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エール号、出航

可愛い湊

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「何、飲ませたの?みなと。」

 うみが子どもに聞く。

「うーんと…
 超育毛剤ちょういくもうざい・飲み薬ver.ばーじょんだよ。
 1粒飲むと、髪の毛が3cm伸びる予定だったの!」
「湊が発明したの?」
「うんっ!」

 ゆのかは、子どもの有り得ない返事に驚いた。

(育毛剤…?発明……?
 どういうこと…この子…小さいよね……?)

 周りの船員達を見たが……誰もゆのかと同じ反応をしていない。

「おー!流石だな!!湊!」
面白おもしれぇじゃん!!!」
「でも、1つぶで、あんなに長くなっちゃったから、しっぱいかも。
 みんなも、のんでみるっ?はい、うみ!」

 子どもは、女2人と戦っているあいるを見て、天使のような微笑みを浮かべる。

「いや…気持ちだけ受け取っとくよ。
 スカイにあげれば?」
「そうだねっ!
 スカイ、あーーん?」
「アホか?!オレがあんなの、飲むわけないだろっ!」

 スカイは、30cm以上伸びたあいるの髪の毛を、チラッ…と見た。

「おい、スカイ!!
 なに哀れんだ目で、あたしを見てるんだ?!!早く助けろ!!!」
「いや、別に哀れんでるわけじゃなくて…
 あいるさんが、やぁーっと女らしくなったというか、なんというか…」
「オッマエ……あたしに、ケンカ売ってんのかっ??!」
「売ってないわよぅ!」
「スカイは本当のこと言っただけでしょ?!!」

 女2人がスカイの味方をすると、周りの男の船員も口を揃えた。

「あいる。オマエ…そのままの方がいいんじゃね?」
「そーだそーだ!」
「何でだよ!!!?」
「そりゃー…可愛かわ
「バッカ!オマエやめろ!!
 後で星にぶっ飛ばされるぞ?!!」

 あいるの髪を切る・切らない問題は……いつの間にか、広場にいた船員達を巻き込んでいた。

「湊。今日から、このお姉ちゃんが仲間になるんだ。ご挨拶して?」

 そんな中、うみは激しくカオスな議論に参加せず、小さな子ども──みなとの肩を抱き寄せた。
 湊は、ゆのかを見て…ニコッと笑う。

「うんっ、わかった!
 こんにちは、湊ですっ!
 6才ですっ!はつ明が大すきですっ!
 みんなからは、みなとってよばれてますっ!よろしくね?」

 ペコッ!と小さくお辞儀をして、湊はまた、ニコニコ笑う。
 ゆのかは、6歳児の好きなものが“発明”ということに対して驚くより前に、愛らしい湊にメロメロだった。

(湊君……かっ…可愛い……っ!!
 私も…自己紹介、しなきゃ…!)

 ゆのかはしゃがんで、湊と目線を合わせた。
 少し考えて…ゆのかも微笑む。

「こん…にちは……ゆのか…です。
 今日…から……仲間に…なります……
 お歌…歌う…こと、が…好き、です。よろしく…ね…?」
「わぁーいっ!お姉ちゃんが、できたぁっ!」

 湊は、何の躊躇いもなく、ゆのかにギュッと抱きついた。

「…!!」
「ゆのかぁ~!よろしくねっ?」

 小さくて温かい手。柔らかい頬が、ゆのかの顔に当たる。

(わ……ちっちゃい…
 私も…抱きしめて、いいのかな…?)

 ゆのかは、宙で手を彷徨わせる。

「ギュッ、って、してくれないの…?」
「…!!!」

 しょんぼりした声が、ゆのかの戸惑いを吹き飛ばした。
 ギュ、と湊を抱きしめる。湊は小さくて温かかった。

「えへへ~」

 湊の嬉しそうな声に、ゆのかはキュンとした。

「…おいっ、湊!
 なに、くっついてんだよ?!離れろ!!」

 だが、心穏やかになったのはほんの一瞬で…ゆのかは、体をビクンッ!と震わせた。
 あいるの髪の毛問題に巻き込まれていたスカイが、突然湊に怒り始めたのだ。
 湊は、ゆのかに強くしがみついた。

「やだやだぁ~~っ!」
「大体っ、オマエもオマエだっつーの!!」

 スカイは、明らかにゆのかを睨んでいる。オマエとは、ゆのかのことらしい。
 怒りの矛先が向いたことに、ゆのかの心臓が、速く動いた。

(どうして…怒っているの…?私がさっき……謝りそびれたから………?
 あ……どうしよう…涙、出てきそう……泣いたら、怒られちゃう……っ、他の人の気分も、悪くさせちゃうかな………)

 ゆのかは、小さな口を開いた。

「ご……ごめ…」
「スカイ。何怒ってんの?
 2人は何もしてないでしょ。」

 ゆのかの謝罪を遮って、うみが庇う。

「いーや!誰もつっこまねぇから、言わせてもらうけど…コイツ、すーぐ調子乗るんだぜ?!甘やかすんじゃねぇよ!!!」
「不仲より、全然マシじゃん。」
「そーかもしんねぇけど、おかしくね?!!
 オマエら2人は、もう仲良くなってるってのに…なんでまだっ、オレだけ、ビビられてんだよ?!!」

 スカイの叫びに、ゆのか以外の船員達はやれやれと呆れた。
 そんなイラついた姿を見せないうみでさえ、怖がられる始末なのに。大声を出すなと、どうやって伝えようか、うみが迷っていた時だった。

「へっ…6歳児に嫉妬?
 いい歳して、器ちっちゃ。」

 ゆのかの腕の中から、底意地悪そうな声が聞こえる。だが腕の中には…まだ6歳の可愛い子どもしかいない。

(今の…湊君…?
 ううん…可愛い湊君が、そんなこと言うわけない…)

 ゆのかが、空耳だと納得していると…上からただならぬオーラを感じた。
 スカイが、先程の形相でゆのかの方を睨んでいたのだった。

「んだと?!!
 テメェ、今のもう一度言ってみろ!!!」
「ゆのかぁーーっ!こわいよぉおお!!」

 一応、彼の名誉のために言っておくと…スカイは、当然、湊を睨んでいた。湊は、ゆのかとの時間を邪魔された腹いせにスカイを煽ったし、スカイもそれを分かっていて、湊を“テメェ”と怒った。
 うみは、頭を押さえた。

(……馬鹿。)

 湊には、一瞬で心を開いたゆのか。うみや他の船員に見せなかった表情を、湊には出会ってすぐに向けていた。
 その湊が“怖い!”と言って抱きつき、スカイが怒りを顕にしてしまえば……ゆのかにとって、スカイはもう恐怖の対象でしかない。

「わ…私が…全、部……悪い…ん……ですっ……
 ごっ…ごめ…ごめん……なさい…!!!」

 ゆのかは、細い体を更に小さくして…湊を強く抱きしめている。
 スカイは、青い顔で謝るゆのかと、ゆのかには見えないように黒く笑う湊を見て…ようやく、やってしまったことに気づいた。
 オロオロして、うみに助けを求めるような視線を送る。

「スカイ、まぁた新人ちゃんいじめてんのか~??」

 すると、最悪のタイミングで、船員達が再びスカイをからかってきた。

「いやー、オレ、見てたけどよぉ。今のは、スカイがわりぃだろ~」
「しかも、湊と張り合ってんだぜ?」
「なんだ、いつものことじゃん。」
「ちげぇよ!!!アイツがオレをバカにしたんだろ?!!」

 スカイが叫ぶ度に、ゆのかは震えている。スカイは未だに、そのことに気づいていない。

(スカイは後で説教するとして…ゆのかを、広場から出さなきゃ。
 これ以上いたら、マジでぶっ倒れそうだし。)

 だが、ゆのかを連れ出す必要はなかった。

「くそっ!!!
 わーあったよっ!!!」

 スカイが勢いよく立ち上がり、広場の出口へ向かったのだった。

「スカイ、どこ行くの?」
「あぁ?
 自分の部屋だよ!文句あんのか?!」
「もうすぐ、昼飯なのに?」
「どーせ、まだいねぇヤツらは、自分の趣味で遅れんだろ?!
 だったら、いいじゃねーかよ!!時間まで、自分の部屋にいたって!!!どーせオレはっ、ジャマみてぇだしよ!!!」

 スカイは、うみと言い合って、とうとう広場から出て行ってしまった。
 思いっきりへそを曲げて、いじけたスカイ。周りの大人達は呆れていたが…ゆのかだけは、そんな風には思えなかった。

(どうしよう…っ?!
 謝らなきゃ……っ、きっと…許してくれない……行かなきゃ…)

 震える足で立ち上がって、ゆのかはスカイの後を、ついて行こうとする。
 だが、その手をうみは握った。

「え……?」
「気にしなくて、大丈夫だよ。」
「で…っ、でも…!!」
「ゆのかは悪くないでしょ。
 この2人の喧嘩だから、放っといて大丈夫。」

 ゆのかは、不安そうにうみを見る。うみは優しく笑った。

「この2人、いつもこんな感じなんだ。ね?湊。」
「そぉだよ~!
 だからゆのかは、なんにもわるくないの!」
「そーだそーだ!」
「お嬢ちゃんは、何も悪くねぇぞ!!」

 周りの船員も、2人に加勢する。

(2人も、他の船員さんも……さっきの出来事…特に何も、思っていないの……?)

 周りの雰囲気と、自分の気持ちとのギャップに、ゆのかは少しだけ焦った。

「それより…湊。
 スカイは単細胞ってこと、知ってるでしょ?あんま煽っちゃ駄目。」
「だって、おもしろいんだもん!」
「ったく……
 ゆのか。本当に、気にしなくていいからね?スカイは飯食ったら、さっきのこと全部、忘れるから。」

 ゆのかは、釈然としなかったが…とりあえず、首を縦に振った。

(ご飯食べれば忘れるなんて……そんなこと、あるのかな…?)

 うみや湊を含めた周りの人は、何事もなかったかのように広場にいる。本当に食べたら忘れるそんなことがあるくらい、スカイは単純な男なのだ。
 だが、スカイを知らないゆのかは、不安に駆られる。心臓がドクドク動いていた。

「ねー、ゆのか!もんだい!!」

 湊は、少しゆのかから離れて、甘えたような声を出す。

「エールごうのせんいんは、ぜんぶで何人いるでしょ~か?」

 子ども特有の問題に、ゆのかは、先程の恐ろしい出来事を、少し忘れることができた。

「え…と………
 あいるさん…星さん……湊君に、うみに…スカイ君……いかりさんと……」

 辺りを見渡すと、スカイをからかっていた男が3人いる。

(さっき、女の人が2人いたから……全部で11人。まだ、他の人もいるらしいから……)

「1…7人…とか?」
「ぶっぶー!」

 湊は口を尖らせる。

「20…人?」
「ぶっぶっぶー!もっと多いで~す!」
「うーん……30…人?」
「ちがぁう!正かい、言っていい?」

 きゃはは!と楽しそうな声をあげた湊に…ゆのかは、首を縦に振った。

「正かいは~25人!」
「……!
 そう…なんだ…」
「そぉだよ~!
 あ、でも、今日から26人だね~!」

 湊が、ゆのかを受け入れてくれることを知り……ゆのかは嬉しくて、ほんのり頬が赤くなった。

「おれが、1ばん年下なの~
 つぎは、スカイでー…そのつぎが、うみでー…あとは、みーんな大人で、わかんない!
 あ、でも、さい年長は、いかりさん!」

 湊は無邪気に、新しくできたお姉ちゃんに船員のことを教えた。

(最年長って…湊君、まだ6歳だよね…?難しい言葉を知ってるんだ………ん?)

 ゆのかは、重大な事実に気がついた。

(うみが私の1つ上で、スカイ君がうみより年下ってことは……スカイ君って、私と同い年か年下ってこと??)

 がたいのいい船員の中では、比較的細いスカイだが、それでも身長はゆのかより遥かに高く、態度も大きい。
 ゆのかは、スカイが自分より年下の可能性があることに驚いた。

「スカイは、ゆのかと同い年だよ。」
「……!」

 うみが、ゆのかの考えていることを読み取ると……ゆのかは、目を見開いた。

くん付けしなくて、大丈夫だから。逆に拗ねて、さっきみたいになっちゃうし。」

 ゆのかは少し、困った顔をした。

(仲良くないのに…怒らせたのに…呼び捨て…?
 ていうか…どこが拗ねてたの…?本気で、怒ってなかった…?)

 頭の中の疑問が残ったまま、とりあえず首を縦に振ると…湊が両手を上げた。

「うみもスカイもズルい!!
 おれもっ、湊ってよんで?」

 頬をぷっくり膨らませて、ゆのかの脚に抱きついた。

(あぁ……可愛いなぁ…………
 きっとうみは、気を使って、ああいう言い方をしてくれたけど…拗ねるってきっと、こういうことだよね。
 驕っちゃ駄目。後できちんと、謝らないと…)

 ゆのかは、もう一度しゃがんで…湊に笑いかけた。

「うん…分かった。」
「じゃー、れんしゅーね?
 ゆーのかっ!」

 とびきりの笑顔ときらきらの瞳に…ゆのかの心臓から、きゅん。と音がした気がした。

(私の名前…こんなにも愛らしく呼ばれるなんて……生まれて初めてかも…)

 ゆのかは、少し緊張しながら口を開いた。

「み…湊…」
「わぁい!!
 ねーねー、ゆのかー!」
「な…なぁに…?湊…」
「えへへっ…よんでみただけ~」
「!!!!!」

 ゆのかの頬が、紅潮した。

(マジか。)

 あれだけ長い時間、ゆのかと一緒にいたうみには、そんな表情はしない。
 湊には、一瞬で心を開いたにしては、開きすぎているような気がして、かなり大きなショックを受ける。

(勉強、それなりに、頑張ってきたつもりだったけど…この子の可愛いさを、表現できる言葉が、見当たらない…!
 そのくらい…可愛い…!!)

 だが、ゆのかは、うみの気持ちなんて知らず、湊の愛らしさに興奮している。

「ゆのか!仲良くなってるとこ、わりぃんだけど…」

 あいるがゆのかに、声をかける。

(……あれ?)

 あいるの方を向くと……あいるの髪は、出会った時と同じショートヘアだった。

「他のヤツら、まだ集まんなくてさ。
 先に、ゆのかの部屋を案内してやっから、ついてこい!」
「あいるさん……髪…」
「これかっ?そこら辺の刃物で、切ってやった!」

 なんともワイルドな髪の切り方に、ゆのかは目を丸くした。

「え…」
「ほれっ、れっつごー!」

 あいるは、ゆのかの肩をくるっと回して…そのまま広場を後にした。


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