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はじまり
031 最悪の救済者
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「ん……」
うっすらと目を開いた圭は頭を揺り動かした。
四肢の指先に力を込める。
相当に酷使したせいかガチガチに筋張ってしまっていたが、どうやら五体満足で生き永らえる事には成功しているようだった。
周囲は暗かったが、天国や地獄といった場所でもないらしい。
気を失ってから、場所も時間もそれほど変わっていないという事だ。
ただ、後頭部だけは心地良い感触の上に乗せられていた。
コンクリートの上に投げ出されている手足が独自の意思を持っていたならば、不平不満を言い募りそうな程の好待遇だ。
「圭くん、大丈夫?」
夜空を見上げる圭の視界に、上下逆さまの穂が顔を見せた。圭は穂の膝枕の上で目覚めたのだ。
女性の膝枕など、幼い頃に母親に耳掻きをしてもらって以来だろうか。
思わず幸せな気分に包まれて眠りたくなってしまうが、伸ばされた爪先の前に立つ人物の存在感がそれを許さなかった。
「アレイツァ……」
その女には見覚えがあった。
先日、駅前で一樹がナンパ相手にと選んだ女性だ。
髪型も服装もその時と同じまま、圭を見下ろすようにして立っている。
強いて違う点があるとすれば、圭に向けた視線が獲物を狙う猛禽のそれだという事だろうか。
「…ふぅん?」
圭の声を聞き、女――アレイツァは面白そうに鼻を鳴らした。
教えた覚えのない名を圭は口にした。
それが何を意味しているのか、目の前で力なく横たわる少年は理解しているのだろうか。その事によって、どんな言い逃れも出来なくなったのだ。
もとより、この場で再会した瞬間から逃すつもりなど微塵もないのだが。
アレイツァが一歩近付いた。
未だに意識がはっきりしない圭の代わりという事でもないのだろうが、穂が僅かに身じろいだ。
時は数分前に遡る――
圭のその身体が地に伏せるよりも僅かに早く、穂は反射的な勢いで縄梯子を放り下ろしていた。
迫り来る侵蝕者の姿が見えてもいたが、それに構わず滑るように着地した瞬間、伏した圭の向こう側に現れた女に驚いた。
(空から降ってきた?)
周囲を見渡すも、近くにある高台はたった今自分が下りてきた避難エリアしかない。
縄梯子を使った穂の頭上を跳び越したのだとしても、その姿に見覚えはなかった。
無数とも見える侵蝕者を前に微動だにしない、こうも絶対的な自信を漲らせる者が居たのならば、その存在感に気付かぬ筈がない。
しかしそうなると、この女はどこから現れたのか。
頭の中で疑問を渦巻かせる穂をよそに、女は何事か呟いたかと思うと侵蝕者の群れに近付いていったのだ。
一見してその手に武器はなく、身体のラインを浮き立たせる服の中に何が仕込んであるようにも見えない。
よもや自殺願望者とも思えなかったが、呼び止めるべきかどうか迷う穂の前でそれは起きた。
侵蝕者の群れがいきなり吹き飛んだのだ。
千切れ、砕かれ、灰塵と化す何体もの侵蝕者を見て、まさか目の前の女が何かしただとは思いもよらない。
「あーっ! はっはははあっ!!」
全身を打ち震わせながら哄笑する背を見て、初めてその女の仕業なのだと気付く。
「――ふんっ!」
気勢を込め、未だ健在の侵蝕者の群れに向けて右腕を薙ぐと、今度は倍近い数の侵蝕者が消し飛んだ。
(なんて、目茶苦茶な)
女の腕から発生した突風は、明らかに物理的な攻撃力を持っていた。
しかも、10や20の侵蝕者を一度に滅せる程の。
穂の知る限り、そんな力を持った退魔師は存在しない。
退魔師であろうとなかろうと、これだけの力を持った存在だ。侵蝕者相手にその力を振るった事があるのならば、最前線で活動をする千沙都の耳に入らぬ筈がない。
それならば、目の前の女は何者だというのか。
誰もその疑問に答える事のないまま、愉快そうに駆け回る女の手によって侵蝕者はほぼ全滅の様相を呈していた。
残るは緋美佳らを標的として群がっているものだけであり、女はそこまでは手を出そうとは考えていないようだった。
まるで侵蝕者に興味を失ったかのように踵を返すと、穂の膝枕の上で大事そうに抱えられた圭に向けて歩を進めたのだった。
うっすらと目を開いた圭は頭を揺り動かした。
四肢の指先に力を込める。
相当に酷使したせいかガチガチに筋張ってしまっていたが、どうやら五体満足で生き永らえる事には成功しているようだった。
周囲は暗かったが、天国や地獄といった場所でもないらしい。
気を失ってから、場所も時間もそれほど変わっていないという事だ。
ただ、後頭部だけは心地良い感触の上に乗せられていた。
コンクリートの上に投げ出されている手足が独自の意思を持っていたならば、不平不満を言い募りそうな程の好待遇だ。
「圭くん、大丈夫?」
夜空を見上げる圭の視界に、上下逆さまの穂が顔を見せた。圭は穂の膝枕の上で目覚めたのだ。
女性の膝枕など、幼い頃に母親に耳掻きをしてもらって以来だろうか。
思わず幸せな気分に包まれて眠りたくなってしまうが、伸ばされた爪先の前に立つ人物の存在感がそれを許さなかった。
「アレイツァ……」
その女には見覚えがあった。
先日、駅前で一樹がナンパ相手にと選んだ女性だ。
髪型も服装もその時と同じまま、圭を見下ろすようにして立っている。
強いて違う点があるとすれば、圭に向けた視線が獲物を狙う猛禽のそれだという事だろうか。
「…ふぅん?」
圭の声を聞き、女――アレイツァは面白そうに鼻を鳴らした。
教えた覚えのない名を圭は口にした。
それが何を意味しているのか、目の前で力なく横たわる少年は理解しているのだろうか。その事によって、どんな言い逃れも出来なくなったのだ。
もとより、この場で再会した瞬間から逃すつもりなど微塵もないのだが。
アレイツァが一歩近付いた。
未だに意識がはっきりしない圭の代わりという事でもないのだろうが、穂が僅かに身じろいだ。
時は数分前に遡る――
圭のその身体が地に伏せるよりも僅かに早く、穂は反射的な勢いで縄梯子を放り下ろしていた。
迫り来る侵蝕者の姿が見えてもいたが、それに構わず滑るように着地した瞬間、伏した圭の向こう側に現れた女に驚いた。
(空から降ってきた?)
周囲を見渡すも、近くにある高台はたった今自分が下りてきた避難エリアしかない。
縄梯子を使った穂の頭上を跳び越したのだとしても、その姿に見覚えはなかった。
無数とも見える侵蝕者を前に微動だにしない、こうも絶対的な自信を漲らせる者が居たのならば、その存在感に気付かぬ筈がない。
しかしそうなると、この女はどこから現れたのか。
頭の中で疑問を渦巻かせる穂をよそに、女は何事か呟いたかと思うと侵蝕者の群れに近付いていったのだ。
一見してその手に武器はなく、身体のラインを浮き立たせる服の中に何が仕込んであるようにも見えない。
よもや自殺願望者とも思えなかったが、呼び止めるべきかどうか迷う穂の前でそれは起きた。
侵蝕者の群れがいきなり吹き飛んだのだ。
千切れ、砕かれ、灰塵と化す何体もの侵蝕者を見て、まさか目の前の女が何かしただとは思いもよらない。
「あーっ! はっはははあっ!!」
全身を打ち震わせながら哄笑する背を見て、初めてその女の仕業なのだと気付く。
「――ふんっ!」
気勢を込め、未だ健在の侵蝕者の群れに向けて右腕を薙ぐと、今度は倍近い数の侵蝕者が消し飛んだ。
(なんて、目茶苦茶な)
女の腕から発生した突風は、明らかに物理的な攻撃力を持っていた。
しかも、10や20の侵蝕者を一度に滅せる程の。
穂の知る限り、そんな力を持った退魔師は存在しない。
退魔師であろうとなかろうと、これだけの力を持った存在だ。侵蝕者相手にその力を振るった事があるのならば、最前線で活動をする千沙都の耳に入らぬ筈がない。
それならば、目の前の女は何者だというのか。
誰もその疑問に答える事のないまま、愉快そうに駆け回る女の手によって侵蝕者はほぼ全滅の様相を呈していた。
残るは緋美佳らを標的として群がっているものだけであり、女はそこまでは手を出そうとは考えていないようだった。
まるで侵蝕者に興味を失ったかのように踵を返すと、穂の膝枕の上で大事そうに抱えられた圭に向けて歩を進めたのだった。
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