夢の音を奏でます!〜第1話 始まりの唄〜

水澄 涼海

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君を絶対…

ギターなんていらない

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こうちゃんは…見た目…は……普通、の……ちょっと…線が、細い…男の子…なのに…っ、すごく…強くて…怖くて………
 私、や…おばあ様に……ちょっとでも…害が、あると…思ったら………簡単に…その人を……傷つけて…いた……」

 ドクン、ドクン…と心臓が大きな音をたてる。手に汗が滲んで、ギュッと握りしめた。

「私…昔、男の…人達に……絡まれたことが…あって………
 その時の…付き人…航ちゃん、だけだった…から……男の人達………暴力、振ろうとしてた……でも、航ちゃん…傷、1つ…負わなくて……
 それ…どころか……っ、男の人…意識、なかった…のに…ずっと、ずっと…殴り続けて………」

 ゆのかの小さな体は、震えた。あいるは、ゆのかをギュッと抱きしめた。
 2人の様子を窺う。真剣な顔で、ゆのかの方を見ていた。

(言えるのは……ここまで。
 これ以上、言ったら…きっと、心配されるし……万が一、“あの事”を言ってしまったら…幻滅される。)

 ゆのかは、俯いた。

「航…ちゃんは……それぐらい、怖くて…容赦ない…人…なの……
 でも…今、彼と、おばあ様は…家に…いなくて………その、隙…に…家出っ、して………いない今がっ…逃げる、チャンスで……
 あの家に…居続ける、くらいなら…ギター形見も、何もかも…捨ててもいいって…思ったっ…だから、取りに帰る…必要、なんて……ないのっ……」

 大切な人達との約束も、形見も…自分の命も
 全てを捨ててでも………ゆのかは、家にいたくはなかった。

「私の…家出………聞きつけて、航ちゃん、もう…家に、帰ってるかも…しれない…………
 だったら……ギター…なんて…いらない…」

 部屋の中が、シン……と静まり返る。

(この沈黙が…きっと、2人の答え……
 よかった…分かってくれたんだ…………)

 ホッ…と小さな溜め息が出た。


「じゃあ、2人じゃなくて、俺が行くのはどう?」


 ドアの方から、凛とした声が聞こえてきた。

(えっ……?)

 3人は声の主の方に、すぐさま視線を向けた。
 ドアに寄りかかっていたのは、うみと名乗ったあの男だった。
 手にはなぜか、3つのおにぎりが乗った皿を持っている。その優れた容姿と似つかわしくなく、ゆのかは思わず男を凝視してしまった。

(私を、助けてくれた……“うみ”って名前の人……
 なんで…おにぎり…?……って、いうか…今この人…とんでもないこと、言ってなかった…?!)

 男は、テーブルの上に皿を置いた。そしてゆのかの傍に来て、その場でひざまずく。普通の女子なら“王子様みたい”とときめくような姿勢だが、ゆのかは固まったままだった。

「2人にギターを取りに行かせるのが嫌なんでしょ?じゃ、俺ならOKじゃん。」
「え…?
 や……え…と……」

 ただでさえ、口下手なゆのかが……初対面の、しかも強そうなオーラを放つ男相手に、“そういう意味じゃない”と否定することはできなかった。

「あー、たしかに!それ、アリだな!!
 今、星とも話したけど……実はさ、あたし達のツラ、向こうにバレてる可能性あんだよ。
 だからしくじるとか、そういう訳じゃねぇけど……禁海法きんかいほうもやってることだし、細心の注意は払っておきたいのが、ホンネでさぁ。
 でも、うみが行ってくれんなら、マジでラッキー!!」

 あいるは、よっしゃ!とガッツポーズをした。

(ちょっと待って…?あいるさんと星さん…一体、いつ話をしていたの…??
 ていうか……今の話聞いても、ギターを取りに行くこと、諦めてなかったの?!!)

 ゆのかは、どう突っ込んで聞けばいいのか分からず、“?”が頭の中に増えていく一方だった。
 ゆのかがあいると星を説得しようと、頑張って話をしている時……なんと、あいると星は、ゆのかの目を盗んで、例のハンドサインを送りあい、ギター奪還の話をしていたのだった。

「俺らとしては有難いが、いいのか?」
「大丈夫だよ。」

 それを知らないゆのかが混乱している隙に、話がどんどん進んでいく。部屋の空気はいつの間にか、うみこの男がギターを取りに行くのが、当たり前のようになっていた。

「ね…ぇ……」
「ん?」

 ようやく発せたゆのかの声に、うみが反応する。あいると星に話しかけたつもりだったゆのかは、少しだけ焦った。

(“ん?”じゃないよ…!
 私…あれだけ……航ちゃんは怖い人って…言ってるのに!!)

 なんて、出会ったばかりの男に言うわけにはいかず…遠回しに“行かないで”と言うことを伝えてみようと、ゆのかはあれこれ考えた。

「あ…の……っ…航ちゃ……私の、付き人……その…つ、強くて………冷…血…」
「ごめん。さっきこっそり君の話聞いちゃった。
 だから、全部知ってるよ。怖い人なんでしょ?」
「?!!」

 どうやらうみは、部屋の外で聞き耳を立てていたらしい。
 だったら話は早いと、ゆのかはとっておきの脅し文句を思いつく。

「怪我、する…かも…し」
「それも聞いたって。聞いた上で、俺でいいじゃんって言ってるよ?」

 うみは、のらりくらりとゆのかの反論をかわし遮った。

(見ず知らずの私が原因で…怪我していいわけないでしょ…?!)

 後がなくなったゆのかは、ダメ元で助けを求めるようにあいると星を見た。

「安心しろって!うみコイツつえぇからさ!」
「それなりに仕込んであるし、機転も利く。武器の扱いも慣れているから、問題はないはずだ。」

 予想通り、ゆのかが求めていた返事と全然違うものが返ってきた。

(この人じゃ不安って、意味じゃないっ……行く気満々だから、止めて欲しいの…!
 この人もこの人で……初対面の私なんかの宝物ギターなんて、どうでもいいはずなのに……どうして危険を冒してまで、取り返そうとするの…?)

 困ったゆのかは、口をキュッと結んだ。

「ゆのかが今まで、ツラい思いをしてきて…嫌な選択をしたことも、よく分かってるつもりだ。
 だからこそ……あたし達は、宝物まで諦めて欲しくないんだよ。」

 あいるに言われ、ゆのかは俯く。
 大好きな家族の、唯一の形見。ギターを弾けば、遠く離れた名前も知らない場所にいる妹と、繋がっている気がした。

(私が逃げないように、おばあ様がギターを奪った時…体の一部が失われたくらい、悲しかったっけ……)

 諦めたくはなかった。むしろ、喉から手が出るほど欲していた宝物だ。

「俺達なら、ギターを取り返すことくらい、造作もない。
 ギターがどこにあるか、教えてくれないか?」

 星の甘く、優しい言葉は…ゆのかの心を揺らした。
 それでも、ギターに囚われ、家に縛られ、人を傷つけるくらいなら……ギターも命も捨てる覚悟で、ゆのかは家出をした。

(やっぱり……っ、私なんかのために…出会ったばっかりのこの人に、迷惑かけちゃ…駄目だよ……
 ちゃんと…“行かないでください”って……お断りしよう……ちょっと、怖いけど…)

 息を吐ききって、気持ちを整える。

「まーまー。じゃあ、こうしよっか。」

 だが、ゆのかの思いは、うみの声に先回りされてしまった。

「俺、最近音楽にハマっててさ。ギター、超かっこいいじゃん?
 だからギターそれ、無事取ってきたら、俺にちょうだいよ。」
「え…?」
「君も、心残りって言う割には、いらなそうだし。俺が、君ん家に命懸けでギター取りに行くなら…それはもう、俺の物でよくない?」

 ゆのかは、まさかうみから“ギターをちょうだい”なんて言われるとは、思ってもいなかった。

(いらない…なんて……そんなこと…なくて……
 むしろ、欲しいんだけど………ずっとずっと、欲しかったんだけど………何の関係もない私のために、この人が危険を冒して、取りに行くのは……違う…よね。
 それに…あの家に、置いておくぐらいなら…この人に引き取ってもらった方が…ギターも、幸せ……だろうし……)

 考え込んでいると突然、ゆのかの左隣に、うみが座った。

「ひゃっ…」

 完全に肩がくっつきそうなくらいの、至近距離。ベッドが沈み込む。バランスをとりながら、見上げると…うみはニヤリと笑っていた。

(近…い………え…………え…?)

 それまでうみになかった、突然の馴れ馴れしい雰囲気に、ゆのかは飲まれてしまう。

「ちなみに俺、激しいロックが好きでさ。
 楽器をぶっ壊すパフォーマンスがかっこよすぎて、それにすげぇハマってるの。」

 爽やかに、強烈なことを言ううみに、ゆのかは目を丸くした。

「でもほら、楽器って高いじゃん?いちいち買って壊すのは、もったいないよね。
 君がギターいらないって言うなら、ぶっ壊す練習用に欲しいんだけど、駄目かな。
 もちろん、お金が必要なら、引き取り代でいくらかあげるよ。10万エイでどう?」

 確かに、お金はいずれ必要になってくる。10万エイあれば、1ヶ月は暮らしていけるだろう。そもそも、ギターがうみの物になれば、ゆのかがとやかく言うことはできない。
 うみの言っていることは、正しい。
 だが、ゆのかは…どうしても、気持ちの整理がつかなかった。

(楽器を壊すパフォーマンスがあるのは…知ってる…けど………
 知ってる……けど………お父さんの大切なギターが…壊される………?)

『お父さんは、どうしてギタリストになったの?』
『ギターが好きだから。ギターで、いろんな人を笑顔にしたかったんだよ。』
『へぇー…かっこいいね。』
『そんなこともねぇけどな。
 でもギターコイツがいたから…しんどい時も頑張れたし、お母さんとも仲良くなれたんだよ。』
『お父さんの…たからもの?』
『ああ。そうだな。
 一番の友達で…相棒だ。』

 愛おしそうにギターを触る父の顔が、ゆのかの頭の中で、ぐるぐる回る。

(私…っ、お父さんの…ギター……すごく…好きで………
 壊されたら…もう二度と……お父さんのギター…戻ってこなくて………)

 ギターを、捨てる気でいたはずなのに……ズキン、と胸が痛む。 

(それに……もし、天国のお父さんが…“相棒”を壊されたことを知ったら……絶対、悲しむに決まってる…
 ののかに再会した時……合わせる顔が…ない………)

 何も言わないゆのかに、うみは、嬉しそうな顔をした。


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