めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

042 急の報

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 季節を先取りしすぎた蝉が鳴いているような気がした。
 朝の目覚めは爽快なのに、午睡からの帰還には気怠いものを感じてしまうのは何故だろうか。

 そんな事を漠然と思いながら圭は薄目を開いた。
 窓際に射し込む強い光がまだ昼を回っていない角度を示していたが、顔を背ければそんな光を感じない程に保健室の大半は薄闇に溶け込んでいた。

 遠くから聞こえる喧噪はなく、聞こえていたと感じた蝉の声もなく、圭自身が漏らした溜息だけが耳に届いた。
 圭が寝かされていた保健室は空恐ろしいまでの静寂に包まれ、寝惚けたままの頭では自分が何を考えようとしているのかさえも蒙昧にさせてしまう。

(そうか、俺はたしか…)

 封じ損ねた侵蝕者の自爆を受け、気を失ってしまったのだと思い至る。
 それにしてもと、圭は自らの額を小さく叩いた。
 こうしてベッドの中で目覚めるのは何度目なのだと。
 己がまだ半人前だという自覚はあるものの、力量が足りないが故の結果だと思うと情けないばかりだ。

「そんなに悲観しなくてもいいのよ?」

 頬に触れるひやりとした指先の感触に、圭は身体を震わせた。
 意識が淀んでいた事もあったのだろうが、誰かが居るという気配をまるで感じなかった。

「……っと、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」

 慌てて手を引いたのは緋美佳だった。
 廊下側に居るせいですっかり闇の中に隠れており、小さく微笑む口許がかろうじて視認できる程度だ。

 先の爆発の中でも緋美佳は耐え切ったようだ。
 遮蔽物となった床板により漏れ出た爆圧の煽りに差異はあったろうが、こうして平然としている姿を見ると緋美佳の凄さを改めて実感する。

「…教室の、侵蝕者は?」

 色々と聞きたい事はあったが、今はそればかりが気掛かりだった。

「侵蝕者は消滅したけど、教室は当分使い物にならないわね。床も抜けて下の教室もボロボロ。
 避難していた生徒も全員下校させて、2~3日は調査と復旧で閉鎖かしらね。
 廊下に放り出しちゃった子達はまだ寝てるけど、特に怪我はしていないから安心して」

 眞尋と穂の無事を聞き、圭は肺の中の空気を押し出した。
 しかし、変色していた床そのものが侵蝕者だったのだと考えれば、床が抜ける被害というのも納得だ。
 そんな状態にさせられた爆発の中にあって、よく気を失う程度で済んだものだと感心した。

「普通の人なら重体か、下手をすれば死亡確定よ。少し見ない間に随分と見違えたわね」

 ベッドに横たわる自分と、それを見守る緋美佳。
 既に三度目の構図になってしまったが、それでも褒めて貰えたのが純粋に嬉しかった。

「…はは。容赦無い人達にしごいて貰っているから。自分で言うのもアレだけど、結構鍛えられているんだ」

 緋美佳に評価して貰えた事で、少しばかり調子に乗っていたかもしれない。
 それでも今は緋美佳にもっと褒めてほしくもあり、変わってゆく自身に対する激励が欲しかった。数日前にこの場で掛けられた言葉と同じように。
 他人から見ればただの甘えなのだと評されるだろうが、それでも今は緋美佳の意識を自分だけに向けさせられる事が嬉しかった。

「そうなんだ。それは………驚異ね」

「え?」

 しかし緋美佳の口から漏れ出てきた言葉に、圭は耳を疑った。
 今、緋美佳は、何と言った?

「緋美姉…っ」

 跳ね起きる圭。
 なんと言って今の言葉の真意を確認するべきかと迷ったが、胸元で発生した振動と電子音による楽曲が思考を中断させた。
 胸ポケットに収められた携帯電話から流れ出てきた曲は、ハチャトゥリャンの『剣の舞』だった。
 これが鳴ったら何を差し置いても出るようにと、千沙都から強く念を押されていた事を思い出す。
 有り体に言えば、千沙都からの緊急事態警報エマージェンシーコールだ。

(何なんだよ、この大事な時に…っ)

 千沙都に面と向かっては言えないような荒い語気で毒づきながら、緋美佳に背を向けるようにして携帯電話の通話ボタンを押す。

『もしもし、圭くんっ!?』

 妙に慌てた様子の千沙都の声が飛び込んできた。
 発信元の電波状態が不安定なのか、妙にノイズが混じっている。
 一体どこから電話をかけているのだろうか。

「何ですか、一体…」

 声を潜めながらも抗議の意を匂わせたが、注意深い筈の千沙都は気付かなかったようだ。
 とにかく電話に出たのが圭だと確認したのだろう、スピーカーの向こうで千沙都が何かを口早に捲し立てた。

「……え?」

 きちんと聞き取れなかったが、何か気になる単語がひとつふたつ混じっていたような気がした。

『……だからね、……! …………!!』

 同じ事を繰り返した千沙都だったが、俄に信じ難い単語の連続で、電波状況が余程悪いのかと圭は眉根を寄せた。

「すみません、もう一度…!」

 着信時の怒気などすっかり消失していた。千沙都の言葉をどう理解したものかと迷いつつ、再度言葉を促した。

『落ち着いてよく聞いて。

 ……鴫澤さんのチームからの連絡が途絶えたわ』
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