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第六章
踊る人形-01
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「アーサーハイヴから連絡。スターファ陥落!」
ブリッジに、明るい声が響き渡った。
「なお、フィスクランド、ダシュタットからの援軍がアーサーハイヴに入ったそうです!」
「これでダズアルト砦も落とし易くなったな」
ローンは艦長席にどっと腰掛け、サングラスのブリッジを押し上げた。
「そうですね。これでスターファ経由で敵の援軍が来るという可能性は低くなったと見てもいいでしょう。それに…」
「それに?」
「前回の戦いで捕虜にしたスターファ兵から、士気が下がっているという情報も入っています。そりゃそうですよね。マーダーに味方をあれだけ殺されてりゃ…」
「グリート・レインズやディーツァ、フォフトヴァーレンからの援軍も無いと?」
「ハイ。むしろ、文書で投降を呼びかけることで味方につけることも可能かと思います」
「…成程。では早速書状を作成するとしよう。それと…」
「既にアーサーハイヴには、各地の監視はすれど手を出さぬよう通達は出してあります」
「ハハハ… 流石に手を回すのが速いな」
「今は、少しでも味方を増やすのが得策です」
「それも、あの男の教えか?」
「クフールのおっさんですか?」
「そうだ。短時間にいろいろ学んだようだな」
「あのおっさんには恨みこそあれど、恩なんて」
「ナルホド。想像以上にいろいろと学んだと見える」
「いいんですよ、そんなこと。それより、鹵獲したハイド・ビハインドの補修工事は…」
「アーサーハイヴに頼んである。あそこはあれでも優れた整備士が揃っている。期待してていい」
「そうですか、それで…」
「リーヴァ嬢の行方かな?」
「…そうです。アレはマーダーの旗艦。…何か、わかりましたか?」
「それなんだが…」
ローンは艦長席の引き出しから、一組の髪飾りを取り出した。
「…見覚えはあるかね?」
「はい。これは間違いなく、リーヴァのものです」
「やはり、か。私もそうではないかと思っていたのだが…」
「で、それ以外には?」
「何もない。ただ、それが発見されたのが、士官室であったということだ」
「…士官室?」
「そうだ、その事実が何を意味すると思う?」
「…あまり、考えたくないですね…」
「そういうことだ。一刻も早く彼女を救出しなくてはな」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸いである。心穏やかであろうから。だからこそ、伝えよう。連綿と受け継がれてきた、勇者たちの物語を。…皆さん、こんばんは。当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。アムンジェスト=マーダーの脅威をその身を持って知ったライヴ少年ですが、あと一歩で逃してしまいました。少なくとも私達が知っている物語では、マーダーを倒すのにあと一歩のところで惜しくも撤退せざるを得ない状況となったとあります。果たして、史実ではどうだったんでしょうね。歴史は勝者によって書き換えられる。…それが史書の運命でもあります。本当は、ライヴ少年はかなり危険な思いをしていたのではないでしょうか? …などと、無粋な想像を膨らましてしまいます。…ハハハ…、ライヴ=オフウェイ少年を支持するファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした。どうか許して下さいね…」
「私は今、史跡ダズアルト砦城壁に来ています」
アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「フラックフェルト平原に於ける大戦で勝利を得たブラウ・レジスタルス及び反帝国軍は、アーサーハイヴ軍によるスターファ攻略の後、北方の三都市であるグリート・レインズやディーツァ、フォフトヴァーレンに書簡を送り、戦うことなく味方に引き入れました。こういった政治的なやり方は、やはり交渉に長けたブラウ・レジスタルスのリーダーであるローン=リアリズレンならではであるといえるでしょう。こうして反帝国を掲げた都市は、ダズアルト砦を軸とする東側全てとなったのです」
「今私が立っているのが、ダズアルト砦の中央に位置するシュタークフォート城の巨大砲台があったとされる砲台跡です。その破壊力たるや一つの街を瞬時に壊滅させるほど。しかしその射程は6.5Giz(約10.5km)と大砲としては短いとされています。現代から120年ほど前の大戦時に、ダルフ公国で6輌だけ生産されたグズヌフ自走臼砲の元となったアイデアはこれであったとも言われています。いやぁ、たまりませんね!」
と、ご満悦なのがミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この大砲に与えられた任務は砦の城壁を越えてきた敵軍に対し、砲撃を加えるというものでした。何しろたった一門でこれだけの面積を必要とする大砲です。この大砲が四方に一門ずつ、計4門もあったとされています。想像しただけでも震えが来ますね! これだけ巨大な空間を必要とする巨大な大砲。勿論、この地下もその巨大な重量に耐えうる構造となっています。この大砲を相手に、ライヴ少年たちはどのように戦ったのでしょう! いやぁ、本当に素晴らしい!…」
◇ ◇ ◇ ◇
「…あれが、ダズアルト砦…?」
アジ・ダハーカ上部甲板にて。俺は目の前に広がった、巨大な城壁に圧倒されていた。その城壁のあちこちに掲げてある隊旗がある。それこそ、あのアムンジェスト=マーダーの掲げていた”踊る人形”…。
「その高さは10Yag(約9.1m)、全周は50Giz(80.5km)はあるっていう話だよ!」
シェスターがそのオレンジ色のサイドテールを左右に揺らしながら説明してくれた。
「この丘の上からなら見えるかな…? あの、ずっと遠くにお城が見えるの。アレがシュタークフォート城ね!」
「シュターク…?」
「そう、シュタークの名前と同じ、シュタークなの!」
「…こういう時には、あまり嬉しくない名前だなぁ…」
「それにしても、おかしいわね」
いつの間にか、フラウがやって来ていた。
「どうしたの、フラウ?」
「ガイストカノンの砲台が見えないわ。それが配置されてる”窓”が、全部塞がってるのよ…」
…確かに。遠目に見ても、城壁の中腹に幾つかの閉じられた”窓”があるのが見える。こういう時には、もしかして…
「すまんな、またこの男が潜り込んできていたぞ」
「シュタークさん…」
その手には、いつもの通りというか、ヌッツが首根っこを掴まれてブラブラと拉致されてきていた。
「だから、このボンクラを何とかしとけって言っただろう!…」
◇ ◇ ◇ ◇
「で、ヌッツさん。今度はどんなご用件で?」
「そろそろ武器弾薬が足りなくなった頃だろうと思いましてね。いわば、商売をしに…」
「…そう言えばそうだな。よし、今日はこの付近でキャンプを張ろうか」
ローンが何か思いついたのか、ダズアルト砦まで後数キロというところで進軍をを止めた。勿論、ダズアルト砦からは死角になっている場所だ。そう言っておかなきゃ、後で突っ込まれるもんな。
「これがあたしの輸送機:フリンスターフですよ!」
それは、大きな羽を広げたコウノトリを思わせるようなデザインだった。その胴体は大きく、内蔵されたコンテナは分離して、地上に降ろすことができる。そのコンテナの大きさたるや、ドラグナーが3騎ほど積めるほどだ。そのコンテナの中にはハンディ・カノン用の弾丸から入手先不明のドラグナー(しかも、名称不明!)、生活雑貨に至ってはジャムからちょっとしたユニットハウスまでが積み込まれていた。一応武装はしている模様で、小型のハンディ・カノンが数門、羽根の部分に該当する貨物室に取り付けられている。
「…そういや、俺のハンディ・カノン二門とも壊されてしまってるんだよな…」
「ハイハイ、ちゃんとありますよ。ハンディ・カノン用の通常弾をセットでお売りできますが、どうなさいますね?」
「ちなみに、いくら?」
「1セット20Rigでいかがでしょう?」
「おいおい、確か1Rigあれば一年間結構いい生活ができるって…」
「…そうですが?」
「いや、高いでしょ、普通に」
「3連装6発のマガジンが3つもお付けしてますが?」
「いや、それでもさ! …ちなみに、そのマガジンを外したらいくら位?」
「ああ、10Rigはしますかねぇ…」
「弾が高いのかよ!」
「セットでの割引料金ですよ?」
「…ああ、そういうことね…」
俺は、以前アギルから聞いた”破産するぞ”という言葉の意味を知った。
「で? 君はお金、持ってるの?」
シェスターが興味ありげに聞いてきた。てか、いつやって来たんだよ。
「そういや、俺… 一文無しだわ…」
「またまた、ライヴさんも冗談が過ぎますよ?」
「いや、ヌッツさん。おれ、以前もらった7,500Rig全部フェアンレギオン砦で使ってしまったんだわ…」
「ええええ!? そんな大金、一体何に使ったの?」
「いや、あの砦では味方が一人でも必要だったから、捕虜になった人に使った…」
「ちょっと! ライヴ君、来なさい!」
シェスターは俺の手を引っ張ると、ブリッジの艦長席に座っているローンの前までズカズカとやって来た。
「ローン様、いくらなんでも酷すぎます。ライヴ君、無一文だって言ってますよ? どれだけウチは3Kなブラック企業なんですか!?」
「? …何のことを言っている?」
「だから、ライヴ君の俸禄はどうしたのって聞いてるんです!」
「…払っているよ? この1月から、ずっと」
「へ?」
俺は耳を疑った。俺には全く、そんな覚えがなかったのだ。
「ああ、そう言えば…」
ローンは思い出したかのように、俺を見た。その表情には、若干の嫌な汗が見て取れる。
「まだ君にカードを渡してなかったな…」
「そこ! いちばん大事なところでしょう! ローン様もいい加減そのズボラなところ、直してください!」
シェスターは本気で突っ込んでいた。
「いや、ちゃんと振り込んではいるのだが、渡してなければ意味が無いな」
「本当ですよ、全く!」
「シェスター、あまり責めないでくれ。私も彼が何も言ってこないので、すっかり忘れてしまっていたのだ」
「…今度は責任転嫁ですか?」
「いや、実に申し訳ない。そう言えば君はジーベン・ダジールだったな。ならばこの世界での生活がどのように成立しているかをちゃんと教えておくべきだった。例の7,500Rigの時は、君からの口頭で手続きがなされていたからな…、本当にすまない」
「い… いや、ちゃんとはっきりすればいいんですよ。でも、カードが機能しているだなんて知らなかったなぁ…」
済まなさそうに頭を下げるローンに戸惑いを覚えつつ、俺はこの世界の経済のことも知らなかった自分を呪った。
「では、これが君のカードだ。使い方の詳細はシェスターに聞いてくれ」
「今度はそういう事無しでお願いしますね、ローン様!」
「…本当に面目次第もない」
シェスターは再び俺の手を引っ張ると、今度は艦内の銀行へと向かった。
「ここで小切手が切られるの。街に行けば、現金に変えることができるわ。それに、小切手でロースムント商会のような商社とも取引できるんだ。小切手を渡して、お釣りをもらう。金額が大きければ、お釣りも小切手でもらうことができる。…わかった?」
「へ、へぇぇぇ…」
正直言って、俺は小切手なんて貰ったことも扱ったこともなかった。それだけに、ポカーンと説明を聞いているだけしかできなかった。
「ホント、わかってる? ライヴ君!」
「あ、ああ、多分… ね…」
「そんなんじゃ、お嫁さんが大変だよ? まぁ、そこんところは上手くやりくりするけどさ!」
「……ん?」
今、サラッと何かとんでもないことを宣言しなかったか?
「とにかく、ここで小切手をもらうんだ。君はこの2ヶ月分何も貰ってないはずだから、相当な金額があると思うよ?」
シェスターの促すままに、俺はカードを提出し書類をもらう。そして、その書類にサインをして… と。
隣には、いかにも興味津々なシェスター。まるで他人事ではないみたいだ。そして、印璽の押された一枚の紙片が渡される。
「…いち、じゅう、ひゃく、せん…」
俺は桁数を数えてみた。隣のシェスターが悲鳴を上げる。
「2,200Rig! すっごーい! ボクよりも、破格のお給料だよ!」
だから、どうしてシェスターが喜んでるんだ?
「これなら、ちょっと頑張ればもっといいドラグナーだって手に入るよ!」
「そ、そうなの?」
俺はおそるおそる聞いてみる。
「勿論さ! 薬莢にマナを封入できるスキル持ちのボクですらひと月700Rigだからね。これだけあれば、君のレクルートに専門の整備士をつけることもできるし、魔弾を装備することだって可能だよ!」
「整備士をつけるって…?」
「今は君、自分のマナでレクルートを修理してるでしょ? そうじゃなくて、専門の整備士を雇えばその手間が省けるし、戦闘に専念できるってわけ。専門の整備士だから、ちょっとしたメンテナンスもしてくれるんだよ」
「…そうなんだ」
「くふ♡ ボク、なんだか楽しみになってきちゃった!」
そう言うと、シェスターは三度俺の手を取って、今度はヌッツの元へとやって来た。
「いい整備士さん、いるかな? ドラグナー専門の!」
「ああ、お嬢さん。いますよ? でもいい整備士になればなるほどお給金も高くなりますぜ?」
「大丈夫! ちなみに、今一番いい整備士さんを呼んできたら、いくら掛かりそう?」
「う~む…。その整備士に月300。この艦まで届ける手数料として、あたし共に200は必要ですかねぇ…」
「乗った! で、いつまでに連れてこれそう?」
「ちょ、ちょっと待った! そう性急に決められても…」
「ここは経験者の言うことに従いなさい! それが長生きする秘訣だよ!」
…こうして俺は、毎月300Rigの整備士を雇い、両腕に三連装6連発のハンディ・カノンをふたつ買い入れ、更に両腕のパイルバンカーのニードルを更に硬いものへと交換した。整備士は一週間後には到着の予定だと言う。ホント、ありがたいやら…
とにかく、これで俺もちゃんと給料が支払われていることがわかった。その分は仕事しなくっちゃな…。
ブリッジに、明るい声が響き渡った。
「なお、フィスクランド、ダシュタットからの援軍がアーサーハイヴに入ったそうです!」
「これでダズアルト砦も落とし易くなったな」
ローンは艦長席にどっと腰掛け、サングラスのブリッジを押し上げた。
「そうですね。これでスターファ経由で敵の援軍が来るという可能性は低くなったと見てもいいでしょう。それに…」
「それに?」
「前回の戦いで捕虜にしたスターファ兵から、士気が下がっているという情報も入っています。そりゃそうですよね。マーダーに味方をあれだけ殺されてりゃ…」
「グリート・レインズやディーツァ、フォフトヴァーレンからの援軍も無いと?」
「ハイ。むしろ、文書で投降を呼びかけることで味方につけることも可能かと思います」
「…成程。では早速書状を作成するとしよう。それと…」
「既にアーサーハイヴには、各地の監視はすれど手を出さぬよう通達は出してあります」
「ハハハ… 流石に手を回すのが速いな」
「今は、少しでも味方を増やすのが得策です」
「それも、あの男の教えか?」
「クフールのおっさんですか?」
「そうだ。短時間にいろいろ学んだようだな」
「あのおっさんには恨みこそあれど、恩なんて」
「ナルホド。想像以上にいろいろと学んだと見える」
「いいんですよ、そんなこと。それより、鹵獲したハイド・ビハインドの補修工事は…」
「アーサーハイヴに頼んである。あそこはあれでも優れた整備士が揃っている。期待してていい」
「そうですか、それで…」
「リーヴァ嬢の行方かな?」
「…そうです。アレはマーダーの旗艦。…何か、わかりましたか?」
「それなんだが…」
ローンは艦長席の引き出しから、一組の髪飾りを取り出した。
「…見覚えはあるかね?」
「はい。これは間違いなく、リーヴァのものです」
「やはり、か。私もそうではないかと思っていたのだが…」
「で、それ以外には?」
「何もない。ただ、それが発見されたのが、士官室であったということだ」
「…士官室?」
「そうだ、その事実が何を意味すると思う?」
「…あまり、考えたくないですね…」
「そういうことだ。一刻も早く彼女を救出しなくてはな」
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を知るものは幸いである。心穏やかであろうから。だからこそ、伝えよう。連綿と受け継がれてきた、勇者たちの物語を。…皆さん、こんばんは。当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。アムンジェスト=マーダーの脅威をその身を持って知ったライヴ少年ですが、あと一歩で逃してしまいました。少なくとも私達が知っている物語では、マーダーを倒すのにあと一歩のところで惜しくも撤退せざるを得ない状況となったとあります。果たして、史実ではどうだったんでしょうね。歴史は勝者によって書き換えられる。…それが史書の運命でもあります。本当は、ライヴ少年はかなり危険な思いをしていたのではないでしょうか? …などと、無粋な想像を膨らましてしまいます。…ハハハ…、ライヴ=オフウェイ少年を支持するファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした。どうか許して下さいね…」
「私は今、史跡ダズアルト砦城壁に来ています」
アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「フラックフェルト平原に於ける大戦で勝利を得たブラウ・レジスタルス及び反帝国軍は、アーサーハイヴ軍によるスターファ攻略の後、北方の三都市であるグリート・レインズやディーツァ、フォフトヴァーレンに書簡を送り、戦うことなく味方に引き入れました。こういった政治的なやり方は、やはり交渉に長けたブラウ・レジスタルスのリーダーであるローン=リアリズレンならではであるといえるでしょう。こうして反帝国を掲げた都市は、ダズアルト砦を軸とする東側全てとなったのです」
「今私が立っているのが、ダズアルト砦の中央に位置するシュタークフォート城の巨大砲台があったとされる砲台跡です。その破壊力たるや一つの街を瞬時に壊滅させるほど。しかしその射程は6.5Giz(約10.5km)と大砲としては短いとされています。現代から120年ほど前の大戦時に、ダルフ公国で6輌だけ生産されたグズヌフ自走臼砲の元となったアイデアはこれであったとも言われています。いやぁ、たまりませんね!」
と、ご満悦なのがミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この大砲に与えられた任務は砦の城壁を越えてきた敵軍に対し、砲撃を加えるというものでした。何しろたった一門でこれだけの面積を必要とする大砲です。この大砲が四方に一門ずつ、計4門もあったとされています。想像しただけでも震えが来ますね! これだけ巨大な空間を必要とする巨大な大砲。勿論、この地下もその巨大な重量に耐えうる構造となっています。この大砲を相手に、ライヴ少年たちはどのように戦ったのでしょう! いやぁ、本当に素晴らしい!…」
◇ ◇ ◇ ◇
「…あれが、ダズアルト砦…?」
アジ・ダハーカ上部甲板にて。俺は目の前に広がった、巨大な城壁に圧倒されていた。その城壁のあちこちに掲げてある隊旗がある。それこそ、あのアムンジェスト=マーダーの掲げていた”踊る人形”…。
「その高さは10Yag(約9.1m)、全周は50Giz(80.5km)はあるっていう話だよ!」
シェスターがそのオレンジ色のサイドテールを左右に揺らしながら説明してくれた。
「この丘の上からなら見えるかな…? あの、ずっと遠くにお城が見えるの。アレがシュタークフォート城ね!」
「シュターク…?」
「そう、シュタークの名前と同じ、シュタークなの!」
「…こういう時には、あまり嬉しくない名前だなぁ…」
「それにしても、おかしいわね」
いつの間にか、フラウがやって来ていた。
「どうしたの、フラウ?」
「ガイストカノンの砲台が見えないわ。それが配置されてる”窓”が、全部塞がってるのよ…」
…確かに。遠目に見ても、城壁の中腹に幾つかの閉じられた”窓”があるのが見える。こういう時には、もしかして…
「すまんな、またこの男が潜り込んできていたぞ」
「シュタークさん…」
その手には、いつもの通りというか、ヌッツが首根っこを掴まれてブラブラと拉致されてきていた。
「だから、このボンクラを何とかしとけって言っただろう!…」
◇ ◇ ◇ ◇
「で、ヌッツさん。今度はどんなご用件で?」
「そろそろ武器弾薬が足りなくなった頃だろうと思いましてね。いわば、商売をしに…」
「…そう言えばそうだな。よし、今日はこの付近でキャンプを張ろうか」
ローンが何か思いついたのか、ダズアルト砦まで後数キロというところで進軍をを止めた。勿論、ダズアルト砦からは死角になっている場所だ。そう言っておかなきゃ、後で突っ込まれるもんな。
「これがあたしの輸送機:フリンスターフですよ!」
それは、大きな羽を広げたコウノトリを思わせるようなデザインだった。その胴体は大きく、内蔵されたコンテナは分離して、地上に降ろすことができる。そのコンテナの大きさたるや、ドラグナーが3騎ほど積めるほどだ。そのコンテナの中にはハンディ・カノン用の弾丸から入手先不明のドラグナー(しかも、名称不明!)、生活雑貨に至ってはジャムからちょっとしたユニットハウスまでが積み込まれていた。一応武装はしている模様で、小型のハンディ・カノンが数門、羽根の部分に該当する貨物室に取り付けられている。
「…そういや、俺のハンディ・カノン二門とも壊されてしまってるんだよな…」
「ハイハイ、ちゃんとありますよ。ハンディ・カノン用の通常弾をセットでお売りできますが、どうなさいますね?」
「ちなみに、いくら?」
「1セット20Rigでいかがでしょう?」
「おいおい、確か1Rigあれば一年間結構いい生活ができるって…」
「…そうですが?」
「いや、高いでしょ、普通に」
「3連装6発のマガジンが3つもお付けしてますが?」
「いや、それでもさ! …ちなみに、そのマガジンを外したらいくら位?」
「ああ、10Rigはしますかねぇ…」
「弾が高いのかよ!」
「セットでの割引料金ですよ?」
「…ああ、そういうことね…」
俺は、以前アギルから聞いた”破産するぞ”という言葉の意味を知った。
「で? 君はお金、持ってるの?」
シェスターが興味ありげに聞いてきた。てか、いつやって来たんだよ。
「そういや、俺… 一文無しだわ…」
「またまた、ライヴさんも冗談が過ぎますよ?」
「いや、ヌッツさん。おれ、以前もらった7,500Rig全部フェアンレギオン砦で使ってしまったんだわ…」
「ええええ!? そんな大金、一体何に使ったの?」
「いや、あの砦では味方が一人でも必要だったから、捕虜になった人に使った…」
「ちょっと! ライヴ君、来なさい!」
シェスターは俺の手を引っ張ると、ブリッジの艦長席に座っているローンの前までズカズカとやって来た。
「ローン様、いくらなんでも酷すぎます。ライヴ君、無一文だって言ってますよ? どれだけウチは3Kなブラック企業なんですか!?」
「? …何のことを言っている?」
「だから、ライヴ君の俸禄はどうしたのって聞いてるんです!」
「…払っているよ? この1月から、ずっと」
「へ?」
俺は耳を疑った。俺には全く、そんな覚えがなかったのだ。
「ああ、そう言えば…」
ローンは思い出したかのように、俺を見た。その表情には、若干の嫌な汗が見て取れる。
「まだ君にカードを渡してなかったな…」
「そこ! いちばん大事なところでしょう! ローン様もいい加減そのズボラなところ、直してください!」
シェスターは本気で突っ込んでいた。
「いや、ちゃんと振り込んではいるのだが、渡してなければ意味が無いな」
「本当ですよ、全く!」
「シェスター、あまり責めないでくれ。私も彼が何も言ってこないので、すっかり忘れてしまっていたのだ」
「…今度は責任転嫁ですか?」
「いや、実に申し訳ない。そう言えば君はジーベン・ダジールだったな。ならばこの世界での生活がどのように成立しているかをちゃんと教えておくべきだった。例の7,500Rigの時は、君からの口頭で手続きがなされていたからな…、本当にすまない」
「い… いや、ちゃんとはっきりすればいいんですよ。でも、カードが機能しているだなんて知らなかったなぁ…」
済まなさそうに頭を下げるローンに戸惑いを覚えつつ、俺はこの世界の経済のことも知らなかった自分を呪った。
「では、これが君のカードだ。使い方の詳細はシェスターに聞いてくれ」
「今度はそういう事無しでお願いしますね、ローン様!」
「…本当に面目次第もない」
シェスターは再び俺の手を引っ張ると、今度は艦内の銀行へと向かった。
「ここで小切手が切られるの。街に行けば、現金に変えることができるわ。それに、小切手でロースムント商会のような商社とも取引できるんだ。小切手を渡して、お釣りをもらう。金額が大きければ、お釣りも小切手でもらうことができる。…わかった?」
「へ、へぇぇぇ…」
正直言って、俺は小切手なんて貰ったことも扱ったこともなかった。それだけに、ポカーンと説明を聞いているだけしかできなかった。
「ホント、わかってる? ライヴ君!」
「あ、ああ、多分… ね…」
「そんなんじゃ、お嫁さんが大変だよ? まぁ、そこんところは上手くやりくりするけどさ!」
「……ん?」
今、サラッと何かとんでもないことを宣言しなかったか?
「とにかく、ここで小切手をもらうんだ。君はこの2ヶ月分何も貰ってないはずだから、相当な金額があると思うよ?」
シェスターの促すままに、俺はカードを提出し書類をもらう。そして、その書類にサインをして… と。
隣には、いかにも興味津々なシェスター。まるで他人事ではないみたいだ。そして、印璽の押された一枚の紙片が渡される。
「…いち、じゅう、ひゃく、せん…」
俺は桁数を数えてみた。隣のシェスターが悲鳴を上げる。
「2,200Rig! すっごーい! ボクよりも、破格のお給料だよ!」
だから、どうしてシェスターが喜んでるんだ?
「これなら、ちょっと頑張ればもっといいドラグナーだって手に入るよ!」
「そ、そうなの?」
俺はおそるおそる聞いてみる。
「勿論さ! 薬莢にマナを封入できるスキル持ちのボクですらひと月700Rigだからね。これだけあれば、君のレクルートに専門の整備士をつけることもできるし、魔弾を装備することだって可能だよ!」
「整備士をつけるって…?」
「今は君、自分のマナでレクルートを修理してるでしょ? そうじゃなくて、専門の整備士を雇えばその手間が省けるし、戦闘に専念できるってわけ。専門の整備士だから、ちょっとしたメンテナンスもしてくれるんだよ」
「…そうなんだ」
「くふ♡ ボク、なんだか楽しみになってきちゃった!」
そう言うと、シェスターは三度俺の手を取って、今度はヌッツの元へとやって来た。
「いい整備士さん、いるかな? ドラグナー専門の!」
「ああ、お嬢さん。いますよ? でもいい整備士になればなるほどお給金も高くなりますぜ?」
「大丈夫! ちなみに、今一番いい整備士さんを呼んできたら、いくら掛かりそう?」
「う~む…。その整備士に月300。この艦まで届ける手数料として、あたし共に200は必要ですかねぇ…」
「乗った! で、いつまでに連れてこれそう?」
「ちょ、ちょっと待った! そう性急に決められても…」
「ここは経験者の言うことに従いなさい! それが長生きする秘訣だよ!」
…こうして俺は、毎月300Rigの整備士を雇い、両腕に三連装6連発のハンディ・カノンをふたつ買い入れ、更に両腕のパイルバンカーのニードルを更に硬いものへと交換した。整備士は一週間後には到着の予定だと言う。ホント、ありがたいやら…
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