4 / 4
第3章:奇妙な三国同盟
しおりを挟む
━ 昭和15年11月4日
「じゃあ認めるんですね、関係を持った事を。」
「ええ。」
新京、吉野町にある純喫茶「倫敦屋」。
この日、相馬は金山とヒナを呼び出し、
先日の児玉公園での逢引について問い詰めた。
始めは二人ともしらばっくれていたが、やがて開き直ったのか、金山から関係を認めた。
「相馬さん。私がいけないの。」
「ヒナさん。」
「私、どうも頭が切れる男の人を見ると無性に…。」
そう言ったヒナの目は官能的に潤っていた。
「それでどうします?こうなった以上は今までの関係は続けられないのでは?」
金山は金鵄を咥えながら、冷めた目付きで切り出した。
「いいえ、少佐殿。こうなったからにはもう…。」
「もう?」
「いっそ三人で同盟を組みませんか?」
「同盟?」
「ええ。僕はヒナさんとの関係を失いたくないが、少佐殿。あなたとも友好関係でいたいんです。」
「それは私が関東軍参謀だからですか?」
「それだけではないです。その、僕の文章をほめてくださった軍人さんは金山少佐殿が初めてなんですよ。」
「フッ。」
金山は煙を吐き出して笑みを浮かべた。
「それにしても同盟ですか?それぞれ平等にと。さすがは…かつて小林多喜二の弟子だった方ですね…。」
小林多喜二。
かつての師匠の名前を聞いて相馬は胸を削られるような思いがした。
相馬和臣は大正初期、北海道の札幌に産まれた。
札幌南中学校を卒業後文学を志し、小樽に住むとあるプロレタリア文学の作家の弟子となった。
その作家が小林多喜二だった。
弟子として生活しながら自身も小説を執筆する内に、
多喜二から小樽の地方新聞での連載を推薦されて、
連載も決定していた。
ところが…。
昭和8年2月20日。
上京していた多喜二は警視庁築地署の特高係に逮捕され、取調べ中に「突然死」した。
新聞の発表では病死だったが、特高警察の拷問により殺されたというのが専らの噂だった。
多喜二の死により、相馬の運命は大きく変わった。
特高警察に忖度した新聞社の意向により、相馬の連載は中止となった。
師匠を失った相馬は定職に就こうと考えたが、折からの不景気、更には小林多喜二の弟子だった事が小樽の街に広まっていた事から、軒並み不採用だった。
「満州で文芸誌を発行する。良かったら来ないか?向こうなら「アカ」の残党も伸び伸びと暮らせるぞ。」
そんな時、かつて多喜二の担当編集者だった人物から誘いを受けた。
多喜二が死に、特高に逮捕こそされなかったものの「アカの一員」というレッテルを貼られて小樽に居づらくなっていた相馬は躊躇いなく誘いを引き受けた。
こうして昭和8年の夏に相馬は小樽の街から半ば追い出されたような形で満州に渡り、「大同文芸」の専属評論家となっていったのだった。
「知ってたんですね、僕の過去を。」
「ええ。」
「ならばお伝えします。確かに僕は小林先生、小林多喜二の弟子でした。ですが彼の思想には全く共鳴しなかったんですよ。」
「どういう意味です?」
「少佐殿。「共産主義」に関する知識は…。」
「大枠はわかりますよ。」
軍人も共産主義の理論については学ぶ。
ただしあくまでも批判的見解としてではあるが。
「彼らの党は上辺では「人類皆平等」だの「階級打破」だの言ってますが、実際は党が貴族のようになった上で下々を平等にする。小林先生の基で彼らと関わる内に気付いちゃったんですよ。その証拠に平等とか言ってた割には小林先生があんな事になっても、僕には救いの手は差し伸べてくださらなかったですからね。」
驚いた。
皮肉にも共産主義に関しては相馬は東条英機と同じ意見だったのだ。
「あなたの本心、師匠は知ってたんですか?」
「知ってましたよ。ただ、先生は「思想と文学への思いわ分けるべき」と考えてましたので。だからこそ最期まで弟子として置いてくださったんですよ。現に僕が本当は連載する筈だった小説もプロレタリア文学ではなく時代小説でしたし。」
(ある意味、小林多喜二とは真逆の人間だったのか。それでいて「アカ」呼ばわりは確かに心外だな。)
「まあ、満州でも結局「アカ」呼ばわりされる事は多いですけどね。ただ、内地とは違って受け入れてはもらえてますが。」
相馬は櫻を吸いながら、冷ややかに言った。
「三国同盟か。日独伊三国同盟のようにですか?」
「ええ。」
(この男と俺は似た者同士なのかもな。)
「アカ」呼ばわりされて内地から追い出されたインテリの評論家と陸軍将校ではあるが朝鮮人の自分。
そんな二人は妖婦というにふさわしい美女に惹かれている。
「ヒナさんはどうお考えですか?」
「わ、私は。二人どちら共関係を失いたくないです。」
「じゃあ、三国同盟締結ですね。」
こうして三人の奇妙な関係が始まったのだった。
「じゃあ認めるんですね、関係を持った事を。」
「ええ。」
新京、吉野町にある純喫茶「倫敦屋」。
この日、相馬は金山とヒナを呼び出し、
先日の児玉公園での逢引について問い詰めた。
始めは二人ともしらばっくれていたが、やがて開き直ったのか、金山から関係を認めた。
「相馬さん。私がいけないの。」
「ヒナさん。」
「私、どうも頭が切れる男の人を見ると無性に…。」
そう言ったヒナの目は官能的に潤っていた。
「それでどうします?こうなった以上は今までの関係は続けられないのでは?」
金山は金鵄を咥えながら、冷めた目付きで切り出した。
「いいえ、少佐殿。こうなったからにはもう…。」
「もう?」
「いっそ三人で同盟を組みませんか?」
「同盟?」
「ええ。僕はヒナさんとの関係を失いたくないが、少佐殿。あなたとも友好関係でいたいんです。」
「それは私が関東軍参謀だからですか?」
「それだけではないです。その、僕の文章をほめてくださった軍人さんは金山少佐殿が初めてなんですよ。」
「フッ。」
金山は煙を吐き出して笑みを浮かべた。
「それにしても同盟ですか?それぞれ平等にと。さすがは…かつて小林多喜二の弟子だった方ですね…。」
小林多喜二。
かつての師匠の名前を聞いて相馬は胸を削られるような思いがした。
相馬和臣は大正初期、北海道の札幌に産まれた。
札幌南中学校を卒業後文学を志し、小樽に住むとあるプロレタリア文学の作家の弟子となった。
その作家が小林多喜二だった。
弟子として生活しながら自身も小説を執筆する内に、
多喜二から小樽の地方新聞での連載を推薦されて、
連載も決定していた。
ところが…。
昭和8年2月20日。
上京していた多喜二は警視庁築地署の特高係に逮捕され、取調べ中に「突然死」した。
新聞の発表では病死だったが、特高警察の拷問により殺されたというのが専らの噂だった。
多喜二の死により、相馬の運命は大きく変わった。
特高警察に忖度した新聞社の意向により、相馬の連載は中止となった。
師匠を失った相馬は定職に就こうと考えたが、折からの不景気、更には小林多喜二の弟子だった事が小樽の街に広まっていた事から、軒並み不採用だった。
「満州で文芸誌を発行する。良かったら来ないか?向こうなら「アカ」の残党も伸び伸びと暮らせるぞ。」
そんな時、かつて多喜二の担当編集者だった人物から誘いを受けた。
多喜二が死に、特高に逮捕こそされなかったものの「アカの一員」というレッテルを貼られて小樽に居づらくなっていた相馬は躊躇いなく誘いを引き受けた。
こうして昭和8年の夏に相馬は小樽の街から半ば追い出されたような形で満州に渡り、「大同文芸」の専属評論家となっていったのだった。
「知ってたんですね、僕の過去を。」
「ええ。」
「ならばお伝えします。確かに僕は小林先生、小林多喜二の弟子でした。ですが彼の思想には全く共鳴しなかったんですよ。」
「どういう意味です?」
「少佐殿。「共産主義」に関する知識は…。」
「大枠はわかりますよ。」
軍人も共産主義の理論については学ぶ。
ただしあくまでも批判的見解としてではあるが。
「彼らの党は上辺では「人類皆平等」だの「階級打破」だの言ってますが、実際は党が貴族のようになった上で下々を平等にする。小林先生の基で彼らと関わる内に気付いちゃったんですよ。その証拠に平等とか言ってた割には小林先生があんな事になっても、僕には救いの手は差し伸べてくださらなかったですからね。」
驚いた。
皮肉にも共産主義に関しては相馬は東条英機と同じ意見だったのだ。
「あなたの本心、師匠は知ってたんですか?」
「知ってましたよ。ただ、先生は「思想と文学への思いわ分けるべき」と考えてましたので。だからこそ最期まで弟子として置いてくださったんですよ。現に僕が本当は連載する筈だった小説もプロレタリア文学ではなく時代小説でしたし。」
(ある意味、小林多喜二とは真逆の人間だったのか。それでいて「アカ」呼ばわりは確かに心外だな。)
「まあ、満州でも結局「アカ」呼ばわりされる事は多いですけどね。ただ、内地とは違って受け入れてはもらえてますが。」
相馬は櫻を吸いながら、冷ややかに言った。
「三国同盟か。日独伊三国同盟のようにですか?」
「ええ。」
(この男と俺は似た者同士なのかもな。)
「アカ」呼ばわりされて内地から追い出されたインテリの評論家と陸軍将校ではあるが朝鮮人の自分。
そんな二人は妖婦というにふさわしい美女に惹かれている。
「ヒナさんはどうお考えですか?」
「わ、私は。二人どちら共関係を失いたくないです。」
「じゃあ、三国同盟締結ですね。」
こうして三人の奇妙な関係が始まったのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる