蒼き炎の神鋼機兵(ドラグナー)

しかのこうへい

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第一章

運命の蜂起-01

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「いくぞ、レクルート・ファハン!」
『御意』
月明かりに輝くシルバー・ホワイトの下地に赤と青のストライプ。この騎体のベースとなっている”ファハン”と呼ばれる神鋼機兵ドラグナーは、以前に偶然鹵獲した代物である。鹵獲した時にはずんぐりむっくりしていたテントウムシやコガネムシをイメージさせるそのフォルムは俺が騎乗するようになって随分とスマートな人型となり、頭部には大きく目立つ角が二本現れていた。胸部はベースとなったファハンの面影を残しつつ、新たな機体へと生まれ変わったのである。それが何を意味するのかは未だにわからない。しかし、まるで式典用を思わせるそのカラーリングとフォルムは帝国に対して反旗を翻したダーフの村人たちのシンボルとなり、幸運にも今のところ不敗を誇っている。

アルクさんは言った。このファハンは俺の意思を反映してクラスチェンジした姿だと。その姿に敬意を込めてこのドラグナーに付けられた名前が、新兵のレクルート・ファハンだった。

◇     ◇     ◇     ◇

「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を覚えている者は幸せである。心豊かであろうから。だからこそ伝えよう、彼らの尊い戦いを。…みなさん、こんばんは。この番組の司会進行を努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?

さて。今回からはいよいよダーフ事変に始まった村人たちの反乱が本格化していきます。その中心にいた人物こそこの物語の主人公、ライヴ=オフウェイです。この齢16になる少年が鮮烈なる登場をしてから、帝国軍の動きにも大きな変化が訪れました。本格的な兵力の投入です。ダーフの村人たちは果たして、どのように対抗していったのでしょうか?…」

ダーフ村があったとされる、グローゼ・ベァガ山脈の麓である。針葉樹林に埋もれたこの土地に、貴金属や宝石の採掘坑が今でも現役で稼働している。かつてこの地では装飾品やそれらの原石の交易により村が栄えていたという記録が、発掘されたオベリスクに刻まれた記述や発掘されたバンバス(竹のような植物)の書簡から分かってきている。その中のひとつ、最も古いとされるオベリスクのひとつに、ライヴ=オフウェイが活躍していたであろう時代を忍ばせる内容が刻みつけられていた。

「それまで散発的だった帝国による攻撃が本格化したと書かれています」

そう語るのは、古代歴史学者のアンスタフト=ヒストリカ教授である。

「その原因として、ただ逃げ惑うだけだったダーフの村人が一致団結し、組織的な反抗勢力になり得たということがあげられます。その中心には、ライヴ=オフウェイ少年がいました。レクルート・ファハンを駆り村人たちを指揮し、そして僅かな兵力で帝国の軍勢を追い返していた事実が記録されています。そう、この少年は戦士としての能力だけでなく戦術家としての一面もあったことが、これらのオベリスクの記述からうかがい知ることができるのです…」

その一方で、ライヴ=オフウェイという一人の少年の圧倒的な強さに言及した方がいます。同じく考古学者のミンダーハイト=ギリアートン教授だ。

「その強さは一騎当千。例え数倍の数を誇る帝国のドラグナーに囲まれてもなお、戦いの中で勝利を導いた偉業を忘れてはいけません。彼の駆る白銀のドラグナーに、帝国軍は畏怖を込めて『白い悪魔』と呼称しました。その様子が描かれているのが、この古いバンバス(竹のような植物)の書簡です。この書簡には、ダーフに駐在している帝国軍が増援を要求する必死な様子を見て取ることができます。それほどまでに、ライヴ=オフウェイという人物の強さは比類ないものだったと思われます」

◇     ◇     ◇     ◇

「突撃…!」
村人たちは思い思いの農具を手に、騎士たちに踊りかかった。

農具が果たして剣を始めとする武器と対等に立ち向かえるのか? あなたはきっとそう疑問に思うだろう。だが、立ち向かえる方法があったのだ。エスクリマ…カリとも呼ばれるフィリピンの格闘術がある。これは敵が持つ剣などの武器に対し、農具などで立ち向かった村人たちの間で広まった格闘術である。ただの棒きれでは剣に立ち向かうことはできない。だが、手にした棒きれで剣を受け流した勢いもそのままに、その棒きれを押し込んで打ち込むところにこの格闘術の意義がある。野蛮なる西欧諸国軍がフィリピンをなかなか落とせなかったのも、この格闘術あってのことだった。そのノウハウを、俺は村人たちに伝えたのである。

何故そんなことを知っていたのかって?
思い出してほしい。俺は親父からありとあらゆる殺陣とその起源を叩き込まれていた。それも物心つく以前から、である。エスクリマは日本で言う杖術に繋がるところもあったし、また、その応用として様々な場面で有効に使えると教えられていた。

故に。その格闘術を敢えて村人たちにレクチャーし使えるように叩き込んだのである。

先頭を走るのは、俺が騎乗する白銀のレクルート・ファハン。愛大の脅威である敵のドラグナーを一手に引き受け、排除する役目を担っている。絵中のブースターを最大にふかし、ダッシュローラーの出力も大いに引き出して一気に間合いを詰める。走って移動している間は、そうそう敵の飛び道具に当たることはない。とにかく勢いと、的に与えるプレッシャーが大事なのだ。

そんな俺の眼前に5体のドラグナーが控えていた。内4体はおそらくファハンと呼ばれるタイプのドラグナー。そしてもう一体は、初めて見るタイプのものだった。その形相はまるでカミキリを思わせる大胆な眼。そして、牙のような顎。そのフォルムは俺のレクルートに負けず劣らない人型のスマートなフォルムだった。おそらく、それが隊長騎なのだろう、俺は脇目もふらずこの隊長騎を目指して突入した。

『-こちらに来るか、この白いの! …どこの誰かは知らぬが、返り討ちにしてくれるわ!-』
「ガキだからってなめんなよ、…俺はライヴ。ライヴ=オフウェイ!」
『-第13騎士団4番隊連隊長代理、クライヌ=フィッシャー。参る!-』

この世界の戦闘は、中世の日本のそれのように1対1での勝負から始まることが多い。それは生身の人間であってもドラグナーでの戦闘であっても同じことだった。ただ最初の勝負が全体の勝敗を決め得る大きな要因となることは間違いがなく、兵士の士気に関わる大事なセレモニーでもあった。俺は大剣を中段に構え、真っ向から突っ込んでいった。
『-馬鹿め、…このヘイムダルに通用すると思うてか!-』
敵のドラグナー、ヘイムダルもまた、中段に構えて突っ込んできた。俺は右にフェイントを噛まし、左へと超信地旋回しつつ敵の剣を弾いた。その勢いのまま敵の背後を取る。そして背面のブースターを掴むと、一気に引きずり倒した。
『-ぬぐぅ…ッ!-』
ヘイムダルの瞳が俺のレクルート・ファハンを指向する。だがその時には俺の大剣が真下を向き、そのコクピットを狙いすましていた。ゴボ…! と鈍い音とともに、俺の大剣がヘイムダルのコクピットに吸い込まれる。勝負はこの一撃で決まった。

「討ち取ったり!」
俺はかつて演劇での殺陣において演じたように、勝利を告げる口上をあげた。ダーフ村の反乱軍の気勢が嫌でも上がっていくのがわかる。この勝負、俺達の勝ちだ…!
「次はどこの誰ぞ!」
俺は叫びつつ、次の獲物を選んでいた…。

◇     ◇     ◇     ◇

「今日も大活躍じゃったな、坊主」
煌々と焚かれた薪に照らされながら、俺は村長から話しかけられた。
「いいえ、たまたま運が良かっただけですよ。あなた方の威勢がなかったら、例え敵の大将を倒していたとしても勝てたかどうかはわかりませんでした」
「それにしても、じゃ。帝国は飽きもせず何度でも大軍を持って襲い掛かってくる。そうなるといずれここも落ちるじゃろう。これからのことも考えておくべきではないかな? …そう、例えば援軍とか」
「俺は皆さんの存在を何よりの援軍と思って、心強く思っています。それ以外にもなにかあるのですか?」
俺は村長の真意を汲み取れないでいた。

「そうじゃの…。お前さんがいくら強いとは言え、そのドラグナーもこの村では一騎だけじゃ。今はいいが、その打ち手練がワンサとやって来るじゃろう。その時にお前さんと同じドラグナー乗りの仲間がいれば、対抗するのも随分と楽になるじゃろうて。今の帝国内では、このダーフと同様に立ち上がる民が増えつつあると聞き及んでおる。どうじゃ、わしらも…」
「そうですね。いずれはここも危機に陥ることになるでしょう。でも…」
「でも、どうした?」
「この村と隣町であるバリエーラとを結ぶ境界に、砦があります。これをなんとかしなければ、情報も何も伝わってきません。戦いに勝つには戦力よりも何よりも、補給と確かな情報が命なんです」

「…ねぇ、ライヴ。無理してない?」
「いたのか、リーヴァ。あは、無理なんてしてないさ。むしろみんなから元気をもらってるぜ!」
俺はできるだけ明るく振る舞ってみせた。
リーヴァは無言のまま、俺の額を軽く人差し指でつついた。俺は思わず体を崩し、ふらついてしまった。
「な、何をすんだよ。あっぶねぇな」
「…元気な人が額を突かれただけでふらつくわけがないじゃない。少しは休んで。…ライヴにもしものことがあったら、わたし…」
「いや、それはできない」
俺はきっぱりといい切った。
「どうして?」
「連中はいつまた襲ってくるかもしれないんだ。斥候に出てくれてる人のためにも、俺は休むことができないんだ」
「そんな調子で万が一負けたりするようなことになったら、元も子もないじゃない。何やってるのかわからないわよ」
「…リーヴァ…」
「それにね。今のままじゃライヴはいつか壊れてしまうわ。本当はとても優しい人だもの」
そう言うと、リーヴァは俺の胸の中に入ってきた。
「無理をして自分を押し殺してもいいことなんてひとつもないわ。みんなのためにって気持ちはわかるけど、村長さんの言っていることの意味も考えてみて」
「仲間のこと、か…。でも、どこにいるかわからない仲間を呼び寄せるためにも、俺は『ここにいるぞ!』って発信し続けるしかないんだ。それくらいしか、俺にはできることがないんだよ…」

星が綺麗だった。俺はこれからのことに思いを巡らせていた。はたしてどうやったら効率的に、この戦に勝てるのだろう。…わからない。ただ一つできることと言えば、リーヴァに言った通り、俺の存在をこの世界に発信し続けることだけだった。

◇     ◇     ◇     ◇

クーニフ歴37年、1月。年が明けて間もないこの頃、ダーフでの反乱の噂は辺境地域でも話題に登っていたとアンスタフト=ヒストリカ教授は言う。

「バリエーラに残るバンバスの書簡にはこのように記述されています。砦の街、バリエーラにおいてもダーフで起きた反乱の噂で持ちきりだったと。それを裏付けるように、帝国軍の動きが活発になった模様です。それはこの時期に物資や人の出入りが活発になったという商人たちの手形が今に伝わっているのです」

ちょうど時期を同じくして、バリエーラに現れた一団があった。後にライヴ=オフウェイ少年がその身をおくことになる青の旅団ブラウ=レジスタルスである。

「そうなんです。後の世に書かれた演義にもあるように、この時期に噂を聞きつけたブラウ=レジスタルスがバリエーラの地に現れていたのです」

そう語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。

「遡ることクーニフ歴34年8月。グロウサー帝国の西に位置するヅィンデズランズの地を出奔した領主、ローン=リアリズレンによって、帝国への反抗勢力であるブラウ=レジスタルスが組織されました。当初は僅か数名のドラグナー乗りを含む小さな団体でしたが、この時には帝国を悩ませる一大勢力となりつつあったのです。彼らがライヴ=オフウェイ少年と出会うことによって、大きくその勢力図を書き換えることとなりました。この事はバリエーラで発掘されたオベリスクにも記述された事実として、捉えるべきでしょう」

◇     ◇     ◇     ◇

「このあたりで話を聞いてみましょうか? ローン様」
私は眼にかかる長い黒髪を掻き上げながら、目の前の大男に答えた。
「そうだな、シュターク。ダーフの村で何度も大規模な戦闘があったと聞いた。おそらく、このバリエーラでも噂のひとつやふたつは届いているだろう」
「では、私は少々情報などをかき集めてまいります!」
そのガッチリとした体躯の持ち主はニカッと笑うと、飲み屋が密集する地域へと走っていった。
「情報集めに集中しすぎて飲みすぎるなよ!」
「わかってまさァ、いつもの通り、ちょっとだけ。ちょっとだけ付き合いで飲むだけです!」
いかにも嬉しそうに、シュターク=ヘラクレッシュのその肩が踊っている。これは戻ってくるまで相当時間がかかりそうだ。私は苦笑いをしながら、賑わう商店街を歩き始めた。

「ああ、いたいた! ローン様ぁ! やはりダーフ村で間違いないそうです!」
オレンジ色の髪を右のサイドテールにまとめた少女が、いかにも嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ローン様。どうやらダーフ村のドラグナー乗りは、ボクよりもひとつ上らしいですよ?」
「そうか。よくその情報を拾ってきたな、シェスター。いい子だ、感謝する」
その髪を撫でると、我がブラウ=レジスタルス最年少の騎士・シェスター=ネッテはクリっとした瞳を輝かせて喜んだ。

「ところでシェスター。そのドラグナー乗りについて、もっと詳しく教えてはもらえないか? …そうだな、そこのオープンカフェにでも入って話を聞こう。ああ、なんでも好きなものを頼むといい。私からのご褒美だ」
「本当ですか!」
シェスターの瞳が、大きく見開かれた。

「なら、オランジサフトのジュースが飲みたいです!」
「了解だ。では私はいつもの通り…」
「カフィーですね。砂糖も何も入っていない…」
「よく分かっているな。先読みでもしたのかい?」
「だって、ローン様はいつも同じものしかお飲みになられないんですもの。誰にだってわかります」
「ハハハ、それもそうだな」
私は手近なテーブルにつくと、サングラスを直し大きく伸びをした。やがて、注文を終えたシェスターが元気よく走ってくる。

「ローン様。せっかく素顔が格好いいのに、いつもサングラスを外さないんですね。もったいない」
「これはね、シェスター。昔の戦いで少し目が弱くなってしまっているんだ。この土地くらいの日光なら少しはマシなんだが、それでも裸眼では少々辛いんだよ」
「そうなんだ…。で、私が聞いてきたお話、聞きたいですか?」
「ああ、勿論だ。きっと楽しく聞かせてくれるだろうと期待しているよ」
「ハイ! おまかせください!」
シェスターは愛くるしく笑うと、可愛らしい敬礼で私に応えてくれた。

◇     ◇     ◇     ◇

「で、後どれくらい持ちこたえられそうですか?」
俺はアルクさんに食料の在庫を調べてもらっていた。これから本格的な冬に入るこの地方において、食料の確保は何よりの生命線になってくる。本来ならば狩りによって生計を立ててきたこの地方も、戦場と化した現在ではそう簡単に狩りには出られない。当然、この地方をよく訪れていた商人たちも通行制限がかけられてしまっている。武器を含め、食料の在庫が切れるのも時間の問題となっていた。

「…そうだね。…切り詰めても後ひと月は持つまい。そろそろ何らかの手を打つべき時が来たのかもしれないな…」
「…そうですか…」
俺は頭をフル回転させて考証してみた。現在怪我人も含めて、村の戦える人数も徐々に減ってきている。幸いにもダラグナーは俺さえ元気でいれば自己修復してくれるからいいとしても、武器の消耗は想像以上に激しい。ここはなんとかしなければ…。

「ね、アルクさん。これは賭けのようなものなんですが…」
「ふむ、一体何をしようというのかね?」
「関所… 砦の向こうと、なんとか連絡は取れませんかね?」
「バリエーラか… 無理だ無理だ。ひとりやふたりならまだしも、大勢の村人を逃がすなんてことはとても無理だよ。反対だ」
「いえ、そのひとりふたりでいいんです。砦の向こうの情報が欲しいんですよ。果たしてこちらと同じような目にあっているのか、それとも俺達の反乱による特需で潤っているのか。俺が考えるに、おそらく砦の向こうは賑わっていると思うんです。しかしその一方で、兵士たちの横行による不満も募らせているはず。その方々と連絡を取り合ってみたいんです」
「…君は本当にあのライヴくんかい…? ああ、いや… 魂の入れ替えジーベン・ダジール…だったな。すまない、忘れてくれ。今の君はライヴくんであって、ライヴくんではない。そうだった、ニホンから来た、もうひとりのライヴくんだったな」

「そこのところは、どうか気になさらないでください。俺は俺にできることをしたいだけなんです。で、どうなんです?」
「…可能だよ。ヌッツ… ヌッツ=ロースムントを派遣しよう。名前こそ穀潰しロースムントだが、仕事はできる男だ。信用していい。彼に頼もうじゃないか」

◇     ◇     ◇     ◇

「で、この俺様に何を頼もうってんで?」

その小男はいかにも情報屋と言った風情で、無愛想に話しかけてきた。
「ええ、ヌッツさん。あなたにしかできないことです」
「ほほう… 嬉しいことを言ってくれるじゃないか、我らが英雄。で? 早速本題に入ってくれてもいいんだぜ?」
「では言葉に甘えて本題に入りましょう。改めて言いますが、本来旅の商人であるあなたにしかできないことです。隣の街… 砦の向こうのバリエーラで、帝国に対する反乱分子を、…つまりは、俺達の味方になってくれる同志を見つけてきて欲しい。俺達ダーフの村は今、危機的な状況に追い込まれています。その局面をひっくり返すには、どうしてもこの砦を落とすしかない。…いかがでしょう? 出来る限りの報酬は用意させてもらいます。やってはもらえませんか?」

「あちゃ~… 御用というのはそういうことですか? そんな大事なことをこの俺様に頼んで大丈夫なんですかい? もしかすると砦の向こうで、あんたたちを裏切って大金をせしめているかもしれませんぜ? それでもこの俺様に手の内を明かして、そんな大層な依頼をしようと言うんで?」
「そうです。もし裏切られたなら、それはそれで俺に人を見る目がなかったと諦めるしか他にしようがない。でも、あなたがいるからこそ可能な作戦があるんです。…お願いしてもいいですか?」

ヌッツは天を仰ぎ見ていた。そして暫くして俺の方に向き直ると、言葉を選びながら話しかけてきた。

「ライヴさん。…では、このようにしましょう。もし成功したならば、あたしはこのダーフにおける貴金属や宝石の商売の権利一切をすべて頂く。勿論、この地に入れる食料や様々な工具などの取引に関しても。失敗したら元も子もありませんが、もし砦がなくなったら物流はもっとスムーズに、更に良くなるでしょう。私はそれに賭けてみたい。…いかがです?」
ヌッツはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら様子をうかがってきた。

「ええ、いいでしょう。きっとそう言ってくるだろうと思って、話は既に通してあります。お安い御用ですよ」
俺の回答を聞いて、ヌッツの細い目が、更に細くなった。

「ほぅ… 私が商売の権利を欲しがる、そこまで読んでいたと?」
「はい。俺はこの世界の住人であって、実はそうではない。戦争を扱ったシミュレーションゲームではよくあるパターンです。商売人は上手く使え、とね」
「しみゅ… 何ですか、それは?」
「どのように説明したらいいのか、今の俺では説明できません。そういうものがあるとだけ思ってください」
「…まァいいでしょう。ではご期待に添えるかはわかりませんが、やってみせましょう」
そう言うと、ヌッツは恭しく頭を下げて、部屋を出ていこうとした。
「よろしくお願いします、ヌッツさん」
俺の言葉を受けて一瞬立ち止まると、ヌッツは腕を上げてヒラヒラと振り、応えてみせた。

◇     ◇     ◇     ◇

「なんだか最近、忙しそうね」
ヌッツとの会見の後、リーヴァが突然話しかけてきた。
「忙しいさ。だって、この村の将来がかかっているんだぜ? 全く気が抜けないよ」
「…食事、ちゃんと出来てる?」
「…ああ、そういや朝から何も食べてないや。道理で腹が減っているわけだ」
「コレ、食べて」
リーヴァは俺に小さな包みを渡してくれた。手触りから想像するに、ふかふかのパン? …いや、サンドイッチか?
「サンドイッチよ。少しの時間で何かをしながらでも手軽に食べられるわ。でもね。くれぐれもムリしないで。…お願い」
「わかってるさ。俺にできることなんて、たかが知れてる。それ以上のことは大人やみんなに任せているよ」
「フフフ… それを聞いて安心したわ。全部背負い込んで悩んでいるとばかり思っていたから…」
「いやいや、大変だぁよ?」
俺はできるだけおどけてみせた。

「…あなたがそういう時ほど、切羽詰まっているんでしょ? 今は何も言わない。だから、頑張って」
「…かなわないなぁ、やっぱ、わかる?」
「当然よ。一体何年あなたと一緒に過ごしたと思ってるの?」
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