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第1章

売られた喧嘩は買う主義なので 3

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俺は、目の前にいるウィリアム・カートライトをじっと見据えたまま動かなかった。やっぱり今日もその表情かおから感情は読み取れない。

ずっと、視線には気づいていた。彼がお茶会の会場に入場してから度々感じる視線にも、トイレから帰ってきて例のいざこざを見守っている時も、見兼ねて飛び出した後もずっと。


「言いたいことがあるならはっきり言いなよ、ウィリアム・カートライト」


俺は目の前にいる彼を睨み付けた。こんなこと、同じ爵位じゃなければ咎められていただろう。目上の人間を睨みつけるなど、到底ゆるされない。

でもそんなん知らん。俺は今、コイツに物凄く腹が立っている。


「…ウィルって呼んでよ、セト」


年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気を纏ったまま、ウィルは呟いた。その余裕そうな態度が余計に腹立たしい。


「どうしてロッテを止めなかった?見てたんだろ、お前も」


眼鏡くんが理不尽な怒りをロッテにぶつけられるところも、頬を叩かれるところも、ロッテが怒りに任せてナイフを取り出したところも全て。

見ていたのに、止めなかった。こいつは、眼鏡くんを見殺しにしようとしていたと言っても過言ではない。ロッテだって、殺人犯になってたかもしれない。未遂に落ち着いても、彼が家を追放される未来もあった。

ウィルは、そこまで考えられないほど馬鹿じゃない。あの時起こったかもしれない事態も、その後の世間の動きも多分分かってたはずだ。それでも、止めなかったのだ。

一人の少年が血を流していたかもしれない。一人の少年の未来がめちゃくちゃになっていたかもしれない。他でもない自分の茶会で、殺傷事件が起ころうとしていたその場にいたのにも関わらず止めなかった。

俺は怒りで声が震えないように必死に抑えながら対峙したウィルを睨む。先日の茶会で仲良くなれたらいいな、なんて思ったのに。その想いが散り散りになっていく気がして悲しかった。

ウィルが冷たい瞳のまま、口を開く。


「…僕が彼を止めて、何のメリットがあるの?」

「お前の茶会で、お前の家で起きた事件だよ。見て見ぬふりは許されないと俺は思うけどね」

「そうかな?別に僕はリシャール伯爵家がどうなっても知ったこっちゃないし、ダメージもないよ。うちで血が流れるのは不名誉だけど、別に僕は加害者でも被害者でもないし」


淡々と。作業のように述べていく心情。

あぁやっと分かった。彼の表情が読めない理由。隠してるとか、そんなんじゃない。



性格が悪いとか、保守的だとかそういう事じゃなくて。心の底から眼鏡くんにもロッテにも興味がない。表面が凍った湖のように、何の波風も立たないままなんだ。


「それより、君の方が不思議だよ。君がどこの誰かも知らない奴に、どうしてあんなに優しくしたの?君こそ、あの2人とは関係ないのに」


不思議そうにウィルが言った。その目は、自分以外の人間がどう動こうが関係ないし、どうでもいい。自分と自分の家に被害が及ばなければ特に何も思わない、と語っている。

彼の観察するような視線は、比喩表現とかではなくて本当に品定めしていたんだ。その人間はどんな人間か。カートライト公爵家にとって利になるかどうか。

爵位だけで判断せず、その人の能力や功績も踏まえて考えているところはまだ良いけど、でもやはり悲しすぎる。こんなに小さいうちから人を物差しで測って判断するなんて、悲しすぎる。


「俺が"助けたかった"から。それだけじゃ、ダメなの?」


だって怖いじゃん。目の前で人が死んだら。嫌じゃん、止められたかもしれないことを後から後悔するのも。

そりゃ全部に首突っ込んでたらキリないけど、あれは特例だったと思えばそうだし、首つっこんだついでに説教してしまったのはロッテに同情したから。

全部自分の気持ちで動いただけのこと。


「駄目…駄目だよセト。それじゃ、理由になってない」


ここで初めて、ウィルの表情が崩れた。今までの貼り付けたような笑顔じゃなくて、迷子の子供みたいに情けなくて、寂しそうな顔だった。


「どうして?」

「だって…僕達は、公爵家の嫡男なんだよ」

「うん、そうだね」

「だから…」

「"だから"?」


きっと、ウィルの言っていることは正しいんだろう。貴族にとって情なんて無駄なモノで、命取りになることもあるだろう。分かってるよ、俺だって。貴族社会で生き抜く為に、捨てなくちゃならないモノがあるなんてこと、とっくのとうに気づいてるんだ。

でもさ、やっぱり思うんだ。俺達は道具じゃないって。人形なんかじゃないって。


ウィルは、俺がこの茶会で何をすることを期待して招待したんだろう。上手く馴染めなくて惨めな思いをする所が見たかったのか?それとも、なりふり構わず周りに媚びを売る姿?身の程を弁えずウィルに縋り付く姿?…あぁそれとも、ロッテみたいに逆上して、誰かを傷つける姿だったりするのかな。

行動を期待していたのだろうか。それを見て、ガッカリしたかった?それとも……安心したかった?


「……ウィルは、俺に一体何をして欲しいの?」


そんなに貴族らしくを忠実に守ろうとするウィルが、態々おあつらえ向きに招待状を寄越して、茶会に呼んだ。その癖話しかけることはせずに、じっと俺の動向を観察したのは。

たった4人だけのあのお茶会で、俺の何かが、他人に興味無さそうなウィルの琴線に触れたんだろう。

要領を得ないウィルの質問はまだ続く。さっきまでの何も移さなかった瞳とは打って変わって、叱られた後の子供のような弱弱しい姿だった。


「セトは…相手の爵位は気にしない?」

「うん。だってそんなの記号に過ぎないし、俺達が公爵家に生まれたのだってたまたまでしょ。生まれながらに背負ったレッテルで人を評価するなんて早計過ぎると思わない?」


人は、外見からじゃ人となりは分からない。話して、打ち解けて、時間を共にして初めて、その人の中身が見える。

貴族にも無能な人が居るように、下級貴族や庶民にも優秀な人はいる。


「俺は、信頼出来る人なら爵位なんてどーでもいいよ」

「利益がなくても?」


ゆるり、ウィルが俺の目を見た。自信なさげに、何かを求めるように。

あぁ成程、と俺は納得した。そして一歩、ウィルに向かって距離を縮める。


「…もし、俺が思ってることとウィルが思ってる関係が一緒なら………利益なんて、要らないよ」


ウィルが言わんとしていることがやっと分かった俺は、目を細めて笑った。

公爵家だって伯爵家だって、男爵家だって構わない。俺が一緒に居たいと思える人と、友達になりたいし、大事にしたい。

って、そーゆーもんでしょ?



「どうしよう…セト」


ウィルの琥珀色の瞳が、不安げに揺れる。


「セトの、近くにいたい。…でも、爵位も利益も要らないセトに、どうやって選んでもらえばいいのか分からない…」


それは、なんとも可愛らしい子供の感情。なんだ、簡単な事だったんだ。きっとウィルには初めての感情でどうしたらいいか分からなかっただけで、答えは至極単純で、シンプルな願い。

───あぁウィル、君は友達の作り方さえ知らないんだね。

俺は何だか、無性に泣きたくなった。それは目の前の小さな彼が、顔をくしゃくしゃにしながら俺を見ていたからなのか。はたまた、家柄や地位が関係ない友達の作り方すら知らないまま育った彼に対しての憐れみなのか。

まだ6歳のの心では、分からなかった。


「ウィル、こういう時は"友達になって"でいいんだよ」

「友達…」

「うん」


俺はそっと俺よりは少し大きい、それでもまだ子供の手を握った。僅かな震えに気付かないふりをして言葉を待つ。


「……君と、友達になりたい…セトの、側に居たい…」


きゅっと、手を握り返された。ウィルの手は暖かくて柔らかい。俺はそんなウィルを見ながら、きっと俺はウィルの初めてのなんだろうな、と思った。

貴族は難しい。気を抜けば裏切られるし、嵌められることもある。それが公爵家の嫡男なら尚更、警戒して人と関わらなければならない。だから、その人の能力や出来ることで取捨選択をして、側に居ることを許す人間を選別しなくてはならない部分がどうしてもある。

ウィルは今までそうやって生きてきたんだろう。利益とかリスクとか考えずに一緒に居たいと思える人間がいなかったんだ。だからきっと、俺はウィルが初めて自発的に得ようとした、純粋な


そんなの、めちゃくちゃに光栄じゃないか。


「じゃあ、遊ぼう!損とか得とか抜きにして、ただの子供として!」

「……ただの、子供」

「そう!」


公爵家の嫡男じゃなくて、ただの6歳児として。


何して遊ぶのがいいかな。うちに招待するなら…ジルや護衛の2人も紹介したいな。ロルフは、まだちょっと秘密かな。獣化が出来るようになったら会わせてもいいかもしれない。

買い物もしてみたいな。1人だと気乗りしなかったけど、誰かと一緒なら楽しいかもだし。


「今度うちに招待するよ。俺も友達と遊んだことがないから、2人で何をしたら楽しいか考えよう」

「…僕も、招待するよ。…今度は、セトだけを」

「楽しみにしてる」

「うん、僕も」


小さな小さな約束を交わしながら、俺達2人は噴水の前で笑い合った。眉を下げて笑うウィルは、憑き物が取れたように朗らかな表情をしていた。本来の笑顔はこっちなのかもしれない、と俺は密かに思ったりした。




こうして、ウィルとのゴタゴタは幕を閉じたのである。

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