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はじまり
072 終わってすらいない
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「…ん……」
圭はベッドの上で、ゆっくりと瞼を押し開いた。
数日前までは違和感のあったアレイツァ邸の天井も、今ではすっかり見慣れた感がある。
本来の自宅であるマンションが建て直しを余儀なくされたため、兄妹揃ってこの邸宅に厄介になっている次第である。
同じ理由から眞尋も同じ屋根の下であり、間違いが起こっては大変だと、穂までもが押し掛けている状態だ。
眞尋の両親は滅多にない機会だと言って、温泉保養地巡りに出てしまっていた。
穂の両親も保護者的な立場である千沙都の口添えもあり、今ではごく自然に屋敷内で挨拶を交わすようになっている。
「うぅ…。あったま痛ぇ……」
窓から差し込む白い光に、圭は目を細めた。
こめかみの奥の疼きに、これが二日酔いなのかと痛感する。
ヒミカとの死闘の直後、緊張の解けた圭は全身の激痛からたちまち悶絶。入院こそせずに済んだものの、寝たきりに近い生活が十日間にも及んだ。
原因不明の事故により甚大な被害を受けた……という事になっている叉葉山高も二週間の休校となり、学生生活に支障を出してこそいないが、特訓で鍛えた身体は元の状態へと戻ってしまっていた。
そして昨晩は、通常生活に戻しても良いと医師の診断を受け、食卓は全快祝いだと大いに盛り上げられた。
だが、千沙都の勧めるままに酒を口にしたのは間違いだったと思い知る。
どのように自室に戻ったのかという記憶もなく、こうして人生初の二日酔いに身悶えさせられている。
「ぐぐぅ……」
話に聞いた二日酔いというものが、こうも気分を害するものだとは。
頭痛だけでなく、寝返りすらできない程に全身が重い。
己の呻き声さえも苦痛であり、漫画などで目にする『二日酔いで頭に響く』という表現が誇張ではない事を知った今、飲酒は止めようと誓う未成年の圭だった。
まだ学校が始まっていない事だけが、せめてもの救いだ。
身体の傷が癒えたとはいえ、今日も一日寝たきりになりそうな予感しかしない。
「ぁ…あん……」
圭の身じろぎに呼応するように、横たわる圭の腹部付近より甘えた声が発せられた。
次いで、圭の胸元を撫でる細い指先が背筋を震わせる。
(な、なんだぁ!?)
二日酔いばかりに意識が向いていた圭は、そこで初めて下着一枚という己の姿に気がついた。
そして、自身と羽毛布団の間に存在する、何者かの体温と柔らかな重み。
二日酔いによる倦怠感が身体の重い原因かと思っていたのだが、実はそうではないのだと思い至った。
「ん……おはよ、圭くん」
布団を掻き分けるように顔を出したのは、なんと千沙都だった。
化粧もなく、髪も櫛を入れてない起き抜けの状態ではあったが、見た事のない無防備な素顔を前に、圭の胸は不覚にも高鳴ってしまう。
「…って、千沙都さん。なんて格好してるんですかっ!」
布団から這い出てくる千沙都はパジャマ代わりのTシャツ一枚きりで、下着の類を着けていないことは明らかだった。
圭の胸の上で薄い生地一枚に覆われた乳房が無防備なまでに形を変え、圭を誘うかのようにその谷間を見せつける。
見下ろすような格好となっている圭はそこから視線を外す事ができず、千沙都ははにかむように頬を染めた。
「……もぅ。昨夜あれだけの事をしたのに、まだ足りないの? 気持ちは嬉しいけど、朝からはダメよぅ?」
気怠そうに微笑みながら柔らかい身体を押し付けてくる千沙都だったが、その口から漏れた言葉に圭の思考は凍り付いた。
昨夜? あれだけの事? まだ足りない?
「…でも、どうせ今日も大した用事はないし、爛れた一日を過ごすっていうのも、魅力的よねぇ…。
若いだけの圭くんにここまで骨抜きにされちゃうなんて、思ってもみなかったわぁ…」
薄く開いた唇の奥で、濡れた舌が艶かしく蠢いた。
(お、俺、もしかして、千沙都さんと!?)
千沙都の言葉から導き出される仮説に、圭はまるで覚えがない。
しかし、こうも酒の影響が酷いとなれば、昨夜何があったとしても……そう、男女の一線を越えるような行為に及んでしまったのだとしても、不思議はないのかもしれない。
教師と生徒。若さの暴走。女をキズモノに。男の責任。相手の両親に挨拶。学生結婚。姉さん女房。将来は野球チームを作れるだけの…。
様々な単語が一気に圭の脳裏を駆け巡り、とにかくこの場をどうにかしろと捲し立てる。
「お、俺…っ!」
経緯はどうあれ、既成事実が出来上がってしまったのであれば、逃げ出す事は男らしくない。
どのような結果を迎えるにしろ、まずはきちんと話し合わなくては。
決意と共に身を起こし千沙都の手を取った瞬間、部屋の扉が蹴破られた。
閉め切った窓を隔ててなお響いた突然の轟音に、窓際で羽を休めていた雀が散り散りに飛び去る。
「ちょっとっ! 千沙都叔母さんっ!」
物凄い形相で部屋に踏み入ってきたのは、穂だった。
眼鏡の奥で、目尻がこれでもかと引き攣っている。
「私の圭ちゃんに、なんて事してるのよっ!」
次いで入ってきたのは眞尋である。
こちらも頭に角でも生やしそうな勢いで、千沙都に向けて指を突きつけてきた。
「あ…いや、二人とも、これは……」
千沙都の手を握り締めたまま、圭は何と言って説明をするべきかと迷った。
説明しようにも、そもそも記憶にない出来事なのだ。
冗談ではない怒りを示す二人に、理路整然と言って聞かせる自信など存在しない。
「圭ちゃんは、騙されてるのっ!」
眞尋がきっぱりと言い放った。
いくら感情が昂っているとはいえ、裸同然の格好で向き合う二人を前に、そこまで断言できる理由が分からない。
「千沙都叔母さん、ついさっきまで私達と一緒にいたじゃないの。
トイレに行くとか言いながら戻りが遅いと思ったら、鍵まで掛けた部屋で圭くんに何をしようとしていたのよっ!」
穂の言葉に、圭はベッドの上を滑るように身を引いた。
自分の中に存在しない記憶よりも信頼できそうな言葉を並べられては、この状況も根底から覆されるではないか。
「いやぁん、穂ちゃん。叔母さん呼ばわりは止めてって、いつも言ってるじゃないのぉ~」
妙なシナを作りながら、千沙都が訴えた。
今にも泣き出しそうに瞳を潤ませてはいるが、くねくねと動かす身体を見る限りでは嘘泣きにしか見えないあたりが微妙な虚しさを醸し出している。
「そう呼ばれても仕方ないような事をしているからでしょう?」
半眼の穂は容赦ない言葉で切り捨てる。
年齢の差が少ないとはいえ、二人の関係は叔母と姪である。
普段は千沙都の希望に沿っているが、時に強く言い聞かせねばならない場面では、穂はわざと叔母という事実を強調するのだ。
「だってぇ。私だって幸せを掴みたいのよぅ」
つまり、既成事実があったと圭に思い込ませ、それを理由に恋人の座を掴もうと画策した次第だ。
積極的に見えながらも腹黒い思惑が蠢いているあたり、悪い意味で年長者らしい。
「幸せになりたいだけなら、彼以上にお似合いの男性だっているでしょうに」
蝶番が歪んで無様に傾いた扉を避けながら、装束姿で現れたのは緋美佳だった。
圭以上の傷を負っていた緋美佳だが、三日前より退魔師としての活動を再開している。
リハビリも兼ねた小さな任務しか受けてはいないが、回復力の早さは普段より鍛えている基礎体力の高さゆえだろう。
その緋美佳はこうして朝と晩にアレイツァ邸を訪れ、時間が許す限りは圭の傍らに付き添う事を日課としていたが、今朝は普段とは明らかに違う様子に神経を尖らせていた。
髪で隠すようになった左眼の傷痕を露わにし、機嫌の悪さも同様に隠そうとしない姿は、言い様のない凄味に溢れている。
「……えっと、そりゃあ、やっぱり若い子がいいかなー、とか思う次第なんだけど……ダメ?」
本気なのか場を和ませようとしているのか、微妙な態度の千沙都を緋美佳の眼光が制した。
「あなたが良くても、圭くんは違うかもしれないでしょう。もう少し世間一般の常識で物を考えて下さい」
だが、これが年の功だろうか。
突き刺すような緋美佳の視線にも、千沙都は動じた素振りは見せない。
「世間一般の意見に流されたりするようじゃ、まだまだ子供よぅ? ここはやっぱり本人の意見を尊重しないとね」
言うや否や、素早く圭に抱きつく千沙都。
胸板に押し付けられる柔らかな感触に圭の腰が砕けそうになり、そんな光景を見せつけられた女性陣の目尻が更に吊り上げられる。
「圭くんっ!」
「圭ちゃんっ!」
「……!」
叫ぶ二人のクラスメイトと、刃のような視線を向けてくる年上の幼馴染。
できるならばこの場から一目散に逃げ出したいと願う圭だったが、その身に絡みつく肢体と全員の視線がそれを許さない。
※
「…お前の兄は、色々と大変そうだな」
天井越しに聞こえてくる姦しい声に視線を向け、アレイツァは食堂でコーヒーカップを静かに傾けた。
昨夜の全快祝いも早々に退散していた月菜は普段通りに朝食の準備をしていたのだが、兄を巡る騒ぎには困った笑顔を返す以外にできず、給仕を終えたばかりのトレイの陰に隠れたい気分で一杯だった。
※
(俺、これからどうなるんだ…?)
二日酔いの頭痛も相まって、圭の視界が大きく回転し始める。
このまま本当に倒れる事ができればこの場は救われるかもしれないが、まだまだ安寧の時間は訪れそうになかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺は加瀬圭。十七歳。
このたび、不幸にもザナルスィバなるものに成ってしまった。
これからも色々と災難は降りかかるだろうが、本当に不幸なのかどうか。
今は、まだわからない。
了
圭はベッドの上で、ゆっくりと瞼を押し開いた。
数日前までは違和感のあったアレイツァ邸の天井も、今ではすっかり見慣れた感がある。
本来の自宅であるマンションが建て直しを余儀なくされたため、兄妹揃ってこの邸宅に厄介になっている次第である。
同じ理由から眞尋も同じ屋根の下であり、間違いが起こっては大変だと、穂までもが押し掛けている状態だ。
眞尋の両親は滅多にない機会だと言って、温泉保養地巡りに出てしまっていた。
穂の両親も保護者的な立場である千沙都の口添えもあり、今ではごく自然に屋敷内で挨拶を交わすようになっている。
「うぅ…。あったま痛ぇ……」
窓から差し込む白い光に、圭は目を細めた。
こめかみの奥の疼きに、これが二日酔いなのかと痛感する。
ヒミカとの死闘の直後、緊張の解けた圭は全身の激痛からたちまち悶絶。入院こそせずに済んだものの、寝たきりに近い生活が十日間にも及んだ。
原因不明の事故により甚大な被害を受けた……という事になっている叉葉山高も二週間の休校となり、学生生活に支障を出してこそいないが、特訓で鍛えた身体は元の状態へと戻ってしまっていた。
そして昨晩は、通常生活に戻しても良いと医師の診断を受け、食卓は全快祝いだと大いに盛り上げられた。
だが、千沙都の勧めるままに酒を口にしたのは間違いだったと思い知る。
どのように自室に戻ったのかという記憶もなく、こうして人生初の二日酔いに身悶えさせられている。
「ぐぐぅ……」
話に聞いた二日酔いというものが、こうも気分を害するものだとは。
頭痛だけでなく、寝返りすらできない程に全身が重い。
己の呻き声さえも苦痛であり、漫画などで目にする『二日酔いで頭に響く』という表現が誇張ではない事を知った今、飲酒は止めようと誓う未成年の圭だった。
まだ学校が始まっていない事だけが、せめてもの救いだ。
身体の傷が癒えたとはいえ、今日も一日寝たきりになりそうな予感しかしない。
「ぁ…あん……」
圭の身じろぎに呼応するように、横たわる圭の腹部付近より甘えた声が発せられた。
次いで、圭の胸元を撫でる細い指先が背筋を震わせる。
(な、なんだぁ!?)
二日酔いばかりに意識が向いていた圭は、そこで初めて下着一枚という己の姿に気がついた。
そして、自身と羽毛布団の間に存在する、何者かの体温と柔らかな重み。
二日酔いによる倦怠感が身体の重い原因かと思っていたのだが、実はそうではないのだと思い至った。
「ん……おはよ、圭くん」
布団を掻き分けるように顔を出したのは、なんと千沙都だった。
化粧もなく、髪も櫛を入れてない起き抜けの状態ではあったが、見た事のない無防備な素顔を前に、圭の胸は不覚にも高鳴ってしまう。
「…って、千沙都さん。なんて格好してるんですかっ!」
布団から這い出てくる千沙都はパジャマ代わりのTシャツ一枚きりで、下着の類を着けていないことは明らかだった。
圭の胸の上で薄い生地一枚に覆われた乳房が無防備なまでに形を変え、圭を誘うかのようにその谷間を見せつける。
見下ろすような格好となっている圭はそこから視線を外す事ができず、千沙都ははにかむように頬を染めた。
「……もぅ。昨夜あれだけの事をしたのに、まだ足りないの? 気持ちは嬉しいけど、朝からはダメよぅ?」
気怠そうに微笑みながら柔らかい身体を押し付けてくる千沙都だったが、その口から漏れた言葉に圭の思考は凍り付いた。
昨夜? あれだけの事? まだ足りない?
「…でも、どうせ今日も大した用事はないし、爛れた一日を過ごすっていうのも、魅力的よねぇ…。
若いだけの圭くんにここまで骨抜きにされちゃうなんて、思ってもみなかったわぁ…」
薄く開いた唇の奥で、濡れた舌が艶かしく蠢いた。
(お、俺、もしかして、千沙都さんと!?)
千沙都の言葉から導き出される仮説に、圭はまるで覚えがない。
しかし、こうも酒の影響が酷いとなれば、昨夜何があったとしても……そう、男女の一線を越えるような行為に及んでしまったのだとしても、不思議はないのかもしれない。
教師と生徒。若さの暴走。女をキズモノに。男の責任。相手の両親に挨拶。学生結婚。姉さん女房。将来は野球チームを作れるだけの…。
様々な単語が一気に圭の脳裏を駆け巡り、とにかくこの場をどうにかしろと捲し立てる。
「お、俺…っ!」
経緯はどうあれ、既成事実が出来上がってしまったのであれば、逃げ出す事は男らしくない。
どのような結果を迎えるにしろ、まずはきちんと話し合わなくては。
決意と共に身を起こし千沙都の手を取った瞬間、部屋の扉が蹴破られた。
閉め切った窓を隔ててなお響いた突然の轟音に、窓際で羽を休めていた雀が散り散りに飛び去る。
「ちょっとっ! 千沙都叔母さんっ!」
物凄い形相で部屋に踏み入ってきたのは、穂だった。
眼鏡の奥で、目尻がこれでもかと引き攣っている。
「私の圭ちゃんに、なんて事してるのよっ!」
次いで入ってきたのは眞尋である。
こちらも頭に角でも生やしそうな勢いで、千沙都に向けて指を突きつけてきた。
「あ…いや、二人とも、これは……」
千沙都の手を握り締めたまま、圭は何と言って説明をするべきかと迷った。
説明しようにも、そもそも記憶にない出来事なのだ。
冗談ではない怒りを示す二人に、理路整然と言って聞かせる自信など存在しない。
「圭ちゃんは、騙されてるのっ!」
眞尋がきっぱりと言い放った。
いくら感情が昂っているとはいえ、裸同然の格好で向き合う二人を前に、そこまで断言できる理由が分からない。
「千沙都叔母さん、ついさっきまで私達と一緒にいたじゃないの。
トイレに行くとか言いながら戻りが遅いと思ったら、鍵まで掛けた部屋で圭くんに何をしようとしていたのよっ!」
穂の言葉に、圭はベッドの上を滑るように身を引いた。
自分の中に存在しない記憶よりも信頼できそうな言葉を並べられては、この状況も根底から覆されるではないか。
「いやぁん、穂ちゃん。叔母さん呼ばわりは止めてって、いつも言ってるじゃないのぉ~」
妙なシナを作りながら、千沙都が訴えた。
今にも泣き出しそうに瞳を潤ませてはいるが、くねくねと動かす身体を見る限りでは嘘泣きにしか見えないあたりが微妙な虚しさを醸し出している。
「そう呼ばれても仕方ないような事をしているからでしょう?」
半眼の穂は容赦ない言葉で切り捨てる。
年齢の差が少ないとはいえ、二人の関係は叔母と姪である。
普段は千沙都の希望に沿っているが、時に強く言い聞かせねばならない場面では、穂はわざと叔母という事実を強調するのだ。
「だってぇ。私だって幸せを掴みたいのよぅ」
つまり、既成事実があったと圭に思い込ませ、それを理由に恋人の座を掴もうと画策した次第だ。
積極的に見えながらも腹黒い思惑が蠢いているあたり、悪い意味で年長者らしい。
「幸せになりたいだけなら、彼以上にお似合いの男性だっているでしょうに」
蝶番が歪んで無様に傾いた扉を避けながら、装束姿で現れたのは緋美佳だった。
圭以上の傷を負っていた緋美佳だが、三日前より退魔師としての活動を再開している。
リハビリも兼ねた小さな任務しか受けてはいないが、回復力の早さは普段より鍛えている基礎体力の高さゆえだろう。
その緋美佳はこうして朝と晩にアレイツァ邸を訪れ、時間が許す限りは圭の傍らに付き添う事を日課としていたが、今朝は普段とは明らかに違う様子に神経を尖らせていた。
髪で隠すようになった左眼の傷痕を露わにし、機嫌の悪さも同様に隠そうとしない姿は、言い様のない凄味に溢れている。
「……えっと、そりゃあ、やっぱり若い子がいいかなー、とか思う次第なんだけど……ダメ?」
本気なのか場を和ませようとしているのか、微妙な態度の千沙都を緋美佳の眼光が制した。
「あなたが良くても、圭くんは違うかもしれないでしょう。もう少し世間一般の常識で物を考えて下さい」
だが、これが年の功だろうか。
突き刺すような緋美佳の視線にも、千沙都は動じた素振りは見せない。
「世間一般の意見に流されたりするようじゃ、まだまだ子供よぅ? ここはやっぱり本人の意見を尊重しないとね」
言うや否や、素早く圭に抱きつく千沙都。
胸板に押し付けられる柔らかな感触に圭の腰が砕けそうになり、そんな光景を見せつけられた女性陣の目尻が更に吊り上げられる。
「圭くんっ!」
「圭ちゃんっ!」
「……!」
叫ぶ二人のクラスメイトと、刃のような視線を向けてくる年上の幼馴染。
できるならばこの場から一目散に逃げ出したいと願う圭だったが、その身に絡みつく肢体と全員の視線がそれを許さない。
※
「…お前の兄は、色々と大変そうだな」
天井越しに聞こえてくる姦しい声に視線を向け、アレイツァは食堂でコーヒーカップを静かに傾けた。
昨夜の全快祝いも早々に退散していた月菜は普段通りに朝食の準備をしていたのだが、兄を巡る騒ぎには困った笑顔を返す以外にできず、給仕を終えたばかりのトレイの陰に隠れたい気分で一杯だった。
※
(俺、これからどうなるんだ…?)
二日酔いの頭痛も相まって、圭の視界が大きく回転し始める。
このまま本当に倒れる事ができればこの場は救われるかもしれないが、まだまだ安寧の時間は訪れそうになかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺は加瀬圭。十七歳。
このたび、不幸にもザナルスィバなるものに成ってしまった。
これからも色々と災難は降りかかるだろうが、本当に不幸なのかどうか。
今は、まだわからない。
了
応援ありがとうございます!
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一気に最後まで読みました。
主人公がモテすぎとは思うのですが、読みやすかったです。
でも、説明が終わって、今から物語が本格的に始まりそうな所で終わっているのが残念です。
続きが読みたいです。
そういえば、東條は何がしたかったのでしょうか?ルビィの他の能力も気になりました。