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エール号、出航

エール号とトレジャーハンター

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◇◇◇

「ここがトイレ。あっちが風呂場。どっちも共用で、男女別になっている。
 この階段を下りると、船長室がある。」

 あいるは、ゆのかの部屋に行くがてら、他の場所も紹介した。あいるの後をついていくと、たくさんのドアが並んでいた。

「んで、左側の部屋は、全部船員の部屋だ。
 ぞくに襲われた時のために、部屋に名前がついていねぇから、分かんなくなったら言ってくれ。ちなみに、あたしの部屋は、ここ!」

 あいるは、目の前のドアをコンコン、と叩いた。

「賊…って…?」
「山賊や盗賊…最近、あんま見ねぇけど、海賊のことだよ。」

 “副船長の部屋”……なんて書いてあれば、賊に真っ先に襲われ機密情報が盗まれてしまうかもしれないということだ。
 あいるは、1番奥のドアを指さした。

「星の部屋は、あそこにある。
 なんかあったら、いつでも来いよ?」
「うん…ありがとう…」
「で、ゆのかの部屋は、ここ。」

 あいるはゆのかを、ある部屋の前につれてきた。ガチャッ、とドアが開く。

「わぁ………」

 ゆのかは思わず、声をあげた。
 真っ白でふかふかのベットが、目に飛び込んでくる。
 木でできた机と椅子が、壁に向かって置いてあり…机の上には、黒いギターケースが乗っていた。
 他にも、空っぽの棚や、壁に掛かっている小さな時計、クローゼットがある。
 そして、窓から見えたのは…果てしなく続く、紺碧の海だった……

 ホペ州にある家の部屋は、この部屋の何倍も広かった。高級な家具がたくさん置いてあり、中に入れば誰もが目を奪われ、こんな部屋に住めるのかと羨望の眼差しで見つめられた。

(でも、ここは…私の大好きなものが、詰まっている部屋………)

 まるで、宝箱のような部屋に、ゆのかは感動してしまった。

「入って…いい…?」
「おう!」

 大切なものを丁寧に扱うように、おそるおそる部屋に足を踏み入れる。
 机に近づいて、黒いギターケースを開ける。中にはさっき見た愛しいギターが入っていた。

(お父さん………)

 ギターの弦を軽く弾く。ベン、と検討外れの低い音がした。
 それはまるで…遠い昔に聴いた、船の汽笛のようだった。

 今、ここにいること。今ここに、宝物があること。
 大好きな人達に、再会できたこと…大好きな海を渡って、大好きな人を捜せること…
 何もかもが、嬉しくて…ゆのかは思わず、頬が緩んでしまった。

 ギターケースを閉めて、部屋を見渡す。
 天井を見て、家具を見て、床を見ていると…いつの間にか自分の体がその場でぐるりと回っていた。
 あいるは、そんなゆのかが可愛くて、優しく笑う。

「気に入ったか?」
「ここ…本当に……使って、いいの…?」
「おうっ!」
「あいるさん…ありがとう………」
「いいってことよ!」

 ゆのかはあいるに、心の底からお礼を言った。

(あいるさんだけじゃない。
 ギターがあるのは……取り戻してくれたうみと、運んでくれたスカイ君……スカイのおかげ…
 2人にちゃんと…お礼、言わなきゃ……)

 まだ2人に対して、怖いと思ってしまうが…それ以上に、2人には感謝している。
 人として、当たり前のことを全うしようと、ゆのかは、心に決めた。

「じゃ、この後の流れでも、説明すっか!」

 あいるは、ポケットから何かを取り出す。
 そのまま手をグーにしてゆのかの前に出した。ゆのかが手を広げると…金色のピアスが、手のひらに転がった。
 鳥の羽の形をした、小さなピアスだった。

ピアスコレは船員の証だ。
 耳に穴を開けるのが嫌なら、しまっておいてくれ。」

 まるで、自由を象徴しているような小さなピアスだが…“船員の証”という言葉に、ゆのかは重みを感じた。

「持ってりゃ、エール号ウチの仲間ってことになるけど…ゆのかはまだ、正式には、船員になれてない。
 今、協会に、申請してるとこなんだけど…許可さえ降りれば、船員になれる。」
「協…会………?」
「トレジャーハンター協会。
 トレハン協会とか、協会とか、トレ協とか…ま、いろんな言い方があるけど、そこは自由にしてもらっていい。
 トレジャーハンター…って言って、ゆのかは分かるか?」

 ゆのかが微妙な顔をしていると…あいるは説明した。

 トレジャーハンター ──通称、“トレハン”は、トワの各地や時には外国に赴いて、金や銀などの貴金属を発掘したり、大昔の偉人が隠した財産を見つけたり、歴史的に価値のある遺物を探し当てたりする職業だ。
 調査や探索をして、見つけた貴金属や遺物を協会に持っていくと、対価と交換される。エール号や他のトレハンは、その資金で国中を旅している。

 トレハンは仕事柄、悪党に財宝を狙われたり、その州からよく思われなかったり、時にはトレハン同士が衝突したりすることがある。
 よって、戦力を補い、決まりやルールを定めるような、州や国とのパイプ役が必要であった。
 そうして設立されたのが───トレジャーハンター協会だ。
 協会は、トレハンのルールや法令を作り、トレハンを総括・管理している、トレハンの中心的存在だ。

 そして協会は、トワと繋がっている。
 貴金属は国交に、遺物は歴史の研究に役立てているため…トワにとって、トレハンや協会は必要不可欠な存在だ。

 海には特に遺物が多い。エール号は、それなりに功績をあげていることもあり、咎められることはない。禁海法きんかいほうが実施されている州でも、手続きを踏めば、罰を与えられることもないのだ。

「ま、海で活動するってよりは、海を経由して陸地で活動してることの方が多いし…禁海法きんかいほうのせいで、あんま表立って活動できないんだけどな。」

 禁海法きんかいほうが広まっているトワで海での旅ができる理由は、協会の力が大きいということが分かったが…

(でも……だったら、どうしてトワは…禁海法きんかいほうなんて法律…今でもやってるのかな……?)

 トワの前王と王子が海で亡くなったのは、もう6年も前のこと。王女が海を憎み、そんな王女を現在の王が哀れみ、そうして禁海法きんかいほうができあがったのは、トワにいる誰もが知っている話だ。
 世継ぎ新しい王子は、まだいないものの、新たな王は、とっくの昔に決まっている。
 エール号を認めるのであれば、もう禁海法きんかいほうは撤廃してもいいように、ゆのかは思えた。

(そういえば、あいるさん…“禁海法きんかいほうが実施されている州でも、手続きを踏めば、罰は与えられない”…って、言ってたけど……今日も、そうしたのかな?)

 だとしたら、祖母にとってエール号は間違いなく危険因子に違いない。そんな人達が来るというのに…今日、家を留守にするだろうか。しかも1番強い付き人の航を連れて…

(もし…今日……おばあ様に、見つかって…いたら……?
 私っ……何も…考えずに……この、船…乗っちゃった…けど……本当に、大丈夫…なの……?)

 誘拐だと騒がれたら、エール号の船員達に迷惑がかかるかもしれないと…ゆのかは不安になる。

「どした?」
「あのっ……その……」

 今日、ホペ州に来る際、きちんと手続きをしたのか。誘拐だと祖母が訴えたら…みんなに迷惑がかかるのではないか。
 ゆのかは一生懸命、あいるに伝えた。

「あー、手続きなぁ。
 してもいいんだが…めんどいんだよ。禁海法きんかいほうやってねぇ州より、数倍な。
 あと、めちゃくちゃイライラする。当然、州民には内緒だろ?その上、その州のお偉いさんの監視がずーっとついてくる。しかも、大抵ソイツらは、悪口ずっと言ってくるしさ!
 だったら、少人数でこっそり侵入して、こっそり買い物した方が、こっち的にも向こう的にもラクだろ?だから、今回はしてねぇ。」
「そう……なんだ……」
「安心しろよ!財宝探しん時は、絶対してっから!!」

 あいるは楽観的に親指を立てた。協会長が聞いたら、全く安心できない内容だが……何も知らないゆのかは、頷いた。

「あとは、ゆのかのばーさんは…多分、騒ぎ立てねぇよ。」
「どう…して……」
「プライド高いんだろ?で、側近にめちゃくちゃつえぇヤツがいる。
 あたしだったら、孫に家出されたことを、サツやお偉いさんに伝えずに…ソイツに全部任せるね。下手に騒ぐと、ばーさんが恥かくだろ?」
「で…も……」
波花さんにも家出されてんだ。
 孫のゆのかまで家出されたって、周りの金持ちや他の州長にバレてみろ?ばーさんに何かあるって、ウワサされるだろ。」

 母が家出したことは、何となく知っていた。
 そもそも母から生前、祖父母がいるとは、聞いたことがない。加えて、祖父母の家にも、母に関するものが、ほとんどなかったからだ。

「今頃、周囲の金持ち達に、“孫は体調を崩しまして~”……なぁんて言い訳して、側近にゆのかの行方を追わせているだろうよ。」

 その側近は、おそらく航であることに、ゆのかは震えた。あいるは、そんなゆのかの手を握る。

「この船は、協会の持ち物なんだ。けど、トレジャーハンターじゃねぇヤツも乗ることができる、太っ腹な船…ってワケ。
 だから、ゆのかが乗っていても何の問題もねぇよ。それを知ってて、あたしも星も仲間に誘ったんだから。」
「あいる…さん…」
「多少の危険はついてくる。アンタの家の追っ手も、来るかもしんねぇ。
 けど、あたし達が守るから。心配すんな!」

 ゆのかは、涙目になって…また、頷いた。

「ここまでがざっくりした話。
 仕事とか、もーちょい詳しい話は、ゆのかが正式に船員になってからだ。」
「えっ…」
「安心しろって!手続きに時間がかかるだけで、仲間になれないことはまずないから。少し待っていてくれ。」

 ゆのかは、まだ少しだけ不安そうな顔をしている。
 あいるは、ゆのかの頭を優しく撫でた。

「……??」
「あともう一個。
 正式な船員になるまでは、あたしと星のお客さんってことになっている。
 だから生活に慣れるまでは…何かしようとか、手伝おうとか思わなくていい。自分の好きなことをしてろ。」
「好きな…こと……?」
「ああ。
 他のヤツらにメーワクかけなきゃ、なんでもいいよ。時期になれば、あたしの方から声かけるから。分かったな?」
「うん…」

 ゆのかは、“好きなこと”と言われても…いまいちピンとこなかった。

「んじゃ、今までのことを踏まえて…聞いておきたいこと、何かあるか?」

 ゆのかは少し、考えた。

「私が…この、船で…しなきゃ、いけないことは…?」
「……今は、特にない。
 あぁ。でも、メシが朝と夜は7時、昼は12時になってるから、それまでに広場に来てくれればいい。
 何してても自由だけど、航海してる時のメシは基本一緒にうことになってるからな。」
「じゃあ…しちゃ駄目な…ことは…?」

 そう聞いた瞬間、あいるは、ゆのかの小さな体を抱きしめた。

(悪くねぇのに…必死に謝りやがって。)

 青ざめた顔でスカイに謝り続けるゆのかを、あいるは見逃していなかった。
 それほど気の抜けない環境に置かれていたことなど、すぐに予想できた。痩せ細った原因が、何が強いストレスを抱え込んでいるであろうことも。

 そして、大事な妹を…大切な人達の娘を……こんな風にした奴らが、許せなくて
 もっと早く見つけ出していればと…自分を責めた。

「あいる…さん…?」

 ゆのかの小さな声が耳に届く。あいるは、フッと笑って、ゆのかを離した。

「集団生活で、大事なことだよな!
 一応、禁忌タブーが1個あるから、それだけ言っとく。」

 あいるから出る真剣な雰囲気に、思わずゆのかは背筋が伸びる。

「ここにいるヤツに…エール号に乗った理由を聞くこと、だ。」

 つまり…乗船した経緯を、聞いてはならないのだ。

「あたしや星なら、いいよ。単純に、自分の夢を追いかけてるだけだし…星に関しては、家族ぐるみでトレハンに関わってるからな。いつでも聞いてくれ。
 でも、そうじゃないヤツらもいる。それこそ、ゆのかみたいに…辛い環境から逃げてきたヤツもいる。」

 誰とは言わなかった。それが禁忌タブーだからだ。

「その時になったら、きっとソイツらから話すよ。それまで、待っててやってくれ。」
「私…は……無理に、聞かない…よ…?」
「ったく…良いんだか悪いんだか…
 あのな?確かにタブーっつったけど、少しはアイツらに興味持ったっていいんだぜ?!」

 あいるが突然、うがぁっ!と喚いた。

(アイツら…?興味……?)

 もちろん、ゆのかも、何の話かさっぱり分からない。あいるは、ゆのかの部屋のベッドに座った。

「ほれ!ここ座れ!!」

 あいるは隣を叩いた。ゆのかも座ると…あいるは、うーんと悩んだ。

「たとえば…そうだなぁ……知ってるヤツらから聞いてみるか。
 湊のこと、どう思ってる?」

 ゆのかの頭の中で、おかっぱ頭の湊が可愛い笑顔を向けた。

「小さくて……本っ、当に…可愛い……
 なんて、いうか……私、初対面…なのに……ずっと…ニコニコ、笑って…くれて……名前で、呼んだら…嬉しそうで……
 人…懐っこい…し……とにかく、本当に…本当に、可愛くて………可愛いの。」

 語彙力がなくなるくらいに、ゆのかの言葉に熱が入る。頬も熱くなって…思わず両手で覆った。

「じゃあ湊が、『あ~そぼ!』って言ってきたら、ゆのかはどーする?」
「私で…良け…れば……遊ぶ…」
「湊はクリアか…ま、そーだよなぁ。」

 あいるは満足気に頷いた。

(クリア……?でも、あいるさんの様子からして……多分、悪くない返事をしているのかな…?)

 あいるの嬉しそうな顔に、ゆのかはホッとした。

「じゃ、うみとスカイのことは、どう思う?」
「え…と……すごい…人達……だな、って………あ。
 まだ…お礼、言えて…なくて………お礼、言って……スカイには…ちゃんと、謝らないと………」
「………………。」

 部屋に沈黙が流れた。

「…あいる…さん?」
「え、終わり?」

 湊のことは、あの短い時間で全てを語っていたのに、2人は“すごい人”としか、まとめられていない。スカイならまだしも、うみとはかなりの時間、一緒にいたはずなのに。
 ゆのかは首を縦に振ると、あいるが再び、うーん…と唸った。

「カッコイイ!とか、ねぇの?」
「あ……格好良い…よ?
 強くて……すごくて…格好良い…」

 ゆのかの場合、“強いし見た目が格好良い”ではなく…あくまでも“強い格好良い”ということだろう。

(うみは正統派イケメンだし、スカイも笑顔カワイイ系だけど……あんま見てねぇのか?)

 とはいえ、あれだけスカイの一挙一動を注意深く観察し、うみに対してもまだちょっと距離がある。

「やっぱ、まだちょっと怖いのか?」
「…………。」
「うっははは!!素直なヤツめ!!」

 黙り込むゆのかに、あいるはゲラゲラ笑った。スカイは割とよくあることだが、うみが怖がられているのはやっぱり面白い。

「じゃあ、アイツらが『あ~そぼ!』って言ってきたら、どーする?」
「……………。」

 ゆのかは、返事に困って再び黙ってしまった。

(絵面…想像できない……
 3人で遊ぶって……何して遊ぶんだろう…?)

 中学や高校の“友達”と遊んだことのないゆのかは、同年代の男子が何をして遊ぶのかなんて、知るわけがない。

(あ…そういえば、うみと2人で公園で……靴飛ばし、やったっけ………
 でもあれ……“遊ぶ”のうちに、入るのかなぁ…?なんていうか…私の緊張をほぐすためだけに、行ってくれたような感じがするし…)

 そもそも、うみとスカイが公園でブランコに乗るわけがないと、ゆのかは頭からイメージを消し去った。

(スカイは、どんな人なのか、まだよく分からないけど…見ず知らずの私のギターを運んでくれた。
 うみも、掴めない人だけど…初対面の私を、たくさん助けてくれた優しい人。
 2人は…外見だけじゃなくて、中身も格好いい人……人見知りの私なんかと遊んだら、かなり気を使わせちゃうか…さっきみたいに、怒らせちゃうかのどっちか…)

 自信がないゆのかは、口を開いた。

「“遊ぼう”…なんて、言わない…と、思う……」
「言ったとしてだよ!」

 間髪入れずに、あいるがつっこむ。

「だと、したら……私が…いない方が………楽しく…遊べる………と、思う…」
「そうくるかぁ………」
「…………?」

 あいるは、頭を抱えて唸った。
 ゆのかは、ふと壁に目を向けた。時計の針は、12時5分を指している。
 嫌な予感がして、記憶を遡る。

『メシが朝と夜は7時、昼は12時になってるから、それまでに広場に来てくれればいい。』

 確かにあいるは、そう言った。

「あ…あいるさん…」
「なんだ?」
「時間……大丈夫…?」
「…げ。」

 あいるの顔に一瞬、しまった。と書かれた。だが、そんな文字は、すぐに笑い飛ばして、どこかへ行ってしまった。

「だーいじょぶだって!なんてたって、主役がここにいるんだからな!!
 でも、ちょっと急ぐか。」
「主役…?」
「新しい仲間ができた時は、歓迎会をやるんだ!その主役。」

 あいるは、ギュッとゆのかに抱きついた。

「まさか……私…の…?」
「そーだよ!」
「で、でも…私…歓迎、して…もらえるような、人間じゃ…」
「新しい仲間は、誰だって大歓迎だっつーの!」

 あいるがゆのかの手を引く。ゆのかは、ベッドから立ち上がって、部屋を後にした。


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