夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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 だが…航の顔の目の前で、その手が止まった。良也が大和の手首を…掴んでいたからだ。

「よしっ……邪魔するな!!」
「……駄目だ。」

 大和が、邪魔をしてきた良也を睨む。

「大和……それを振り下ろしたら、どうなるのか…分かっているのか?」
「はぁっ!?」
「州長直々の部下。
 ってことは、お前の個人情報…こいつに全部、漏れているってことだ。」
「だったらなんだよ?!」

 だが、良也はそんな大和に怯むことなく、言い返す。

「お前が航に、逆らったら……航が裏で手を回して、お前の周りの人間に、危害を加わえることができるってことだよ。」
「はぁ?!」
「お前の家族…サッカークラブのコーチやチームメイト……俺とみぃだって、例外じゃない。
 仮に航の仕業だとバレても、州長の力でもみ消される。
 お前は……それでもいいのか?」

 良也は悔しそうに、唇を噛む。

「けど、ゆのかは、どーなんだよっ…このままでいいわけねぇだろ!??
 それに、あの泣き虫の航だぜっ?アイツに何ができんだよ!?」
「手のたこ、耳の形、手足の筋肉…どう見ても、異常だ。
 多分、普通の大人は…航を倒せない。」
「オマエ、何言って……」
「近所迷惑。さっさと帰れくれないかな。
 変な噂たてられたら、どう責任取るの?」

 航が2人を睨む。

「…ざけんな!!」

 ゴン……ッ!!!!
 大和は、良也の制止を振り払って、航の頬を殴っていた。

「近所迷惑…だと……?」

 航の頬は赤くなっている。だが、全然気にしていないようで…顔色1つ変えなかった。

「ヒキョーな手ぇ使っておどして…っ、ゆのかを拘束するのかよ?!!」
「大和、駄目……っ、もうやめて!!!」

 ゆのかは、思わず叫んだ。

(この人…航ちゃんじゃない……)

 ようやく気づくことができたゆのかは、自分の愚かさを恨んだ。

(優しくて、いつも眩しくて……私に、元気をくれた……あの航ちゃんは…もう、いないんだ……)

 そう痛感した瞬間、この人に逆らってはならないと理解した。

「航ちゃん…よしくんが、さっき言ってたこと…ほんと……?」
「そうだよ。僕は今から、コイツを潰す。」

 何もかもが遅かった。どんなにゆのかが謝っても、きっとこの人の意思は変わらない。
 心臓が目まぐるしく波打った。

「…めて」
「州長様にも、ゆのかの害となるような奴らは、全て殺せって言われてるしね。
 何がいいかな?骨折ってもいいし、気絶するまで爪剥いでもいいし……あ。
 死ぬまで殴り続けるなんて、どう?」
「やめて!!」

 耳を塞ぎたくなるような残酷なことを、航は楽しそうに言う。
 ゆのかは、大和と航の間に、割り込む。
 航と向き合うのはとても怖い。だが、何がなんでも、阻止しなければならない。
 僅かな勇気を振り絞って、ゆのかは航に叫んだ。

「なんでっ…おばあちゃんの命令だからって……幼馴染でしょ?!
 みんな、航ちゃんのこと……っ、ずっと待って……ずっと、会いたかったのに」
「邪魔。」

 だが、呆気なく強い力で押しのけられる。

「っ……!!」

 航に突き飛ばされ……気づいた時には、大和から離れた場所にいた。

「っ!大和!!」

 航は、指をボキボキ……と鳴らす。

(本当に…大和を……殺そうとしてるの………?)

 ゆのかがホペ州に来る前から、4人はずっと、仲良しだった。
 特に大和は…航のことを、気にかけていた。

(あんなに仲良しだったのに…みんなで、いつもいつも、笑い合ってたのに……)

 そんな大和を、航は殺す気で殴ろうとしている。

「やめてえぇぇぇっっ!!」

 叫んだけど、もう遅い。

(どうして…いつも、こうなの…?)

 大事な物を手に入れては、いつも失う。
 逃げて欲しいのに。大和はその場から、動こうとはしなかった。ただ航を、切なそうに睨んでいた。

「死ね。」

 バキィッ!!!
 聞きたくない音がした。思わず目をつぶる。

「なっ……おい?!」

 大和が、驚きの声をあげる。とても殴られたような声ではなくて…ゆのかは、目を開けた。
 ゴィンッ
 映像が、ゆっくり流れる。
 地面に倒れたのは……大和ではなく、水湖だった。

「みぃちゃん?!!」

 水湖は、大和と航の間に入って、航に殴られた。
 危険な場所に、自ら飛び込んでいった水湖に、誰もが目を疑った。

「みぃ?……みぃ!
 おいっ…みぃ!!!」

 良也が、水湖の名前を呼ぶ。だが、水湖の反応は……ない。

(夢だ。)

 漠然と、そう思った。あまりにも悪いことが続きすぎていたからだ。

(きっと……これは、悪い夢。
 目が覚めたら……きっと…きっと、みんな笑顔だった頃に、戻れる………
 おじいちゃんも、航ちゃんも、航ちゃんのお母さんも……きっと、みんな笑顔で…また、楽しい日々が過ごせるんだ………)

 そう、思いたかった。…けど
 航を待っていた2年が…あまりにも長くて
 祖父の死が…あまりにも鮮明に、心に残っていて
 水湖の殴られた右頬が…あまりにも痛々しく、腫れていて

(違う……これ…現実?)

 サァ……と、血の気が引いた。

「みぃちゃん……っ!」

 慌てて駆け寄ろうとしたが、航に腕を掴まれて、ゆのかは動けなくなってしまった。

「行くな。」
「やだっ…みぃちゃんの傍にいる……っ!」

 ゆのかは航をキッ…と睨んだ。
 すると航は冷たく笑い、ゆのかの耳元でボソッと呟いた。

「ゆのかがここに残ろうが残るまいが、アイツは病院に連れて行かれる。ついていったら、ゆのかが今日遅く帰ってきた罰が、受けられなくなるよね?」
「っ…!!!」
「言っとくけど…罰を放棄したら、僕はあの2人に何をするか分からないよ。特に大和にはまだ、殴られたお礼していないし。
 罰を完璧にこなせば、今日のことは、全部チャラにしてあげる。
 こなせなかったら…分かってるよね?」

 大和を殴り殺す。
 ゆのかは…航に従うしかないことに、気づかされた。

「オ…オレのせいでっ………」
「大和っ、落ち着け。
 今から医者を呼んでくる、お前はみぃから目を離すな!」
「でも…オレが……オレも、オマエと行く」
「しっかりしろ!!
 みぃを1人にする気か?!!」

 遠くで2人の声がする。

(冷静で、しっかりしてるよしくんがいるから…きっと、みぃちゃんは、助かる。
 私は…私なりのやり方でみんなを助けないと………)

 3人を背にして、ゆのかは家に入る。
 厳かな音をたてて……ドアが閉まった。


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