めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

018 デート・映画編

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 真新しさの残る新設ホームからモノレールに乗り、海上に造られた人工島へと揺られる事15分。
 すっかり寂れていた港町の叉葉山を賑わせている理由がここにある。

 叉葉山ギガンティックシティ。
 湾内に造られた人工島の名称であり、大仰な名に恥じない広大な面積を誇る一大レジャー施設である。
 足繁く通う者や地元民の間では『シティ』『島』などと呼ばれている。
 アトラクション施設をはじめ、水族館に美術館、数々のショッピングモールから総合病院までを備え、存在しないのは公立の教育機関だけだとさえ豪語している。

 シティ内で働く者の寮施設も内包されており、中心部より外れれば一般の町並みと変わらぬ風景を見る事ができるのも、このシティの巨大さを物語る一要素でしかない。
 遊園地に行こう、映画を見に行こう、のんびりと羽を伸ばそう……。
 余暇を過ごす際の言葉のどれもが、この叉葉山ギガンティックシティに当て嵌まる。
 そんな国内有数……国際的に見ても屈指の施設であり、近隣に住む者が遊びに行こうと言えばここを指す事は当然の流れとなっていた。

 そういった背景もあり、今日のデートの目的地の情報操作まではできなかった穂である。
 もっとも、あまりにも広大な敷地と訪れる人数の膨大さから、この中から特定の人物を探し出すのは困難を極めるだろう。
 デート先がここだと知られていても、クラスメイトの目を心配する必要はないのだ。

「やっぱり先ずは映画かしらね。今、面白そうなのが上映しているのよ」

 入場者に貸し出される携帯端末ナビシステムの説明書に目を通しながら、穂はゆったりとそよぐ風に髪を踊らせている。

 映画ひとつを取ってみても、映画施設の数は二桁を数える。
 上映タイトルが同じであっても上映開始時刻は館毎に違っているので、ナビゲータとして携帯端末は必要不可欠だ。
 もちろん携帯端末なしでも施設を楽しむ事はできるが、効率的に遊ぶためには必携だろう。
 映画館に限らず、殆どの施設のチェックや予約もできるだけに、持たない方がどうかしているとさえ言える。

 そして目的施設への移動手段として敷地内を縦横無尽に移動する電動案内機エレカーに二人は乗り込んでいた。
 目的地を入力すれば安全かつ迅速に搭乗者を案内してくれる、施設内における主要な移動手段である。
 一般乗用車をデフォルメしたデザインもあれば、動物や昆虫を模したもの、野菜や菓子類を模したものまで様々だ。
 愛嬌のある丸みを帯びたデザインとカラフルなカラーリングが玩具的な印象に見せるが、中に詰まっているのは各種技術の最先端だ。
 手近なところに停車していたフリーの1台に乗り込み、とりあえずの目的地を目指す。

 圭の横で、肌に感じる風を子供のように楽しんでいた穂である。
 その様子を微笑ましく感じながらも、圭の視線はあちこちに飛んでいた。
 科学技術はもとより、様々な分野の進歩が著しい昨今ではあるが、この叉葉山ギガンティックシティには特にその粋が集められている。
 多くのメディアで報道される情報を色々と見聞きしてはいたが、実際に目にするのとでは大違いだ。

(まさしく夢の世界か)

 賑々しいシティ内は漠然と見ているだけならば従来の遊園地と変わりはない。
 しかし、そのひとつひとつに最先端の技術を取り入れ利便性を極限まで上げ、人々の目に驚きと興奮を提供している。
 こんなにも人間の扱う技術は進歩を遂げているのかと思う反面、侵蝕者のように非科学的な存在が人間に仇なしているのもまた現実だ。
 全てが人間にとって都合良く発展しない事に対し、歯痒さよりも世界の広さを実感させられる圭だった。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「うぅ……うぇ…」

 それからおよそ2時間後。圭は自分の胸元を濡らされる事態に陥っていた。
 濡らしているのは穂の涙。映画館前の往来で立ち往生している有様である。

 二人が観賞したのは恋愛映画。
 巷で話題となっているらしく、圭もタイトルだけは知っているという程度であったが、穂は随分と楽しみにしていたようだ。



 幼馴染みとして育った男女の仲を突如として引き裂いた戦争。会えない日々が続き、二人は互いを幼馴染み以上の感情で見ていた事を認識する。
 戦争が終わったら一緒になる事を誓い合い、少年は遠方へと出兵してゆく。

 数ヵ月後、戦争は一時の停戦を見せる。
 二人とも生き残っていたものの、戦火で家族を失った少女は養女として引き取られた新しい家族と遠い異国へと移り住む事となり、それを知らされなかった少年は、少女は一家諸共死んだものと思い込んでしまう。

 20年もの歳月が流れ、かつての少年は都会の雑誌ライターとして活躍。ペンネームを半ば本名として使用する程の売れっ子となっていた。
 成長した少女もまた、生活する地元の学校で美術教師としての職に就いていた。
 過去の戦争で裂かれた幼馴染みを想い、二人とも独身のままであったが、お互いに相手は死んだものとして無気力な週末を迎える生活を送っていた……そんなある日。
 二人はふとした事で知り合うが、幼い頃の面影は薄れ、名さえも違う相手をかつての幼馴染みだとは気付かない。
 しかし、なにかと縁があった二人は顔を合わせる毎に惹かれあってゆくが、心に抱いた幼馴染みに操を立てるようにして深く踏み込めないままに時が過ぎる。

 ある時、女の勤める学校で開催された美術展で、女の描いた故郷の風景画によって離れ離れになっていた幼馴染みだと知る。
 男に恋慕する同僚や女の養父が進める見合い話、再び勃発する戦争など、次々と降りかかってくる障害を乗り越え、ついに二人は結ばれる。
 懐かしき故郷に戻り、二人だけの結婚式。
 戦火に見舞われ二人は没してしまうが、永遠に結ばれるのだった……。



 戦時下の悲恋を綴った物語だった。
 取り立てて奇をてらった構成でもなかったが、登場人物の心理描写や細かい演出に定評のある監督で、恋愛映画などまったく観ない圭であっても心を打つ作品に仕上がっていた。

「ふえぇ…っ」

 そして穂はといえば、エンドロールが流れる前から涙目になっており、感想を述べ始めた途端に感極まって泣き出してしまったのだ。

 一度溢れ始めた涙はそうそう止まるものでもなく、仕方なしに圭の胸を貸しているといった次第だ。
 他にも何人か涙している女性客は居たが、こうも露骨に泣いているのは穂以外に見当たらない。
 なまじ穂の容姿が目立つだけに、道往く人々の視線がちくりちくりと圭に刺さる。
 背後には映画の看板が大々的に掲げられているので妙な誤解をする者はいないだろうが、晒し者同然の状況は圭には堪らなく恥ずかしい。

 せめて、この姿をクラスメイトの誰にも見られませんように。そう祈りながら必死に穂を宥め続けた。
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