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第3章:奇妙な三国同盟
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━ 昭和15年11月4日
「じゃあ認めるんですね、関係を持った事を。」
「ええ。」
新京、吉野町にある純喫茶「倫敦屋」。
この日、相馬は金山とヒナを呼び出し、
先日の児玉公園での逢引について問い詰めた。
始めは二人ともしらばっくれていたが、やがて開き直ったのか、金山から関係を認めた。
「相馬さん。私がいけないの。」
「ヒナさん。」
「私、どうも頭が切れる男の人を見ると無性に…。」
そう言ったヒナの目は官能的に潤っていた。
「それでどうします?こうなった以上は今までの関係は続けられないのでは?」
金山は金鵄を咥えながら、冷めた目付きで切り出した。
「いいえ、少佐殿。こうなったからにはもう…。」
「もう?」
「いっそ三人で同盟を組みませんか?」
「同盟?」
「ええ。僕はヒナさんとの関係を失いたくないが、少佐殿。あなたとも友好関係でいたいんです。」
「それは私が関東軍参謀だからですか?」
「それだけではないです。その、僕の文章をほめてくださった軍人さんは金山少佐殿が初めてなんですよ。」
「フッ。」
金山は煙を吐き出して笑みを浮かべた。
「それにしても同盟ですか?それぞれ平等にと。さすがは…かつて小林多喜二の弟子だった方ですね…。」
小林多喜二。
かつての師匠の名前を聞いて相馬は胸を削られるような思いがした。
相馬和臣は大正初期、北海道の札幌に産まれた。
札幌南中学校を卒業後文学を志し、小樽に住むとあるプロレタリア文学の作家の弟子となった。
その作家が小林多喜二だった。
弟子として生活しながら自身も小説を執筆する内に、
多喜二から小樽の地方新聞での連載を推薦されて、
連載も決定していた。
ところが…。
昭和8年2月20日。
上京していた多喜二は警視庁築地署の特高係に逮捕され、取調べ中に「突然死」した。
新聞の発表では病死だったが、特高警察の拷問により殺されたというのが専らの噂だった。
多喜二の死により、相馬の運命は大きく変わった。
特高警察に忖度した新聞社の意向により、相馬の連載は中止となった。
師匠を失った相馬は定職に就こうと考えたが、折からの不景気、更には小林多喜二の弟子だった事が小樽の街に広まっていた事から、軒並み不採用だった。
「満州で文芸誌を発行する。良かったら来ないか?向こうなら「アカ」の残党も伸び伸びと暮らせるぞ。」
そんな時、かつて多喜二の担当編集者だった人物から誘いを受けた。
多喜二が死に、特高に逮捕こそされなかったものの「アカの一員」というレッテルを貼られて小樽に居づらくなっていた相馬は躊躇いなく誘いを引き受けた。
こうして昭和8年の夏に相馬は小樽の街から半ば追い出されたような形で満州に渡り、「大同文芸」の専属評論家となっていったのだった。
「知ってたんですね、僕の過去を。」
「ええ。」
「ならばお伝えします。確かに僕は小林先生、小林多喜二の弟子でした。ですが彼の思想には全く共鳴しなかったんですよ。」
「どういう意味です?」
「少佐殿。「共産主義」に関する知識は…。」
「大枠はわかりますよ。」
軍人も共産主義の理論については学ぶ。
ただしあくまでも批判的見解としてではあるが。
「彼らの党は上辺では「人類皆平等」だの「階級打破」だの言ってますが、実際は党が貴族のようになった上で下々を平等にする。小林先生の基で彼らと関わる内に気付いちゃったんですよ。その証拠に平等とか言ってた割には小林先生があんな事になっても、僕には救いの手は差し伸べてくださらなかったですからね。」
驚いた。
皮肉にも共産主義に関しては相馬は東条英機と同じ意見だったのだ。
「あなたの本心、師匠は知ってたんですか?」
「知ってましたよ。ただ、先生は「思想と文学への思いわ分けるべき」と考えてましたので。だからこそ最期まで弟子として置いてくださったんですよ。現に僕が本当は連載する筈だった小説もプロレタリア文学ではなく時代小説でしたし。」
(ある意味、小林多喜二とは真逆の人間だったのか。それでいて「アカ」呼ばわりは確かに心外だな。)
「まあ、満州でも結局「アカ」呼ばわりされる事は多いですけどね。ただ、内地とは違って受け入れてはもらえてますが。」
相馬は櫻を吸いながら、冷ややかに言った。
「三国同盟か。日独伊三国同盟のようにですか?」
「ええ。」
(この男と俺は似た者同士なのかもな。)
「アカ」呼ばわりされて内地から追い出されたインテリの評論家と陸軍将校ではあるが朝鮮人の自分。
そんな二人は妖婦というにふさわしい美女に惹かれている。
「ヒナさんはどうお考えですか?」
「わ、私は。二人どちら共関係を失いたくないです。」
「じゃあ、三国同盟締結ですね。」
こうして三人の奇妙な関係が始まったのだった。
「じゃあ認めるんですね、関係を持った事を。」
「ええ。」
新京、吉野町にある純喫茶「倫敦屋」。
この日、相馬は金山とヒナを呼び出し、
先日の児玉公園での逢引について問い詰めた。
始めは二人ともしらばっくれていたが、やがて開き直ったのか、金山から関係を認めた。
「相馬さん。私がいけないの。」
「ヒナさん。」
「私、どうも頭が切れる男の人を見ると無性に…。」
そう言ったヒナの目は官能的に潤っていた。
「それでどうします?こうなった以上は今までの関係は続けられないのでは?」
金山は金鵄を咥えながら、冷めた目付きで切り出した。
「いいえ、少佐殿。こうなったからにはもう…。」
「もう?」
「いっそ三人で同盟を組みませんか?」
「同盟?」
「ええ。僕はヒナさんとの関係を失いたくないが、少佐殿。あなたとも友好関係でいたいんです。」
「それは私が関東軍参謀だからですか?」
「それだけではないです。その、僕の文章をほめてくださった軍人さんは金山少佐殿が初めてなんですよ。」
「フッ。」
金山は煙を吐き出して笑みを浮かべた。
「それにしても同盟ですか?それぞれ平等にと。さすがは…かつて小林多喜二の弟子だった方ですね…。」
小林多喜二。
かつての師匠の名前を聞いて相馬は胸を削られるような思いがした。
相馬和臣は大正初期、北海道の札幌に産まれた。
札幌南中学校を卒業後文学を志し、小樽に住むとあるプロレタリア文学の作家の弟子となった。
その作家が小林多喜二だった。
弟子として生活しながら自身も小説を執筆する内に、
多喜二から小樽の地方新聞での連載を推薦されて、
連載も決定していた。
ところが…。
昭和8年2月20日。
上京していた多喜二は警視庁築地署の特高係に逮捕され、取調べ中に「突然死」した。
新聞の発表では病死だったが、特高警察の拷問により殺されたというのが専らの噂だった。
多喜二の死により、相馬の運命は大きく変わった。
特高警察に忖度した新聞社の意向により、相馬の連載は中止となった。
師匠を失った相馬は定職に就こうと考えたが、折からの不景気、更には小林多喜二の弟子だった事が小樽の街に広まっていた事から、軒並み不採用だった。
「満州で文芸誌を発行する。良かったら来ないか?向こうなら「アカ」の残党も伸び伸びと暮らせるぞ。」
そんな時、かつて多喜二の担当編集者だった人物から誘いを受けた。
多喜二が死に、特高に逮捕こそされなかったものの「アカの一員」というレッテルを貼られて小樽に居づらくなっていた相馬は躊躇いなく誘いを引き受けた。
こうして昭和8年の夏に相馬は小樽の街から半ば追い出されたような形で満州に渡り、「大同文芸」の専属評論家となっていったのだった。
「知ってたんですね、僕の過去を。」
「ええ。」
「ならばお伝えします。確かに僕は小林先生、小林多喜二の弟子でした。ですが彼の思想には全く共鳴しなかったんですよ。」
「どういう意味です?」
「少佐殿。「共産主義」に関する知識は…。」
「大枠はわかりますよ。」
軍人も共産主義の理論については学ぶ。
ただしあくまでも批判的見解としてではあるが。
「彼らの党は上辺では「人類皆平等」だの「階級打破」だの言ってますが、実際は党が貴族のようになった上で下々を平等にする。小林先生の基で彼らと関わる内に気付いちゃったんですよ。その証拠に平等とか言ってた割には小林先生があんな事になっても、僕には救いの手は差し伸べてくださらなかったですからね。」
驚いた。
皮肉にも共産主義に関しては相馬は東条英機と同じ意見だったのだ。
「あなたの本心、師匠は知ってたんですか?」
「知ってましたよ。ただ、先生は「思想と文学への思いわ分けるべき」と考えてましたので。だからこそ最期まで弟子として置いてくださったんですよ。現に僕が本当は連載する筈だった小説もプロレタリア文学ではなく時代小説でしたし。」
(ある意味、小林多喜二とは真逆の人間だったのか。それでいて「アカ」呼ばわりは確かに心外だな。)
「まあ、満州でも結局「アカ」呼ばわりされる事は多いですけどね。ただ、内地とは違って受け入れてはもらえてますが。」
相馬は櫻を吸いながら、冷ややかに言った。
「三国同盟か。日独伊三国同盟のようにですか?」
「ええ。」
(この男と俺は似た者同士なのかもな。)
「アカ」呼ばわりされて内地から追い出されたインテリの評論家と陸軍将校ではあるが朝鮮人の自分。
そんな二人は妖婦というにふさわしい美女に惹かれている。
「ヒナさんはどうお考えですか?」
「わ、私は。二人どちら共関係を失いたくないです。」
「じゃあ、三国同盟締結ですね。」
こうして三人の奇妙な関係が始まったのだった。
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