めぐり、つむぎ

竜田彦十郎

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はじまり

071 昔話

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(少し、話をしようか。ちょっとした昔話だ)

 大宇宙昴の切り出しは、これまでとは違った雰囲気を滲ませていた。

(昔……そうだな。正確なところは分からないが、とにかく西暦が始まるよりも昔の話だ。
 一人の男がいたんだ。今で言うところの霊媒師シャーマンってやつだ。
 職業として確立していた訳ではないが、現代社会のような大規模なコミュニティが存在しなかった時代だ。ある程度の生活集団ができると、自然とそういった役目を負う者が出てきていたんだ。
 神なる存在の声を聞き、皆にその意思を伝える。本当に神様の声が聞こえたかどうかはともかく、自然世界の御機嫌具合に左右される生活レベルだったんだな)

 圭はなんとなく、燃えさかる炎の前で雨乞いをする白装束姿の老婆を思い浮かべた。
 現代人の圭から見れば胡散臭さで一杯だが、それだけ奇蹟を欲する生活だったのだろう。
 加えて大宇宙昴の話は、時代劇など比べ物にならない程に昔の話だ。
 その時代を生きていない者の感想や疑問など、口にすること自体が間違っているのではないだろうか。

(とにかく、問題はその男だ。
 太陽を追いかけるように起き、星空に見守られて眠る。自然と共に歩む事に疑問を持たない当時の人間にあって、その男は明らかに異端だった。
 時代に必要とされなかった男は、己の生に執着したのさ。このまま年老いて死ぬのは嫌だ、と)

 誰でも死は嫌だろうとも考えたが、それを口にはしなかった。
 原始的な生活をしているのならば、それは野生の動物と大差ない。
 圭の知る限り、余命が短いからといって泣き喚くような動物は居ない。
 寿命であれば、己の命が消えると察した動物はそれを受け入れる以外にないだろう。
 なるほど、異端扱いされるのも無理からぬ事か。

(ある深夜、男の身に異変が降り掛かる。隕石が降ってきたんだ。
 小さな小さな隕石だったが、それは丘を潰して湖に変えてしまうだけの威力を持っていた。そして同時に、その隕石は衝撃で粉々になって、あちこちに散っていった。
 他の皆と同じく眠っていれば、巻き込まれる事もなかったろうに。その破片のひとつが、外を出歩いていた男の身体に突き刺さった)

――それは、つまり。

 圭は喉を鳴らした。
 突然に始められた昔話だが、大宇宙昴の語りが自分と無関係な筈がない。
 つまり、その男こそが。

(そう、ザナルスィバの始まりだ。もっとも、その衝撃で男は死んでしまったし、ザナルスィバなんて呼称もなかったがな)

 呆れたように小さく息を吐くと、大宇宙昴は続ける。

(運命の巡り合わせも何もあったものじゃない。男が望んだ永遠の命は、歪んだ形で叶えられた。
 男は死んだが、その意識は地上を彷徨い、次の器を探した。
 器に選ばれた者に生前の知識を与え、共に歩む。
 以来、その繰り返しだ。

 これはある意味、呪いと言ってもいいんだろうな。己の分を弁えない事を望んだ報いだと。
 永い、永い、未来永劫に続く呪いさ。どこをどう間違ったのか、或いは男のような望みを抱いた者が他にも数多くいたのかもしれない。いまやザナルスィバは、両手両足を使っても数え切れない程に地球上に散らばっている)

 圭は言葉が出なかった。
 そんな天災のように身の上に降りかかった事を、どのような言葉をもって評すればいいのか。

(まぁ、その男だけではなく、俺もお前も、歴代のザナルスィバ全員が、大なり小なり同じような望みを抱えていたんじゃないかと、思わないでもない)

――そんな! 俺は……!

 否定の言葉を発しようとする圭だったが、大宇宙昂は聞く耳など持たぬといった風に鼻を鳴らす。

(否定するのは自由だ。その部分について討論するつもりもない。どれだけ言葉を弄してみたところで、結局は己の心の持ち方ひとつだしな。
 だが、ザナルスィバに選ばれる者はまったくの偶然ではなく、それなりの条件を満たしているのではないかと、俺は考えるね。つまり、どこかで俺達は似た者同士なんだ。

 ……ともあれ、こうしてザナルスィバの系譜が紡ぎ始められた訳だが。
 始まりの男の意識は幾人かの代を重ねた時点で欠片すら残ってはおらず、時代が時代なだけに大した含蓄を残してもないときたもんだ。

 まったくもって滑稽な話だとは思わないか?
 そんな中途半端な存在ながらも、脈々と呪いは次代へと引き継がれていくんだ。次第に膨れ上がる膨大な知識と共にな。

 そう、知識の蓄積自体は悪い事じゃあない。必ずどこかで誰かの役に立つからな。
 だが、根底にあるものはそんな耳触りの良い建前とは関係ない。
 時代…、時間は…、人間は、常に未来に向かっているというのに、俺達は過去ばかりを見ているんだ。
 超越的な存在に見られがちだが、単に自分という存在を残したい……死んで無に帰するのが怖いだけなんだよ。

 そんな己の身を指して、何代目かがこう名乗る事にしたんだ。
徘徊する記憶ザナル・スィバ』…ってな)

――徘徊する、記憶……。

 何度も聞いてきた筈の名が、妙に重く感じられた。
 どこの国の発音とも知れぬ言葉。或いは当時の言葉による造語なのだろうか。

(正確に言えば、徘徊する知識ってところなんだがな。記憶と称する事で、自分達の存在を主張したいだけなんだろうよ。なんとも皮肉と願望を込めた命名だな)

 最後に鼻で笑い、それが昔話の終わりを告げる合図だった。

――どうして、その話を?

 圭はまだ、ザナルスィバとして認められていないのではなかったか。
 その圭に起源を話すと意図が理解できない。

(言ったろ。俺は応援しているんだよ。
 今回は冗談抜きで死にそうになっていたが、あれだけの仲間に支えられているんだからな。
 ザナルスィバという存在に慣れるまでは大変だろうが、仲間から見放されないように成長を続ければ問題ないだろうさ)

 先程までの真面目一辺倒だった口調は消え、いつもの砕けたものへとなっていた。
 声だけしか認識できないのは相変わらずだったが、苦笑いを浮かべ肩をすくめる仕草が見えるかのようだ。

(そう。難しく考える必要なんてないのさ。
 人生ってのは、多くの失敗とほんの少しの成功の繰り返しだ。なるようにしかならないってもんだ)

 既に死んだ存在だからこその楽観だろうか。
 そんな大宇宙昴の言葉に、圭は苦笑すらも出せずに眉を歪めるばかりだが、かろうじて口を開いた。

――まぁ、これからもよろしく、先輩。

 その言葉を最後に、夢の世界は白く薄れゆき――
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