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第1章
売られた喧嘩は買う主義なので 2
しおりを挟む「オーウェンって…あのオーウェン……!?」
あのの部分に一体どんな意味が含まれるのか問いただしたいところだが、今はぐっと堪える。
「今から拘束を解くけど、暴れたり喚いたりしたら直ぐに拘束し直すから。分かった?ロッテ・リシャール」
何故名前を、という顔をしたつり目くん…改めロッテの拘束を解いた。パン!と弾けた光の粒が空中に霧散する。
どっかの誰かさんがご丁寧に参加者全員の名前を教えてくれたおかげで、家名で分かっただけ。貴族らしい丁寧な丁寧な口調に自分でも違和感が拭えないけど、多分こいつはこういう対応の方が効く。
ヨロヨロと立ち上がったロッテは、怯えたようにこちらを見た。猫のような目が、動揺を隠しきれずに揺れている。
「君は、自分が何をしようとしたかちゃんと理解してる?」
「何…」
「人をナイフで刺そうとしたんだよ」
「っ…」
ロッテの肩が震える。自分がしでかした事の大きさを、今更実感してきたらしい。だが、もう遅い。
「一歩間違えたら人殺しだね?」
俺は笑顔で畳み掛ける。ロッテの猫のような目をじっと見つめたまま、決して逸らさず。
「ここは君の家じゃない。カートライト家の庭で、君は人を害そうとした。あろう事かご子息の友人として招待された人間を」
「殺そうなんて…!」
殺すつもりはなかった、なんて戯言、まかり通る筈がない。
現に、俺が守っていなかったらグッサリ刺さっていたかもしれないナイフ。刺し所が悪ければ死ぬし、発見が遅れれば失血死する可能性もある。顔に刺されば傷は残るし、目に刺されば失明していた恐れもある。
そもそも、茶会にナイフなんてものを持ち込んでいたこと自体おかしいのだ。大方親に買ってもらって自慢したかったからとか、優位に立ちたかったからとか、そんな類いだろうけど。
「ナイフで刺される程のことを彼は君にしたの?」
「…」
「刺されても仕方ないことを、彼は言ったの?」
「…いえ…」
ロッテは俯いた。怯えたように震えて、唇を噛みながら。
「彼がカートライトご子息と懇意にしているのなら、それは彼があの人にとって良い人だからだ。あの人が、そばに居ることを望んだからだ。爵位関係なく接する人だと、君も分かっているんだろ?」
「…」
「だったら、君がやることは逆恨みして眼鏡の彼を攻撃することじゃない。自分を磨いて、自分が選ばれるように努力することじゃないの?」
「…うぅ…」
ロッテの瞳が揺れて、もう少しで涙を流してしまいそうなほど潤んだ目が弱々しくこちらを見た。
「君がリシャール伯爵家の人間である限り、リシャール伯爵家を背負って立たなくてはならない。俺たち貴族は、自分の行動や言動が、その家の総評となることを覚えておかなきゃダメだ」
貴族とは、そういうものだ。個人の行動は家の意とみなされる。利益を求めて手を差し伸べるくせに、切り離すのも早い。良くも悪くも、「得になる」と判断すれば味方になるし、旨味がなければ捨てられる。分かりやすいけど残酷な世界だ。
そりゃ人が信じられなくなったって仕方ないと俺は思う。裏切って裏切られて、そうやって人は心をすり減らしていくんだろう。
「他の人間を見下して蹴落とそうとする前に考えろ。自分の価値は何か、自分には何が出来るのか。公爵家に気に入られたいのなら自分の武器を作って売り込め。父親の爵位でふんぞり返る前に、根性叩き直してそれくらいの努力をしてから出直してこい」
俺だって公爵家の人間だから、彼にとっては仲良くしておいた方が得な人間のはずだ。例え曰く付きの嫡男でも、数年後には恐らく噂も落ち着いてるだろうし、友好な関係でいる方が好ましいだろう。こうやって可能性をチラつかせておけば、性格を矯正すれば仲良くなれると思ってくれるかもしれない。
お節介なのは分かっている。でも、俺には彼が被害者に見えて仕方ないのだ。貴族として生まれ、リシャール伯爵家に生まれてしまったが故に構築されたその価値観と性格は、彼がが悪いわけではない。まだ6歳だし、十分更生の余地はあると俺は思うのだ。
「ごめん…なさい…」
ポロポロと涙の粒を零しながら、ロッテが震える小さな声で言った。それは多分、後悔の涙。
「謝るのは俺にじゃないよね」
そう言うと、ロッテは俺から目線を外して、座り込んだまま成り行きを見守っていた眼鏡くんに向き直った。
「…申し訳ありませんでした」
「あっ、いえ…その、何とか無傷ですし…!」
急に話を振られた眼鏡くんは慌てた様子でブンブンと頭を横に振った。あ、じっとしててって言ったのに…。まぁ、そこそこ時間置いたから大丈夫か…?
「いいの?訴えたら勝てる案件だよ?君がその気なら俺証言するけど?」
「えぇぇ!?」
「訴え…!?」
「いやそりゃそうでしょ、それくらいの事したんだよロッテは」
「う…はい…」
俺の指摘に、ロッテはしゅん、と頭を垂れた。うーん、こいつ意外と素直っぽい。
「だ、大丈夫です、ハイ。リシャール様も反省しているようですし、特に何もなかったので」
「……眼鏡くんめっちゃ良い奴じゃん。ロッテは感謝した方が良いよ、俺なら訴えるもん」
俺なら絶対訴える。訴えて金もぎ取るし、相手の評判も散々に下げた上に、こちらに有利になるような契約を交わす。そんくらいは絶対やる。
「…はい、感謝して、反省します…」
そう言って、ロッテはもう一度眼鏡くんに頭を下げた。攻撃的な様子はもうなくて、なんだか導火線を引っこ抜かれたように落ち着いてしまった。ちょっと叱りすぎたかな。
「オーウェン様も、ありがとうございます。…その、今日は少し、焦っていて…。何も成果なく帰るのが怖かったんです」
ロッテはそう言って、少し目を伏せた。
親からの命令なのか、自主的な行動なのかは分からないけど。道具として扱われることに慣れてしまうなんて、やっぱり悲しすぎる。俺達は貴族の前に、ただ一人の人間なのだから。意思のない人形になんて、なってやる必要ないのだ。
「爵位でしか判断しない人間には、爵位でしか仲良くなれない人間しか寄ってこないよロッテ」
「そう…ですね…」
ロッテは、俺の言葉をゆっくりと咀嚼して、飲み込むように頷いた。うん、この感じならきっと大丈夫だ。彼はちゃんと己の行動を省みているし、謝罪も素直に出来たから。
そんな彼の赤くなった目元を見て申し訳なくなった俺は、ポケットからハンカチを取り出して、涙の跡をそっと拭った。
「ごめんね、泣かせちゃって。折角の綺麗な顔が台無しだ」
貴族とはいえたった6歳の子供に説教垂れたことに対しての罪悪感と羞恥心が今更ながらじわじわと湧き出てきて、俺は思わず謝った。流石にちょっと見ず知らずの子供にちょっと熱が入りすぎたと反省している。何ともお節介で押し付けがましい説教だったと思う。
「きっ、綺麗……!?」
「氷水を用意してもらおうか。目の腫れは冷やすとだいぶマシになるよ」
「オーウェン様!?」
「セトでいいよ、ロッテ。ちょっと人探してくるね」
そう言って俺は、ロッテの目を冷やす用の氷水を貰いに会場へと戻った。近くにいたカートライト家の使用人に声を掛け、氷水の用意と、ついでに眼鏡くんを少し休ませて貰えるようにお願いした。
取り敢えず、この件は一旦落着だと肩を撫で下ろした俺はロッテに挨拶してからその場を離れる。徐に庭園を散策して、湧き上がる立派な噴水の前で歩を止めた。
「……で、いつまで見てんの?」
くるりと振り返った先には、今日の主役が立っていた。
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