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第1章

side ウィリアム 本当の友達の作り方

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最初は多分、何の感情もなかった。


強いて言えば単純な好奇心。セトは悪い意味で有名だったから。

カートライト公爵家とオーウェン公爵家は、公爵家の中では二大巨頭と言われるくらい事業の安定性も当主の手腕も群を抜いている。

僕はそんなカートライト家の嫡男として生まれて、4歳くらいから跡継ぎ教育も始まって、難なく成長したと思う。父上は、「人をあまり信用し過ぎるな」と口癖のように言っていた。それが公爵家の嫡男として適切な距離のとり方なんだと僕も納得していたから、特に何も思わなかった。

適当に会話して、適当に仲良くして。あからさまに下心を持って近づいてくる人には流石に嫌悪感を抱いたけど、それも仕方ないことなんだろうな、と諦めていた。

同じ歳で、同じ公爵家の嫡男同士。遅かれ早かれセト・オーウェンとは邂逅すると分かっていた。だからオーウェン公爵家の動向は逐一チェックしていたし、公的な場に出る度に実は公爵が連れてきていたりしないかとその姿を探したりもした。

そんな中、例の毒殺未遂が報じられた。

可哀想に、と同情した。僕にとってはとても他人事ではなかったから。

どんなに苦しかっただろう、と想像して、殺される立場にいる現実を呪ってはいないだろうか、と漠然と思った。彼はきっと、僕以上に人を信じられなくなるだろうな。そんな風に思ったりもした。

だから、オーウェン公爵家から茶会の誘いがあった時は驚いた。貴族の間での噂話は減ったものの、あの事件からそこまで月日は経っていないのに。

父上に「どうする?」と聞かれた時、僕は迷わず行くことを伝えた。毒殺未遂を経てどんな人間になっているのか、とても興味が湧いたから。


初めて会ったセトは、予想とは全然違って、明るく笑っていた。


どうして?


僕の頭の中は「?」でいっぱいになった。どうしてセトは笑っていられるんだろう。もしかしたら死んでいたかもしれないのに。毒を飲んで、苦しい思いをしたのに。誰かから明確な殺意を向けられたことを、分かっているはずなのに。


分からない。理解できない。


……知りたい。セトのことを、もっと知りたい。




お茶会の時のことは、あんまりよく覚えていない。多分、吐き慣れた模範解答テンプレートを答えたんだと思う。ただ、セトが誰にでも分け隔てなく接していたことに感心したことだけは覚えていた。


それから家に帰って、「どうだった?」という父上の問いに、僕は「お茶会を開きたいです」と答えた。唐突な提案に面食らっていたけど、オーウェンご子息を招待したいと伝えると、合点がいったように頷いてくれた。

お茶会のメンバーは特に気にしなかった。セトを害する流石に危険性のある人達は抜いたけど、それ以外の配慮はしなかった。だって、有象無象の中でセトがどんな動きをするのか見てみたかった。


セトは、大勢に囲まれる僕を一瞥してから、興味無さそうにお茶菓子を食べ始めた。同じテーブルの子達と何か少し話して、またすぐにもぐもぐとお菓子を頬張っていた。こちらに来る気配は全くなくて、僕は動揺した。

公爵家同士、どう考えても繋がりを作っておいた方が便利なのに。それなのにセトはアクションを起こそうともしなくて、僕は胸の内がざわざわと蠢くのを感じた。

セトに話しかけられていた使用人に、「何を話してたの?」と聞くと、今日の茶菓子が買える店を聞いてきたという。僕には興味ないのに、菓子には興味を示すなんて、やっぱりセトは変わっている。

今日の茶菓子を公爵家に送ったら、セトは喜ぶだろうか。少しはこっちを見てくれるだろうか。セトに笑って欲しい。セトのその綺麗な青空のような瞳の中に、僕を写して欲しい。


そんなことを思っても、セトが僕を見てくれることはなくて。そのまま動向を見守っていると、あろう事かくだらない小競り合いに首を突っ込んだ。

あぁ、なんて無茶をするんだろう。自分だって刺されたかもしれないのに、名も知らぬ人間のために飛び出して助けて加害者まで諭してしまう。このままじゃ、彼のファンは増えるばかりだ。

嫌だなぁ。セトが遠くなっちゃう。まだ、近づいてもいないのに。


それからセトは、いざこざを収めた後、隠れて見ていた僕に気づいていたようで何も取り繕うことなくこちらを睨んできた。

僕は、後でさっきの2人について調べておこう、と思いつつセトに対峙した。誰もいない空間で向かい合うのは、これが初めてだった。


「言いたいことがあるならはっきり言いなよ、ウィリアム・カートライト」


僕が人と関わる中で、怒りを向けられたのは初めてだった。大概は僕に対して、不気味だとでもいうような視線をぶつけてきたり、恐怖を示してくる人ばかりだった。でも違うのだ。セトは僕を真っ直ぐ見ながら、怒り、哀しみ、憐れんでいる。

それが僕にとっては新鮮で、違和感で、刺激的だった。


何故どうでもいい奴等の為に動くのか、という僕の問いに、セトは平然と答えてみせた。


「俺が"助けたかった"から。それだけじゃ、ダメなの?」


そう言って真っ直ぐこちらを見るセトの目は、とても綺麗だった。強い信念が灯り、濁りのない澄んだ瞳。まるでサファイアのようだと僕は思った。

そして同時に不安になった。彼は善意で動く。利益も立場も関係なく、彼の心のままに。だとしたら、僕が彼と仲良くなる方法なんて、何もないじゃないか。だって僕は、たまたま公爵家に生まれただけで何もしていないし、その癖に利益を求めて友好関係を築くような、貴族の子供。

心が綺麗でもなく、無邪気でもなく、可哀想な被害者でもない。

彼が僕に手を差し伸べてくれる理由が、僕には存在しない。


僕はこの時初めて、恵まれた自分を呪った。恵まれたが故に手に入らないものがあるなんて思わなかったんだ。でもセトは、朗らかな笑顔でこう言ったんだ。


「ウィル、こういう時は"友達になって"でいいんだよ」


その時僕は、硝子が粉々になったような、静かな水面に石が投げ込まれたような、そんな衝撃を受けた。僕はこの6年間、「友達」なんて居なかったし、欲しいとも思わなかった。僕が普段会話する令息たちは皆、僕なんかどうでも良くて、父の地位だけを見ているから。きっとこの先何かがあって僕が公爵家の人間じゃなくなったら、離れていくであろう人達ばかりだ。

友達。

……友達、かぁ…。



なれるかな。

地位なんて関係なくて、誰の息子でも関係ない。爵位がなくなっても笑いあって、助け合えるような仲に、僕とセトはなれるだろうか。


分からない。だってそれはセト次第だもの。


でも僕は、彼の側に居たい。彼の友達になってみたい。そしてあわよくば、彼の一番になりたい。



「……君と、友達になりたい…セトの、側に居たい…」



今までしたことのない不確かな選択をした僕の胸の鼓動は、ドクドクと早まっていた。こうして僕は、人生初の告白のような友達の申し込みをして、セトと少しだけ近づいた。今までの無礼な態度を謝ると、笑って許してくれたし、今度遊ぶ約束もした。

僕はその約束をお世辞にしないために、茶会が終わったらすぐさま自分のスケジュールを確認して、空いている日程を書いてオーウェン公爵家宛に手紙を出した。

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