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異世界転生から始まる……?

冒険者ギルド

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「ご同行までして頂き、ありがとうございました。
 なにかご入り用の節は、お気軽にサマンズ商会をお訪ね下さい」

 馬車を停めた商会建物の裏で、サマンズさんに深々と頭を下げられた。
 剣の取引成立後は何もしていない俺である。ついつい頭を下げ返してしまうお国柄よ。
 護衛の人たちにも親愛の情とともに肩を叩かれ、解散となった。

 サマンズ商会はこの町では最大手の商会らしく、大通りの中央に店を構えていた。
 王家はもとより、ランスカー、ヨーヴェの両家の影響下にない町と聞いていたが、辺境地という事でもないようだ。
 王都ともなればもっと賑々しくもなるのかもしれないが、生活に必要な店は揃っているそうだ。

『さあ! この地から、ゆーすけ伝説が始まるの!』

 いやいや、伝説なんて打ち立てる気はないから。
 随分とテンションの上がっているアメジィだ。
 舌足らずな部分があるのはご愛敬としても、どうもアメジアとは根本的な性格が違っている気がする。

 改めて周囲を見回す。
 建物は質素というか質実剛健であり、娯楽的な要素を匂わせる建物は見受けられない。
 そういったものは裏通りに入るか、夜になれば顔を見せ始めるのだろう。

 そもそも、この世界での娯楽ってなんだろうな。
 簡単なカードゲームやボードゲームくらいならば自作もできようが、それは落ち着いてからの話だ。
 しばらくはこの町を拠点にできればと考えているのだが、この町を知らないうちはなんとも言えない。

「とりあえずは冒険者ギルドか」

 俺は大陸一周旅行をするために田舎から出てきた若者……という設定だ。
 辺鄙な村で育ったので世間の常識に疎かったり、妖精に懐かれるくらいに純朴なのだという事でサマンズさんには理解して貰えたようだ。
 そんな世間知らずの俺は、馬車に揺られている間にもサマンズさんから色々と話を聞いていた。

 まずは身分証だ。
 顔なじみでもなければ、どんな宿泊施設でも身分証の無い者はいい顔はされないという。
 俺の場合は【妖精憑き】という事で一定の信用を得られるだろうが、これは特例であるし、【妖精憑き】だからといって誰でも同じく信用してくれる訳でもない。
 田舎者の俺が手っ取り早く得られる身分証は、冒険者ギルドで発行されるギルドカードだ。
 冒険者ギルド以外にも魔術師ギルドや商業ギルド、鍛冶ギルドなど選択肢はある。
 大陸を巡るのであれば冒険者ギルドが利便性が高いという話であり、剣の腕に覚えがあれば歓迎されるとサマンズさんも推していた。

『ここなの!』

 アメジィの案内で辿り着いた冒険者ギルドは、表通りから少し外れた通りに面していた。
 建物自体を少し観察してみたが、強面ばかりが出入りして酒場まで併設されているとなれば、そりゃ表通りには建てられないよな。

 いつまでも外に突っ立っていても始まらない。
 夕暮れも近い。さっさと入って用件を済ませてしまおう。

 西部劇で見るようなスイングドアを押し開いて入室する。
 酒場を併設しているからか、抑え気味の採光具合に視界が慣れるまで僅かな時間を要した。
 こんな若造が何の用だという目を向ける者もいれば、サマンズさんの商隊で見た人が軽く手を挙げて挨拶してくれたりもする。
 露骨な視線を向けてくる者もいないし、変に絡まれるような事もないだろう。
 べ、別にテンプレ展開とか期待してないからな!

「冒険者登録を、お願いします」

 受付に綺麗どころを配置するのは、異世界であっても常識のようだった。
 プレートに刻印された文字も読めるし、そんな些細なところでも恩恵があるのだと思うと堂々としていられる。

「冒険者ギルド、フィズル支部へようこそ! 受付担当のエリカです」

 妙齢の美人さん――エリカさんが満面の笑顔を返してくれた。
 営業スマイルなのだと分かっていても、いつでもこんな笑顔で応対されていたら惚れてしまう人が続出だろう。

「あなたが噂のユースケ君ね。サマンズさんの商隊を救ってくれた凄腕って聞いてるわ。よろしくね!」

 受付を兼ねたロビーは結構な広さがあったが、エリカさんのよく通る声はロビーの隅々にまで響き渡った。
 ロビー全体がにわかにざわつく。
 見た顔が俺よりも先にギルドにあった事から想像はついたが、護衛自体がギルドで受けていた依頼だったなら報告も上がっているよなぁ。

 この世界で俺が異世界人だと知っているのはアメジアだけだ。
 ファンタジー世界なだけに意外と受け容れられる可能性はあるが、できれば注目を浴びる事でボロを出したくはない。

「いやその、たまたま通り掛かっただけの話なので、あまり宣伝して頂かなくても……」

 彼女としてはギルドに戦力が増える事を知らしめたくて仕方ないのだろう。
 ギルド職員としては仕事熱心だと思うが、こちらの都合も考えて欲しい。
 まぁ、ギルド登録する者の殆どは一旗揚げようという野望があるのが当然だろうし、俺の方こそが特異ではあるのだが。

「そう? サマンズ商会が負ったかもしれない損害を考えたら、どれだけ感謝しても足りないところなんだけど……。
 えっと、登録だったわね。冒険者登録をするにあたっての説明は必要かしら?」

「そこは大丈夫です」

 基本的なルールはアメジィから説明を貰っている。
 冒険者ランクはGから始まり、F~Aへと昇格。達人や英雄などと呼ばれる程に力をつければ、S、SSというランクへと至る。
 初心者らしく説明を貰っても構わないのだが、とにかく今は時間が惜しい。
 身分証たるギルドカードを入手して宿屋を探しに行かないと。

「ギルド登録にはカードの作成が必須で、代金も発生しちゃうけど大丈夫かしら?」

「ええと……はい。問題ありません」

 最初のギルドカードは割安で作ってくれると聞いている。
 とはいえ、ギルドカードの利便性を考えると、それでも結構な値段がするとも。
 素材も貴重なもので、時価だったりするそうだ。
 サマンズさんやアメジィも、正確な価格はその時になってみないと分からないと言っていた。
 とりあえずはアメジアから貰った分で問題ない筈だが。

「そうそう、ここだけの話なんだけど……」

 はきはきと話していたエリカさんが急に声を潜めた。
 よく聞き取ろうと、自然と俺の姿勢もカウンターに引き寄せられる。

「ユースケ君を期待の新人と見込んで、提案なんだけど。
 私のお願いをひとつ聞いてくれるのなら、タダでギルドカード発行して、あ・げ・る♪
 …どうかしら?」

 むむむ。
 サマンズさんでさえ高いと言っていたカードをタダとは。
 数字だけ見れば、えらく魅力的な提案に聞こえてくる。

『ダメなの! タダより高いものはないの!』

 冒険者ギルドに入る時から俺の頭に隠れていたアメジィが勢い良く飛び出してきた。
 短い両腕をぶんぶんと振り回しながら激しく主張する。

 そんなアメジィに驚いたエリカさんは、ほぅと溜め息をひとつ。

「……残念だわぁ。【妖精憑き】だっていうユースケ君に頼んで、一度でいいから妖精ちゃんを撫でさせて欲しかったんだけどなぁ……」

 本当に残念そうに、エリカさんは小さく頭を振った。
 その様子を見て、今度はアメジィがあんぐりと口を開けていた。

『そのくらい、晩飯前なの!』

 俺の眼前にふよふよと浮かびながら、アメジィは柔らかい髪が揺れる頭をエリカさんにむかって突き出した。

『やさしく撫でるの!』


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「それじゃあ、血を一滴、こちらのプレートに貰えるかしら」

 ひとしきりアメジィを撫でたエリカさんは、崩した相好を直しもせずにガラスプレートと針を手渡してきた。
 指先から採った血を渡してから、異世界人の血でも大丈夫なのかと気になった。

「はい、問題なく登録出来たわ」

 大丈夫だったようだ。
 自分の名が刻印されたカードを手渡され、まじまじと見つめてしまう。

「カードは肌身離さず、携行して頂戴ね」

 血によって登録したカードは自分専用となり、血が混じった事によって素材的な価値もなくなる。
 魔物を倒す。依頼クエストを達成する。そういった結果が自動的に記録されるので、報酬受け渡しの際には確認の手間が省ける。
 自分の行動の足跡も記録されるので、ギルド内に設置されている転写器を使えばダンジョンのマップも作成できるそうだ。

「犯罪行為も記録されて、一定以上減点されるとカード失効もあるから、気をつけてね」

 免許証に似ているな。
 管理する側からすれば、行き着くシステムは似たようなものになるという事なのだろうか。

「ところで、オススメの宿屋なんてありますか? 暫くこの町に滞在しようかと思っているんですが」

 エリカさんの説明が終わったところで質問してみた。
 自分の足で探すよりも、詳しい人に聞いてみた方が早いよな。

「そうねえ。それだったら……あ、いたいた。アルテイシア~!」

 エリカさんはロビー内を見回し、顔見知りと思しき人物を呼んだ。
 名前だけを聞けば、随分とお嬢様っぽい感じではあるが……。

「なんだいエリカ? 本名で呼ぶなんて珍しい」

 近付いてきたのは、くすんだ金髪の女性。年齢的にはエリカさんと同じくらいに見える。
 健康的に焼けた肌と、かなり使い込まれた革製の防具がベテランの貫禄を滲ませている。一言で言えば『姐御』だ。
 凄いな。バッキバキに腹筋の割れている女の人って初めて見た。

「こちら、ユースケ君。冒険者登録したての新人だけど、期待値はサマンズさんイチオシね。
 それで、しばらく滞在できるところを探しているんだけど、『長屋』の空きってどうかしら?」

 紹介されたアルテイシアさんは、サマンズさんの名でほほうと目を丸くした。
 さっきからサマンズさんの影響力の大きさをじわじわと実感させられる。
 会った事はないけれども、もしかしたら町長よりも権力を持っているスゴい人なんじゃないだろうか。
 もう少しゴマを擂っておいても良かったのかもしれない。

「空きならあるよ。埋まっていても速攻で空けてやるよ!」

 物騒な事を満面の笑みで言い放つ。

「先ずは案内するよ。着いてきな!」

 俺の尻をばんと叩き、ギルドから出るアルテイシアさん。
 エリカさんに頭を下げると、俺は急いで彼女の背を追った。
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