めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

032 取り囲む女たち

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 既に障害となる侵蝕者はいない。
 そもそも侵蝕者程度が障害になり得る筈がなく、邪魔だから片付けたに過ぎない。
 穂が畏怖と困惑の入り混じった視線を向けてきていたが、アレイツァは歯牙にもかけない。
 その瞳に映っているのは、力なく横たわる圭だけだ。

「さぁ、同じ事を聞くわ。ザナルスィバ……知っているわね?」

 質問の形をとってこそいるが、半ば断言した口調は確認作業といった風だ。
 もしも否定したらどうしてくれようかしら。
 爛々とした瞳の奥ではそんな事を考えてもいたが、圭は小さい声ながらも淀みなく答えた。

「……俺が、ザナルスィバだ」

 圭の回答にアレイツァは満足げに微笑んだが、穂は聞き慣れない単語に眉根を寄せるのみだ。

「ちょっと、二人とも何を言って……」

 しかし、端からその存在を目にも入れていないアレイツァは穂が言葉を終えるのを待たずに口を開く。

「あなた個人に恨みはないけど、死んで貰うわ」

 突然の発言に穂は言葉を失ったが、圭は動じる事なく溜息を吐いたのみだった。

(たしかに、最強最悪だ)

 大宇宙昴の言葉は揶揄でも何でもなかったと、改めて実感した。
 しかし、アレイツァのその発言は予想できていた事だ。
 問題は、それをどうやって回避するかだが…。

「理由くらい、教えてくれるんだろう?」

 その回答も夢の中で聞かされてはいたが、そんな素振りは出さないようにしないといけない。
 この絶対的な力を持った存在を前に、いかにして逃げ出すかという難問を解くための時間稼ぎが必要だ。

「あなたの……ザナルスィバの持っている知識が欲しいのよ。
 これまで五人ほどにあたってみたんだけど、なんだかんだで逃げられっぱなしになっているのよね」

 まったく、酷い難題を残していってくれたものだ。圭は内心で舌打ちした。
 次に夢の中で大宇宙昴が出てきたら、チクチクと文句を言ってやらねばならないだろう。

「でね、私は考えたのよ。いつまで経っても協力して貰えないのなら、自分がザナルスィバになればいいんじゃないかって」

 にこやかに微笑むアレイツァだったが、しかしそれが圭の殺害に繋がるというのだから、まさに悪魔の微笑みである。

「…俺を殺しても、あんたがザナルスィバになれるって理屈にはならないだろう?」

 とりあえず正論を出してみる。
 アレイツァとて愚昧な女ではない筈だ。これで折れてくれれば何の問題もないのだが。

「でも放置しておけば、ザナルスィバはあなたなのよね?」

 即答された。
 圭の言葉など既に熟考を重ねているのだろう。早くも危機的状況を肌で感じる。

「今回がダメなら、また次回に期待――よね?」

 その表情に愉悦にも近い色が満ち、それがまた圭の恐怖心に拍車をかける。
 アレイツァはこれから先も、ザナルスィバとなった者を殺し続けるつもりなのだ。
 言葉の通じる相手なだけに会話の中から回避の糸口が見つけようとしたが、他者の命を奪うという行為の倫理観がそこまで人間と違っているとは。

「そういう訳だから、悪く思わないでね。こっちも結構考えた末なのよ」

 アレイツァが右手を圭へと向ける。
 その細い指先にどれだけの威力が秘められているのだろう。
 なんとかしてこの窮地を脱さねばと思う反面、それは不可能な行為だと理解してしまってもいる。
 体調が万全であれば、或いはアレイツァを出し抜く目算もあったろうが、腕一本満足に動かせない状態で何ができるというのか。

 指先を圭の胸元へと定め、アレイツァが一歩近付く。
 未だ数メートルを残しているとはいえ、何の意味も成さない距離だ。
 ザナルスィバとして全てを受け容れる決心をしたものの、真っ先に飛び込んでくるのがまさか己の死だとは。

「だめえええっ!!!」

 その時、アレイツァの前にひとつの影が飛び込んできた。
 もちろん、圭はその小さな背を知っている。

「眞尋!?」

 何時の間に下まで降りてきたのか、眞尋が四肢を大きく開き立ち塞がった。
 その小柄な身体でアレイツァの視界から圭の姿を隠す。

「何のつもりかしら? そこをどきなさい」

 突然の闖入者を訝しみ、足を止めるアレイツァ。
 無駄な労力を割きたくはないらしく、トーンを落とした声を眞尋に浴びせかける。

「イヤっ!! 圭ちゃんに手は出させないんだからっ!」

 圭の代わりにその指先を突きつけられる形となった眞尋。
 アレイツァのその力も見ていたに違いないのに、断固として動こうとはしない。
 震えそうになる脚に力を込め、涙を滲ませながらも目の前の女を睨み付ける。

「………」

 とりあえずこの少女と圭の関係は察したようだったが、アレイツァは暫し黙考した。
 放り投げて排除するのも、圭もろとも殺害してしまうのも簡単ではある。
 簡単ではあるが、目的と直接関係のない事を考えるのが面倒臭いのだ。
 先刻までの気分の良さは、侵蝕者を片付けた事により使い果たしてしまったらしい。

「その子の言う通り、彼に危害を加えるのは許さないわよ」

 動きの止まったアレイツァの背後から近付く人影が二つ。
 侵蝕者の殲滅を終えた千沙都と緋美佳だった。
 かなり疲弊してはいたが、その瞳には圭を守らんと新たな使命感が漲っている。
 どうやらアレイツァ自身が考えていたよりも長く思考に没頭していた事が、二人の退魔師の接近を許してしまったらしい。

「……退魔師風情が」

 自然と語気が荒くなった。
 自分よりも明らかに力の劣っている者が強硬な態度を見せる事が面白くないのだ。
 しかし、アレイツァは無言のまま睨み付けてくる緋美佳の存在が気になった。
 その瞳に秘めた静かな炎は死をも厭わない者が持ち得るものだったからだ。
 人間に限らず、生き物というものは無意識のうちに己の命という唯一のものを護ろうとする習性がある。
 決死の覚悟などと言ってはみても、心のどこかで死は忌避すべきものと認識しているのだ。

 しかし、時に自ら死へと手を伸ばす者が居る。
 常人ではどうしても踏み止まってしまう一歩を、躊躇う事なく二歩も三歩も踏み込んでゆくのだ。
 過去に何度か見た事のある手合いと同じ種類の人間だと感じ、緋美佳への強い警戒心が発生する。
 緋美佳にその覚悟があってもアレイツァの優位さに微塵の揺るぎもないのだが、手酷い一撃を受ける可能性が少なからずあるのもまた事実だった。

 改めて自分を取り囲む女たちに視線を巡らせる。
 様々な思惑を秘めた瞳を前にアレイツァは――

「……ふぅ」

 遠目にも分かる程に、大きく肩を落とした。

「まったく、興醒めもいいとこね」

 上体を起こすと、肩を竦ませながら圭のもとへと歩み寄る。
 突然の様子の変化に毒気を抜かれたように立ち呆ける眞尋の横をすり抜け、圭の傍らで足を止める。
 既に殺意は失しているようだったが、緊張が圭の全身を支配する。

「とりあえず今回は見逃してあげるけど、次に会う時にはもっと腕を上げておく事ね」

 侵蝕者相手に死なれたりしたら面白くないわ。
 そう付け加えると、踵を返して地を蹴った。
 軽く跳ねただけのようにしか見えなかったが、まるで背中に翼があるかの如くアレイツァの姿は空に広がる闇へと溶け込んでいった。
 その場に残る五人を包んだ静寂は、降下を始めた避難エリアのモーター音と興奮冷めやらぬ衆人の歓声によって瞬く間に打ち破られる。

「…ふうぅ」

 圭が大きな溜息を吐いた。
 全身から力が抜け、頭が重力の命じるままに穂の太腿へと沈み込もうとする。

(眞尋……ありがとうな)

 その思いがきちんと言葉になったかどうか。
 腰を抜かして座り込む眞尋の後ろ姿を見ながら、圭の意識は安堵の息と共に深いところへと落ち込んでいった。
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