50 / 72
はじまり
050 はじめまして
しおりを挟む
「あなたが月菜ちゃんね。私、鬼首穂。圭くんのクラスメイトでクラス委員長をやっているの。よろしくねっ」
圭の回復後、屋敷内へと進んだ月菜を迎えたのは、両手を取って熱っぽく自己紹介をする穂だった。
好きではない自身のフルネームを名乗るあたり、随分と気合いが入っている。
自分に向けられた瞳が期待の輝きに満ちているように感じたのは、決して月菜の気のせいではないのだ。
「はぁ…。よろしくお願いします…」
月菜としてはそう答えるほかなかった。
兄や眞尋のクラスメイトともなれば無碍にもできず、さりとてどこまで親しい態度で臨めば良いのか。
そもそも、初対面の者を相手にここまでテンションを高くする事ができるというのは、そういった性格の人物なのだろうかと様々な可能性を考えずにはいられない。
「ちょっと! なに月菜ちゃんにアピールかましてるのよっ!」
背後から抱き寄せ、穂の手から月菜を奪ったのは目尻を吊り上げた眞尋だった。
まるで野良犬を追い払うかのように手首を振って穂を牽制している。
(……ははぁん)
眞尋の様子から、穂と名乗った彼女の立ち位置がなんとなく読めてくる。
しかし、緋美佳一筋だった筈の兄の周囲が姦しくなってくるのは、喜んで良い事なのかどうか微妙なところだ。
(まさか、こっちのお姉さん達は違う……よね?)
たった今まで脇に抱えられていたアレイツァと、その隣でにこやかに話しかけている千沙都を盗み見る。
一見して年上と分かる千沙都はこの集団の保護者的な立場なのだと推察できたが、圭と並んで無理がある程に年齢差があるようには見えない。
金髪をゆらめかせるアレイツァは、驚異的な身体能力と日本人離れしている外見のためか、明らかに際立った存在感を醸し出している。
日本人の集団の中で異彩を放っているせいか、どうにも掴みどころのない人物のように思えてしまう。
「さて……」
おもむろに切り出したのはアレイツァだった。
聞けばこの屋敷の主である事からも、主導権を握っているのは彼女で間違いないだろう。
「マンションのあの様子だと、暫くは帰れないだろう?
どうせ私しか住人はいないんだ。好きなだけこの屋敷を使ってくれて構わないが、お客様でいられても困るぞ?」
視線は圭へと向けられていたが、その言葉がこの場に居る全員に対するものだというのは誰もが理解できていた。
居座る間は家事全般を含め、身の回りの事は自分達で賄えというお達しだ。
「それじゃあ、夕飯が用意できたら呼んでくれ。色々と話すべき事もあるだろうが、その時にな」
早々に食事当番を押し付け、アレイツァは自室へと引っ込んでしまった。
他人と慣れ合うのを良しとしないのか、はたまた圭を相手に気まずさを覚えているのか、落ち着き払った表情からは読み取る事ができなかった。
考えねばならない事は時間が足りない程にあるが、それでも食事は重要だ。
アレイツァの言うように、状況整理は夕飯の後が良いのだろう。
「夕飯か…なにか手伝うか?」
この場における唯一の男子の視線が月菜へと向けられた。
圭の中では料理に関しては月菜が統括するものだと、早くも結論が出てしまっているようだ。
他の皆は自宅では保護者のある身だろうし、全員分の食事の用意を期待するのは難しい注文なのかもしれない。
そしてそれを裏付けるかのように、安堵の色を浮かべる女性陣の様子を月菜は見逃さなかった。
「お兄ちゃんの手伝いは別にいらないけど……。私、お姉ちゃん達と一緒にお料理したいな~」
兄のクラスメイトへ期待に満ちた視線を向けると、当の本人達の表情は明らかに堅さを帯びたものへと変化する。
「わ、私はほら、お菓子専門で……」
眞尋が慌てふためき、手を交差するように振った。
もちろんそれは月菜だって知っている。
自分の好みが反映されているのか、眞尋は菓子類の調理は器用にこなすのだが、料理に関しては母親がこぼす愚痴を幾度となく聞かされた覚えがある。
きっちりとした計量を求められる菓子類が出来て、目分量で進められる料理が苦手など不思議で仕方ないが、実際に眞尋はそうなのだから仕方がない。
「え…え~っと、私は……」
穂は可哀想なぐらいに目が泳いでいた。
不得手など無さそうな才女に見えたのだが、やはり誰でも苦手なものは存在するという事か。
「別に、女だから料理ができなきゃダメだとは言わないけど……」
月菜はこれみよがしに、たっぷりと重い溜息を吐いてみせた。
「…料理ができる女の子って、ポイント高いと思うのよねぇ」
圭に聞こえないように囁いた言葉は、穂の中にある何かを確実に刺激したらしい。
穂は先程までとは全く違う色に瞳を輝かせ始める。
「や…やるわ! きっと頑張ってみせるからっ!」
握り拳に力が入り過ぎて小刻みに震える様は無駄に熱く、刃物で怪我などしなければいいのだけれどと、逆に月菜を心配させてしまう。
(まぁ、やる気があるのは良い事よね。料理も出来ない人にお兄ちゃんは任せられないもの)
たとえ動機が不純であったとしても、やる気さえあれば上達はするものだ。
月菜は手渡されていた屋敷の見取図を手に、厨房の位置を確認する。
「それじゃあ、色々と教えてあげるから頑張りましょ」
鼻息も荒い穂を誘導するように歩を進める月菜を見て、慌てた様子で眞尋が後を追った。
「ちょっとぉ! 私もやるってばっ!」
俄然意欲に燃えだした穂に危機感を抱いたらしく、眞尋もやる気を出してきたようだ。
包丁を握るという点においては眞尋に一日の長があるだろうが、穂の追い上げが未知数である以上は気を抜けない時間になるだろう。
二人の義姉候補の背を押すようにして、月菜はいよいよもって面白そうに微笑む。
そんな三人の後ろ姿を見送りながら、圭は僅かに嘆息した。
月菜はしっかり者ではあるが、同時に年相応の少女でもあるのだ。この珍しい状況を面白がって、変な悪戯心を出したりしなければ良いのだが。
「女の子の手料理か。楽しみでしょ?」
一人残っていた千沙都が、圭の背を軽く叩いた。
妹の料理は慣れ親しんだ日常の事なので取り立ててどうという事でもないが、眞尋と穂、二人の手料理はたしかに魅惑的な要素を色濃く含んでいる。
「ま、私の手料理はいずれ披露してあげるから。当分は何かと忙しくてね」
先の侵蝕者戦で隊の全滅を受けての事後処理が山ほどある上に、緋美佳の件にしても捨ておく訳にはいかない。
どこか疲れたような笑顔を残し、千沙都は三人とは違う方向へと歩いていった。
この場に穂が居れば『逃げたわね』と呟いたに違いないが、圭が千沙都の料理の腕の程を知るのはまた別の機会である。
圭の回復後、屋敷内へと進んだ月菜を迎えたのは、両手を取って熱っぽく自己紹介をする穂だった。
好きではない自身のフルネームを名乗るあたり、随分と気合いが入っている。
自分に向けられた瞳が期待の輝きに満ちているように感じたのは、決して月菜の気のせいではないのだ。
「はぁ…。よろしくお願いします…」
月菜としてはそう答えるほかなかった。
兄や眞尋のクラスメイトともなれば無碍にもできず、さりとてどこまで親しい態度で臨めば良いのか。
そもそも、初対面の者を相手にここまでテンションを高くする事ができるというのは、そういった性格の人物なのだろうかと様々な可能性を考えずにはいられない。
「ちょっと! なに月菜ちゃんにアピールかましてるのよっ!」
背後から抱き寄せ、穂の手から月菜を奪ったのは目尻を吊り上げた眞尋だった。
まるで野良犬を追い払うかのように手首を振って穂を牽制している。
(……ははぁん)
眞尋の様子から、穂と名乗った彼女の立ち位置がなんとなく読めてくる。
しかし、緋美佳一筋だった筈の兄の周囲が姦しくなってくるのは、喜んで良い事なのかどうか微妙なところだ。
(まさか、こっちのお姉さん達は違う……よね?)
たった今まで脇に抱えられていたアレイツァと、その隣でにこやかに話しかけている千沙都を盗み見る。
一見して年上と分かる千沙都はこの集団の保護者的な立場なのだと推察できたが、圭と並んで無理がある程に年齢差があるようには見えない。
金髪をゆらめかせるアレイツァは、驚異的な身体能力と日本人離れしている外見のためか、明らかに際立った存在感を醸し出している。
日本人の集団の中で異彩を放っているせいか、どうにも掴みどころのない人物のように思えてしまう。
「さて……」
おもむろに切り出したのはアレイツァだった。
聞けばこの屋敷の主である事からも、主導権を握っているのは彼女で間違いないだろう。
「マンションのあの様子だと、暫くは帰れないだろう?
どうせ私しか住人はいないんだ。好きなだけこの屋敷を使ってくれて構わないが、お客様でいられても困るぞ?」
視線は圭へと向けられていたが、その言葉がこの場に居る全員に対するものだというのは誰もが理解できていた。
居座る間は家事全般を含め、身の回りの事は自分達で賄えというお達しだ。
「それじゃあ、夕飯が用意できたら呼んでくれ。色々と話すべき事もあるだろうが、その時にな」
早々に食事当番を押し付け、アレイツァは自室へと引っ込んでしまった。
他人と慣れ合うのを良しとしないのか、はたまた圭を相手に気まずさを覚えているのか、落ち着き払った表情からは読み取る事ができなかった。
考えねばならない事は時間が足りない程にあるが、それでも食事は重要だ。
アレイツァの言うように、状況整理は夕飯の後が良いのだろう。
「夕飯か…なにか手伝うか?」
この場における唯一の男子の視線が月菜へと向けられた。
圭の中では料理に関しては月菜が統括するものだと、早くも結論が出てしまっているようだ。
他の皆は自宅では保護者のある身だろうし、全員分の食事の用意を期待するのは難しい注文なのかもしれない。
そしてそれを裏付けるかのように、安堵の色を浮かべる女性陣の様子を月菜は見逃さなかった。
「お兄ちゃんの手伝いは別にいらないけど……。私、お姉ちゃん達と一緒にお料理したいな~」
兄のクラスメイトへ期待に満ちた視線を向けると、当の本人達の表情は明らかに堅さを帯びたものへと変化する。
「わ、私はほら、お菓子専門で……」
眞尋が慌てふためき、手を交差するように振った。
もちろんそれは月菜だって知っている。
自分の好みが反映されているのか、眞尋は菓子類の調理は器用にこなすのだが、料理に関しては母親がこぼす愚痴を幾度となく聞かされた覚えがある。
きっちりとした計量を求められる菓子類が出来て、目分量で進められる料理が苦手など不思議で仕方ないが、実際に眞尋はそうなのだから仕方がない。
「え…え~っと、私は……」
穂は可哀想なぐらいに目が泳いでいた。
不得手など無さそうな才女に見えたのだが、やはり誰でも苦手なものは存在するという事か。
「別に、女だから料理ができなきゃダメだとは言わないけど……」
月菜はこれみよがしに、たっぷりと重い溜息を吐いてみせた。
「…料理ができる女の子って、ポイント高いと思うのよねぇ」
圭に聞こえないように囁いた言葉は、穂の中にある何かを確実に刺激したらしい。
穂は先程までとは全く違う色に瞳を輝かせ始める。
「や…やるわ! きっと頑張ってみせるからっ!」
握り拳に力が入り過ぎて小刻みに震える様は無駄に熱く、刃物で怪我などしなければいいのだけれどと、逆に月菜を心配させてしまう。
(まぁ、やる気があるのは良い事よね。料理も出来ない人にお兄ちゃんは任せられないもの)
たとえ動機が不純であったとしても、やる気さえあれば上達はするものだ。
月菜は手渡されていた屋敷の見取図を手に、厨房の位置を確認する。
「それじゃあ、色々と教えてあげるから頑張りましょ」
鼻息も荒い穂を誘導するように歩を進める月菜を見て、慌てた様子で眞尋が後を追った。
「ちょっとぉ! 私もやるってばっ!」
俄然意欲に燃えだした穂に危機感を抱いたらしく、眞尋もやる気を出してきたようだ。
包丁を握るという点においては眞尋に一日の長があるだろうが、穂の追い上げが未知数である以上は気を抜けない時間になるだろう。
二人の義姉候補の背を押すようにして、月菜はいよいよもって面白そうに微笑む。
そんな三人の後ろ姿を見送りながら、圭は僅かに嘆息した。
月菜はしっかり者ではあるが、同時に年相応の少女でもあるのだ。この珍しい状況を面白がって、変な悪戯心を出したりしなければ良いのだが。
「女の子の手料理か。楽しみでしょ?」
一人残っていた千沙都が、圭の背を軽く叩いた。
妹の料理は慣れ親しんだ日常の事なので取り立ててどうという事でもないが、眞尋と穂、二人の手料理はたしかに魅惑的な要素を色濃く含んでいる。
「ま、私の手料理はいずれ披露してあげるから。当分は何かと忙しくてね」
先の侵蝕者戦で隊の全滅を受けての事後処理が山ほどある上に、緋美佳の件にしても捨ておく訳にはいかない。
どこか疲れたような笑顔を残し、千沙都は三人とは違う方向へと歩いていった。
この場に穂が居れば『逃げたわね』と呟いたに違いないが、圭が千沙都の料理の腕の程を知るのはまた別の機会である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる