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はじまり
052 土曜の朝
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朝が訪れた。
カーテンを閉め忘れたまま寝てしまったのか、部屋を埋める白い光に目蓋を刺激されて圭は目覚めた。
一晩しか経っていないのに、ここ数日の間に色々な事が起こり過ぎているせいか、時間経過の感覚に自信が持てなくなってくる。
学校は土曜日で休みだが、侵蝕者が教室で自爆を敢行したせいでどちらにしても休校状態だ。
そしてここはアレイツァ邸。
間違ってはいない筈だが、実はすべてが夢だったと、突然に足元を崩され自室のベッドで目覚めてしまいそうな危うさを感じずにはいられない。
雀たちの囀りが早く起きろと催促しているかのように、静かな部屋の中にまで響いてくる。
アレイツァ邸の中庭は侵蝕者対策である舗装などされておらず、昨今の風潮に逆らうかのように緑が多い。
そういった環境の変化も落ち着かない要因なのだろう。
これまでならば、惰眠を貪ったところで月菜もそんなに口喧しくはないのだが、考えなくてはいけない事を山と抱えている身としては、いつまでも布団にくるまってはいられない。
自らの手で布団を引き剥がすと、四肢を強く伸ばして肉体に覚醒を促す。
時計を見れば加瀬家の朝にはまだ早い時間だったが、朝食の準備をする月菜は既に起きている筈だ。
二人だけの休日ならば圭の様子を確認した上で朝食の準備を進めていたようだが、現在は六人もの大所帯となっているのだ。
曜日に関係なく、一定のリズムを刻んだ方が望ましいに違いない。
そして、こうして目覚めた以上は配膳の手伝いくらいするべきだろう、そう考えた圭はパジャマを脱ぎ捨てると普段着に近いものをクローゼットから見繕った。
数ある客間の中から若い男性向け仕様だからと勧められて選んだ部屋だったが、服や靴に至るまで幅広く用意されていた事には恐れ入った。
昨日の騒ぎで学生服も相当に汚れてしまっていたので大助かりではあるのだが、金持ちというのは庶民では躊躇われる部分への支出を惜しまないものらしい。
(俺は金持ちには向いてなさそうだな…)
人の世で生活する以上、大金を手にする事は誰もが夢見る事だが、この調子では永続的な資産を築く事は夢のまた夢であろう。
諦観にも似た溜息を吐き、昨夜と同じ食堂へと足を向ける圭だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
特に何があった訳でもなく、朝餉は終了を迎えた。
強いて挙げるとすれば、圭が箸を伸ばす度に眞尋と穂が表情を目まぐるしく変えていた事くらいだろうか。
まるっきり他人事であれば笑ってもいられるのだが、まさしく圭が中心である事は疑いようのない事実であり、照れ臭さと居心地の悪さばかりが印象に残ってしまっている。
千沙都は朝から忙しいのか、黙々と箸を動かし、既に席を立っていた。
アレイツァも興味はない事を重ねてアピールしているのか、無駄口を叩く事なく食堂を後にしている。
千沙都から訓示の類でもあるかと身構えていた圭は肩透かしをくらった気分だったが、昨晩より多忙を極めているのだろうと察し、あえて黙する事に決めた。
必要であれば指示は与えてくるに違いないし、少女達に余計な心配を掛けさせまいと食事の場での重い話を避けただけかもしれないのだ。
「ごちそうさまでした」
それならば、早々に一人になっておくのも悪い選択ではないのだろう。
箸を置き、綺麗に平らげた後の食器に手を合わせる。
「あ、圭ちゃん!」
立ち上がった圭を見て眞尋が腰を浮かせかけたが、背後に立った月菜に肩を掴まれ着席させられる。
「眞尋ちゃんはまだ食べ終わってないでしょう。それに、この後は料理の練習するんだよね?」
月菜の笑顔には有無を言わさぬ迫力があり、眞尋はカクカクと頷くばかり。
「穂ちゃんもよ?」
ならば自分がと、圭に声を掛けようとしていた穂にも釘を刺すように声を向けた。
どうやら二人の料理の腕前を鍛える事に何かを見出したのか、いつになく月菜の瞳が輝いている。
にこやかに手を振ってくる妹に送り出されるようにして、圭は自室へと戻っていった。
カーテンを閉め忘れたまま寝てしまったのか、部屋を埋める白い光に目蓋を刺激されて圭は目覚めた。
一晩しか経っていないのに、ここ数日の間に色々な事が起こり過ぎているせいか、時間経過の感覚に自信が持てなくなってくる。
学校は土曜日で休みだが、侵蝕者が教室で自爆を敢行したせいでどちらにしても休校状態だ。
そしてここはアレイツァ邸。
間違ってはいない筈だが、実はすべてが夢だったと、突然に足元を崩され自室のベッドで目覚めてしまいそうな危うさを感じずにはいられない。
雀たちの囀りが早く起きろと催促しているかのように、静かな部屋の中にまで響いてくる。
アレイツァ邸の中庭は侵蝕者対策である舗装などされておらず、昨今の風潮に逆らうかのように緑が多い。
そういった環境の変化も落ち着かない要因なのだろう。
これまでならば、惰眠を貪ったところで月菜もそんなに口喧しくはないのだが、考えなくてはいけない事を山と抱えている身としては、いつまでも布団にくるまってはいられない。
自らの手で布団を引き剥がすと、四肢を強く伸ばして肉体に覚醒を促す。
時計を見れば加瀬家の朝にはまだ早い時間だったが、朝食の準備をする月菜は既に起きている筈だ。
二人だけの休日ならば圭の様子を確認した上で朝食の準備を進めていたようだが、現在は六人もの大所帯となっているのだ。
曜日に関係なく、一定のリズムを刻んだ方が望ましいに違いない。
そして、こうして目覚めた以上は配膳の手伝いくらいするべきだろう、そう考えた圭はパジャマを脱ぎ捨てると普段着に近いものをクローゼットから見繕った。
数ある客間の中から若い男性向け仕様だからと勧められて選んだ部屋だったが、服や靴に至るまで幅広く用意されていた事には恐れ入った。
昨日の騒ぎで学生服も相当に汚れてしまっていたので大助かりではあるのだが、金持ちというのは庶民では躊躇われる部分への支出を惜しまないものらしい。
(俺は金持ちには向いてなさそうだな…)
人の世で生活する以上、大金を手にする事は誰もが夢見る事だが、この調子では永続的な資産を築く事は夢のまた夢であろう。
諦観にも似た溜息を吐き、昨夜と同じ食堂へと足を向ける圭だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
特に何があった訳でもなく、朝餉は終了を迎えた。
強いて挙げるとすれば、圭が箸を伸ばす度に眞尋と穂が表情を目まぐるしく変えていた事くらいだろうか。
まるっきり他人事であれば笑ってもいられるのだが、まさしく圭が中心である事は疑いようのない事実であり、照れ臭さと居心地の悪さばかりが印象に残ってしまっている。
千沙都は朝から忙しいのか、黙々と箸を動かし、既に席を立っていた。
アレイツァも興味はない事を重ねてアピールしているのか、無駄口を叩く事なく食堂を後にしている。
千沙都から訓示の類でもあるかと身構えていた圭は肩透かしをくらった気分だったが、昨晩より多忙を極めているのだろうと察し、あえて黙する事に決めた。
必要であれば指示は与えてくるに違いないし、少女達に余計な心配を掛けさせまいと食事の場での重い話を避けただけかもしれないのだ。
「ごちそうさまでした」
それならば、早々に一人になっておくのも悪い選択ではないのだろう。
箸を置き、綺麗に平らげた後の食器に手を合わせる。
「あ、圭ちゃん!」
立ち上がった圭を見て眞尋が腰を浮かせかけたが、背後に立った月菜に肩を掴まれ着席させられる。
「眞尋ちゃんはまだ食べ終わってないでしょう。それに、この後は料理の練習するんだよね?」
月菜の笑顔には有無を言わさぬ迫力があり、眞尋はカクカクと頷くばかり。
「穂ちゃんもよ?」
ならば自分がと、圭に声を掛けようとしていた穂にも釘を刺すように声を向けた。
どうやら二人の料理の腕前を鍛える事に何かを見出したのか、いつになく月菜の瞳が輝いている。
にこやかに手を振ってくる妹に送り出されるようにして、圭は自室へと戻っていった。
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