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しあわせ
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羽柴 宗一郎:♂(24) 大学で演劇サークルに入り、演技に熱中する青年。心臓に持病を患っている。
橘 瑠璃:♀(25) 羽柴がよく通う病院に入院している女性。演技のことは全く分からない。
加藤 実里:♀(25) 羽柴と橘の通う病院の看護師。2人とは仲が良く、演劇が好き。
峰橋 夏鈴:♀(23) 劇団『菊の花』に所属している女性。舞台の役を少しづつ貰えてきている。
広瀬 忠臣:♂(年齢不詳) 羽柴の目の前に突然現れた掴み所の無い男。自らを『しばいにん』と名乗る。
─────────────────
羽柴 宗一郎♂:
橘 瑠璃♀:
加藤 実里♀:
峰橋 夏鈴♀:
広瀬 忠臣♂:
所要時間:約50分
──────────────────
羽柴N:俺はいつも最低だった。
何をしても平均以下で、人並みになんて出来ることは何も無かった。
いつも空っぽで、虚しさの中ですきま風が聴こえた。
だから、自分以外の何者かに成れる演技が好きだった。
演技をしたら、俺は何者にでも成れた。
それでも…しあわせには、なれなかった。
これは、そんな物語。
──────────
(10月。少し肌寒くなってきた季節。
夕頃の病室には橘と羽柴しか居らず、ベッドに座る橘の横で羽柴は台本を読む。)
羽柴:『ずっと黙ってたんだけど俺…お前の事が…!』
……うーん、なんか違うな。
橘:うふふ、相変わらず勉強熱心なのね。
羽柴:笑わないでくれよ橘さん…俺だって真面目にやってるんだからさ。
橘:真面目にやってるのは分かってるわよ、でも私演劇とかあまり観ないから…何が違うのかよく分からなくて。
羽柴:自分が納得いくかどうかなんだよ、こういうのは。
んー、どうしたらいいんだろ…。
橘:ふーん、私にはよく分からないわ。羽柴さんの演技はなんでも好きだもの、私。
羽柴:そう言ってくれるのは、嬉しいけど…。
橘:けど?
羽柴:結局は俺が納得いってない演技したら客にそれが伝わる。
観客からしたらそれは不快なものでしかないでしょ。
橘:ふーん、そっかぁ。やっぱり、私にはよく分からないわ…。その人がその人なりの演技をしていればそれでいいと思うの。
羽柴:確かにそうだけど…。
橘:私は羽柴さんの演技好きだけど…でもそれじゃあお客さんは満足出来ないものね。
羽柴:そういうこと。
ん、もうこんな時間か…じゃあ俺、大学戻るよ。またね橘さん。
橘:うん、また聞かせてね。
──────────
(大学、演劇サークルにて。)
羽柴:…どーも。
峰橋:あ、羽柴さんだ!
(演劇サークルの部室の扉を開けると、そこには峰橋が座っている。)
羽柴:やっほ、峰橋さん…って、あれ?峰橋さんだけ?
峰橋:んーん、さっきまで皆いたんだけどもう帰っちゃったよー。
羽柴:そっか。
峰橋:羽柴さん今日遅かったけどどこか行ってたの?
羽柴:あぁ、ちょっと病院にね。
峰橋:病院?どこか具合悪いの?大丈夫?飴いる?
羽柴:あー、ちょっと……まぁ、頭が痛くてさ。
峰橋:そっかー…お大事にね、今日はもう帰る?
羽柴:そうだね。2人だけじゃ何も出来ないしね。
峰橋:分かった!あ、羽柴さん今日菊の花行くの?
羽柴:後で行こうと思ってたけど…峰橋さんも行くなら一緒に行く?
峰橋:うん、行く行く!よーし、ちょっと準備してくるから待ってて!
(峰橋はそう言うとどこかへ走り去る。)
羽柴:…ふぅ。
(羽柴がため息をつきながら椅子に座ると、羽柴の携帯電話が鳴る。)
羽柴:ん…加藤さんか。
羽柴:…もしもし?羽柴ですが。
加藤:『あ!もしもし!加藤です!』
羽柴:…ええ、分かってますけど…。
加藤:『あ!ごめんなさい、えっと…今日お薬取りに来られましたよね?』
羽柴:はい、行きましたけど…。
加藤:『来週から先生が少し出張に行くらしいので、次来る時は事前に予約を入れておいて欲しいとの事でした!』
羽柴:はぁ、わかりました。あ、じゃあ来週の日曜日…今と同じくらい…16時頃に行きますので。
加藤:『分かりました~。それじゃあ来週の日曜日に予約入れておきますね。』
羽柴:はい、それじゃあ失礼します。
(羽柴は電話を切る。すると峰橋がちょうど戻ってくる。)
峰橋:お待たせ羽柴さーん。同じゼミの子に話しかけられちゃって…。
羽柴:いや、大丈夫。じゃあ行こうか。
峰橋:羽柴さん菊の花来るの久しぶりなんじゃない?最近あんまり来てなかったでしょ?
羽柴:確かに、佐々木さんに前怒られちゃってから気まずくてさ…。
峰橋:なるほどね~。佐々木さんよく怒るもんねぇ。
羽柴:そうなんだよ…でもあの人、実績も凄いし演技に関してはピカイチだからさ。
峰橋:あはは、文句言えないよね!
羽柴:峰橋さんも役貰えてきてるんでしょ?凄いよ本当。
峰橋:んー、役って言ってもほんとにチョイ役とかだし…やっぱり演るからには主役でしょ!
羽柴:それはそうだけどね…チョイ役でも貰えてるだけ凄いんだよ、俺なんてまだまだだ。
峰橋:羽柴さんだって色んな所からオファー来てるのに断ってるんでしょー?なんで?
羽柴:あー、ちょっとまだ自分の納得いく演技が見つからなくてさ。こんな中途半端なまま舞台出ても…って思って。
峰橋:へぇ…熱心だね。真面目というか頭でっかちというか…もうちょっと気楽にやってもいいんじゃない?
羽柴:そう…かなぁ。
峰橋:そうだよ。
(夕焼けが染みる空を背景に、2人は歩む。)
──────────
(同時刻病室、橘は夕焼けを眺めながら物思いに耽ける。
橘:…羽柴さん、次会えるのは来週かぁ。
楽しみ…ふふ。
加藤:橘さーん。
橘:あら、今日は何するのかしら?
加藤:今日は血液検査ですよー。
橘:うぇ…私注射嫌いなのよね…。
加藤:でも橘さんの容態を見るにあたって血液検査は必須ですからね~。
橘:うう…我慢するわ…。
加藤:それじゃあパパッとやっちゃいますね!
……そういえば、羽柴さんと今日何の話してたんです?
橘:んー?そうね、よく分からない話だったわ。
加藤:よく分からない?楽しそうにお喋りしてたのにですかぁ?
橘:……というか、今私達しかいないんだから敬語やめてよ実里。
加藤:あはは、ごめんごめん仕事のくせでつい。
…それで?羽柴さんとはどうなの。あ、袖捲るよー。
橘:どうって…別になんともないってば。
加藤:えー?瑠璃は羽柴さんの事好きなんだと思ってた。
橘:別に……好きとかじゃないわよ、ただよくお喋りするだけの人ってだけで。
加藤:でも最初は瑠璃の方から話しかけたんでしょ?
橘:う…まぁ、そうだけど。
加藤:なんで知り合ったんだっけ?
橘:それは………。
──────────
(2ヶ月前。橘は病室から子供達を眺めていた。)
橘:はぁ…いつになったら私もああいう風に走り回れるようになるんだろ。
橘:……どうせ、一生無理なんだろうなぁ。
(橘がそう呟くと、病室の扉がガラガラと開く音がした。)
羽柴:あれ?ここじゃなかったっけ…。
橘:…どちら様ですか?
羽柴:あ、すみません!知り合いの部屋と間違えてしまって…。
橘:そうでしたか。
羽柴:はい……えっと、それじゃあ…。
橘:あ、待って。
羽柴:…はい、なんでしょう?
橘:あの……。
羽柴:……えっと、なにか…?
橘:お知り合いは、どうして入院してらっしゃるんですか?
羽柴:あぁ…車に撥ねられちゃったみたいで…あはは。
橘:そ、そうだったんですか。それはお気の毒に…。
羽柴:でも、そいつの過失なんですよ。
橘:あら、どうしてですか?撥ねられたんでしょう?
羽柴:いや、イヤホン付けたまま赤信号を渡ったみたいで…。
橘:うふふ、それは災難でしたね。
羽柴:ほんと、全くもってそうです。自業自得なんですけどね。
橘:それで…ご友人の方は大丈夫なんですか?
羽柴:あー、軽い骨折で済んだみたいで…電話したんですけど元気そうでしたよ……って、すみませんいきなり入ってきて知らない奴の話して。
橘:いえ、私ずっとここにいるので退屈で…。
羽柴:ずっと…?
橘:えぇ、10年ほど前に難病に罹ってしまって、それからずっとここに。
羽柴:そうだったんですか…難病、というのは…?
橘:アミロイドーシスニューロパチーという病気です。アミロイドという物体が肝臓で作られ、全身に巡る難病ってお医者様には言われました。
羽柴:聞いた事ない…治らないんですか?
橘:えぇ、症状はアミロイドが巡る場所によって様々で、私は運の悪いことに心臓に…。余命10年と宣告されたんです。
羽柴:10年って……10年前に発症したんでしょう?それじゃ…。
橘:えぇ、余命通りにいけば…年越しは出来なさそうですね。
羽柴:どうして、そんな冷静でいられるんですか?俺は今年死ぬと分かったら…。
橘:病気のせいで、涙も出ないし汗もかかないんです。足も…見ての通り、日に日に動きにくくなってくるんです。どこにも行けず、ここでずっと1人死を待つだけなのに…泣きたいのに、それすらさせて貰えないんです。
羽柴:…じゃあ、俺が泣かせてみせます。
橘:…え?
羽柴:俺、演劇をやってまして。自分の演技で人に感情を与えるのが夢なんです。
なので、俺の演技であなたを泣かせてみせます。
橘:ふふ…実験台みたいですね。
羽柴:そう、実験台になってもらおうかなって…泣けないあなたを泣かせられたら、俺の演技は完成する気がする。
橘:おかしな人…やってみてください。あなたが私を泣かせられたら、何でも言う事1つ聞いてあげます。
羽柴:えっ…。
橘:こう見えても、私お金持ってますよ?
羽柴:いやいや…お金は大丈夫です、けど。
橘:じゃあ身体…ですか?
羽柴:いや!そっちはもっと大丈夫です!
橘:…私の身体、そんなに魅力的じゃないです…?
羽柴:そんな素敵セリフで僕の良心を責めないでください…。
橘:うふふ、冗談です。なんでもいいですよ、だから…泣かせてみてください。
羽柴:ええ、俺…毎週ここに来ます。俺の演技で泣かせてやりますから。
橘:病人を泣かせたいだなんて、変な人とお友達になっちゃったわ…。
羽柴:それを言うなら俺もですよ…あ、友達からすげー電話来てる…じゃあ、また来週!
(そう言うと羽柴は病室を後にする)
橘:あ…名前もまだ聞いてないのに。
それにしても、ふふ…これからは退屈しなさそうね…。
──────────
橘:…みたいな、感じ。
加藤:えー!!超青春じゃん…25にもなってそんな少女漫画みたいな出会いとかロマンチックだねー。
橘:もう!茶化さないでよ…別にそんなんじゃないんだってば。
加藤:そっかぁ…でも、羽柴さんと話してる時の瑠璃凄く楽しそうだから…本当に良かった。
橘:えっ、そ、そんなに…?私って分かりやすいのかな…。
加藤:んー、どうだろ。私が看護師になってから瑠璃と知り合って…もう5年くらい?
橘:そうね、あなた最初全然ダメで…ふふ、怒られてばっかりだったわね。
加藤:うわー!忘れて!あの頃は緊張してたの!
橘:うふふ…はぁ、でもそうね。長い間一緒にいる実里なら…最期まで任せられるわ。
加藤:最期とか言わないでよ。瑠璃はまだ生きてる、でしょ?
橘:うん…ごめん、最近寒くなってきて…ちょっと弱気になっちゃったみたい。
加藤:……そっか。よし、採血終わったし…検査してくるから待っててね。
橘:ええ。
(加藤は後片付けをし、病室を後にする。心做しか背中は少し悲しそうだった。)
橘:…申し訳ないことしちゃったわね。
はぁ、もう10月が終わるのね…なんで、こんなに怖いのに……涙の一つも出ないのかしら…。
──────────
(翌週、羽柴は病院に向かっていた。)
羽柴:大学の講義長引いちゃったな…。
えっと、いま…14時か。
ちょっと早いし…どこかで時間潰そう。
(喫茶店に寄りコーヒーを飲む羽柴、すると隣の席に男が座る。)
広瀬:申し訳ない、ここ…大丈夫かな?
羽柴:え?あぁ…大丈夫ですよ、どうぞ。
広瀬:いやぁありがとう、好きな席が空いてなくてね。
羽柴:そうだったんですか…それはお気の毒に…。
広瀬:君は…見た所大学生かな?学校はもう終わったのかい?
羽柴:あぁ、今日はちょっと寄るところがあって…ただ少し早い時間に着きそうだったのでここに立ち寄ったんです。
広瀬:そうだったんだねぇ…あ、申し訳ない名乗り遅れたね。
僕は広瀬。広瀬 忠臣という。君は?
羽柴:あ、俺は羽柴 宗一郎です。
広瀬さんは、何故ここに?
広瀬:ああ、本当は今日仕事があったんだが…相手側の都合でキャンセルになってしまってね。
…だからまぁ、君と同じく時間潰しだよ。
羽柴:あはは、そうだったんですね。
お仕事は何を…って、すみません質問ばかりしてしまって。
広瀬:いや、いいよ。いきなり話しかけたのは僕だからね、気まずい気持ちは分かるさ。
それに…急に現れた怪しい匂いプンプンの僕の事を知ろうと思ってくれるのは、素直に嬉しい。
羽柴:う…バレちゃいましたね。
広瀬:はは、なんだ当たりかい。
…僕の仕事は心理カウンセラーだよ。悩んでる人の手助けをしている、というと分かりやすいかな。
羽柴:心理カウンセラー…ですか。凄いですね…。
広瀬:人が好きでね。
子供の頃から人の心が知りたくって、人が常にどう思って生きているのか…そして、どう思い死んでいくのかを知るのが堪らなく好きなんだ。
(嬉々として話す広瀬に、羽柴は少し寒気を感じ、誤魔化すように水を飲む。)
羽柴:そ、うですか…。
広瀬:そう、それに伴って人を見る事も好きでね…人間観察というか。
羽柴くんだったかな。君、どこか体の調子が悪いのかい?
羽柴:え、なんで…?
広瀬:んー?さっき水を飲む時、口に少し溜めてから飲んだね。
粉薬かなにかをよく飲んでいる人がよくする飲み方だ。
それと、寄るところがあると言っていたが恐らく病院だろう?
さっき見たスマホカバーの膨らみから察するに、保険証をスマホカバーの後ろに入れているね。
羽柴:はは…実は俺、心臓が生まれつき弱くて…。それで、毎週処方していただいてるんです。
それにしても…広瀬さん、凄いですね。
どうして少し見ただけでそこまで分かるんですか?
広瀬:ふふ、正直に言うと5割くらいは勘だよ。適当に言って当たればラッキー、当たらなければ残念、その程度でしか考えてないよ僕は。
羽柴:いや、それでも凄いですよ。
俺も、そういう特技みたいなのがあれば良かったんですけど…。
広瀬:おや、なにか悩んでるんだね?話してみなさい、ここで会ったのも何かの縁だ。
羽柴:いいんですか…?悩みという程の悩みでは無いんですが…その、僕役者を目指してまして。
広瀬:ほう!役者!いいねぇ、実は僕も少し『しばいにん』をしていたんだ。芝居人は好きだよ。
羽柴:えぇ…けど、俺の納得いく演技というものが見つからなくて…。
広瀬:ふむ…なるほど。
自分の演技に不満を感じているのかな?
羽柴:いえ、不満というか……俺、何やっても平均以下しか出せないんですよ。
広瀬:平均以下、ねぇ…それはどういう?
羽柴:運動も勉強も、中途半端で…これといって誇れるものが何も無くて。
だから自分以外になれる演技が好きなんですけど、その演技でも中途半端で…。
広瀬:ふーん、いいと思うけどね中途半端!
羽柴:そんな投げやりな…。
広瀬:いやいや、中途半端というのはいいものだよ。君は自分を平均以下だと言って卑下しているけれど、平均以下という事は伸び代があるということだ。
全てが完璧な人間がいたとして、その人はこれから成長も挫折も失敗も知らず、ただ一生そのままなんだ。
羽柴:あ……。
広瀬:中途半端な人間は、失敗して学び、次に成功して成長していくものなんだ。
君が悩んでいることはとても普通の事だよ。
羽柴:確かに、そうかもしれません…。
広瀬:まぁ、自分の納得いくものを死ぬまでに見つければいいと思うよ。
人間、死ななければなんだってできるんだからね。
羽柴:なんか、広瀬さんと話してると自分の弱い所だけじゃなく…全てを見透かされてるかのような気持ちになりますね。
広瀬:はは!僕にとってはそれは褒め言葉だ。
おっと、もう1時間も話してしまったね…それじゃあ僕はこの辺りで失礼するよ。またね、羽柴くん。
羽柴:はい、またどこかで。
(広瀬はそのまま席を立ち、羽柴の方を流し目で見てから店を出た。)
羽柴:…難しく考えすぎてたのかもな…。
よし!もういいぐらいの時間だし、そろそろ行くかな。
──────────
(病院、薬を受け取り橘の病室へと向かう。)
羽柴:先生出張って言ってたな…受付も加藤さんじゃなくて違う人だったから、少し長引いちゃった…。
羽柴:よいしょ、と。…橘さ─────
橘:なんでなのよ!!
(羽柴が扉を開けようとした時、橘の怒鳴り声のようなものが聞こえた。)
橘:なんで私ばっかりこんな思いしなくちゃいけないの!?私が何をしたって言うのよ!
加藤:落ち着いてよ瑠璃!
橘:落ち着ける訳ないじゃない!少しづつ死が迫ってくるの!一日一日が過ぎる度に!砂時計から砂が落ちていくみたいに…!!怖くないわけないじゃない…毎日、死にたくないって思いながら眠るの…明日死ぬかもしれない、明後日死ぬかもって毎晩考えるの…!
加藤:死なない、瑠璃は死なないから…!
橘:言葉だけの慰めならいらないわよ…ねえ、私はどうやったら生きれるの?どうやったら…死なずに済むの…。
加藤:それは…わからない…けど。
橘:…私も、諦めるべきなのかもしれないわ。
けど、怖いものは怖いの…どんなに大丈夫って言い聞かせても、すごく怖いの…。
羽柴:…橘さん。
加藤:羽柴…さん。いつから。
羽柴:今さっき、です……ねぇ橘さん。
橘:何?羽柴さん…。
羽柴:少し…散歩にでも行こうよ。
加藤さん、いいですか?
加藤:…えぇ、構いません。用意しますね。
(数分後、車椅子を持ってきた加藤。)
加藤:はい、瑠璃。
橘:…羽柴さん、どうして。
羽柴:まぁまぁ。とりあえず外の空気を吸いに、ね?
橘:…そう、ね。そうするわ。
橘:それじゃあ、行ってくるわね。ごめんね実里。
加藤:気にしないでいーよ!…行ってらっしゃい。暗くなる前に戻ってきてね。
(羽柴に押され外に出る橘。秋も終わりにさしかかり、外のイチョウや紅葉が少しづつ枯れ始めていた。)
羽柴:どうして、あんなに叫んでたの?
橘:恥ずかしいとこ見られちゃった…。
実はね、来月末に手術があるの。
けど…先生が言うには成功率は高く見積っても20%…最前は尽くすけど、最後は結局奇跡を信じて祈るしかないって。
しっかり現実を突きつけてくださったわ。
羽柴:手術…そうなんだ。失敗したら…どうなるの。
橘:死ぬだけよ。
羽柴:死ぬだけって…死ぬの、怖いんでしょ?
橘:えぇ、とっても怖い。死にたくなんてないわ…私だって、本当はもっと生きていたい。
けど…冷静に考えてみると仕方のない事なのかもしれないわね。
羽柴:仕方ない事じゃ無いでしょ…橘さんは何もしてないじゃないか。
橘:えぇ、何もしてないわ。でも…これが現実なのよね。
何もしてなくても、人はいつか死ぬ。
羽柴:…それは、そうだけど…でも、俺はあなたに死んで欲しくないよ。
橘:ふふ、なにそれ!私だって死にたくないわよ。
でもね…受け入れる事にしたの。
羽柴さんが来てくれて、こうやって私と出掛けてくれて嬉しかった。
勇気を貰えたわ。
羽柴:何言ってるんだよ…俺はまだあなたに何も与えてない。まだ…あなたを泣かせてないよ。
勝ち逃げするつもりかよ。
橘:勝ち逃げ、そうね。
私が勝ったら、何でも1つ言うこと聞いてくれる?
羽柴:…いいですよ、でも。
俺が勝ったら願い事、聞いてもらいますからね。
橘:ふふ、勝ってね…羽柴さん。
羽柴:タイムリミットは来月末まで…かぁ。
頑張らないと。
橘:応援してるわよ。
羽柴:絶対に、勝ちますから。
(2人はそのまま、枯れゆく木々の中を歩いていった。)
──────────
(翌日、夕暮れ時。劇団菊の花に羽柴は顔を出す)
峰橋:あ、羽柴さんだ!
羽柴:峰橋さんこんにちは。佐々木さんいるかな?
峰橋:佐々木さんなら今裏で煙草吸ってるよー。
羽柴:そっか……なぁ峰橋さん、俺の演技に足りないものってなんだと思う。
峰橋:足りないもの…?どうして?
羽柴:感動させたい人が、いるんだ。
峰橋:え!?それって…好きな人!?
羽柴:違う!違うから!そんなんじゃないから!
峰橋:あは!照れちゃって~、このこの!
羽柴:もういいから…!それで、何が足りないと思う…?
峰橋:んー、そうだなぁ…なんというか、羽柴さんの演技には我が無いというか…もっと羽柴さんらしさを出してもいいと思うな、羽柴さんには羽柴さんでしか出せない良さが絶対にある。
だからそこをもっと出していいと思うよ?
羽柴:我が無い…か。
確かに、俺じゃない何かに成りたくて演技してた…でも、なりふり構ってられないよな。
そっか、ありがとう峰橋さん。
峰橋:ううん!大丈夫だよ!羽柴さんなら絶対に出来るから、応援してるよ!
羽柴:頼りになる後輩だね、ホント。
じゃあ、俺ちょっと行かないといけない所あるから!また!
峰橋:はーい!行ってらっしゃい!
(菊の花を後にする羽柴を見送った後、峰橋は1人呟き、どこかへ電話をかける。)
峰橋:…好きな人の為にあんなに必死になれるなんて、凄いなぁ。
……あ、もしもし?竹田くん。久しぶり!
あのさ、いきなりなんだけど…劇団に興味ない?
──────────
(劇団を出て自宅へ向かう道中、羽柴は広瀬に会う。)
広瀬:おや、羽柴くん!やっと見つけたよ~。
羽柴:広瀬さん…昨日ぶりですね!
どうしてここに?
広瀬:ん?言ったじゃないか。僕は、君を探してたんだ。
羽柴:俺を…?どうして。
広瀬:実はね、悩める君に…少し話があってさ。
羽柴:なら、どこか入りましょうか。
広瀬:ああ、そうしようか。
(近くにあった定食屋に入る2人。)
羽柴:それで…話っていうのは?
広瀬:ん、羽柴くん……君さ。
広瀬:死なせたくない人、いるかい?
羽柴:死なせたくない…人ですか。
広瀬:あぁ、どうしても死なせたくない人…例えば。
最近知り合った難病の女の子、とか。
羽柴:……なんで、知ってるんですか。
広瀬:え?…やだな、何も知らないよ僕は。
それともなんだい?本当にいるのかいそんな女の子が。
羽柴:…いえ、なんでもありません。
それで?死なせたくない人がいたからなんですか。
広瀬:そうだったね、死なせたくない人がもし君にいるなら…僕なら、その人を助けてあげることが出来る。
羽柴:広瀬さん…あなた一体、何者なんですか。
広瀬:はは、昨日も言っただろう?
僕はしばいにんだって。
羽柴:なんですかそれ…意味が分からない。
それに、助けるって…どうやって。
広瀬:うん、話を続けるよ。
簡単に言うと君には、僕に死を売ってもらいたいんだ。
もちろんお返しはあるよ、1億払おう。
羽柴:死を…?というか、1億って…。
広瀬:あぁそうだ、僕に死を売ってもらいたい。
僕は人の死を集めていてね、それを人に売る商売をしてるんだ。だから君の死を売ってもらいたい。
羽柴:…そんな話、信じられるわけ…!
広瀬:そうだよねぇ、信じられないよね。
なので証拠を見せてあげよう。
今僕にはね…死が無いんだ。
羽柴:死が無い…それは、どういう…?
広瀬:まぁ見てなよ。
(そう言うと広瀬は定食屋から小走りで出る。
そして、そのまま道路へと走る。するとそこに信号無視をしたトラックが広瀬目掛け突っ込んだ)
羽柴:なっ…!?何してるんだアンタ!!
広瀬:いてて…ほら、羽柴くん。
(トラックに撥ねられたはずの広瀬の体には、出血どころか傷1つ付いておらず、無傷そのものだった。)
広瀬:トラックの運転手には悪いことしたね。
あとでどうにかしておくよ…さて。
見たかい?羽柴くん。
羽柴:な…んで、確かに轢かれて…!
広瀬:これが、死が無いという状態だ。
僕にはもう死が無い、だから何があったとしても死にはしない…痛みはもちろんあるんだけどね。
羽柴:そんな…そんな事があるはず…!
広瀬:現実から目を背けるな羽柴くん。
君、助けたい娘がいるんだろう。
僕は人を見れば分かるからね、嘘は通じないさ。
羽柴:…俺、は…。
広瀬:君の死を買いたい。
どうだい?悪い話じゃないと思うんだ。
羽柴:…条件が、あります。
広瀬:ほう?商売人相手に交渉かい、いい度胸だね。
羽柴:1億は要らない、ただ…俺にも、死を売り買いできる力をくれ。
広瀬:…そんな事を言われたのは、初めてだ。
ふ、はは…!君は面白いね羽柴くん。
羽柴:俺の死はあんたに売ってやる。
ただ…俺にその力をくれ。
広瀬:ふふ、最高だね羽柴くん。
出血大サービスだ。僕のこの死を売り買いする力は、この世で僕以外誰にも使えない。
だから…1度だけ、君が人の死を売り買い出来るようにしてあげよう…君なら面白い使い方をしてくれそうだ。
ただ、この能力にはルールがある。
1つは自らの不死を証明すること…そして2つ、死を売り買いするには互いの合意が無いと成立しない…気を付けてね。
羽柴:…分かりました。
力はどうやって継ぐんでしょうか?
広瀬:ああ、もう渡した。
それと、君の死ももう貰ったよ。君は今日から死ねないから、死にたい時は自分でどうにかしてね。
例えば今しがた僕がやったように…他の人から死を買う、とかね。
羽柴:えぇ、俺は俺のやりたい事にしかこの力は使いませんから…1度だけしか、必要ありません。死ぬつもりも、ありません。
広瀬:君が死にたくならない事を祈っておくよ。
それじゃあまたね、羽柴くん。
(そう言って、広瀬は羽柴の元を離れる。)
羽柴:…まだ信じ切れた訳じゃないけど、この力があれば…きっと。
───────────────
(11月末に差し迫った頃、橘の病室に羽柴は訪れる。)
羽柴:…橘さん。
橘:羽柴さん、久しぶりね。
最近全然来てくれなかったからどうしたのかと…。
羽柴:橘さん、何も言わず俺の話を聞いて欲しい。
橘:へ…?えぇ、分かったわ…。
羽柴:橘さん、まだ…死にたくない、かな。
橘:…当たり前じゃない、死ななくていいなら…誰だって死にたくないわよ。
羽柴:不死になれると俺が言ったら…笑うかな。
橘:…ぷっ、あははは!笑うに決まってるじゃない!
ふふふ…ねぇ羽柴さん。不死なんてものはこの世には無いのよ?
羽柴:……俺が、今不死身だと言っても?
橘:…どうしたの?羽柴さんらしくない冗談…。
羽柴:冗談じゃない、見てて。
(羽柴はそう言うとポケットから小型のナイフを取り出し、自らの首に当てる。)
橘:なっ!羽柴さ…!!
(橘の声を無視し、羽柴はナイフを引く。
が、その首には傷一つ付かず、赤くみみず腫れのようなものが出来るだけ。)
羽柴:ほら…ね。
橘:な…んで、まさか本当に…?
羽柴:すごく迷ったんだ、橘さんに言うべきかどうか…使うべきかどうかを。
橘:そんな…信じられないわ。
あ、分かった…そのナイフ、本当は切れないんでしょ?
羽柴:このナイフはちゃんと本物だよ。
ほら。
(そう言って羽柴はナイフで近くにあった雑誌を切る。)
橘:え…それじゃあ、本当に…?
羽柴:あぁ。それでね、橘さん。
羽柴:俺に、君の死を売って貰いたいんだ。
橘:死を…?私の?
羽柴:うん、君の死を売って欲しい。
今俺はとある事情で死が無いんだ、だから…君の死を、俺に売ってくれないかな?
橘:羽柴さんに死を売ったら…私は、死ななくなるの…?
羽柴:あぁ、そうだ。
橘:……もしかして、私の病気の為に…?
羽柴:え…?
橘:羽柴さんの死が無くなったのも、他の人に売ったからじゃないの…?もしかして、私の為に…死を売って、私から死を買って…生きさせようと…。
羽柴:違うよ。違う。
俺は……しばいにんなんだ。
(羽柴の頭に広瀬の言葉が過ぎる。)
──────────
広瀬:死を売り買いするには、互いの合意が得られないと成立しない。
──────────
羽柴:…俺はずっと死が無くて、死にたかったんだ。
だから君はちょうど良かった。
死にたくないんだろう?だから俺に死を売ってくれ。
君は死の恐怖から開放されるし、俺は死を手に入れられる。
悪い話じゃないだろ?
橘:……確かに私は死にたくない。
でも、貴方が死ぬくらいなら…私は死を売りたくはない。
羽柴:な、なんで…!
橘:…それにね、羽柴さん。
私は確かに死ぬのが怖いけど、死なない方が怖いの。
ずっと死ねずにただ1人で生きる…そんなの、私には耐えられないから。
羽柴:そんな…!でも、死ぬんだぞ!?
橘:うん…死にたくない。
死にたくないけど…でも、私は死ぬ事で私の人生は完成すると思うの。
それに、私意外と負けず嫌いなのよ?
羽柴:…あんた、本当に馬鹿だな…。
はぁ、分かった。
結局こうなると思ったんだ。橘さんは強情だからさ、俺がどれだけ言っても…無駄だと思ってた。
橘:ふふ、それにまだ泣かされてないからね!
羽柴:橘さん。
橘:なに?羽柴さん。
羽柴:…好きだ。
橘:え、と…?
羽柴:聞こえなかったかな。
橘:いや…聞こえた、けど。
羽柴:…そっか。
橘:好き…って……私の事?
羽柴:うん、橘さん以外いないでしょ。
橘:きゅ、急過ぎて…ちょっと、待って…。
羽柴:俺はあんたの事が好きなんだ、3ヶ月前、あんたに出会ってから…毎週顔を合わせて話す度、どんどん惹かれていった。
話し方も、笑い方も、強い所も。
本当は怖いくせに…我慢して笑う弱い所も。
全部好きなんだ。
だから、死んで欲しくないんだよ。
橘:えっと…ほ、本当…?
羽柴:本当じゃなかったらこんな事言わないよ。
橘:だって、羽柴さんは芝居人なんでしょう…?
羽柴:はは、俺の何を見てたんです?
俺は演技、苦手なんですよ。
橘:…で、でも!
(橘が言いかけたと同時に、羽柴は橘を抱きしめる。)
羽柴:これで、伝わるかな。
橘:…すごく、心臓がうるさいわ…。
羽柴:すみませんね、不慣れで。
橘:ううん、羽柴くんのじゃなくて。
私の心臓が、うるさいの。
羽柴:…え、あぁ。
橘:…私もね、羽柴さんと話す度に…この人ともっと一緒に居たい、もっと話してたいって思ったの。
あなたの話す声も、表情も、全部…好きよ。
私も羽柴さんが好き。
羽柴:…本当に?
橘:…本当に。
羽柴:…はは、夢じゃないよな。
橘:ねぇ、羽柴さん。
羽柴:…何?橘さん。
橘:私、今人生で1番幸せよ。
羽柴:そんなの…俺だって同じだ。
やっと、俺が俺で居て良かったって…そう思った。
橘:ねえ、本当に私の事好き?
羽柴:あぁ、好きだ。
橘:長くは一緒にいられないけど…。
羽柴:だからなんだ、死ぬまでそばにいる。
橘:私…わた、っ…。
(口を開こうとする橘の目から、ポロポロと涙が零れる。)
橘:わっ、なに、これ…。
羽柴:…涙。
俺の勝ち、だね。
橘:ふふ、負けちゃった…。
(2人はそのままひとしきり泣き、笑った。)
羽柴:…ねぇ橘さん、死をどうこうって話。
橘:うん。まだ諦めてないのかしら?
羽柴:いや、もういいんだ。
あれ、実は嘘なんだよ。
橘:やっぱり嘘だったのね?羽柴さんの嘘つきー。
羽柴:はは、俺は嘘つきだからね。
芝居人は皆嘘をつくんだよ。
橘:じゃあ、私を好きだって言うのも嘘?
羽柴:いやそれは…本当だけど…!
橘:ふふ、わかってるわよ。耳まで真っ赤になっちゃって…。
羽柴:うるさいなぁ……手術、いつになったの?
橘:…明日だそうよ。
羽柴:そっか。祈ってる、奇跡を君の為だけに祈っておく。
橘:うん、なんだか成功する気がしてきたわ。
羽柴:あはは!その意気だよ。
絶対に成功する、成功して…一緒に色んな所に出かけよう。
橘:当たり前でしょ!こんな所で死んでられないわよ。
(2人が話していると、加藤が入ってくる。)
加藤:羽柴さん、そろそろ消灯時間なので~。
羽柴:ああ、すみません。もう帰りますので。
橘:……羽柴、さん。
(橘は、去ろうとする羽柴の袖をキュッと掴む。)
羽柴:どうしたの?橘さ…。
(羽柴が振り返ると、橘は少し背を伸ばし羽柴にキスをする。)
橘:…また、ね。
羽柴:…うん、また。絶対に。
待ってるからね、橘さん。
──────────
(翌日、羽柴は両手を握り祈りながら橘の病室で待っていた。)
羽柴:夕方には終わるって言ってたけど…頼む…頼む…。
加藤:羽柴さんっ!!
羽柴:っ、加藤さん!橘さんは!?手術は…っ!?
加藤:はぁ…はぁ…。
手術…成功だそうですよ。
羽柴:本当ですか…?本当に、成功ですか!!
加藤:えぇ、手術後は急には退院できないけど、あと1週間もすれば退院出来るかもしれないって!
羽柴:本当に…良かった、成功したんだ…!
祈ってて、良かった…!!
加藤:えへへ、それじゃあ私は戻りますので…羽柴さんも、また来週お薬を取りに来てください!
羽柴:あ、もう…薬はいらないんです。
心臓、だいぶ楽になったので…。
加藤:え、あぁ…そうですか?
それなら来週もう一度検査を受けて、それから判断しましょう!
羽柴:はい、お願いします。それじゃあ…。
─────────────────
(翌週、橘と羽柴は2人で公園を歩いていた。)
橘:んー!久しぶりの外は空気が美味しいわね~!
羽柴:あはは、そりゃそうだ。
流石に車椅子は外せなかったね。
橘:ええ、でもいいの。
2人で歩くのはまた今度!リハビリ頑張るんだから!
羽柴:うん、これからは2人で…なんだって出来るんだ。
俺も、もう心臓に気を遣う必要も無いし…どこにだって行こう。
橘:ふふ、あ!私外に出たらあそこの喫茶店に行きたいと思ってたの!行きましょ?
羽柴:いいよ、行こうか。
羽柴N:それから、俺と橘さんは色んな所に行った。
あの時喫茶店で飲んだコーヒーは、人生で1番美味しかった。
橘さんが立てるようになってからは、一緒に北海道に行ったりもした。
そうして、ずっと幸せに過ごした。
──────────────────
警察(加藤役):…ですか!?…大丈夫ですか!?
羽柴:……え。
羽柴N:誰かに声をかけられて、気が付いた。
そこにいたはずの彼女はどこにも居なくて。
俺の前にはひしゃげたガードレールと、それに突っ込んでいる自動車…壊れた車椅子、それと……。
羽柴:ぁ…あぁあぁぁあぁあ!!!
羽柴:なんで…!な、んで!!
(羽柴は絶望し、膝から崩れ落ちる。)
広瀬:ありゃりゃ、こりゃまた派手にいったね。
羽柴:広…瀬。
羽柴:…あんた、何でここに。
広瀬:やぁ羽柴くん!ちょっと君に言い忘れていた事があってね。
それを伝えに来たんだけど…。
羽柴:今、それどころじゃないんだ!!早く…救急車をッ!!
広瀬:あの様子じゃ即死だろうけどねぇ…。
まぁいいや、流しながら聞いてよ。
実はね…死が無くなった人間には、事故や死が集まるんだ。
羽柴:…………は?
広瀬:簡単な事さ、死が無い人間の元には死が集う。
ほら、僕が君に見せた時。
いいタイミングでトラックが信号無視してくれただろ?
あれは僕に死が無かったから。
羽柴:は…?それ、って。つまり。
広瀬:あはは、だからまぁ。
…彼女が死んだのは、君に死が無かったからって言えばいいのかな?
羽柴:…俺の、せい?
俺が、あんたに売ったから…?
広瀬:いやいや、僕を巻き込まないでよ。
君が軽はずみで僕に死を売ったからだろ?
君の、彼女を救おうとするその正義感が…彼女を殺したんだ。
ふ、ふふはは…やっぱり君は最高に面白かった!!やっぱり…最高のしばいにんだね、君は。
羽柴:俺が…殺した?俺が……?
広瀬:そう、君のせい。君が彼女の幸せを奪ったんだ…君が彼女の死を買っていれば、彼女は死ななかった。
まぁ…そうなったら君が死んでただけか。
どっちに転んでも君か彼女が死ぬ運命だったんだよ。
…全部、僕が思い描いてた通りの物語だった。
ありがとう!羽柴くん。君こそが僕の求めてた最高に最低な役者だったんだ。
羽柴:ぅ、あぁ……!ああ…!
幸せが……!俺の、しあわせが…!!
(羽柴は呼吸が荒くなり、胸を抑え込み蹲る。)
広瀬:ふふふ、死にたいよね。
いい事を教えてあげよう羽柴くん、幸せってのはね!死合わせなんだよ…幸せの傍にはいつだって、死があるんだ。
ねぇ羽柴くん…死なないでくれよ?
僕は君から最高の死を買ったから、もういいんだ。
僕の力を君に全部渡す…だから見せてくれ。
君の作り上げる死合わせの物語と、そこに点在する幸せを。
僕はこれからただの観客だ、そして君は……しばいにんなんだろう?
演じて演じて、演じ切ってから幕を下ろさなきゃ。
……そしたら、彼女に会わせてあげられるよ。
期待してる。じゃあね羽柴くん。
(その場から離れる広瀬、羽柴は朧気になりつつ広瀬の言葉を繰り返す。)
羽柴:しばい、にん……俺が…しあわせを…ははは…あっはははは!!!
──────────
羽柴N:…そこで、俺の意識は途切れてる。
…橘さんの葬式に、僕は出なかった。
加藤さんから電話がかかってきたのを覚えてる。
すごく泣かれて、すごく怒られて…すごく、心配された記憶。
でも、どれだけ探しても彼女は居ない。もう、この世界のどこにも。
…広瀬の行方は分からない、まぁ…分かったところでどうにもならないんだけれど。
ただ、僕をずっと見ている事だけは分かる、僕の作る幸せを…死合わせを、見ている。
どうやったら彼女に…橘さんに、会えるんだろう。
…あぁ、そうだ。
僕は彼女にいつか会う為に、死を手に入れる為に…死合わせを沢山作る為に……今はまだ、広瀬の言う通りに動いてやる。
やれるはずさ…だって僕はしばいにんなんだから。
──────────
竹田(広瀬役):はぁ…どうしよう…俺、何したいんだろう。
??(羽柴役):…おや、どうしたんだい?そこのお兄さん、今にも死にそうな顔だねぇ。
竹田(広瀬役):え…誰、ですか?
??(羽柴役):あぁ!初めましてだお兄さん。
僕は─────
志波という、ただそれだけの男だよ。
end.
橘 瑠璃:♀(25) 羽柴がよく通う病院に入院している女性。演技のことは全く分からない。
加藤 実里:♀(25) 羽柴と橘の通う病院の看護師。2人とは仲が良く、演劇が好き。
峰橋 夏鈴:♀(23) 劇団『菊の花』に所属している女性。舞台の役を少しづつ貰えてきている。
広瀬 忠臣:♂(年齢不詳) 羽柴の目の前に突然現れた掴み所の無い男。自らを『しばいにん』と名乗る。
─────────────────
羽柴 宗一郎♂:
橘 瑠璃♀:
加藤 実里♀:
峰橋 夏鈴♀:
広瀬 忠臣♂:
所要時間:約50分
──────────────────
羽柴N:俺はいつも最低だった。
何をしても平均以下で、人並みになんて出来ることは何も無かった。
いつも空っぽで、虚しさの中ですきま風が聴こえた。
だから、自分以外の何者かに成れる演技が好きだった。
演技をしたら、俺は何者にでも成れた。
それでも…しあわせには、なれなかった。
これは、そんな物語。
──────────
(10月。少し肌寒くなってきた季節。
夕頃の病室には橘と羽柴しか居らず、ベッドに座る橘の横で羽柴は台本を読む。)
羽柴:『ずっと黙ってたんだけど俺…お前の事が…!』
……うーん、なんか違うな。
橘:うふふ、相変わらず勉強熱心なのね。
羽柴:笑わないでくれよ橘さん…俺だって真面目にやってるんだからさ。
橘:真面目にやってるのは分かってるわよ、でも私演劇とかあまり観ないから…何が違うのかよく分からなくて。
羽柴:自分が納得いくかどうかなんだよ、こういうのは。
んー、どうしたらいいんだろ…。
橘:ふーん、私にはよく分からないわ。羽柴さんの演技はなんでも好きだもの、私。
羽柴:そう言ってくれるのは、嬉しいけど…。
橘:けど?
羽柴:結局は俺が納得いってない演技したら客にそれが伝わる。
観客からしたらそれは不快なものでしかないでしょ。
橘:ふーん、そっかぁ。やっぱり、私にはよく分からないわ…。その人がその人なりの演技をしていればそれでいいと思うの。
羽柴:確かにそうだけど…。
橘:私は羽柴さんの演技好きだけど…でもそれじゃあお客さんは満足出来ないものね。
羽柴:そういうこと。
ん、もうこんな時間か…じゃあ俺、大学戻るよ。またね橘さん。
橘:うん、また聞かせてね。
──────────
(大学、演劇サークルにて。)
羽柴:…どーも。
峰橋:あ、羽柴さんだ!
(演劇サークルの部室の扉を開けると、そこには峰橋が座っている。)
羽柴:やっほ、峰橋さん…って、あれ?峰橋さんだけ?
峰橋:んーん、さっきまで皆いたんだけどもう帰っちゃったよー。
羽柴:そっか。
峰橋:羽柴さん今日遅かったけどどこか行ってたの?
羽柴:あぁ、ちょっと病院にね。
峰橋:病院?どこか具合悪いの?大丈夫?飴いる?
羽柴:あー、ちょっと……まぁ、頭が痛くてさ。
峰橋:そっかー…お大事にね、今日はもう帰る?
羽柴:そうだね。2人だけじゃ何も出来ないしね。
峰橋:分かった!あ、羽柴さん今日菊の花行くの?
羽柴:後で行こうと思ってたけど…峰橋さんも行くなら一緒に行く?
峰橋:うん、行く行く!よーし、ちょっと準備してくるから待ってて!
(峰橋はそう言うとどこかへ走り去る。)
羽柴:…ふぅ。
(羽柴がため息をつきながら椅子に座ると、羽柴の携帯電話が鳴る。)
羽柴:ん…加藤さんか。
羽柴:…もしもし?羽柴ですが。
加藤:『あ!もしもし!加藤です!』
羽柴:…ええ、分かってますけど…。
加藤:『あ!ごめんなさい、えっと…今日お薬取りに来られましたよね?』
羽柴:はい、行きましたけど…。
加藤:『来週から先生が少し出張に行くらしいので、次来る時は事前に予約を入れておいて欲しいとの事でした!』
羽柴:はぁ、わかりました。あ、じゃあ来週の日曜日…今と同じくらい…16時頃に行きますので。
加藤:『分かりました~。それじゃあ来週の日曜日に予約入れておきますね。』
羽柴:はい、それじゃあ失礼します。
(羽柴は電話を切る。すると峰橋がちょうど戻ってくる。)
峰橋:お待たせ羽柴さーん。同じゼミの子に話しかけられちゃって…。
羽柴:いや、大丈夫。じゃあ行こうか。
峰橋:羽柴さん菊の花来るの久しぶりなんじゃない?最近あんまり来てなかったでしょ?
羽柴:確かに、佐々木さんに前怒られちゃってから気まずくてさ…。
峰橋:なるほどね~。佐々木さんよく怒るもんねぇ。
羽柴:そうなんだよ…でもあの人、実績も凄いし演技に関してはピカイチだからさ。
峰橋:あはは、文句言えないよね!
羽柴:峰橋さんも役貰えてきてるんでしょ?凄いよ本当。
峰橋:んー、役って言ってもほんとにチョイ役とかだし…やっぱり演るからには主役でしょ!
羽柴:それはそうだけどね…チョイ役でも貰えてるだけ凄いんだよ、俺なんてまだまだだ。
峰橋:羽柴さんだって色んな所からオファー来てるのに断ってるんでしょー?なんで?
羽柴:あー、ちょっとまだ自分の納得いく演技が見つからなくてさ。こんな中途半端なまま舞台出ても…って思って。
峰橋:へぇ…熱心だね。真面目というか頭でっかちというか…もうちょっと気楽にやってもいいんじゃない?
羽柴:そう…かなぁ。
峰橋:そうだよ。
(夕焼けが染みる空を背景に、2人は歩む。)
──────────
(同時刻病室、橘は夕焼けを眺めながら物思いに耽ける。
橘:…羽柴さん、次会えるのは来週かぁ。
楽しみ…ふふ。
加藤:橘さーん。
橘:あら、今日は何するのかしら?
加藤:今日は血液検査ですよー。
橘:うぇ…私注射嫌いなのよね…。
加藤:でも橘さんの容態を見るにあたって血液検査は必須ですからね~。
橘:うう…我慢するわ…。
加藤:それじゃあパパッとやっちゃいますね!
……そういえば、羽柴さんと今日何の話してたんです?
橘:んー?そうね、よく分からない話だったわ。
加藤:よく分からない?楽しそうにお喋りしてたのにですかぁ?
橘:……というか、今私達しかいないんだから敬語やめてよ実里。
加藤:あはは、ごめんごめん仕事のくせでつい。
…それで?羽柴さんとはどうなの。あ、袖捲るよー。
橘:どうって…別になんともないってば。
加藤:えー?瑠璃は羽柴さんの事好きなんだと思ってた。
橘:別に……好きとかじゃないわよ、ただよくお喋りするだけの人ってだけで。
加藤:でも最初は瑠璃の方から話しかけたんでしょ?
橘:う…まぁ、そうだけど。
加藤:なんで知り合ったんだっけ?
橘:それは………。
──────────
(2ヶ月前。橘は病室から子供達を眺めていた。)
橘:はぁ…いつになったら私もああいう風に走り回れるようになるんだろ。
橘:……どうせ、一生無理なんだろうなぁ。
(橘がそう呟くと、病室の扉がガラガラと開く音がした。)
羽柴:あれ?ここじゃなかったっけ…。
橘:…どちら様ですか?
羽柴:あ、すみません!知り合いの部屋と間違えてしまって…。
橘:そうでしたか。
羽柴:はい……えっと、それじゃあ…。
橘:あ、待って。
羽柴:…はい、なんでしょう?
橘:あの……。
羽柴:……えっと、なにか…?
橘:お知り合いは、どうして入院してらっしゃるんですか?
羽柴:あぁ…車に撥ねられちゃったみたいで…あはは。
橘:そ、そうだったんですか。それはお気の毒に…。
羽柴:でも、そいつの過失なんですよ。
橘:あら、どうしてですか?撥ねられたんでしょう?
羽柴:いや、イヤホン付けたまま赤信号を渡ったみたいで…。
橘:うふふ、それは災難でしたね。
羽柴:ほんと、全くもってそうです。自業自得なんですけどね。
橘:それで…ご友人の方は大丈夫なんですか?
羽柴:あー、軽い骨折で済んだみたいで…電話したんですけど元気そうでしたよ……って、すみませんいきなり入ってきて知らない奴の話して。
橘:いえ、私ずっとここにいるので退屈で…。
羽柴:ずっと…?
橘:えぇ、10年ほど前に難病に罹ってしまって、それからずっとここに。
羽柴:そうだったんですか…難病、というのは…?
橘:アミロイドーシスニューロパチーという病気です。アミロイドという物体が肝臓で作られ、全身に巡る難病ってお医者様には言われました。
羽柴:聞いた事ない…治らないんですか?
橘:えぇ、症状はアミロイドが巡る場所によって様々で、私は運の悪いことに心臓に…。余命10年と宣告されたんです。
羽柴:10年って……10年前に発症したんでしょう?それじゃ…。
橘:えぇ、余命通りにいけば…年越しは出来なさそうですね。
羽柴:どうして、そんな冷静でいられるんですか?俺は今年死ぬと分かったら…。
橘:病気のせいで、涙も出ないし汗もかかないんです。足も…見ての通り、日に日に動きにくくなってくるんです。どこにも行けず、ここでずっと1人死を待つだけなのに…泣きたいのに、それすらさせて貰えないんです。
羽柴:…じゃあ、俺が泣かせてみせます。
橘:…え?
羽柴:俺、演劇をやってまして。自分の演技で人に感情を与えるのが夢なんです。
なので、俺の演技であなたを泣かせてみせます。
橘:ふふ…実験台みたいですね。
羽柴:そう、実験台になってもらおうかなって…泣けないあなたを泣かせられたら、俺の演技は完成する気がする。
橘:おかしな人…やってみてください。あなたが私を泣かせられたら、何でも言う事1つ聞いてあげます。
羽柴:えっ…。
橘:こう見えても、私お金持ってますよ?
羽柴:いやいや…お金は大丈夫です、けど。
橘:じゃあ身体…ですか?
羽柴:いや!そっちはもっと大丈夫です!
橘:…私の身体、そんなに魅力的じゃないです…?
羽柴:そんな素敵セリフで僕の良心を責めないでください…。
橘:うふふ、冗談です。なんでもいいですよ、だから…泣かせてみてください。
羽柴:ええ、俺…毎週ここに来ます。俺の演技で泣かせてやりますから。
橘:病人を泣かせたいだなんて、変な人とお友達になっちゃったわ…。
羽柴:それを言うなら俺もですよ…あ、友達からすげー電話来てる…じゃあ、また来週!
(そう言うと羽柴は病室を後にする)
橘:あ…名前もまだ聞いてないのに。
それにしても、ふふ…これからは退屈しなさそうね…。
──────────
橘:…みたいな、感じ。
加藤:えー!!超青春じゃん…25にもなってそんな少女漫画みたいな出会いとかロマンチックだねー。
橘:もう!茶化さないでよ…別にそんなんじゃないんだってば。
加藤:そっかぁ…でも、羽柴さんと話してる時の瑠璃凄く楽しそうだから…本当に良かった。
橘:えっ、そ、そんなに…?私って分かりやすいのかな…。
加藤:んー、どうだろ。私が看護師になってから瑠璃と知り合って…もう5年くらい?
橘:そうね、あなた最初全然ダメで…ふふ、怒られてばっかりだったわね。
加藤:うわー!忘れて!あの頃は緊張してたの!
橘:うふふ…はぁ、でもそうね。長い間一緒にいる実里なら…最期まで任せられるわ。
加藤:最期とか言わないでよ。瑠璃はまだ生きてる、でしょ?
橘:うん…ごめん、最近寒くなってきて…ちょっと弱気になっちゃったみたい。
加藤:……そっか。よし、採血終わったし…検査してくるから待っててね。
橘:ええ。
(加藤は後片付けをし、病室を後にする。心做しか背中は少し悲しそうだった。)
橘:…申し訳ないことしちゃったわね。
はぁ、もう10月が終わるのね…なんで、こんなに怖いのに……涙の一つも出ないのかしら…。
──────────
(翌週、羽柴は病院に向かっていた。)
羽柴:大学の講義長引いちゃったな…。
えっと、いま…14時か。
ちょっと早いし…どこかで時間潰そう。
(喫茶店に寄りコーヒーを飲む羽柴、すると隣の席に男が座る。)
広瀬:申し訳ない、ここ…大丈夫かな?
羽柴:え?あぁ…大丈夫ですよ、どうぞ。
広瀬:いやぁありがとう、好きな席が空いてなくてね。
羽柴:そうだったんですか…それはお気の毒に…。
広瀬:君は…見た所大学生かな?学校はもう終わったのかい?
羽柴:あぁ、今日はちょっと寄るところがあって…ただ少し早い時間に着きそうだったのでここに立ち寄ったんです。
広瀬:そうだったんだねぇ…あ、申し訳ない名乗り遅れたね。
僕は広瀬。広瀬 忠臣という。君は?
羽柴:あ、俺は羽柴 宗一郎です。
広瀬さんは、何故ここに?
広瀬:ああ、本当は今日仕事があったんだが…相手側の都合でキャンセルになってしまってね。
…だからまぁ、君と同じく時間潰しだよ。
羽柴:あはは、そうだったんですね。
お仕事は何を…って、すみません質問ばかりしてしまって。
広瀬:いや、いいよ。いきなり話しかけたのは僕だからね、気まずい気持ちは分かるさ。
それに…急に現れた怪しい匂いプンプンの僕の事を知ろうと思ってくれるのは、素直に嬉しい。
羽柴:う…バレちゃいましたね。
広瀬:はは、なんだ当たりかい。
…僕の仕事は心理カウンセラーだよ。悩んでる人の手助けをしている、というと分かりやすいかな。
羽柴:心理カウンセラー…ですか。凄いですね…。
広瀬:人が好きでね。
子供の頃から人の心が知りたくって、人が常にどう思って生きているのか…そして、どう思い死んでいくのかを知るのが堪らなく好きなんだ。
(嬉々として話す広瀬に、羽柴は少し寒気を感じ、誤魔化すように水を飲む。)
羽柴:そ、うですか…。
広瀬:そう、それに伴って人を見る事も好きでね…人間観察というか。
羽柴くんだったかな。君、どこか体の調子が悪いのかい?
羽柴:え、なんで…?
広瀬:んー?さっき水を飲む時、口に少し溜めてから飲んだね。
粉薬かなにかをよく飲んでいる人がよくする飲み方だ。
それと、寄るところがあると言っていたが恐らく病院だろう?
さっき見たスマホカバーの膨らみから察するに、保険証をスマホカバーの後ろに入れているね。
羽柴:はは…実は俺、心臓が生まれつき弱くて…。それで、毎週処方していただいてるんです。
それにしても…広瀬さん、凄いですね。
どうして少し見ただけでそこまで分かるんですか?
広瀬:ふふ、正直に言うと5割くらいは勘だよ。適当に言って当たればラッキー、当たらなければ残念、その程度でしか考えてないよ僕は。
羽柴:いや、それでも凄いですよ。
俺も、そういう特技みたいなのがあれば良かったんですけど…。
広瀬:おや、なにか悩んでるんだね?話してみなさい、ここで会ったのも何かの縁だ。
羽柴:いいんですか…?悩みという程の悩みでは無いんですが…その、僕役者を目指してまして。
広瀬:ほう!役者!いいねぇ、実は僕も少し『しばいにん』をしていたんだ。芝居人は好きだよ。
羽柴:えぇ…けど、俺の納得いく演技というものが見つからなくて…。
広瀬:ふむ…なるほど。
自分の演技に不満を感じているのかな?
羽柴:いえ、不満というか……俺、何やっても平均以下しか出せないんですよ。
広瀬:平均以下、ねぇ…それはどういう?
羽柴:運動も勉強も、中途半端で…これといって誇れるものが何も無くて。
だから自分以外になれる演技が好きなんですけど、その演技でも中途半端で…。
広瀬:ふーん、いいと思うけどね中途半端!
羽柴:そんな投げやりな…。
広瀬:いやいや、中途半端というのはいいものだよ。君は自分を平均以下だと言って卑下しているけれど、平均以下という事は伸び代があるということだ。
全てが完璧な人間がいたとして、その人はこれから成長も挫折も失敗も知らず、ただ一生そのままなんだ。
羽柴:あ……。
広瀬:中途半端な人間は、失敗して学び、次に成功して成長していくものなんだ。
君が悩んでいることはとても普通の事だよ。
羽柴:確かに、そうかもしれません…。
広瀬:まぁ、自分の納得いくものを死ぬまでに見つければいいと思うよ。
人間、死ななければなんだってできるんだからね。
羽柴:なんか、広瀬さんと話してると自分の弱い所だけじゃなく…全てを見透かされてるかのような気持ちになりますね。
広瀬:はは!僕にとってはそれは褒め言葉だ。
おっと、もう1時間も話してしまったね…それじゃあ僕はこの辺りで失礼するよ。またね、羽柴くん。
羽柴:はい、またどこかで。
(広瀬はそのまま席を立ち、羽柴の方を流し目で見てから店を出た。)
羽柴:…難しく考えすぎてたのかもな…。
よし!もういいぐらいの時間だし、そろそろ行くかな。
──────────
(病院、薬を受け取り橘の病室へと向かう。)
羽柴:先生出張って言ってたな…受付も加藤さんじゃなくて違う人だったから、少し長引いちゃった…。
羽柴:よいしょ、と。…橘さ─────
橘:なんでなのよ!!
(羽柴が扉を開けようとした時、橘の怒鳴り声のようなものが聞こえた。)
橘:なんで私ばっかりこんな思いしなくちゃいけないの!?私が何をしたって言うのよ!
加藤:落ち着いてよ瑠璃!
橘:落ち着ける訳ないじゃない!少しづつ死が迫ってくるの!一日一日が過ぎる度に!砂時計から砂が落ちていくみたいに…!!怖くないわけないじゃない…毎日、死にたくないって思いながら眠るの…明日死ぬかもしれない、明後日死ぬかもって毎晩考えるの…!
加藤:死なない、瑠璃は死なないから…!
橘:言葉だけの慰めならいらないわよ…ねえ、私はどうやったら生きれるの?どうやったら…死なずに済むの…。
加藤:それは…わからない…けど。
橘:…私も、諦めるべきなのかもしれないわ。
けど、怖いものは怖いの…どんなに大丈夫って言い聞かせても、すごく怖いの…。
羽柴:…橘さん。
加藤:羽柴…さん。いつから。
羽柴:今さっき、です……ねぇ橘さん。
橘:何?羽柴さん…。
羽柴:少し…散歩にでも行こうよ。
加藤さん、いいですか?
加藤:…えぇ、構いません。用意しますね。
(数分後、車椅子を持ってきた加藤。)
加藤:はい、瑠璃。
橘:…羽柴さん、どうして。
羽柴:まぁまぁ。とりあえず外の空気を吸いに、ね?
橘:…そう、ね。そうするわ。
橘:それじゃあ、行ってくるわね。ごめんね実里。
加藤:気にしないでいーよ!…行ってらっしゃい。暗くなる前に戻ってきてね。
(羽柴に押され外に出る橘。秋も終わりにさしかかり、外のイチョウや紅葉が少しづつ枯れ始めていた。)
羽柴:どうして、あんなに叫んでたの?
橘:恥ずかしいとこ見られちゃった…。
実はね、来月末に手術があるの。
けど…先生が言うには成功率は高く見積っても20%…最前は尽くすけど、最後は結局奇跡を信じて祈るしかないって。
しっかり現実を突きつけてくださったわ。
羽柴:手術…そうなんだ。失敗したら…どうなるの。
橘:死ぬだけよ。
羽柴:死ぬだけって…死ぬの、怖いんでしょ?
橘:えぇ、とっても怖い。死にたくなんてないわ…私だって、本当はもっと生きていたい。
けど…冷静に考えてみると仕方のない事なのかもしれないわね。
羽柴:仕方ない事じゃ無いでしょ…橘さんは何もしてないじゃないか。
橘:えぇ、何もしてないわ。でも…これが現実なのよね。
何もしてなくても、人はいつか死ぬ。
羽柴:…それは、そうだけど…でも、俺はあなたに死んで欲しくないよ。
橘:ふふ、なにそれ!私だって死にたくないわよ。
でもね…受け入れる事にしたの。
羽柴さんが来てくれて、こうやって私と出掛けてくれて嬉しかった。
勇気を貰えたわ。
羽柴:何言ってるんだよ…俺はまだあなたに何も与えてない。まだ…あなたを泣かせてないよ。
勝ち逃げするつもりかよ。
橘:勝ち逃げ、そうね。
私が勝ったら、何でも1つ言うこと聞いてくれる?
羽柴:…いいですよ、でも。
俺が勝ったら願い事、聞いてもらいますからね。
橘:ふふ、勝ってね…羽柴さん。
羽柴:タイムリミットは来月末まで…かぁ。
頑張らないと。
橘:応援してるわよ。
羽柴:絶対に、勝ちますから。
(2人はそのまま、枯れゆく木々の中を歩いていった。)
──────────
(翌日、夕暮れ時。劇団菊の花に羽柴は顔を出す)
峰橋:あ、羽柴さんだ!
羽柴:峰橋さんこんにちは。佐々木さんいるかな?
峰橋:佐々木さんなら今裏で煙草吸ってるよー。
羽柴:そっか……なぁ峰橋さん、俺の演技に足りないものってなんだと思う。
峰橋:足りないもの…?どうして?
羽柴:感動させたい人が、いるんだ。
峰橋:え!?それって…好きな人!?
羽柴:違う!違うから!そんなんじゃないから!
峰橋:あは!照れちゃって~、このこの!
羽柴:もういいから…!それで、何が足りないと思う…?
峰橋:んー、そうだなぁ…なんというか、羽柴さんの演技には我が無いというか…もっと羽柴さんらしさを出してもいいと思うな、羽柴さんには羽柴さんでしか出せない良さが絶対にある。
だからそこをもっと出していいと思うよ?
羽柴:我が無い…か。
確かに、俺じゃない何かに成りたくて演技してた…でも、なりふり構ってられないよな。
そっか、ありがとう峰橋さん。
峰橋:ううん!大丈夫だよ!羽柴さんなら絶対に出来るから、応援してるよ!
羽柴:頼りになる後輩だね、ホント。
じゃあ、俺ちょっと行かないといけない所あるから!また!
峰橋:はーい!行ってらっしゃい!
(菊の花を後にする羽柴を見送った後、峰橋は1人呟き、どこかへ電話をかける。)
峰橋:…好きな人の為にあんなに必死になれるなんて、凄いなぁ。
……あ、もしもし?竹田くん。久しぶり!
あのさ、いきなりなんだけど…劇団に興味ない?
──────────
(劇団を出て自宅へ向かう道中、羽柴は広瀬に会う。)
広瀬:おや、羽柴くん!やっと見つけたよ~。
羽柴:広瀬さん…昨日ぶりですね!
どうしてここに?
広瀬:ん?言ったじゃないか。僕は、君を探してたんだ。
羽柴:俺を…?どうして。
広瀬:実はね、悩める君に…少し話があってさ。
羽柴:なら、どこか入りましょうか。
広瀬:ああ、そうしようか。
(近くにあった定食屋に入る2人。)
羽柴:それで…話っていうのは?
広瀬:ん、羽柴くん……君さ。
広瀬:死なせたくない人、いるかい?
羽柴:死なせたくない…人ですか。
広瀬:あぁ、どうしても死なせたくない人…例えば。
最近知り合った難病の女の子、とか。
羽柴:……なんで、知ってるんですか。
広瀬:え?…やだな、何も知らないよ僕は。
それともなんだい?本当にいるのかいそんな女の子が。
羽柴:…いえ、なんでもありません。
それで?死なせたくない人がいたからなんですか。
広瀬:そうだったね、死なせたくない人がもし君にいるなら…僕なら、その人を助けてあげることが出来る。
羽柴:広瀬さん…あなた一体、何者なんですか。
広瀬:はは、昨日も言っただろう?
僕はしばいにんだって。
羽柴:なんですかそれ…意味が分からない。
それに、助けるって…どうやって。
広瀬:うん、話を続けるよ。
簡単に言うと君には、僕に死を売ってもらいたいんだ。
もちろんお返しはあるよ、1億払おう。
羽柴:死を…?というか、1億って…。
広瀬:あぁそうだ、僕に死を売ってもらいたい。
僕は人の死を集めていてね、それを人に売る商売をしてるんだ。だから君の死を売ってもらいたい。
羽柴:…そんな話、信じられるわけ…!
広瀬:そうだよねぇ、信じられないよね。
なので証拠を見せてあげよう。
今僕にはね…死が無いんだ。
羽柴:死が無い…それは、どういう…?
広瀬:まぁ見てなよ。
(そう言うと広瀬は定食屋から小走りで出る。
そして、そのまま道路へと走る。するとそこに信号無視をしたトラックが広瀬目掛け突っ込んだ)
羽柴:なっ…!?何してるんだアンタ!!
広瀬:いてて…ほら、羽柴くん。
(トラックに撥ねられたはずの広瀬の体には、出血どころか傷1つ付いておらず、無傷そのものだった。)
広瀬:トラックの運転手には悪いことしたね。
あとでどうにかしておくよ…さて。
見たかい?羽柴くん。
羽柴:な…んで、確かに轢かれて…!
広瀬:これが、死が無いという状態だ。
僕にはもう死が無い、だから何があったとしても死にはしない…痛みはもちろんあるんだけどね。
羽柴:そんな…そんな事があるはず…!
広瀬:現実から目を背けるな羽柴くん。
君、助けたい娘がいるんだろう。
僕は人を見れば分かるからね、嘘は通じないさ。
羽柴:…俺、は…。
広瀬:君の死を買いたい。
どうだい?悪い話じゃないと思うんだ。
羽柴:…条件が、あります。
広瀬:ほう?商売人相手に交渉かい、いい度胸だね。
羽柴:1億は要らない、ただ…俺にも、死を売り買いできる力をくれ。
広瀬:…そんな事を言われたのは、初めてだ。
ふ、はは…!君は面白いね羽柴くん。
羽柴:俺の死はあんたに売ってやる。
ただ…俺にその力をくれ。
広瀬:ふふ、最高だね羽柴くん。
出血大サービスだ。僕のこの死を売り買いする力は、この世で僕以外誰にも使えない。
だから…1度だけ、君が人の死を売り買い出来るようにしてあげよう…君なら面白い使い方をしてくれそうだ。
ただ、この能力にはルールがある。
1つは自らの不死を証明すること…そして2つ、死を売り買いするには互いの合意が無いと成立しない…気を付けてね。
羽柴:…分かりました。
力はどうやって継ぐんでしょうか?
広瀬:ああ、もう渡した。
それと、君の死ももう貰ったよ。君は今日から死ねないから、死にたい時は自分でどうにかしてね。
例えば今しがた僕がやったように…他の人から死を買う、とかね。
羽柴:えぇ、俺は俺のやりたい事にしかこの力は使いませんから…1度だけしか、必要ありません。死ぬつもりも、ありません。
広瀬:君が死にたくならない事を祈っておくよ。
それじゃあまたね、羽柴くん。
(そう言って、広瀬は羽柴の元を離れる。)
羽柴:…まだ信じ切れた訳じゃないけど、この力があれば…きっと。
───────────────
(11月末に差し迫った頃、橘の病室に羽柴は訪れる。)
羽柴:…橘さん。
橘:羽柴さん、久しぶりね。
最近全然来てくれなかったからどうしたのかと…。
羽柴:橘さん、何も言わず俺の話を聞いて欲しい。
橘:へ…?えぇ、分かったわ…。
羽柴:橘さん、まだ…死にたくない、かな。
橘:…当たり前じゃない、死ななくていいなら…誰だって死にたくないわよ。
羽柴:不死になれると俺が言ったら…笑うかな。
橘:…ぷっ、あははは!笑うに決まってるじゃない!
ふふふ…ねぇ羽柴さん。不死なんてものはこの世には無いのよ?
羽柴:……俺が、今不死身だと言っても?
橘:…どうしたの?羽柴さんらしくない冗談…。
羽柴:冗談じゃない、見てて。
(羽柴はそう言うとポケットから小型のナイフを取り出し、自らの首に当てる。)
橘:なっ!羽柴さ…!!
(橘の声を無視し、羽柴はナイフを引く。
が、その首には傷一つ付かず、赤くみみず腫れのようなものが出来るだけ。)
羽柴:ほら…ね。
橘:な…んで、まさか本当に…?
羽柴:すごく迷ったんだ、橘さんに言うべきかどうか…使うべきかどうかを。
橘:そんな…信じられないわ。
あ、分かった…そのナイフ、本当は切れないんでしょ?
羽柴:このナイフはちゃんと本物だよ。
ほら。
(そう言って羽柴はナイフで近くにあった雑誌を切る。)
橘:え…それじゃあ、本当に…?
羽柴:あぁ。それでね、橘さん。
羽柴:俺に、君の死を売って貰いたいんだ。
橘:死を…?私の?
羽柴:うん、君の死を売って欲しい。
今俺はとある事情で死が無いんだ、だから…君の死を、俺に売ってくれないかな?
橘:羽柴さんに死を売ったら…私は、死ななくなるの…?
羽柴:あぁ、そうだ。
橘:……もしかして、私の病気の為に…?
羽柴:え…?
橘:羽柴さんの死が無くなったのも、他の人に売ったからじゃないの…?もしかして、私の為に…死を売って、私から死を買って…生きさせようと…。
羽柴:違うよ。違う。
俺は……しばいにんなんだ。
(羽柴の頭に広瀬の言葉が過ぎる。)
──────────
広瀬:死を売り買いするには、互いの合意が得られないと成立しない。
──────────
羽柴:…俺はずっと死が無くて、死にたかったんだ。
だから君はちょうど良かった。
死にたくないんだろう?だから俺に死を売ってくれ。
君は死の恐怖から開放されるし、俺は死を手に入れられる。
悪い話じゃないだろ?
橘:……確かに私は死にたくない。
でも、貴方が死ぬくらいなら…私は死を売りたくはない。
羽柴:な、なんで…!
橘:…それにね、羽柴さん。
私は確かに死ぬのが怖いけど、死なない方が怖いの。
ずっと死ねずにただ1人で生きる…そんなの、私には耐えられないから。
羽柴:そんな…!でも、死ぬんだぞ!?
橘:うん…死にたくない。
死にたくないけど…でも、私は死ぬ事で私の人生は完成すると思うの。
それに、私意外と負けず嫌いなのよ?
羽柴:…あんた、本当に馬鹿だな…。
はぁ、分かった。
結局こうなると思ったんだ。橘さんは強情だからさ、俺がどれだけ言っても…無駄だと思ってた。
橘:ふふ、それにまだ泣かされてないからね!
羽柴:橘さん。
橘:なに?羽柴さん。
羽柴:…好きだ。
橘:え、と…?
羽柴:聞こえなかったかな。
橘:いや…聞こえた、けど。
羽柴:…そっか。
橘:好き…って……私の事?
羽柴:うん、橘さん以外いないでしょ。
橘:きゅ、急過ぎて…ちょっと、待って…。
羽柴:俺はあんたの事が好きなんだ、3ヶ月前、あんたに出会ってから…毎週顔を合わせて話す度、どんどん惹かれていった。
話し方も、笑い方も、強い所も。
本当は怖いくせに…我慢して笑う弱い所も。
全部好きなんだ。
だから、死んで欲しくないんだよ。
橘:えっと…ほ、本当…?
羽柴:本当じゃなかったらこんな事言わないよ。
橘:だって、羽柴さんは芝居人なんでしょう…?
羽柴:はは、俺の何を見てたんです?
俺は演技、苦手なんですよ。
橘:…で、でも!
(橘が言いかけたと同時に、羽柴は橘を抱きしめる。)
羽柴:これで、伝わるかな。
橘:…すごく、心臓がうるさいわ…。
羽柴:すみませんね、不慣れで。
橘:ううん、羽柴くんのじゃなくて。
私の心臓が、うるさいの。
羽柴:…え、あぁ。
橘:…私もね、羽柴さんと話す度に…この人ともっと一緒に居たい、もっと話してたいって思ったの。
あなたの話す声も、表情も、全部…好きよ。
私も羽柴さんが好き。
羽柴:…本当に?
橘:…本当に。
羽柴:…はは、夢じゃないよな。
橘:ねぇ、羽柴さん。
羽柴:…何?橘さん。
橘:私、今人生で1番幸せよ。
羽柴:そんなの…俺だって同じだ。
やっと、俺が俺で居て良かったって…そう思った。
橘:ねえ、本当に私の事好き?
羽柴:あぁ、好きだ。
橘:長くは一緒にいられないけど…。
羽柴:だからなんだ、死ぬまでそばにいる。
橘:私…わた、っ…。
(口を開こうとする橘の目から、ポロポロと涙が零れる。)
橘:わっ、なに、これ…。
羽柴:…涙。
俺の勝ち、だね。
橘:ふふ、負けちゃった…。
(2人はそのままひとしきり泣き、笑った。)
羽柴:…ねぇ橘さん、死をどうこうって話。
橘:うん。まだ諦めてないのかしら?
羽柴:いや、もういいんだ。
あれ、実は嘘なんだよ。
橘:やっぱり嘘だったのね?羽柴さんの嘘つきー。
羽柴:はは、俺は嘘つきだからね。
芝居人は皆嘘をつくんだよ。
橘:じゃあ、私を好きだって言うのも嘘?
羽柴:いやそれは…本当だけど…!
橘:ふふ、わかってるわよ。耳まで真っ赤になっちゃって…。
羽柴:うるさいなぁ……手術、いつになったの?
橘:…明日だそうよ。
羽柴:そっか。祈ってる、奇跡を君の為だけに祈っておく。
橘:うん、なんだか成功する気がしてきたわ。
羽柴:あはは!その意気だよ。
絶対に成功する、成功して…一緒に色んな所に出かけよう。
橘:当たり前でしょ!こんな所で死んでられないわよ。
(2人が話していると、加藤が入ってくる。)
加藤:羽柴さん、そろそろ消灯時間なので~。
羽柴:ああ、すみません。もう帰りますので。
橘:……羽柴、さん。
(橘は、去ろうとする羽柴の袖をキュッと掴む。)
羽柴:どうしたの?橘さ…。
(羽柴が振り返ると、橘は少し背を伸ばし羽柴にキスをする。)
橘:…また、ね。
羽柴:…うん、また。絶対に。
待ってるからね、橘さん。
──────────
(翌日、羽柴は両手を握り祈りながら橘の病室で待っていた。)
羽柴:夕方には終わるって言ってたけど…頼む…頼む…。
加藤:羽柴さんっ!!
羽柴:っ、加藤さん!橘さんは!?手術は…っ!?
加藤:はぁ…はぁ…。
手術…成功だそうですよ。
羽柴:本当ですか…?本当に、成功ですか!!
加藤:えぇ、手術後は急には退院できないけど、あと1週間もすれば退院出来るかもしれないって!
羽柴:本当に…良かった、成功したんだ…!
祈ってて、良かった…!!
加藤:えへへ、それじゃあ私は戻りますので…羽柴さんも、また来週お薬を取りに来てください!
羽柴:あ、もう…薬はいらないんです。
心臓、だいぶ楽になったので…。
加藤:え、あぁ…そうですか?
それなら来週もう一度検査を受けて、それから判断しましょう!
羽柴:はい、お願いします。それじゃあ…。
─────────────────
(翌週、橘と羽柴は2人で公園を歩いていた。)
橘:んー!久しぶりの外は空気が美味しいわね~!
羽柴:あはは、そりゃそうだ。
流石に車椅子は外せなかったね。
橘:ええ、でもいいの。
2人で歩くのはまた今度!リハビリ頑張るんだから!
羽柴:うん、これからは2人で…なんだって出来るんだ。
俺も、もう心臓に気を遣う必要も無いし…どこにだって行こう。
橘:ふふ、あ!私外に出たらあそこの喫茶店に行きたいと思ってたの!行きましょ?
羽柴:いいよ、行こうか。
羽柴N:それから、俺と橘さんは色んな所に行った。
あの時喫茶店で飲んだコーヒーは、人生で1番美味しかった。
橘さんが立てるようになってからは、一緒に北海道に行ったりもした。
そうして、ずっと幸せに過ごした。
──────────────────
警察(加藤役):…ですか!?…大丈夫ですか!?
羽柴:……え。
羽柴N:誰かに声をかけられて、気が付いた。
そこにいたはずの彼女はどこにも居なくて。
俺の前にはひしゃげたガードレールと、それに突っ込んでいる自動車…壊れた車椅子、それと……。
羽柴:ぁ…あぁあぁぁあぁあ!!!
羽柴:なんで…!な、んで!!
(羽柴は絶望し、膝から崩れ落ちる。)
広瀬:ありゃりゃ、こりゃまた派手にいったね。
羽柴:広…瀬。
羽柴:…あんた、何でここに。
広瀬:やぁ羽柴くん!ちょっと君に言い忘れていた事があってね。
それを伝えに来たんだけど…。
羽柴:今、それどころじゃないんだ!!早く…救急車をッ!!
広瀬:あの様子じゃ即死だろうけどねぇ…。
まぁいいや、流しながら聞いてよ。
実はね…死が無くなった人間には、事故や死が集まるんだ。
羽柴:…………は?
広瀬:簡単な事さ、死が無い人間の元には死が集う。
ほら、僕が君に見せた時。
いいタイミングでトラックが信号無視してくれただろ?
あれは僕に死が無かったから。
羽柴:は…?それ、って。つまり。
広瀬:あはは、だからまぁ。
…彼女が死んだのは、君に死が無かったからって言えばいいのかな?
羽柴:…俺の、せい?
俺が、あんたに売ったから…?
広瀬:いやいや、僕を巻き込まないでよ。
君が軽はずみで僕に死を売ったからだろ?
君の、彼女を救おうとするその正義感が…彼女を殺したんだ。
ふ、ふふはは…やっぱり君は最高に面白かった!!やっぱり…最高のしばいにんだね、君は。
羽柴:俺が…殺した?俺が……?
広瀬:そう、君のせい。君が彼女の幸せを奪ったんだ…君が彼女の死を買っていれば、彼女は死ななかった。
まぁ…そうなったら君が死んでただけか。
どっちに転んでも君か彼女が死ぬ運命だったんだよ。
…全部、僕が思い描いてた通りの物語だった。
ありがとう!羽柴くん。君こそが僕の求めてた最高に最低な役者だったんだ。
羽柴:ぅ、あぁ……!ああ…!
幸せが……!俺の、しあわせが…!!
(羽柴は呼吸が荒くなり、胸を抑え込み蹲る。)
広瀬:ふふふ、死にたいよね。
いい事を教えてあげよう羽柴くん、幸せってのはね!死合わせなんだよ…幸せの傍にはいつだって、死があるんだ。
ねぇ羽柴くん…死なないでくれよ?
僕は君から最高の死を買ったから、もういいんだ。
僕の力を君に全部渡す…だから見せてくれ。
君の作り上げる死合わせの物語と、そこに点在する幸せを。
僕はこれからただの観客だ、そして君は……しばいにんなんだろう?
演じて演じて、演じ切ってから幕を下ろさなきゃ。
……そしたら、彼女に会わせてあげられるよ。
期待してる。じゃあね羽柴くん。
(その場から離れる広瀬、羽柴は朧気になりつつ広瀬の言葉を繰り返す。)
羽柴:しばい、にん……俺が…しあわせを…ははは…あっはははは!!!
──────────
羽柴N:…そこで、俺の意識は途切れてる。
…橘さんの葬式に、僕は出なかった。
加藤さんから電話がかかってきたのを覚えてる。
すごく泣かれて、すごく怒られて…すごく、心配された記憶。
でも、どれだけ探しても彼女は居ない。もう、この世界のどこにも。
…広瀬の行方は分からない、まぁ…分かったところでどうにもならないんだけれど。
ただ、僕をずっと見ている事だけは分かる、僕の作る幸せを…死合わせを、見ている。
どうやったら彼女に…橘さんに、会えるんだろう。
…あぁ、そうだ。
僕は彼女にいつか会う為に、死を手に入れる為に…死合わせを沢山作る為に……今はまだ、広瀬の言う通りに動いてやる。
やれるはずさ…だって僕はしばいにんなんだから。
──────────
竹田(広瀬役):はぁ…どうしよう…俺、何したいんだろう。
??(羽柴役):…おや、どうしたんだい?そこのお兄さん、今にも死にそうな顔だねぇ。
竹田(広瀬役):え…誰、ですか?
??(羽柴役):あぁ!初めましてだお兄さん。
僕は─────
志波という、ただそれだけの男だよ。
end.
0
この作品は感想を受け付けておりません。
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