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はじまり
048 脱出・1
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「月菜っ!」
マンション前にタクシーで乗り付けた圭は、運転手に待機するよう告げるとドアが開くのももどかしく飛び出した。
周囲の状況が運転手にあまり良い顔をさせなかったが、今の圭にそこまで考えを回す余裕はなかった。
タクシーが停車する十数秒前。
自宅であるマンションを視界に捉えた時から、圭の脳裏では危機を告げる警報がけたたましく鳴り響いている。
マンション前に陣取る哨戒部隊のトラック。
そのコンテナに搭載されていた砲台を外気に晒し、それを向けられたマンションには大きな風穴がひとつ。
余程の衝撃があったのだろう。マンションの全ての窓ガラスが砕けているかヒビの入った状態になっていた。
空が朱に染められ始める時間帯にあってもマンションに穿たれた凶悪な風穴ははっきりと視認でき、間違いなく加瀬家を貫いている状況からはどう考えても最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。
しかしそうであったとしても、月菜の姿をこの目にするまでは誰が何と言おうと信じるつもりもない。
「お兄ちゃん!」
なんというタイミングだったろう。マンションのエントランスから飛び出してくる月菜とぶつかるように合流を果たす事ができた。
半ば青ざめた表情の月菜だったが、見る限りでは特に傷を負った様子もない。
服も綺麗なもので、砲撃の被害に遭わずに逃げ出してきたのだと判断できる。
「ひ、緋美佳お姉ちゃんが……!」
どう説明したものか自身の中で整理できていないらしく、緋美佳の名を出すだけで次の言葉を紡げずにいる月菜に首肯してみせる圭。
やはり予想された通り、緋美佳の持つ記憶を辿り圭の妹を狙ってきたのだ。
そして強力な侵蝕者の存在を察知して問答無用で攻撃に移った哨戒部隊……といったところで間違いないだろう。
ともかく今は月菜の無事さえ確認できれば満足だった。
緋美佳の事も気に掛かるが、欲張った行動は間違いなく妹の命を危険に晒す。
「いくぞ、月菜」
妹の小さな手を強く握ると待たせておいたタクシーへと向き直ったが、アレイツァの屋敷への帰路にタクシーを利用する事は出来なくなってしまっていた。
事態の剣呑さに恐れをなした運転手が逃げ出していた、という事ではなかった。
結果だけ見れば同じ事にはなるのだが、違っているのは自らが運転する車を使ってではなく、己の足を酷使して逃げ出したという点だった。
「うわあああああっ!」
二人の目の前でタクシーが横転させられ、その中に残っていた運転手の絶叫が響き渡る。
あまりに突然すぎた惨事に愛車と運命を共にしたと思われた運転手だったが、逆さまになった状態の車窓から這い出すと一目散に逃げ去っていった。
運転手は己の生存本能に従っただけだが、それこそが生き残る正しい選択のひとつであった事は確かだろう。
そして残された兄妹の前には、タクシーをひっくり返した存在である一体の侵蝕者が立ち塞がっていた。
意図してタクシーの下から出現した訳でもないのだろうが、移動の足を潰されたという事実が圭の焦燥感を煽り立てる。
『出たな、雑魚どもが!』
聞き覚えのある声に視線を向ければ、高い位置で拡声器のマイク片手に指揮を執っているのはいつぞやの東條と名乗った男だった。
そしてその周囲には地面を割って何体もの侵蝕者が姿を見せ、とりあえずの標的を哨戒部隊へと定めたようだ。
『総員、戦闘準備!』
積み重ねた訓練の賜物だろう、簡潔な命令にもかかわらず武器を携えた隊員達は整然と行動を開始している。
そして東條は、自分達で穿ったマンションの穴へと鋭い視線を移しており、その先には服までも含めて完全再生を果たした緋美佳が隠れる事もなく睥睨していた。
「…人間如きが生意気な」
その目は爛々と緑色の輝きを見せ、月菜襲撃を阻止された相手に対し明確な敵意を抱いている。
『その人間の力、その身で思い知るがいい!』
大きく振るわれた東條の腕が開戦の合図となった。
たちまち周囲は火器による幾重もの音圧に包まれる。
物量に任せ哨戒部隊を圧し包もうとする侵蝕者に対し、圧倒的な火力で侵蝕者を屠ってゆく。
雨のような弾丸に加え、電熱線を備えたワイヤーネットを対侵蝕者の有効兵器として運用する哨戒部隊が有利に戦闘を進めているが、銃火器の残弾と電力が底を尽いてしまえば一気に形勢逆転となる。
出現する侵蝕者の総数が未知数である以上、その統率を執っているであろう緋美佳を倒さない限りは余裕の表情など微塵もない哨戒部隊だ。
哨戒部隊が派手な戦闘の開始を見せる一方で、圭は眼前の侵蝕者との間合いを測っていた。
マンション前にタクシーで乗り付けた圭は、運転手に待機するよう告げるとドアが開くのももどかしく飛び出した。
周囲の状況が運転手にあまり良い顔をさせなかったが、今の圭にそこまで考えを回す余裕はなかった。
タクシーが停車する十数秒前。
自宅であるマンションを視界に捉えた時から、圭の脳裏では危機を告げる警報がけたたましく鳴り響いている。
マンション前に陣取る哨戒部隊のトラック。
そのコンテナに搭載されていた砲台を外気に晒し、それを向けられたマンションには大きな風穴がひとつ。
余程の衝撃があったのだろう。マンションの全ての窓ガラスが砕けているかヒビの入った状態になっていた。
空が朱に染められ始める時間帯にあってもマンションに穿たれた凶悪な風穴ははっきりと視認でき、間違いなく加瀬家を貫いている状況からはどう考えても最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。
しかしそうであったとしても、月菜の姿をこの目にするまでは誰が何と言おうと信じるつもりもない。
「お兄ちゃん!」
なんというタイミングだったろう。マンションのエントランスから飛び出してくる月菜とぶつかるように合流を果たす事ができた。
半ば青ざめた表情の月菜だったが、見る限りでは特に傷を負った様子もない。
服も綺麗なもので、砲撃の被害に遭わずに逃げ出してきたのだと判断できる。
「ひ、緋美佳お姉ちゃんが……!」
どう説明したものか自身の中で整理できていないらしく、緋美佳の名を出すだけで次の言葉を紡げずにいる月菜に首肯してみせる圭。
やはり予想された通り、緋美佳の持つ記憶を辿り圭の妹を狙ってきたのだ。
そして強力な侵蝕者の存在を察知して問答無用で攻撃に移った哨戒部隊……といったところで間違いないだろう。
ともかく今は月菜の無事さえ確認できれば満足だった。
緋美佳の事も気に掛かるが、欲張った行動は間違いなく妹の命を危険に晒す。
「いくぞ、月菜」
妹の小さな手を強く握ると待たせておいたタクシーへと向き直ったが、アレイツァの屋敷への帰路にタクシーを利用する事は出来なくなってしまっていた。
事態の剣呑さに恐れをなした運転手が逃げ出していた、という事ではなかった。
結果だけ見れば同じ事にはなるのだが、違っているのは自らが運転する車を使ってではなく、己の足を酷使して逃げ出したという点だった。
「うわあああああっ!」
二人の目の前でタクシーが横転させられ、その中に残っていた運転手の絶叫が響き渡る。
あまりに突然すぎた惨事に愛車と運命を共にしたと思われた運転手だったが、逆さまになった状態の車窓から這い出すと一目散に逃げ去っていった。
運転手は己の生存本能に従っただけだが、それこそが生き残る正しい選択のひとつであった事は確かだろう。
そして残された兄妹の前には、タクシーをひっくり返した存在である一体の侵蝕者が立ち塞がっていた。
意図してタクシーの下から出現した訳でもないのだろうが、移動の足を潰されたという事実が圭の焦燥感を煽り立てる。
『出たな、雑魚どもが!』
聞き覚えのある声に視線を向ければ、高い位置で拡声器のマイク片手に指揮を執っているのはいつぞやの東條と名乗った男だった。
そしてその周囲には地面を割って何体もの侵蝕者が姿を見せ、とりあえずの標的を哨戒部隊へと定めたようだ。
『総員、戦闘準備!』
積み重ねた訓練の賜物だろう、簡潔な命令にもかかわらず武器を携えた隊員達は整然と行動を開始している。
そして東條は、自分達で穿ったマンションの穴へと鋭い視線を移しており、その先には服までも含めて完全再生を果たした緋美佳が隠れる事もなく睥睨していた。
「…人間如きが生意気な」
その目は爛々と緑色の輝きを見せ、月菜襲撃を阻止された相手に対し明確な敵意を抱いている。
『その人間の力、その身で思い知るがいい!』
大きく振るわれた東條の腕が開戦の合図となった。
たちまち周囲は火器による幾重もの音圧に包まれる。
物量に任せ哨戒部隊を圧し包もうとする侵蝕者に対し、圧倒的な火力で侵蝕者を屠ってゆく。
雨のような弾丸に加え、電熱線を備えたワイヤーネットを対侵蝕者の有効兵器として運用する哨戒部隊が有利に戦闘を進めているが、銃火器の残弾と電力が底を尽いてしまえば一気に形勢逆転となる。
出現する侵蝕者の総数が未知数である以上、その統率を執っているであろう緋美佳を倒さない限りは余裕の表情など微塵もない哨戒部隊だ。
哨戒部隊が派手な戦闘の開始を見せる一方で、圭は眼前の侵蝕者との間合いを測っていた。
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