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3章:それぞれのテイマーの道

74. リアルとフェイクの境界線

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「……ペット同士を戦わせて、ドロップしたペットロストアイテムをオークション?」

 一瞬その様子を想像してしまったが、すぐに想像することを止めた。ペット同士がロストするまで戦う様子なんて想像したくない。しかもテイマーからの命令で、ロスト前提で戦わされるペットのことを思うと、とてもやるせない気持ちになってしまう。

「あの、『次のコロシアムイベント』っていうことは、定期開催してるってことですよね? ……そのイベントは人気なんでしょうか?」
「……人気はかなり高いですね。ハイテイマーズ自体が嫌われているのにも関わらず、このコロシアムイベントは自主開催イベントの中では公式イベント並みに人気があります」

 シュンさんは私の表情と私の指にある2つのサモンリングを見て、色々察した様子だった。そしてコロシアムイベントの詳細を教えてくれた。
 イベントではレベルをカンストさせたペット同士をトーナメント形式で戦わせ、そして優勝ペットを予想するギャンブルも行われるらしい。
 そして最後にはイベント内で生まれたペットロストアイテムのオークションも行われるので、1つのイベントで動く金額としては恐らくプログレス・オンラインの全イベント内でもぶっちぎりの1番とのことだ。

 このイベントが人気の理由は2つあり、1つはやはりペットロストアイテムだ。
 ペットロストアイテムは高レベルペット程、レアリティの高いアイテムになる可能性が高い。そしてハイレアリティのアイテムは、その希少性から市場に出回る量はとても少なく、それを手に入れられる機会は貴重なのだそうだ。

 そして2つ目の理由は、カンストペット同士の戦い自体にある。
 本来レベル100のペットを育てるためには凄まじい時間と労力が必要になる。その為、そんな苦労をして育てたペットをロスト前提で戦わせるテイマーはそういない。
 けれど、ハイテイマーズの場合は事情が少し違う。ハイテイマーズは潤沢な資金と組織力で比較的安全にペットのスパルタ育成を実現していて、更には狩場の独占などを運営にも咎めづらいギリギリのラインでやっている。そのため、他のテイマーと比べてカンストペットを作りやすいそうだ。
 そして出来るのが実質ハイテイマーズのみが行える、カンストペット同士をロスト前提戦わせるイベント。他のテイマーより簡単にレベル上げが出来るのであれば、お金を稼ぐためにも実に合理的なやり方だろう。……合理的過ぎて反吐が出る。

 
「ナツさん、気持ちは分かりますけど、他のプレイヤーに迷惑を掛けるハイテイマーズのやり方は非難しても、このイベント自体とそれを観戦するプレイヤーを非難しちゃ駄目ですよ?」
「……何でですか?」
「これはゲームなんです。どんなにリアルな見た目をしていようとゲームであることは変わりません。だから、トーナメント戦やオークションが行われること自体は普通のことなんです」

 その理屈は分かる。分かりたくは無いが分かってしまう。
 この世界に居ると、時々感じるのだ。私はこの世界を他の人達よりもリアルに感じていることを。

「ナツさんにとって、このゲームはもうゲームでは無くなっているんですね」

 そう言うとシュンさんは少し寂しそうな笑顔を私に向け、続けて言った。

「僕もです」

 ……

 …………

 ………………

 コロシアムイベントの話を聞いたあとは、口数が少なくなり黙々と街を目指して進んで行った。
 途中出てくるモンスターはそこまで強くは無かったので、私でも戦闘の役に立つことが出来た。けれど、シュンさんの強さは圧倒的で、モンスターが複数出て私が1体倒している頃には残りのモンスターが倒されているレベルだ。

「シュンさん、凄く強いですね! 武器を使わず蹴りのみで戦ってるのは、そういうスキル構成だからですか?」
「……あのぅ、ナツさん。僕に対してそんな敬語で話さなくていいですよ? 多分僕の方が年下でしょうし。それに、普段敬語で話され慣れてないのでちょっとむず痒いです」

 そう言うとシュンさんは少し照れくさそうに笑った。……どうしよう、凄く可愛い。
 シュンさんは薄い青色に染まった髪に可愛い顔立ちで、身長は私より頭一つ分程小さい。その見た目も相まって、危ない所を助けて貰った人に対してとても失礼だとは思うのだが、可愛いという感想が消えてくれない。
 
「えっと、じゃあお言葉に甘えて。シュンさんも敬語じゃなくていいからね? 私の命の恩人なんだし」
「僕の場合は敬語が普通なんです。このゲーム、プレイしている年齢層が高めで年上の方ばかりですし、リアルでも殆ど大人としか会わないので敬語で話すことが普通になっちゃって。それと呼び方もシュンでいいですよ?」
「う~ん、でも呼び捨てって普段からしないから逆に難しいというか……シュン君とかでも大丈夫?」
「はい、大丈夫です」

 そう言って笑うシュン君はやっぱり可愛かった。
 それにしても、ゲーム内はまだしもリアルでも殆ど大人としか会わないってどういう事なんだろう。見た目や声からして多分小学校高学年ぐらいだよね?

「えっと、スキル構成でしたね。戦い方は得意な蹴り主体でやってますが、スキル構成自体は色んなスキルを取ってますね。ナツさんと同じ短剣スキルとかも持ってます」

 シュン君のプレイスタイルは速さだった。速さを極める為に、スキルカンストボーナスが機動力上昇だったり、機動力や回避を上昇させる魔法や技能を使えるスキルを上げたりしているそうだ。
 それ以外にも装備の殆どが機動力や回避を上げる為の物であり、既に現状出来うる全ての速さに直結したビルドが完了しているらしい。

 やはり、ロコさんやギンジさんと似た雰囲気があると思った私の感は間違っていなかった。シュン君は私がこれまで会って来た、ロコさん、ギンジさん、ルビィさん、ミシャさんと同じ……ガチ勢の住人だ。
 私はトラブルと同じぐらいガチ勢も引き寄せているのだろうかと本気で考えだした時、森を抜けて街が見えて来た。

「見えてきましたね。あれが目的地『興行の街』です」
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