうだ。
 俺が斃した魔物の魔石と生体鉱石を代金として、この商隊にある中で気に入った武器を一本譲るというものだった。

 この世界では魔物を斃した者に、その魔物から得られる品々の所有権が発生する。
 その所有権と武器を交換しようというのだ。
 こうして馬車に揺られているのは、あくまでもオマケだ。
 またしても魔物の襲撃を受けてしまっては助力しない訳にもいくまいが、遠見スキルで見た限りでは町までの間に襲撃してきそうな魔物は見受けられなかった。

 俺自身が魔石や生体鉱石の採取法に通じていれば、斃した分を自分で処理した方が儲けにはなるのだろう。
 もちろん今の俺にそんな知識は無いし、魔石やら生体鉱石の価値も分からない。
 荷物が増えるのも面倒であったし、差し引きサマンズさんが丸儲けになったのかもしれないが、別に俺が損をした訳でもない。
 まぁ、ウィンウィンというやつだ。

『とにかく、いちばん大きい武器がいいの!』

 アメジィの主張が通り、この商隊の在庫の中で最大の剣が俺の手に収まっている。

「う~ん……でかいな」

 重量的な問題はまったくない。
 今の俺は村一番の力持ちを凌駕するのだ。ジャグリングだって朝飯前だ。

 問題は、大きさだ。
 なにしろ刀身が2メートルを超している。
 意匠は大した事はないが、それが逆に実用品なのだと思い知らされる。
 武器があるという事は、需要があるという事だ。
 こんな大剣を振り回せる人間がいるとか、やはりファンタジー世界だ。

「で、こんな大きいのどうすんだよ?」

 サマンズさんも引いてたぞ。これで本当に良いのですかって何度も念押しされた。

『もちろん、使える武器を作るの!』

 作る? 打ち直すとかそういう事か?

『そうなの! 『恩恵』のあるゆーすけなら、ちょちょいのちょいなの!』

「ははぁ、なるほど。刀鍛冶スキルか」

 とはいえ、鍛冶場がなくてもなんとかなるものだろうか。

『できるの! イメージ! イメージが大事なの!』

 まぁ、タダで手に入れたようなものだし、やるだけやってみるか。
 剣の柄を握り直し、剣全体のフォルムをしっかりと認識する。

 剣の材質の密度を上げるイメージ。
 剣全体が淡い光に包まれ、そのフォルムを徐々に小さくしてゆく。
 これ以上は小さくならないというところで、刀身のデザインを細かく思い描く。

「おお……できた」

 光が収まり、俺の手に握られていたのは一振りの日本刀。
 刀剣の専門知識など無いので外見ばかりの日本刀ではあるが、硬度はそこらの武器では太刀打ちできないものになっている筈だ。
 斬れ味は……まぁ、そのうちに確かめる機会も巡ってくるだろう。

「鞘も作っとくか」

 素材となった剣同様、鞘も大きなものだった。
 こちらも素材の密度を圧縮して鞘を形成する。

 ……結果として、とんでもなく硬い鞘が完成してしまった。
 抜刀せずとも、打撃武器として活躍しそうだ。

『調子いいの!』

 商隊の助太刀に入ってからこっち、調子はすこぶる良い。
 順風満帆という程でもないが、スタートとしては申し分ないだろう。
 最終的な目標が高い位置にあるのは分かっているので、こんなところで躓いていられないという気持ちもなくはないのだが。

「 そろそろ町に着きます! 」

 御者の声が風に流れて聞こえてきた。
 前方に視線を向けると、町を囲う高い壁が目と鼻の先まで近付いていた。

『フィズルの町なの!』
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