めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

051 状況整理

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「そっかぁ、そんな事が…」

 これまでの顛末を聞かされた月菜は、食器を片付ける手を止めて兄の横顔を見つめていた。
 集団飛び降り自殺から始まり、ギガンティックシティでの侵蝕者大量発生。そして圭の覚醒、叉葉山高での避難騒ぎへと続き、そしてマンションでの戦闘。
 もちろん、『喰われて』しまった緋美佳の話も。

 これで、この場に居る全員の情報が同じくされた事になる。
 圭としては妹の月菜に情報を与える事によって危険に晒すような真似だけは避けたかったのだが、直接的に侵蝕者の襲撃を受けた上、住まう部屋が瓦礫の山になったともなれば無関係なままではいられない。

「気持ちは嬉しいけど、仲間外れはイヤだなぁ」

 月菜にしてみれば、兄一人が自分の与り知らないところで危険な事件に巻き込まれているというのが我慢ならなかった。
 どちらにしろ、圭がザナルスィバなどという人智を超えたような存在に関係してしまった時点で、いつまでも隠し通せるような事態ではないのだが。

「ところで、アレイツァさんってどんな方なんですか?」

 兄妹の意見の押し付け合いを他人に晒すのもどうかと判断した月菜は、とりあえず一番知りたい事を口に出してみた。
 そしてそれは誰もが知りたがっている話題でもあった。
 ザナルスィバである圭を殺そうとしたり、なによりも人間離れした身体能力など、実際に目の当たりにしてみても夢か幻かと片付けてしまいたくなるほどに常識外れなものだ。
 圭自身も興味は強く、月菜に向けていた視線を動かす事に抵抗はなかった。

「私は……」

 その場の全ての視線が強い関心をもって向けられても、アレイツァに臆すような素振りはなかった。
 本人にしてみたところで、隠すような事でもないと認識している事の顕れだ。

「私は、この世界の住人ではない。お前達の言葉で近い表現をすれば、魔人だとか鬼だとか……その辺が一番近い表現だな」

 予備知識を持つ圭にしてみても、眉根が寄るのを自覚せずにはいられない。
 圭以外の者は呆けた表情を見せると思ったが、千沙都は意外にも平然としていた。
 したり顔で頷いている様子からすると、それとなく予想はしていたのだろう。

「昔、こっちの世界に召喚されてしまったはいいが、その人間がすぐに死んでしまってな。一人では向こうの世界に戻る事もできずに、今に至っている」

 この屋敷は、頼る者のなかったアレイツァの面倒を見てくれた者の遺産の一つなのだという。
 詳しい事は触れられたくないのか、かなり端折られた説明のような気もしたが、今現在、要点だけまとめれば十分ではあるのだろう。

「その呼び出した人ってのが、当時のザナルスィバだったって事かしら」

 千沙都の注釈に頷くアレイツァを見て、圭もなんとなく読めてきた。
 自分を召喚した人物がザナルスィバなる存在だと知ったアレイツァは、元の世界に還してもらうべくその存在を探し続けてきたのだ。
 初見の圭をそうだと見抜いたのは今までに何度も探し当てた事による経験だろうが、どういった理由でか悉くザナルスィバの協力を得られなかった事に業を煮やし、自身がザナルスィバになるべく圭を殺害せんと思い至ったという事だ。

「それだったら、素直に協力を求めてくれれば……」

 言いつつ、記憶を探るように目を閉じた圭だったが、召喚術の類には何一つ思い至る事ができず申し訳なさそうな顔を上げる結果に終わった。

「あー、いや、その……」

 何と言えばよいのか、言い淀むばかりの圭にアレイツァは肩を竦めてみせた。

「構わないさ。これまでも皆同じような反応だった。今さら怒る気にもならない」

 達観した物言いが、却ってアレイツァの苦労を物語っているようだった。
 そうして何度も空振りを続け、その末にザナルスィバ殺害という極論に至ってしまった事を誰が責められようか。

「まぁ、そこの女に耳にタコができるくらいに諭されたからな。当分は殺そうなんて思わないさ」

 言葉と同時に流した視線に、皆の注目が千沙都に集まる。
 ギガンティックシティでの一件後、少ない時間で千沙都はこの屋敷に住むアレイツァを探し出し、滔々と説教を垂れたのだという。

(しかし、『当分』か……)

 今現在の考えを改めさせる何かがあれば殺害も辞さないと示唆する言葉に、圭は奥歯を噛み締めた。
 たしかに暫くは問題ないのかもしれないが、やはりアレイツァ対策は考えておくべきなのだろうかと静かに考える。

「魔人かぁ…。凄いなぁ」

 月菜はしきりに感心したように、不躾なまでの視線をアレイツァに向けている。
 侵蝕者などという、不可思議な存在が跋扈する世の中なのだ。
 異世界の住人が紛れ込む事とてあるのだろうが、まさかゲームや映画の中でしか見た事のないものがこうして目の前に居れば気にならない筈がない。
 とりあえず自分にとって害がないと判断するや、アレイツァはまさしく興味対象であり、好奇心が勝る年頃の月菜の視線を惹きつけずにはおかれないのだろう。

「私の事よりも、お前の連れているそれ・・の方が相当に珍しいと思うがな」

 熱っぽく注視され続ける事にはさすがに辟易するのか、アレイツァは話題を変えるべく月菜の左肩付近に浮いているルビィを顎で指し示した。

(……!)

 マンションを脱出してからも月菜から離れる事なく、アレイツァが超人的なジャンプを見せた時でさえも、まるで月菜のオプション装備のように付き従っていたルビィ。
 どうせ自分と月菜以外には見えないだろうからと放置しておいた圭だったが、その姿をアレイツァは捉えていた。

「そいつ……ルビィは私と同じ世界の生物だ。生息数が極僅かで、詳しい生態も知られていない希少種だぞ」

 更に驚いたのは、月菜が勝手に名付けたと思われた名が正しいものであったという事だった。
 こうなると月菜が感じたというテレパシー的なものも、本当にルビィから発せられたものなのだろうと考えざるをえない。

「え…っと、なんの話?」

 ルビィの姿を肉眼で捉えられない眞尋が小首を傾げた。
 口を挟まずにいる穂と千沙都も、同様の考えなのは表情からも窺える。

「……」

 こうなっては話さない訳にもいかなかったが、一体どう説明したものか。
 圭は茶を一口啜ってから大きく深呼吸した。
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