君死にたまへ

アンダスタン石川

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君死にたまへ

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春野はるの 悠平ゆうへい:♂(17) クラスでも存在感が薄く、想像力が豊か。

里中さとなか 千夏ちなつ:♀(17) みんなの憧れの的であり、誰にも分け隔てなく接する。

松田まつだ 秋幸あきゆき:♂(17) サッカー部所属、クラスのムードメーカー。

菅原すがわら 真冬まふゆ:♀(17) 口数が少ないが少し天然な所がある、人と喋るのが嫌いな訳では無い。

所要時間:約40分。

──────────

春野 悠平♂:
里中 千夏♀:
松田 秋幸♂:
菅原 真冬♀:

──────────

里中:ねぇ春野くん。

春野:…なんだよ、里中。

里中:私、やっぱり地獄行きかな?

春野:うーん、さぁ…?

里中:地獄でも、春野くんは私と一緒だよね。

春野:…勝手に僕を巻き込むなよ、一人で行ってくれ。

里中:なんで!?私達共犯者じゃん!

春野:……ホントに、なんでこうなったんだろう。

里中:でも、あの時助けを求めたのが春野くんでよかった。

春野N:そう言って、里中 千夏は笑う。
屈託もない笑顔で。
野球部の声がこだまする校舎裏で。

…僕はあの夏、あの時、人を殺した。

──────────

(数ヶ月前、終業式。田舎町にある高校で春野は教室の隅にある自分の机に座っている。)

里中:おはよー!明日から夏休みだねぇみんなー!

春野N:里中千夏さとなかちなつ。彼女はこの2年B組のマドンナ的存在だった。
彼女が笑えば周りも笑い、彼女が悲しめば周りも涙する。
そんなカリスマ性のある人物だった。

里中:春野くん!おはよう!

春野:えっ、あ…おはよう…?

里中:なんで疑問形なの!あははっ!

松田:うーす。

春野N:松田秋幸まつだあきゆき。彼はこのクラスのムードメーカーであり、友人じゃない人間はこの学校にはいないと噂される程に…まぁつまりは陽キャなんだけど。

里中:松野、おはよー!

松田:おー里中、朝から元気いいなお前。
んで、春野と何話してたん?

里中:挨拶しただけだよ、ね?春野くん。

春野:あぁ、うん。

里中:リアクション薄いよー…。

松田:おはよう春野、それ何読んでんの?

春野:え?ああこれ…『転生したらスライムみたいな的なチョベリバ』ってラノベ…。

松田:え、マジ!?あれアニメやってるよな?
最近見始めたんだけどおもしれーと思ってさ。

春野:え、松田アニメとかそういうの見てるんだ…意外だった。

松田:ははは、これでもサブカルは割と好きなんだぜ?

里中:むー……私だけ輪に入れてないような気がする!春野くんに話しかけたのは私なのに!

春野:里中さんはアニメとか見ないの?

里中:んー?あんまり見ないかも…なんかオススメある?

春野:えっと……。

松田:おーい、春野困ってんじゃんか里中。

里中:えー?!見るからに困ってないでしょ!?

春野:困ってない…けど…。

里中:けど……?

春野:いやいや!困ってない困ってない!

里中:ほらね!困ってないって!

松田:お前それ脅迫だぞ…。

里中:脅迫じゃないってば、もう…あ、先生来た。

春野N:平凡。その一言で僕の人生と性格は表せると思う。そんな僕に非凡と言える彼らが話しかけてくれるのは恐らく何かの間違いなのかもしれない…。

(放課後、帰り道を歩く春野。外はじわっと暑さを感じられ、蝉が少し鳴き始めている。)

春野:ん?あれは…。

菅原:ん…取れない…。

春野N:あれは確か、同じクラスの菅原真冬すがわらまふゆ
いつも目立たない印象でずっと本を読んでいた…気がする。

菅原:……どうしよう、かな。

春野:…なあ。

菅原:ん?……えっと、誰…?

春野:誰って…同じクラスの春野悠平はるのゆうへいだよ…覚えてない?

菅原:…覚えてないかも。

春野:マジかよ…。

春野:それで、どうしたの?なんか困ってそうだったけど。

菅原:さっき商店街行った時、風船貰ったの。

春野:ああ、いつもこの時間配ってるよね。

菅原:それが風のせいで飛んで木に引っかかっちゃって…。

春野:そんな漫画みたいな。

菅原:本当にこういう事ってあるものなのね。

春野:悠長だなぁ…。もう一個風船貰ってくれば?

菅原:…違う風船じゃダメなの。私が貰ったのはあの風船で、あの風船を貰った時の喜びは他の風船じゃ得られないでしょ。

春野:…言ってることが理解し難いけど、まぁこだわりがあるんだな。

松田:んぉ?春野だ。…何してんの?

里中:ほんとだー、春野くんと…菅原さん?

菅原:こんにちは。

松田:こんにちは……っていやいや、何してんだよ2人共こんな所で。

春野:ああ、なんか菅原がそこの商店街で貰った風船が木に引っかかっちゃったらしくて。

里中:菅原さん、風船好きなの?

菅原:んーん、別に好きじゃない。

松田:好きじゃねえのかよ。

春野N:こいつ何考えてるのかよく分かんないな…。

里中:松田アレ取ってあげなよ。得意でしょ木登り。

松田:は~?なんで俺が…。

春野:というか、2人こそなんでこんな所で2人で…あ、もしかして付き合ってるとか?

松田:違ぇ違ぇ。里中とは家が隣同士でさ、腐れ縁ってやつだよ。

春野:そうだったのか…道理で仲がいいわけだ。

里中:仲良くないよー!もう、ほらさっさと取ってあげて!

松田:へいへい…ったく。

(木登りを始める松田、それを眺める3人。)

春野:流石サッカー部、身軽だなぁ。

里中:昔から運動神経だけはいいの、松田は。

菅原:テストはいつも寝てるけど…。

里中:運動神経だけは、ね。

春野:頭は良くないのか…流石サッカー部。

松田:お前ら、全部聞こえてるからな…?

里中:きゃー、松田くんカッコイー。

菅原:木登りできてすごい。

春野:勉強しろよな。

松田:よし、お前ら後で一発ずつデコピンする!春野は2回やる!

春野:なんで僕だけ…。

松田:自分の胸に聞いてみろ…っと、取れたぞー。

(風船を取った松田は木から降り風船を菅原に渡す。)

菅原:…ありがとう松…えっと、松野くん。

松田:松田だ、春野と混ざっちゃってんじゃねえか。

春野:松田はツッコミが鋭いなぁ。

松田:お前はなんでボケ側に回るんだよ…。

里中:取れてよかったね菅原さん!

菅原:うん…ありがとう3人とも。

里中:いやいや!私は何もしてないよー!

松田:ほんとに何もしてない。

里中:うっさいなぁ…!

春野:ま、取れてよかったよ。それじゃ───

里中:ね!せっかくだし皆でちょっと遊んでから帰ろーよ。

松田:おー、俺はいいけど…春野とか菅原は?

菅原:…私も、大丈夫。

春野:あー……まぁ、いいけど。

里中:それじゃあ決まり!行こ行こ!プリクラとか撮っちゃおー!

松田:お前なんでそんなに元気なんだよ…。

春野:久しぶりだな人と遊ぶの。

菅原:…私も。

春野N:そして僕らは4人で初めて行動を共にした。
久しぶりに人と遊ぶ僕には少し刺激的で、胃もたれがするくらい楽しかった気がする。
それから…その日は帰ってから、ぐっすり眠れたんだ。

──────────

(春野が目を覚ますとそこは見知らぬ森の中。)

春野:なんだ、ここ。

春野:おーい、誰かいますかー?

春野:…暗いな。

(春野が森の中を進んで行くと、小さな小屋が見えた。)

春野:あそこ…人がいるかもな。
行ってみるか…。

(小屋の前に着いた春野。扉をノックしようとした所で夢から覚める。)

春野:ん…な、んだ。夢……?

松田:春野、なんか変な夢見てたのか?うなされてたぞ。

春野:…いや、覚えてないや。

春野N:初めて遊んだ日から2ヶ月くらい経ち、夏ももう終わりに差し迫っていた。僕ら4人はいつも遊ぶくらいの間柄になった。

(日曜日、松田の家で勉強を教えていた春野。)

松田:ちょっと休憩ーとか言って俺のベッドで寝始めやがって…お前が寝てる間俺は問題分かんなくて唸ってたんだぞ。

春野:悪い悪い、どこが分かんないんだっけ。

松田:ここ、この問4がどう考えても分からん!

春野:ああ、ここはこの公式使えばすぐ解ける。

松田:公式…?なんだそれ。

春野:……松田お前、授業ちゃんと聞いてるか?

松田:聞いてると思うのか?

春野:いや、聞いた僕が馬鹿だった。

松田:あ、そういや里中が今度プール行こうってさ。

春野:プールか…いいかもね。いつ頃行くって?

松田:特に決めてねーんだと。

春野:里中っぽいな…最初の印象はなんでも出来ちゃう人気者って感じだったのに。

松田:意外と抜けてるとこあるっつーか、な。

春野:はは、そうそう。

松田:あいつらは今買い物行ってんのかー…俺も勉強したくねーな。

春野:しょうがないだろ、お前勉強出来なさすぎて追試になったんだし、大人しく勉強しようぜ。

松田:くそー!!里中と菅原めー!!

春野:…自業自得だよなぁ。

──────────

(同日、ショッピングモールに来ている菅原と里中。)

里中:真冬かわいい~!それめっちゃ似合ってるよー!

菅原:そ、そう…?里中さんのも、かわいい。

里中:もう、千夏でいいってばー。全然呼んでくれないよねー。

菅原:ち、ちな…。

里中:えへへ、ちょっとずつでいいよ!あ、ねぇお腹空いたしなんかご飯食べよ!

菅原:うん。…ちゃんこ食べたい…。

里中:多分ちゃんこはここには無いと思う…。

菅原:う…我慢するね。

里中:美味しいパン屋さんあるんだよー、行こ!

(パン屋でパンを買った2人、ベンチに座り食べながら会話する。)

里中:真冬は夏終わったらなにする?

菅原:んー……ご飯とか、食べる。

里中:そうじゃなくて…。

菅原:私は…皆と初めて遊んだ時、すごく楽しくて。
もっと一緒にいたいって思った、から…皆と、ご飯食べる。

里中:ご飯食べるのは変わりないんだ…でも、嬉しい。私も春野くんとか真冬と仲良くなれてすっごく嬉しい!

菅原:……うん。

里中:あ、もうこんな時間かぁ…どうしよっか、そろそろ帰る?

菅原:うん…帰ろ。

──────────

春野:…またか。

春野N:またあの夢だ。暗く深い森、その中に1人僕は走っている。
どこまでも続く闇の中をただひたむきに走る夢。
行き着く先には小屋があって、その扉を開けようとすると目が覚める。

春野:何回も見てると流石に学習してきたぞ…とは言っても、別に夢が覚めるならそれでいい気もするよな…。

春野N:けど、こうも隠されると気になるものだ。あの扉の向こうには何があるのか、何を隠しているのか。

(春野は走り出し、数分後。息を切らしながら小屋の前に立つ。)

春野:……はぁ、はぁ………ふう…。
とは言っても、これどうやって中を見よう。

(春野がドアノブに手をかけると、夢が覚める。)

──────────

(翌週、日曜日。時計は17:30を指していた。)

春野:…クソッ、なんなんだあの夢。

春野N:恐らく明晰夢の類だとは思うけど、こう何回も見ると不気味に思えてくる。
なんだ、何があるんだ?あの小屋の中には。

(春野が思考を巡らせていると、里中から電話がかかってくる。)

春野:…もしもし、里中?

里中:…春野くん、助けて。

春野:は…?なに、どういう…?

里中:お願い、現在地送るからすぐに来て…!

春野:は?おい里中……っ!

春野N:里中との通話は切れていた。メッセージを見るとそこには里中の現在地であろう場所を記した文字がある。

春野:…クソッ!何なんだ本当に!

(春野は家を飛び出し、地図アプリを使いながら目的地へ走る。)

──────────

春野:っはぁ…!はぁ……!里中!どこだ!?

(里中の示す場所に着いた春野、しかしそこに里中の姿はない。)

春野:…とにかく、探し回るしかないか…?

春野N:胸騒ぎがする。ザワザワと胸の奥で蠢いている、予感が…とびきりに嫌な予感が。

春野:里中!!返事しろ!…クッソ……!

(がむしゃらに森を走る春野。そうして走り続け十数分経った頃、春野の目にひとつの小屋が映った。)

春野:…これは、夢に出てきた……。

(春野が扉に近付くと、中から里中の声が聞こえる。)

里中:…春野、くん?

春野:里中…そこに居るのか、良かった…すぐに開けるから────

里中:来ないで!絶対に開けないで!!

春野:え……な、なんでだよ?

里中:…ごめん、春野くん。

里中:松田と真冬にも、言ってて…しばらく会えないって。

春野:なんで…どうしてだよ!?お前が助けてって…!里中!説明してくれないと分からないぞ!

里中:私ね…………殺したんだ。

春野:…は?

里中:人を…殺したの。

春野:どういう…何言ってんだよお前…。
誰を、殺したんだよ……。

里中:…小学校の時の、担任。
昔から私をつけ回してて…その時は松田が全部保護者にバラして異動されたはずだった。
でも…昨日、夜道で会ったの。多分後をつけられてたんだと思う。いつ戻ってきてたのかは分からない。
押し倒されて、服を破かれて…怖くて、あまり覚えてないけど、近くにあった石で何度も殴った。何度も、何度も、あの人の顔が原型を留めない程潰れるまで。目が飛び出して、鼻が潰れて、脳が辺りに撒かれるまで…ずっと殴ったんだ。

春野:…ゔ、おぇ゙…っ!

春野N:話を聞いていた僕は想像してしまった、里中が成人男性を殴り殺すそのシーンを。そして、その場で嘔吐した。

春野:…おまえ……本当に、殺したのか…?

里中:うん、本当に。死体はこの小屋の中にあるよ。

春野:それで、開けるなって言ったのか…。

里中:うん、しばらくここで隠れようと思って。

春野:自首とか…考えてないのか。

里中:なんで…?

春野:なんでって…その、人を殺したんだぞ…お前。

里中:でも、死んで当然じゃん。こんなクズ。

春野:……は、え?

里中:私がこいつを殺さなきゃ、私がこいつに殺されてたかもしれない…だから、私は悪くない…悪くないでしょ…?ねぇ…。

春野:…お前…。

里中:…私は悪くない…。
でも、春野くんや松田達を巻き込みたくない。
だから…もう私の事は忘れて、帰って。

春野:忘れてって…里中、もしかしてお前。

里中:うん、どうせ私の人生もうおしまいだし…このままどこかで死ぬ。皆に迷惑かけちゃうくらいなら…春野くんを巻き込むくらいなら、死んで全部無かったことにするの。

春野:全部……。

里中:そう、全部。

春野:…ふざ、けんなよ。

春野:ふざけるなよ里中千夏!!
お前が死んで、それで「はい全部お終い」だなんてなるわけないだろ!?
全部無かったことにする…?僕らと遊んだあの日の事も!今まであった事も全部!無かったことにするのかよ!?

里中:じゃあどうすればいいって言うの!?このまま隠し通せる訳ないじゃん!ねえ教えてよ!!どうしたらいいの!?私…っ、どうしたら…また皆と、笑えるの?

春野:………僕が、何とかする。

里中:…春野くんが…?

春野:あぁ、僕が全部上手くやるから。
だから、出てきてくれ。

(春野がそう言うと、小屋の扉が開き始めた。中からは憔悴した里中が出てくる。)

里中:…ほんとに、助けてくれるの…?

春野:助けるんじゃない、無かった事にするんだ。だから…お前の記憶からも、消すんだ。

里中:うん…ごめんね、春野くん。

春野:死体、中なんだろ?僕はそれをどこか埋めて帰るから…お前は先に家に帰れよ。それから後は、もう…何も考えなくていいから。

里中:う、ぅ…!ごめん…っ、ごめんなさい…!

春野:何言ってんだよ、友達だろ…。

(里中は泣きながら立ち去る。)

春野:…これ、どうしようかな…。
とりあえず、明日学校が終わったら埋めに来よう…少し、整理したいな。

(春野は死体の放置されている小屋の扉を閉め、そのまま森を抜け家へと帰る。)

──────────

春野:また…この夢か。 

春野:この小屋の中身はもう分かった。開ける必要は無い、死体が入ってるんだ。
さっさと目を覚まして…。

(春野が呟きながらドアノブに手をかけるが夢は覚めない。)

春野:なんで…いつもなら覚めるのに。
……他に、何かあるのか?
今なら開けれる…けど………見たくないな。

春野N:結局、僕は目が覚めるまでずっと扉の前に座り込んでいた。
それは途方もなく長く感じた、死体がドア1枚隔てた向こう側にある…そんな恐怖といつまでも対面していた。

──────────

(翌日、放課後。)

松田:春野ー、今日この後菅原と一緒に里中の見舞い行くけどお前も行くだろ?
ほら、あいつ最近全然学校来てないだろ。俺が家行ってもダメだったからお前らが一緒ならあいつも会ってくれるかなって思ってさ。

春野:あ、あぁ…行きたいのは山々なんだけど、今日これから外せない用事があってさ。
申し訳ないけど2人だけで行ってきて貰えるか?

松田:…なんだ、行けねえのか。
分かった。菅原と2人で行ってくるわ、なんか伝言とかある?

春野:寂しいぞって言っといてくれ!ほんとごめん、じゃあまた明日な!

松田:おー、またな。

(教室から出る春野を見送った後、菅原が松田の元へやってくる。)

菅原:松田くん…ごめん、ちょっと遅くなっちゃった…。

松田:いや、別にそんな待ってねーよ。

菅原:…春野は、来ないの?

松田:なんか用があるんだと、まあまた今度誘えばいいし…今日は俺らだけで行こうぜ。

菅原:うん、そうする…。

(数十分後、里中の家に来た2人。)

松田:呼び鈴鳴らしても出てこねーなぁ…電話は?

菅原:んーん、やっぱり出ない…。

松田:マジかぁ…勝手に入るのは流石にマズいよなぁ。

菅原:え……入れるの?

松田:あー?まぁ、家隣だし…俺の部屋からあいつの部屋まで行けはするけど、窓開いてないと入れねーかも。

菅原:でも、心配だから。

松田:…そっか、そうだな。

松田:んじゃあちょっくら不法侵入してくるから、ちと待ってろ。

(松田は自宅へ入り、そのまま自分の部屋の窓から里中の部屋へ飛び移る。)

菅原:わー…こういう時の松田、便利でいいよね…。

松田:便利ってなんだよオイ…っしょ、と。

松田:あ?んだよ、里中の奴出かけてんじゃん。

菅原:どうー?…いたー?

松田:いや、部屋にはいねーや…あ、玄関の鍵開けるわー。

菅原:なんか、空き巣してるみたい…。

松田:ご近所に見られたら確実に通報もんだな。

菅原N:私達は里中さんの部屋に入る。けれどそこに里中さんの姿はなく、机の上に1冊のノートが置いてあるだけだった。

松田:…ん?おいなんだ、このノート。

菅原:授業で使う…とか?

松田:じゃあこんなとこに置いてないだろ…見てみるか。

菅原:うわ、デリカシーない…。

松田:んなもん知らねー知らねー…えーと。

菅原N:松田が手に取ったノートには、ただ延々と「ごめんなさい」の文字がびっしりと書かれていた。

松田:うげ…なんだこれ、あいつ病んでんのか?

菅原:……やっぱり。

(菅原は呟き、部屋から飛び出る。)

松田:あ、おい!菅原!?どこ行くんだよ!

菅原:っ…!やっぱり、見間違いじゃなかった…!

(少し遅れて里中の家を出た松田)

松田:…はぁっ、はぁっ…見間違いって、何が!?つか、菅原お前走れるんだな!

菅原:…この前、夜散歩してたら…っ!

松田:…してたら!?

菅原:……見たの、里中さんが…男の人を殴りつけてるとこ。

松田:…はぁ?どういう事だよそれ!?あいつがなんでそんなこと…!

菅原:私だってわかんない…怖くてすぐに帰っちゃったし…でも、あのノートの文字…やっぱり見間違いじゃなかった…。

松田:…とにかく、里中を探さねーとな。

菅原:…うん、早く見つけなきゃ…手遅れになっちゃう前に。

松田:あいつが嫌なことあった時に行く場所に心当たりがある。

菅原:それ…どこ?

松田:あそこに森あるだろ、あん中に小屋が建ってんだよ。ガキの頃から親に叱られる度にアイツあそこ行ってたんだ。

菅原:じゃあ、そこ行こう…!早く!

松田:…おう、ちょっと走るけど大丈夫か?

菅原:……がんばる!

松田:そーかよ、おぶってやらねぇからな。

菅原:別に、いらない…。

松田:意外と強情だよな、お前…って、こんな話してる場合じゃねえ、行くぞ!

──────────

(同時刻、森の中。)

春野:…はぁ……疲れた、人間を1人埋めるのってこんなにも労力使うもんだったんだな…。

春野:こんなド田舎なんだ、そうそう見つかることはないと思うけど…。

里中:…春野、くん。

春野:…里中。どうしたんだ?アイツなら今さっき埋め終わった所で────

里中:ごめんなさい春野くん。やっぱり私、耐えれない…。

春野:…そうか。

里中:あの日から、殺した日からずっと。私の頭の中であの時の映像がフラッシュバックするの。

春野:そりゃ、そうだろうな。自首…するのか?

里中:ううん、自首はしない。死体が見つかったら春野くんが疑われちゃうし…迷惑かけれないよ。

春野:そんな、迷惑だなんて………自首しないってことは、つまり…。

里中:うん、どこか遠い所で死のうと思う。

春野:……そう、か。

里中:…私、春野くんと友達になれて良かった。こんな私の事を一生懸命助けてくれて、本当にありがとう。

春野:いや、僕の方こそ。お前の事、本当は羨ましいって思ってたんだ。皆から好かれてて、僕なんかが友達だなんで恥ずかしいくらいだ。

里中:ふふ…ありがとう。
…どうして、こうなっちゃったんだろう。

春野:さぁ…どうしてだろう。

里中:…ねぇ春野くん、もう気付いてる?

春野:ん?何が?

里中:…ううん、なんでもない。

春野:なんだよ、引っかかる物言いだなあ。

里中:ごめんね…今日来たのはね、明日にはもういこうと思うから最後に春野くんの顔が見たくて来たんだ。

春野:あの皆の注目の的である里中千夏に言われるなら、誇らしい気分になるな。

里中:もう…私はそんなにいい人間じゃないよ。春野くんが神格化してるだけだよ?

春野:神格化、いいじゃないか。僕はお前の共犯者なんだし、それくらいして当然じゃないか?

里中:うーん…確かに言われてみればそうかも。

春野:否定しないのかよ……。

里中:ふふ。

(沈黙が流れる。長い沈黙の後、里中が言葉を発する。)

里中:…じゃあ、いくね。

春野:あぁ、またどこかで。

(里中が去ろうとした瞬間、春野達の目の前に松田と菅原が現れる。)

松田:…いた、里中…と…。

菅原:…春野…。

春野:お前ら…なんでここが。

里中:…松田、知ってたんだ。ここ。

松田:お前がガキの頃からよく来てたろ。バレてねぇとでも思ってたのかよ。

菅原:…里中さん、ノート。見たよ。

里中:…そっか、見ちゃったんだ。

春野:ノート?ノートってなんだ?

菅原:里中さんの部屋に…勝手に入ったの。

松田:そしたら机の上にノートがあってよ、ごめんなさいってビッシリ書いてあった。

春野:…里中。

里中:ごめんね、皆…。私、色んな事隠してばかりで。

菅原:…何があったの?…ねぇ、教えて。

春野:里中…言うのか?

里中:うん…そうだね、言わなきゃだめだよね…。

(里中は、これまでの経緯を2人に話す。)


松田:…マジかよ、殺しちまったって…。

菅原:その人は…どうしたの?

春野:それは……僕が、埋めた。

菅原:…そんな。

松田:てめぇ…!

(松田は激昂し、春野に掴みかかる。)

松田:春野お前…ッ!自分がなにやったか分かってんのか!?

春野:お前に言われなくても分かってる!僕のやってる事が間違ってるってのも…でも、仕方ないだろ…!僕は友達の為にやってるんだ!

松田:何が仕方ないんだよ!お前は何も分かっちゃいねぇよ…友達の為だって誤魔化しても、お前の罪が消える訳じゃねえだろ!友達を言い訳に自分の罪から逃げてんじゃねぇぞ春野悠平!!

里中:もうやめてよ!!

里中:…もう、いいから。
私が全部、悪いの。

菅原:……ねぇ、里中さん…今からでも遅くないよ、自首…しよう?

春野:今更自首して何になるんだよ…!里中は殺人犯としてこれから生涯に渡って生き地獄を味わう事になるんだぞ!

松田:生き地獄を味わうべき罪は犯してんだろうが!いつまでも正義面してんじゃねえよお前!

春野:そうかよ!結局お前の友達の認識はその程度でしかないんだな!

松田:んだと…!?

菅原:もう…やだよ…。なんで2人が喧嘩するの…?

里中:…………。

松田:…春野、お前…まだ気付いてねーのかよ。

春野:は?なんだよ…松田、何か言いたいことでもあるのか?言えよ。ハッキリ言ってみろよ!

里中:もういいよ、春野くん。

春野:もういいって、でもこいつら!

里中:もういいの。

春野:…………。

菅原:…ねえ、千夏。

里中:…なに?真冬。

菅原:もう…隠せないんじゃない、かな。

春野:…お前ら、隠すとか…気付いてないだとか、何言ってんだよ…?

松田:春野…お前、何が見えてんだ。

春野:は?だから…言ってる事が…。

菅原:ずっと、気付かないように…隠してたのに。何で、こうなっちゃうのかな…。

里中:お願い、2人ともやめて…。

春野:なんなんだよ、お前ら!そうだ、僕を寄ってたかって悪者扱いしたいんだろ!?なぁ!

里中:春野くんも、もういいから…ね?

春野:うるさい!!

里中:キャッ!

(近付いてきた里中を振り払う春野。)

春野:…なんなんだよ、何が言いたい?なんの事言ってるんだ?

松田:全部説明してやるよ春野……お前なんだよ。

里中:あ、ああ……。

春野:…僕が、どうしたんだよ。

松田:…お前が、殺したんだ。

里中:…うう…!

(里中は頬を抑えながら涙を流す。)

春野:…は?どういう事だ。僕は殺してなんか…皆って、なんだよ…。

菅原:春野。

春野:…菅原、なんだよ。なんなんだよ!!?

菅原:春野、扉を開けて。

松田:開ければ全部分かる。

(そう言うと、松田と菅原は小屋の扉を指さす。)

里中:駄目!!開けちゃ駄目ッ!!!

春野:開ければ、全部…。

松田:そう、開ければ。

菅原:全部分かるの。

里中:お願い春野くん、開けないで…!開けちゃダメだよ!

春野:……開ければ……。

(小屋に近付く春野。ドアノブに手をかける。)

里中:ダメだよ春野くん!!開けたら何もかも終わっちゃう!!ねえ、春野くん!!!

春野:…ごめん、里中。





(春野は、扉を開ける。)




里中:あーあ。





春野N:僕が扉を開けると、そこにはベッドで横たわる僕がいた。
周りには看護師と警察が見える。
そして、僕は全てを理解した…と言うより、全てを"思い出した"んだ。

──数ヶ月前、僕は人を殺した。
名前は松田 秋幸。
高校生っぽい風貌で、コンビニ帰りだったみたい。だから襲った、後ろからバットで殴ったんだったか。
そしてその日から、松田秋幸は僕の中で友達になったんだ。
そしてその数日後、僕はまた人を殺した。
名前は菅原 真冬。
家の近所にあった女子校の制服を着てて、つい殺したんだ。包丁で何回も刺したと思う。
そしてその日から、菅原真冬は僕の友達になった。
3回目の殺人は、1週間前。
名前は里中千夏。
僕は何故殺した?

……ああ、そうだ。

僕がちょっと体を触ったからって、あの男が保護者にバラしやがって、お陰で転勤までさせられて…だから、こっちに戻ってきた時たまたま里中を見かけて…そうだ、少しでも苦しめてから殺そうと思ったんだ。
なのにあの女は抵抗してきて僕を石で殴った、何回も。それで頭にきて殺してしまったんだっけか。
彼女の目が飛び出るまで。鼻が潰れるまで。脳髄が彼女の殻から出てくるまで。

…そして最後の殺人は、今。
僕は…僕を殺した。
僕の中の僕を殺した。

……でもこれで僕は、皆と友達になれた。

それから僕は捕まって、心神喪失で精神病棟に入れられた。
ずっと隠してたんだ。記憶に蓋をして。
存在しない記憶を楽しんで、僕の頭の中では殺人犯の僕はいない、目立たない高校生である春野悠平と…みんな仲良く過ごしてた。

里中:…はあ、思い出しちゃった。賭けは私の負けかぁ。

松田:菅原と俺の勝ちだな~。ま、俺らがどうこいつの中で動こうが、どうせコイツもいつかは思い出してただろうけどな。

菅原:でもなんかちょっと…可哀想かも。

里中:そうね…彼の中では私はどんな人間だったのかは分からないけど、自分さえも殺しちゃうとはね…確かに同情しちゃうけど、でも私達を殺したのよ?こいつ。

松田:そうだそうだ、自分も殺しちまうだなんて、哀れだよなぁ。
にしても、後ろからいきなり襲いやがってよ。

菅原:…そうだね。
でも…警察が来てるってことは、春野はもう終わりだよね。

里中:そうだねー、3人も…春野を含めて4人も殺したんだし…地獄行きかな?

松田:地獄行き!いいな、いい気味だな。
春野、苦しんで死ねよ。

菅原:…じゃあね、春野。……死んで。


(ベッドから起き上がる春野。すぐ側では警察がなにか騒ぎ立てている。)


春野:…全部、僕が見ていた夢だったのか。
…はは。なんだよ、やっぱりお前ら。


僕を悪者扱いしたいんじゃないか。




End.
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