夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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再会

最後の日

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◇◇◇

 次の日になった。
 今日は、卒業式。ついさっき、卒業証書をもらったばかりだった。
 クラスメイト達が、いろんな人と別れを惜しんでいる中…ゆのかは1人で、帰ろうとしていた。
 ずっと仲良しだった幼馴染の3人は、隣にいない。ゆのかは、大和のことも良也のことも避けていた。
 水湖は、卒業式にすら出ていなかった。担任が言うには、水湖は今、入院しているらしい。

(みぃちゃん…大丈夫かな……
 大きな怪我を…していないといいけど……)

 水湖の赤く腫れた右頬を思い出すと、涙が滲んだ。

(昨日の…みぃちゃんの誘い…さりげなく、断ればよかったんだ…そうすれば、こんなことにはならなかった……
 私のせいだ…っ!)

 罪悪感が膨れ上がる。
 1人で見上げる青空が、澄み渡っていて、眩しかった。

(頭…くらくらする……体、重い……気持ち悪い……)

 原因は分かりきっている。昨日、罰を受けるために、一睡もしなかったからだ。
 航の言っていた“罰”は……膨大なページ数のテキストを、今朝までに仕上げろ、というものだった。
 水湖の心配と、終わるだろうかという恐怖に支配されたが……なんとか朝までに終わらせることができた。

(生まれて初めて徹夜したけど…何とか終わったから、本当によかった……
 もし…終わらなかったら………大和が)

 背筋がゾッとする。

(…止めよう。考えるの。
 とにかく、罰はこなした。それで、よかったんだ。それで……)

 寝不足で、思わず大きな欠伸をしてしまう。

(早く、帰らなきゃ……航ちゃんにまた、怒られちゃう……)

 1人でふらふらと、校門を出ようとした時だった。

「ゆのか。」

 ゆのかを呼び止める人がいた。大きく開いた口を、慌てて閉じる。
 振り向くと、良也がいた。後ろには、俯いて元気のない大和がいる。

「っ……」
「そっちは…大丈夫だったか?」

 大和が、心配そうな顔をする。
 昨日のことで後ろめたいゆのかは、思わずその場から逃げ出したくなる。それでも、大好きな人達を前にして…足が動かなかった。

(…逃げたところで……足の速い2人に、どうせすぐ捕まっちゃうよね。
 それに……これで、“最後”だから…)

 諦めて…ゆのかは、なんとか笑顔を作った。

「…昨日のこと?
 うん。大丈夫だっ」
「航の奴、罰って言ってたよな。
 何をやらされたんだ?」

 良也の鋭い質問に、思わずたじろぐ。

(徹夜して勉強してた、なんて言ったら…しかも、大和を人質にとられたことを知ったら……きっと、心配かけちゃうよね……)

 なんとか言い訳を考える。

(そういえば…昨日のお昼から、何も食べてないんだっけ……)

 食べてる暇なんてなかった。何より、罰を受けている間は、不安で食欲なんてわかなかった。

「しょっ…食事!そうっ…食事、作ったの!それだけ…
 だから…私のことは気にしなくて、大丈夫。」

 思いつきを言ってみたせいか…2人はあまり、納得していない様子だった。

「そういえば…みぃちゃんの具合は?先生、入院してるって、言ってたけど…」

 さりげなく話題を変える。すると、2人の顔が曇った。
 淀んだ空気に、ゆのかの顔が引きつった。

「みぃは…倒れた時、傍にあった石に、頭を強く打ちつけたんだ。
 頬以外に、大きな怪我はないが…頭を打ったせいで、目を覚まさない。
 医者が言うには……このまま、植物人間になってしまう可能性も…充分あるらしい。」

 心臓が、大きく揺れ動いた。足の力が抜け落ちそうになる。

(植物…人間………?
 寝たきりで……目を覚まさない…あの…?)

 何年も眠っている人がいると、聞いたことがある。
 目を覚ます望みがあれば、まだいいかもしれない。最悪…水湖は目を覚まさないまま、亡くなってしまう可能性もある……

「う、嘘っ………いや……いやっ…!!」

 他所の州から来たゆのかを…“大親友”とさえ、言ってくれた水湖。

(みぃちゃんが…私のせいで……っ、植物人間…?
 また…っ、また…いなくなるの……?私のせいで…っ?!!)

 良也は、震えるゆのかの肩を掴んだ。

「ゆのか。落ち着け。
 みぃは死んだわけじゃない…だから」
「でもっ…私のせいで……みぃちゃんが、目を覚まさないかもしれないんだよ?!!
 私の…せいだ……っ、みぃちゃん……」

 俯いた瞬間、それまで我慢していた涙がボロボロこぼれ落ちた。
 良也は、そんなゆのかの顔を覗き込む。

「違う。ゆのかのせいじゃない。」
「違くないっ……私がっ、3人を家に連れていかなきゃ、こんなことにはならなかった!!私のせいだよ…っ!!」
「ついていったのは、俺たちの意思だ。
 みぃが目を覚まさないことが、ゆのかのせいって言うなら…ゆのかの家に行くことを甘く見ていた俺たちにも、落ち度がある。
 ゆのかだけのせいじゃない。だから、落ち着け。」

 良也のはっきりした言い方に、ゆのかは何も言い返せない。

「……ゆのかのせいじゃねぇよ。
 オレのせいだ。」

 大和がポツリと言った。その目は充血していて、下にクマができている。

「大和……いい加減にしろよ。」
「オマエにオレの気持ちが分かるかよっ…みぃは、オレをかばって身代わりになったんだぜ?!!」

 大和が良也に詰め寄る。今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。

「大和っ…よしくん!」
「どう考えてもっ、オレが航に余計なことしたからだろ?!!
 部外者みたいな涼しい顔しやがって…勝手なこと言うんじゃねぇよ!!!!」
「……。」

 良也は、大和の胸倉を掴んだ。反撃があるとは思わなかったようで、大和は驚きの表情を浮かべた。

「なっ…」
「じゃあはっきり言ってやるよ。
 悪いのは、素人相手に暴力を奮った航だ。お前ら2人じゃない。」

 大和を睨みつける良也。静かな怒りが、目の奥に見える。
 普段だったらやり返す大和は、固まっていた。

「…あの時、みぃの1番近くにいたのは俺だ。みぃが大和を庇おうとしていることに気づいて、止めていれば…こんな事にはならなかった。
 代わりにお前が殴られていただろうけど、体の小さいみぃより、ダメージは少なかったはずだし、ぶっ飛んで石に頭をぶつけることもなかっただろ。
 涼しい顔だと?俺だって、大事な仲間を守れなくて…死ぬほど悔しかった。」

 良也は大和を乱暴に離した。大和はよろめいたが、視線は良也に釘付けだった。

「でも…過去は変えられないんだよ。
 どうしようもないことで、いつまでも自分を責め続けるなんて……アホなことをするな。」

 シン、と3人の間に静寂が生まれる。昨日からずっと自分を責め続けるゆのかと大和は、反論できなかった。

「……俺は、みぃが目覚める方法を探す。」

 良也は、静まり返った空気を破った。

「そんな方法…あるの…?」
「ないよ。今の医学じゃ、到底無理だ。」

 はっきり、よしくんが否定する。

「血が滲むような努力をしたって、その方法を作り出せる可能性なんてほんの僅かだろうし…世界中を探しても見つからないかもしれない。
 それに……時間があるとも限らない。」

 “時間”。今、水湖にとって、1番不確かなもの。
 水湖が耐えきれず、目を覚ます前に、この世を去ってしまう可能性もある。
 そんな状況でも…良也の目は、光を失っていなかった。

「それでも俺は、できる限りのことをしたい。
 …じゃなきゃ、今まで、何のために勉強してきたと思ってるんだ。」

 そして、良也は、ゆのかと大和に頭を下げた。

「よしくん…?!」
「オマエ、何して…」
「できる限りのことはしたい。
 けど、どう考えても…俺1人の力じゃ、無理だ。
 みぃが目を覚ます方法を、一緒に探してくれないか…?」

 心の底から絞り出した声だった。

「みぃが目を覚まして……また馬鹿みたいなことで、みんなと笑い合いたい。
 そのためだったら、努力を惜しまない。頼む。」

 ゆのかは、良也の問いかけに、返事ができず、胸が痛む。

「っ、やってやる!」

 良也が、顔を上げる。その瞬間、大和は良也の肩を掴んだ。

「もう二度と…昨日みたいなヘマしないからっ……絶対、みぃを助ける!!」

 己を奮い立たせるように、大和は宣言した。
 良也の顔がほころんだ。ホッとしたようにも見える。

「大和なら…そう言うと思った。」
「当たり前だろ!みぃは大切な幼馴染だ!何がなんでも助けてやる!!」

 大切な幼馴染。大和の言葉に、胸の痛みが増す。

(そう……だよね。
 大切な幼馴染なら…助けたい………でも、“私”が協力したら………)

 ゆのかは、州長の孫で……将来、州長になることを約束させられた。

『卒業したら、二度とアイツらに会わないこと。州長の孫が、いつまでも庶民と遊んでてどうするわけ?
 もし命令に背いたら…あの2人、殺すから。』

 心が凍りつくような、航の命令。

(みぃちゃんが、目を覚ましても………みんなと笑い合うどころか…そばにいることすら、許されないんだ……………)

 だから、今日は……“最後の日”なのだ。

「ゆのかは…どうだ?」

 少しだけ遠慮がちに、良也が聞いた。

(よしくんは、きっと……分かってる。
 航ちゃんが…みんなに関わらせないようにしているから………私が、協力するのは、難しいって。
 私が協力したら……みんなが酷い目に逢うって………)

 航はたとえ、仲の良かった幼馴染でも、手を上げることに躊躇いはない。
 それでも良也は、大切な幼馴染の1人として、ゆのかに協力してくれるかどうか、聞いてくれた。

(嬉しいな……私も、みんなのことが……大好きだから………)

 宝物のような時間が……瞼の裏に浮かぶ。

「2人に…言いたいことがあるの。」

 深呼吸する。だって、“最後”ぐらいは…笑顔でいたい。


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