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第七章
今を生きる-02
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クーニフ歴37年4月6日。いよいよ大舞台の完成である。これらの舞台装置やら小道具やらの手配には、ロースムント商会の全面協力あっての完成であった。もともとこの都市にあるテアータル(オペラ座みたいな場所ね)を急遽改装して、今回の慰問会を執り行うことにしていた。先の戦いでほぼ全壊に近かったこの建物も、開放的な野外劇場として生まれ変わったのだ!
…と言えば聞こえはいいが、要は予算と工期の問題でこのようになったのである。
「なぁに。箱物なんて、場所と工期と予算さえ決まれば、後はどうにでもなるもんでさ」
とヌッツは言う。そのヌッツが差し出してきた請求書の内訳は…
建材費 …22Leh
運賃 …04Leh
設置・撤去費 …07Leh
クレーン費 …03Leh
諸経費(内備品費込)…14Leh
合計 …50Leh(業者:ヴァランスタルトン21)
つまり、1/2Rigかかる計算。
もちろん、音の増幅器(アンプ・スピーカー)や映像投射機も含まれての数字だ。これを安いと取るか高いと取るかは、詳しい人に聞いてくれ。ただ下請けとなったヴァランスタルトン21という業者はかなり勉強してくれたようだ。次回も何か演るとしたらここを使おうと思う。こういう時の判断基準はやっぱ、誠実さだよな!
後は、衣装やら楽器やらの手配と… 演者の調子次第。
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を覚えているものは幸せである。心穏やかであろうから。だからこそ、伝えよう。連綿と受け継がれてきた、英雄たちの物語を。皆さん、こんばんは。クーリッヒ=ウー=ヴァンの世界へようこそ。私が当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。戦場における”慰問”について、皆さんはどれくらいの方がご存知でしょうか? 今も世界の各地で、紛争や争いが起きています。そういった地方へ国際統一連合(IUU)からの平和維持活動部隊が派遣されていますね。そう、今もそういった部隊へ慰問団が派遣されているのです。
では、この制度はいつから始まったことでしょうか? 第一次欧州大戦? それとも、第二次中部国家連合大戦から? いいえ、何れも答えはFeh(NO)です。どの答えも間違っているのです。では世界初の慰問団派遣はいつの時代だったのでしょう…?」
「私は今、ダズアルト城塞都市遺跡の第25号遺跡に来ています」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「別名、グロスアーティヴ・テアータルとも呼ばれる有名な遺跡ですね。この劇場はクーリッヒ=ウー=ヴァンの時代に由来すると言われています。史書:ゲシュヒテにはこのように書かれています。
『ライヴ=オフウェイは全財産をはたいて、傷ついた人々への奉仕に努めた。その中でも民草を喜ばせたのが、兵士たちによる慰問だった…』
つまり、慰問という言葉がはじめて歴史上に現れたのが、何千年も昔の世界だったのです」
「ですが、実際にはかなり苦心したようです」
と語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「ここにロースムント商会という業者の伝票があります。いずれもアーサーハイヴから発掘されたバンバスの書簡で、この伝票の走り書きから事業主に何度も値段の交渉を行っていた事がわかってきました。はたして、これが同時代のものと判定していいものかどうか。放射性炭素年代測定法による判定では±400年の誤差がどうしても生じます。ドンピシャではないのです。ですが、もし。これが該当時代のものであったとするならば、ライヴ=オフウェイ少年や彼を取り巻く人々の息遣いが、まるで聞こえてきそうではありませんか」
◇ ◇ ◇ ◇
クーニフ歴37年4月7日。いよいよ本番である。まだ身体に包帯を巻いてはいるものの、スタッフは至って元気そのもの。演者の士気は絶好調だった。兵士たちから有志を募り、僅か一週間の練習期間しかなかったとは言え皆素晴らしい出来栄えだった。中には死別した者を思い出し、或いは滅んでしまった郷土を偲んで涙を流す者もいた。
そしていよいよ、我らがブラウ=レジスタルスの出番である。
儚げなフルートゥという横笛の音色が流れ、白拍子の舞が始まる。それは静かに、そして時には艶やかに繰り広げられた。やがてそのフルートゥの音色にトローメルという太鼓が割り込んでくる。それは徐々に激しくなってゆき、俺様登場! 激しい剣舞を披露した。そこへ白拍子が加わり、ひとつのストーリーを成した。恋しい人を想う舞と戦場でただ生き残り愛しいものと再開することだけを願う者の物語だった。気がつくと、クルッグベースという古典的なベース楽器が加わってきていた。ベース音はメロディとリズムを刻み、舞もまた激しいものとなっていく。そしてブルースハーフェというハーモニカのような楽器が加わった。目まぐるしく激しく踊るメロディ。しかし、謎の統一感で纏まっている。まるで混成楽器によるジャズのメロディに乗せて舞を舞っているような不思議な空間がそこに生まれた。
ソロパートでは誰もが喝采を浴びた。歓声を浴びた。様々な感情を浴びた。とても気持ちいい!
が、何にでも終わりはあるもの。このGIGも遂にラストを迎えた。
…ジャン!
こうして、俺達のステージは終わった。約5分17秒…その凝縮されたステージで、俺達は全てを出し尽くした。
拍手喝采! アンコールの波、そして、指笛のコール…。
…成功だった! サイコーだった!
この多少過激とも思える慰問会は、日没とともに無事に終えることができた。燃え尽きた。…真っ白に… 燃え尽きたぜ…。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後。俺はアジ・ダハーカにふらりと現れたヌッツと自室で話をしていた。
「…で、これからアタシたちも興行というものを始めようかと思いましてね」
「え? それじゃ、ドラグナーの装備品は?」
「もちろん扱いますよ。アタシもそっちが本業です」
「ですよね。ああ、びっくりした。それにしても、いきなりどうしたんですか?」
「情報…。もっと正確で全体をつかめる情報は必要じゃ、ありませんかな?」
「…そりゃ、必要ですよ。俺自身もっとこの世界のことを知る必要もあるし、この国がどういう国であるかを知るためにも…」
「…ですよね」
ヌッツはニヤリと笑みをこぼしながら、続けた。
「行方不明のアルクの旦那ンとこのリーヴァ嬢、見つかるかもしれません」
「…何か手がかりが見つかったんですか?」
「まだです。ですが、興行をすることによって上流階級の方々からの情報も得られる可能性が出てきました」
「可能性… ですか?」
「ですから、興行に関しちゃこのアタシの片腕に任せようと思います」
「ですが、ゼロから立ち上げるともなれば、…大変な世界ですよ?」
「はい。今回の慰問興行である程度筋道を付けました。あとはコイツがどう料理するかにかかってるんでさ」
ヌッツは部屋の外に声をかけた。一見、目立たなさそうな30代くらいの男性が現れた。
「…フレンドリッヒャー=プロデュセンです。フレディとお呼びください」
大きな手が、握手を求めてきた。俺は思わず、その手を握る。
「フレディさん… ですね。よろしくお願いします」
「ああ、それから。もう一人、会わせたい人物がいるんだが。今大丈夫かね?」
「もちろん。で、その方は?」
「ああ、メイーダ。待たせたね」
部屋の外から、一人の女声が現れた。癖の強いブラウンの髪をポニーテールでまとめている。ポロシャツにジーンズという出で立ちは、爽やかで快活そうな雰囲気を持っていた。俺よりも。少し上…かな? 一体何をしている人なんだろう?
「メイーダ=アストネイガーです。あなたが噂で聞いていたライヴさんですね。よろしくお願いします」
「よ、よろしく… で、この女性は…」
「以前言ってたじゃないですか。整備士がほしいって」
「ええ!? こんな若くて可愛い人が整備士なんですか?」
「可愛いは嬉しいけれど、若いは余計だわ。ライヴくん?」
「いや、流石に命を預けるドラグナーの整備士には…」
メイーダは人差し指で俺を制すると、くるっと振り返って言葉を紡いだ。
「ねぇ、聞いていい?」
「は、はい…」
「キミは私が女だから不安なの? それとも、若いから?」
「…どちらかっていうと、両方です」
「そうね、当然だわ。ん…、いいドラグナー乗りの第一条件を教えて」
「俺にはよくわからないけれど…」
「経験?」
「いや、インスピレーション。直感ですね」
「良かった、経験だなんて言われなくって」
メイーダは瞳を輝かせながら、続けた。
「女をやめるわけにはいかないけれど、…やらせてくれない?」
「え… だって」
「私、12の時にはドラグナーの整備士をやっていたわ。マナもその制御法も誰にも引けを取らない自信があるの」
「アタシの目に狂いはないさね。いい整備士さんですよ、この娘は」
ヌッツが横目でニンマリと笑みをこぼす。
「早速あなたのドラグナーを見せてもらったわ。凄い性能ね。こんな過激なセッティングで、よく戦えるわね」
「あくまで俺専用にセッティングされていますからね。スピードが乗れば、粘りのある立ち回りをしてくれる、最高のドラグナーです」
「私の手にかかれば、さらに15%は性能を引き出してみせるわよ?」
「そう簡単には行かないでしょう?」
「任せて。あなたのドラグナーの声が聞えるの。もっと動けるよって」
「…わかりました。一回だけお任せしましょう。ただし、変なチューニングしたら…」
「ありがとう! 一生懸命やるわ! それじゃ、早速取り掛かるわね。乗艦の手続きはヌッツさんに任せてあるし、年間の契約料も既に受け取り済み。年俸が300Rigだなんて、破格よね! 私、ドキドキしてるの」
「…ヌッツさん、俺には月300って聞いてましたけど…」
「え? あ、ああ、それ、間違い。アタシの勘違いですよ。すぐに訂正します」
「とにかく私の部屋もあるんでしょ、このアジ・ダハーカに! …楽しみだわ! どんなスタッフさんと出会えるのかしら」
「なんだか、楽しそうですね」
「ええ、愉しいわ。だって今を生きてるって感じがするじゃない」
「今を… 生きる?」
「そう。こういう仕事をやっているとね、主が突然戦死なんてことが結構あるのよ。それが、日常茶飯事。もちろん、ドラグナー付きの整備士ともなれば、私自身にも危険が及ぶわ。だからね、愉しむことにしてるの。一瞬一瞬を、精一杯に」
「…確かに、そうですね。まずは俺のレクルートをいじってみてください。まだ破損箇所もあります。そこの修繕も込みで、まずはお願いしましょう」
「了解です。可愛いマスター!」
◇ ◇ ◇ ◇
それから3時間。メイーダが俺の部屋にやってきた。
「終わらせたわよ」
「え? …えらく早いじゃないか。メイーダさん、本当に終わったの?」
「ええ、ちゃんと。まずは乗ってみてもらうのが一番だと思うの。いかがかしら?」
「…了解。じゃ、今から準備するよ。デッキで待ってて」
「わかった。じゃ、待ってるわね」
俺は急いで準備をした。そしてデッキにへと足を運ぶと、既にレクルート・ファハンが夕日を浴びて輝いていた。
俺は厳かにレクルートの元へと足を運ぶ。そしてキャノピーに足をかけ、コクピットに体を滑り込ませた。全てのセンサーを体に取り付け、キャノピーを閉じる。俺は大きく深呼吸をして、静かに瞳を閉じた。レクルートのカメラと俺の視覚神経とがシンクロする。
俺は静かに立ち上がった。そしてカタパルトに足をかけ、身構える。
「メイーダさん、何か俺が聞いておくことは?」
「更に過激なチューニングにしてあるわ。ついてこれるかは、あなた次第よ」
「了… 解!」
「レクルート・ファハン。ライヴ、出るぞ!」
前方から今まで以上のGを感じる。そして、離陸! ブースターを思い切りかけて、上昇! …うん、これは… なかなかピーキーなセッティングじゃないか。
『-もう一度、ブースターを吹かせるよ!-』
「了解!」
俺は自由落下モードに入ったレクルートのブースターを、更に拭き上げた。急速上昇! これは… 殆ど飛んでるのと変わらないんじゃないか!? 俺はスタビライザーのスラスター圧を調節して、スラローム飛行を試してみる。
この運動性能は… 実にキレがある!?
慣れるのに時間がかかりそうだ。だが、決して悪くない。落下時に逆噴射、それすら強いGとの戦いだった。三度、ジャンプ! 俺は大剣をスラリと抜いて、空中で振り回してみる。普通ならバランスを崩してしまうところなのだが… 微妙に重心が変化して、思うように振り回すことができる。これはひとつのエポックメイキングだった!
地面に降りる。ダッシュローラーで一気に間合いを詰める。ときには直線で。ときにはスラロームで。ときには回り込んで。そのいずれにも問題はなかった。むしろ、俺のほうがついていくのに精一杯だった。これで性能15%増しだって? 冗談はよして欲しい。俺は一通り稼働させると、アジ・ダハーカのデッキまでジャンプ!、そして着地した。
俺はキャノピーを空け、コクピットから抜け出した。レクルートから降りると、俺はツカツカと件のメイーダの元へと足を運んだ。俺の表情は硬かった。それを見て、メイーダは肩を落としてみせた。
「…ちょっと過激すぎたみたいね。旗から見ているぶんには、そうでもなかったけれど」
「すげぇよ」
「え?」
「このセッティング、気に入った。契約しよう。なに、俺がコイツに慣れればいいだけだ。すぐにモノにしてみせるさ」
「…じゃ」
「ああ。採用だ」
「やった! 本当は嫌われるんじゃないかって思いながら、ヒヤヒヤしながらセッティングしてたんだ」
「それで… アレなのか?」
「そう。あれでも抑えてあるのよ」
「じゃ、安心して思い切りセッティングして欲しい。…頼めますか?」
「了解! 手加減はしないから、覚悟してよね!」
こうして、俺の味方としてメイーダ=アストネイガーが加わった。これから戦況はもっと厳しくなる。少しでも生存率を上げる度量もしなきゃな。俺は彼女が発した言葉”今を生きる”ことについて、思いを巡らしていた。
(概算協力:株式会社イベント21様、ご協力本当にありがとうございました!)
…と言えば聞こえはいいが、要は予算と工期の問題でこのようになったのである。
「なぁに。箱物なんて、場所と工期と予算さえ決まれば、後はどうにでもなるもんでさ」
とヌッツは言う。そのヌッツが差し出してきた請求書の内訳は…
建材費 …22Leh
運賃 …04Leh
設置・撤去費 …07Leh
クレーン費 …03Leh
諸経費(内備品費込)…14Leh
合計 …50Leh(業者:ヴァランスタルトン21)
つまり、1/2Rigかかる計算。
もちろん、音の増幅器(アンプ・スピーカー)や映像投射機も含まれての数字だ。これを安いと取るか高いと取るかは、詳しい人に聞いてくれ。ただ下請けとなったヴァランスタルトン21という業者はかなり勉強してくれたようだ。次回も何か演るとしたらここを使おうと思う。こういう時の判断基準はやっぱ、誠実さだよな!
後は、衣装やら楽器やらの手配と… 演者の調子次第。
◇ ◇ ◇ ◇
「クーリッヒ=ウー=ヴァンの物語を覚えているものは幸せである。心穏やかであろうから。だからこそ、伝えよう。連綿と受け継がれてきた、英雄たちの物語を。皆さん、こんばんは。クーリッヒ=ウー=ヴァンの世界へようこそ。私が当番組のナビゲーターを努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?
さて。戦場における”慰問”について、皆さんはどれくらいの方がご存知でしょうか? 今も世界の各地で、紛争や争いが起きています。そういった地方へ国際統一連合(IUU)からの平和維持活動部隊が派遣されていますね。そう、今もそういった部隊へ慰問団が派遣されているのです。
では、この制度はいつから始まったことでしょうか? 第一次欧州大戦? それとも、第二次中部国家連合大戦から? いいえ、何れも答えはFeh(NO)です。どの答えも間違っているのです。では世界初の慰問団派遣はいつの時代だったのでしょう…?」
「私は今、ダズアルト城塞都市遺跡の第25号遺跡に来ています」
そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「別名、グロスアーティヴ・テアータルとも呼ばれる有名な遺跡ですね。この劇場はクーリッヒ=ウー=ヴァンの時代に由来すると言われています。史書:ゲシュヒテにはこのように書かれています。
『ライヴ=オフウェイは全財産をはたいて、傷ついた人々への奉仕に努めた。その中でも民草を喜ばせたのが、兵士たちによる慰問だった…』
つまり、慰問という言葉がはじめて歴史上に現れたのが、何千年も昔の世界だったのです」
「ですが、実際にはかなり苦心したようです」
と語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「ここにロースムント商会という業者の伝票があります。いずれもアーサーハイヴから発掘されたバンバスの書簡で、この伝票の走り書きから事業主に何度も値段の交渉を行っていた事がわかってきました。はたして、これが同時代のものと判定していいものかどうか。放射性炭素年代測定法による判定では±400年の誤差がどうしても生じます。ドンピシャではないのです。ですが、もし。これが該当時代のものであったとするならば、ライヴ=オフウェイ少年や彼を取り巻く人々の息遣いが、まるで聞こえてきそうではありませんか」
◇ ◇ ◇ ◇
クーニフ歴37年4月7日。いよいよ本番である。まだ身体に包帯を巻いてはいるものの、スタッフは至って元気そのもの。演者の士気は絶好調だった。兵士たちから有志を募り、僅か一週間の練習期間しかなかったとは言え皆素晴らしい出来栄えだった。中には死別した者を思い出し、或いは滅んでしまった郷土を偲んで涙を流す者もいた。
そしていよいよ、我らがブラウ=レジスタルスの出番である。
儚げなフルートゥという横笛の音色が流れ、白拍子の舞が始まる。それは静かに、そして時には艶やかに繰り広げられた。やがてそのフルートゥの音色にトローメルという太鼓が割り込んでくる。それは徐々に激しくなってゆき、俺様登場! 激しい剣舞を披露した。そこへ白拍子が加わり、ひとつのストーリーを成した。恋しい人を想う舞と戦場でただ生き残り愛しいものと再開することだけを願う者の物語だった。気がつくと、クルッグベースという古典的なベース楽器が加わってきていた。ベース音はメロディとリズムを刻み、舞もまた激しいものとなっていく。そしてブルースハーフェというハーモニカのような楽器が加わった。目まぐるしく激しく踊るメロディ。しかし、謎の統一感で纏まっている。まるで混成楽器によるジャズのメロディに乗せて舞を舞っているような不思議な空間がそこに生まれた。
ソロパートでは誰もが喝采を浴びた。歓声を浴びた。様々な感情を浴びた。とても気持ちいい!
が、何にでも終わりはあるもの。このGIGも遂にラストを迎えた。
…ジャン!
こうして、俺達のステージは終わった。約5分17秒…その凝縮されたステージで、俺達は全てを出し尽くした。
拍手喝采! アンコールの波、そして、指笛のコール…。
…成功だった! サイコーだった!
この多少過激とも思える慰問会は、日没とともに無事に終えることができた。燃え尽きた。…真っ白に… 燃え尽きたぜ…。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後。俺はアジ・ダハーカにふらりと現れたヌッツと自室で話をしていた。
「…で、これからアタシたちも興行というものを始めようかと思いましてね」
「え? それじゃ、ドラグナーの装備品は?」
「もちろん扱いますよ。アタシもそっちが本業です」
「ですよね。ああ、びっくりした。それにしても、いきなりどうしたんですか?」
「情報…。もっと正確で全体をつかめる情報は必要じゃ、ありませんかな?」
「…そりゃ、必要ですよ。俺自身もっとこの世界のことを知る必要もあるし、この国がどういう国であるかを知るためにも…」
「…ですよね」
ヌッツはニヤリと笑みをこぼしながら、続けた。
「行方不明のアルクの旦那ンとこのリーヴァ嬢、見つかるかもしれません」
「…何か手がかりが見つかったんですか?」
「まだです。ですが、興行をすることによって上流階級の方々からの情報も得られる可能性が出てきました」
「可能性… ですか?」
「ですから、興行に関しちゃこのアタシの片腕に任せようと思います」
「ですが、ゼロから立ち上げるともなれば、…大変な世界ですよ?」
「はい。今回の慰問興行である程度筋道を付けました。あとはコイツがどう料理するかにかかってるんでさ」
ヌッツは部屋の外に声をかけた。一見、目立たなさそうな30代くらいの男性が現れた。
「…フレンドリッヒャー=プロデュセンです。フレディとお呼びください」
大きな手が、握手を求めてきた。俺は思わず、その手を握る。
「フレディさん… ですね。よろしくお願いします」
「ああ、それから。もう一人、会わせたい人物がいるんだが。今大丈夫かね?」
「もちろん。で、その方は?」
「ああ、メイーダ。待たせたね」
部屋の外から、一人の女声が現れた。癖の強いブラウンの髪をポニーテールでまとめている。ポロシャツにジーンズという出で立ちは、爽やかで快活そうな雰囲気を持っていた。俺よりも。少し上…かな? 一体何をしている人なんだろう?
「メイーダ=アストネイガーです。あなたが噂で聞いていたライヴさんですね。よろしくお願いします」
「よ、よろしく… で、この女性は…」
「以前言ってたじゃないですか。整備士がほしいって」
「ええ!? こんな若くて可愛い人が整備士なんですか?」
「可愛いは嬉しいけれど、若いは余計だわ。ライヴくん?」
「いや、流石に命を預けるドラグナーの整備士には…」
メイーダは人差し指で俺を制すると、くるっと振り返って言葉を紡いだ。
「ねぇ、聞いていい?」
「は、はい…」
「キミは私が女だから不安なの? それとも、若いから?」
「…どちらかっていうと、両方です」
「そうね、当然だわ。ん…、いいドラグナー乗りの第一条件を教えて」
「俺にはよくわからないけれど…」
「経験?」
「いや、インスピレーション。直感ですね」
「良かった、経験だなんて言われなくって」
メイーダは瞳を輝かせながら、続けた。
「女をやめるわけにはいかないけれど、…やらせてくれない?」
「え… だって」
「私、12の時にはドラグナーの整備士をやっていたわ。マナもその制御法も誰にも引けを取らない自信があるの」
「アタシの目に狂いはないさね。いい整備士さんですよ、この娘は」
ヌッツが横目でニンマリと笑みをこぼす。
「早速あなたのドラグナーを見せてもらったわ。凄い性能ね。こんな過激なセッティングで、よく戦えるわね」
「あくまで俺専用にセッティングされていますからね。スピードが乗れば、粘りのある立ち回りをしてくれる、最高のドラグナーです」
「私の手にかかれば、さらに15%は性能を引き出してみせるわよ?」
「そう簡単には行かないでしょう?」
「任せて。あなたのドラグナーの声が聞えるの。もっと動けるよって」
「…わかりました。一回だけお任せしましょう。ただし、変なチューニングしたら…」
「ありがとう! 一生懸命やるわ! それじゃ、早速取り掛かるわね。乗艦の手続きはヌッツさんに任せてあるし、年間の契約料も既に受け取り済み。年俸が300Rigだなんて、破格よね! 私、ドキドキしてるの」
「…ヌッツさん、俺には月300って聞いてましたけど…」
「え? あ、ああ、それ、間違い。アタシの勘違いですよ。すぐに訂正します」
「とにかく私の部屋もあるんでしょ、このアジ・ダハーカに! …楽しみだわ! どんなスタッフさんと出会えるのかしら」
「なんだか、楽しそうですね」
「ええ、愉しいわ。だって今を生きてるって感じがするじゃない」
「今を… 生きる?」
「そう。こういう仕事をやっているとね、主が突然戦死なんてことが結構あるのよ。それが、日常茶飯事。もちろん、ドラグナー付きの整備士ともなれば、私自身にも危険が及ぶわ。だからね、愉しむことにしてるの。一瞬一瞬を、精一杯に」
「…確かに、そうですね。まずは俺のレクルートをいじってみてください。まだ破損箇所もあります。そこの修繕も込みで、まずはお願いしましょう」
「了解です。可愛いマスター!」
◇ ◇ ◇ ◇
それから3時間。メイーダが俺の部屋にやってきた。
「終わらせたわよ」
「え? …えらく早いじゃないか。メイーダさん、本当に終わったの?」
「ええ、ちゃんと。まずは乗ってみてもらうのが一番だと思うの。いかがかしら?」
「…了解。じゃ、今から準備するよ。デッキで待ってて」
「わかった。じゃ、待ってるわね」
俺は急いで準備をした。そしてデッキにへと足を運ぶと、既にレクルート・ファハンが夕日を浴びて輝いていた。
俺は厳かにレクルートの元へと足を運ぶ。そしてキャノピーに足をかけ、コクピットに体を滑り込ませた。全てのセンサーを体に取り付け、キャノピーを閉じる。俺は大きく深呼吸をして、静かに瞳を閉じた。レクルートのカメラと俺の視覚神経とがシンクロする。
俺は静かに立ち上がった。そしてカタパルトに足をかけ、身構える。
「メイーダさん、何か俺が聞いておくことは?」
「更に過激なチューニングにしてあるわ。ついてこれるかは、あなた次第よ」
「了… 解!」
「レクルート・ファハン。ライヴ、出るぞ!」
前方から今まで以上のGを感じる。そして、離陸! ブースターを思い切りかけて、上昇! …うん、これは… なかなかピーキーなセッティングじゃないか。
『-もう一度、ブースターを吹かせるよ!-』
「了解!」
俺は自由落下モードに入ったレクルートのブースターを、更に拭き上げた。急速上昇! これは… 殆ど飛んでるのと変わらないんじゃないか!? 俺はスタビライザーのスラスター圧を調節して、スラローム飛行を試してみる。
この運動性能は… 実にキレがある!?
慣れるのに時間がかかりそうだ。だが、決して悪くない。落下時に逆噴射、それすら強いGとの戦いだった。三度、ジャンプ! 俺は大剣をスラリと抜いて、空中で振り回してみる。普通ならバランスを崩してしまうところなのだが… 微妙に重心が変化して、思うように振り回すことができる。これはひとつのエポックメイキングだった!
地面に降りる。ダッシュローラーで一気に間合いを詰める。ときには直線で。ときにはスラロームで。ときには回り込んで。そのいずれにも問題はなかった。むしろ、俺のほうがついていくのに精一杯だった。これで性能15%増しだって? 冗談はよして欲しい。俺は一通り稼働させると、アジ・ダハーカのデッキまでジャンプ!、そして着地した。
俺はキャノピーを空け、コクピットから抜け出した。レクルートから降りると、俺はツカツカと件のメイーダの元へと足を運んだ。俺の表情は硬かった。それを見て、メイーダは肩を落としてみせた。
「…ちょっと過激すぎたみたいね。旗から見ているぶんには、そうでもなかったけれど」
「すげぇよ」
「え?」
「このセッティング、気に入った。契約しよう。なに、俺がコイツに慣れればいいだけだ。すぐにモノにしてみせるさ」
「…じゃ」
「ああ。採用だ」
「やった! 本当は嫌われるんじゃないかって思いながら、ヒヤヒヤしながらセッティングしてたんだ」
「それで… アレなのか?」
「そう。あれでも抑えてあるのよ」
「じゃ、安心して思い切りセッティングして欲しい。…頼めますか?」
「了解! 手加減はしないから、覚悟してよね!」
こうして、俺の味方としてメイーダ=アストネイガーが加わった。これから戦況はもっと厳しくなる。少しでも生存率を上げる度量もしなきゃな。俺は彼女が発した言葉”今を生きる”ことについて、思いを巡らしていた。
(概算協力:株式会社イベント21様、ご協力本当にありがとうございました!)
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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