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はじまり
030 選択
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その女は燃えるように踊る髪を無造作にかきあげ、見覚えのある顔が倒れ伏している姿を睥睨した。
「偶然と言うには、出来すぎよねぇ?」
返答どころか既に気を失っている圭を前に、心底愉快そうに紅い唇を歪ませた。
今夜こそ、どうやら当たりを引く事に成功したらしい。
「ふふ……。今夜は素敵な夜になりそうじゃない」
陽は既に水平線の向こうに消え、街灯がなければ歩く先さえ見通せない程に闇は色濃くなっていたが、まだ夜は始まったばかりだ。
あまりの嬉しさにダンスのひとつも披露しようではないかという気にさえなってくる。
「……その前に、空気を読めない不粋な連中には退場願おうかしらね」
それまでのものとは異質な笑みを満面に湛え、女は背後に迫る侵蝕者の群れへと視線を向けた。
群青色の瞳が紅玉の如き深紅に変わり鈍い輝きを放つと、たちまち女の四肢に強大な力が漲った。
女を中心に目に見えぬ圧力が渦巻き、それによって揺り動かされる侵蝕者の姿は、まるでこれから自分らの辿る運命を知って怯えを見せているようでもあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(よう、どうだ気分は?)
その声を聞くのも久し振りの気がした。
実際にはそれほど日数を置いてはいないのだが、眠る度に必ず出てくるというものではないようなので、そんな気にさせられてしまうのだろう。
――なんか、最悪だ。
初めて交わした会話を思い出した。たしか、あの時も同じようなやりとりではなかっただろうか。
もっとも、眠る前後の状況はまるで違う。
同じ言葉であったとしても、それが持つ意味もまた異なったものになっているのだが。
(まぁ、初陣にしては上出来だったと言っていいんじゃないか。さすが若い身体はよく動くってところか)
純粋に褒めてくれているのだろうが、結局のところ圭は力尽きて倒れてしまったのだ。
どれだけ頑張ってみたところで、結果が伴わなければ意味がない。
――そうだ、侵蝕者っ!
今さらのように圭は気付いた。
どういう経緯だったのか記憶が曖昧になってしまっているが、確かに圭は侵蝕者と戦っていた。
それが今こうして大宇宙昴の声が聞こえるという事は、圭の肉体は眠っているか気絶した状態にあるという証明に他ならない。
無抵抗の相手だからといって侵蝕者が見逃してくれるなど、どんなに楽天的な者であっても微塵も思いはしないだろう。
ましてや圭は数えるのも面倒な程の侵蝕者を屠っている。
その土で出来た身体に感情があるのだとすれば、多くの仲間を斃した圭を許す筈もないものだ。
(まぁ、待て待て。最強最悪の助っ人が来ているから、今いる侵蝕者は程なく全滅だ)
押し止める大宇宙昴の声に、圭は怪訝な表情を作った。
――夢の中の話を信じろってのか? そんなに自分に都合の良い事ばかりを信用する気にはならないぞ。
しかしそんな圭の言葉を、大宇宙昴は一笑する。
(おいおい、この期に及んでまだそんな事を言うのか。お前だってもう理解しているだろう、感情が反発しているだけだと)
心のどこかで考えていた事を指摘され、圭は言葉に詰まる。
(いい加減、事実に向き合って認めるべきところを認めないと。周りに流されっぱなしだと、遠からず死ぬ羽目になるぞ)
現に今、圭は侵蝕者相手に死亡寸前の状態に追い詰められていたのだ。
例え幾千幾万の侵蝕者を屠ろうとも、最後の一体によって倒されてしまっては負けである。
そしてその戦いさえも、圭の意志とは関係なく始まってしまっていたのだ。
今後も似たような状況に放り出されれば、生き残るよりも命を失う可能性の方が高いだろう。
それも圧倒的な確率で、だ。
――そう……だな。
静かに息を吐く。
夢の中の声が大宇宙昴を名乗った時から予感はあったのだ。
しかし、それを認めるのが怖かった。
認めてしまわない限りはこれまでと同じ日常をずっと続けていられると、そう思いたかった。
だが現実には周囲の者までもが危険に晒されているという状況だ。
おそらくこれは偶然などではないのだろう。
(肚は決まったか?)
既に選択肢など無い。それでも声は問うてくる。
それを経る事が儀式のひとつであるかのように。
――ああ。
力強く頷いた瞬間、圭から迷いが消えた。
どちらにせよ、後戻りの出来ない道に踏み入ってしまっているのだ。
こうなれば突き抜けるまでとことん往くしかない。
世間一般では開き直りとも言うが、この際、呼び名など瑣末なものだ。
――教えてくれ。俺が知っておかなくちゃいけない事は、何だ?
いつまでも夢の中で悠長に構えてもいられないだろう。
ともかく今は最低限の情報だけでも知識としておかなくては。
そんな圭の姿勢に、満足気に頷く大宇宙昴の姿が見えたような気がした。
こちらも色々と教える気は満々のようだった。
(よし、まずは――)
「偶然と言うには、出来すぎよねぇ?」
返答どころか既に気を失っている圭を前に、心底愉快そうに紅い唇を歪ませた。
今夜こそ、どうやら当たりを引く事に成功したらしい。
「ふふ……。今夜は素敵な夜になりそうじゃない」
陽は既に水平線の向こうに消え、街灯がなければ歩く先さえ見通せない程に闇は色濃くなっていたが、まだ夜は始まったばかりだ。
あまりの嬉しさにダンスのひとつも披露しようではないかという気にさえなってくる。
「……その前に、空気を読めない不粋な連中には退場願おうかしらね」
それまでのものとは異質な笑みを満面に湛え、女は背後に迫る侵蝕者の群れへと視線を向けた。
群青色の瞳が紅玉の如き深紅に変わり鈍い輝きを放つと、たちまち女の四肢に強大な力が漲った。
女を中心に目に見えぬ圧力が渦巻き、それによって揺り動かされる侵蝕者の姿は、まるでこれから自分らの辿る運命を知って怯えを見せているようでもあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(よう、どうだ気分は?)
その声を聞くのも久し振りの気がした。
実際にはそれほど日数を置いてはいないのだが、眠る度に必ず出てくるというものではないようなので、そんな気にさせられてしまうのだろう。
――なんか、最悪だ。
初めて交わした会話を思い出した。たしか、あの時も同じようなやりとりではなかっただろうか。
もっとも、眠る前後の状況はまるで違う。
同じ言葉であったとしても、それが持つ意味もまた異なったものになっているのだが。
(まぁ、初陣にしては上出来だったと言っていいんじゃないか。さすが若い身体はよく動くってところか)
純粋に褒めてくれているのだろうが、結局のところ圭は力尽きて倒れてしまったのだ。
どれだけ頑張ってみたところで、結果が伴わなければ意味がない。
――そうだ、侵蝕者っ!
今さらのように圭は気付いた。
どういう経緯だったのか記憶が曖昧になってしまっているが、確かに圭は侵蝕者と戦っていた。
それが今こうして大宇宙昴の声が聞こえるという事は、圭の肉体は眠っているか気絶した状態にあるという証明に他ならない。
無抵抗の相手だからといって侵蝕者が見逃してくれるなど、どんなに楽天的な者であっても微塵も思いはしないだろう。
ましてや圭は数えるのも面倒な程の侵蝕者を屠っている。
その土で出来た身体に感情があるのだとすれば、多くの仲間を斃した圭を許す筈もないものだ。
(まぁ、待て待て。最強最悪の助っ人が来ているから、今いる侵蝕者は程なく全滅だ)
押し止める大宇宙昴の声に、圭は怪訝な表情を作った。
――夢の中の話を信じろってのか? そんなに自分に都合の良い事ばかりを信用する気にはならないぞ。
しかしそんな圭の言葉を、大宇宙昴は一笑する。
(おいおい、この期に及んでまだそんな事を言うのか。お前だってもう理解しているだろう、感情が反発しているだけだと)
心のどこかで考えていた事を指摘され、圭は言葉に詰まる。
(いい加減、事実に向き合って認めるべきところを認めないと。周りに流されっぱなしだと、遠からず死ぬ羽目になるぞ)
現に今、圭は侵蝕者相手に死亡寸前の状態に追い詰められていたのだ。
例え幾千幾万の侵蝕者を屠ろうとも、最後の一体によって倒されてしまっては負けである。
そしてその戦いさえも、圭の意志とは関係なく始まってしまっていたのだ。
今後も似たような状況に放り出されれば、生き残るよりも命を失う可能性の方が高いだろう。
それも圧倒的な確率で、だ。
――そう……だな。
静かに息を吐く。
夢の中の声が大宇宙昴を名乗った時から予感はあったのだ。
しかし、それを認めるのが怖かった。
認めてしまわない限りはこれまでと同じ日常をずっと続けていられると、そう思いたかった。
だが現実には周囲の者までもが危険に晒されているという状況だ。
おそらくこれは偶然などではないのだろう。
(肚は決まったか?)
既に選択肢など無い。それでも声は問うてくる。
それを経る事が儀式のひとつであるかのように。
――ああ。
力強く頷いた瞬間、圭から迷いが消えた。
どちらにせよ、後戻りの出来ない道に踏み入ってしまっているのだ。
こうなれば突き抜けるまでとことん往くしかない。
世間一般では開き直りとも言うが、この際、呼び名など瑣末なものだ。
――教えてくれ。俺が知っておかなくちゃいけない事は、何だ?
いつまでも夢の中で悠長に構えてもいられないだろう。
ともかく今は最低限の情報だけでも知識としておかなくては。
そんな圭の姿勢に、満足気に頷く大宇宙昴の姿が見えたような気がした。
こちらも色々と教える気は満々のようだった。
(よし、まずは――)
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