蒼き炎の神鋼機兵(ドラグナー)2nd Season

しかのこうへい

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第二章

その男、クルーガー-01

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「へぇぇ…、これでよくもまぁ…」
正午過ぎのアジ・ダハーカのカーゴにて。車椅子に座らされた俺の眼の前には、頭部からコクピットにかけて、グシャッと醜く潰されたレクルートの姿があった。正直言って、この様なレクルートの姿を見ると、生きた心地がしない。よくぞまぁ、無事に生きて帰れたものだ。視線を外すと、輸送艇ルフト・トランスポータ、フリンスターフ号のカーゴの前で、ドラグナーの整備班長であるメイーダ=アストネイガーがヌッツと話し込んでいる。俺は車椅子の車輪に手をかけ、メイーダ達のもとへと向かった。

「ライヴさん、ちょっと聞いてくださいよ」
俺の姿を見るや否や、ヌッツが駆け寄ってきた。
「ああ、この度はとんだ災難でご愁傷様です。いやね、ライヴさんのレクルートなんですが、各可動域の破損だけでしたらパーツもあるんですがね」
「可動領域以外の破損があると?」
「そうなんですよ。あなたが乗るようになってからでしょうかね、人工筋肉ムスケルの疲労がひどくなってましてね。交換が必要になってきたんですよ」
「え? でもドラグナーの修理ってば、基本、乗り手や整備士の生命力吸って自己修復するんじゃ…」
「ところが、そうもいかない場合もあるんですよ。その材質そのものの品質は落ちていく一方なんです」
メイーダが戸惑いがちに会話に加わった。

「メイーダさん?」
「よっぽどの生命力の供給があったとしても、部品そのものの材質疲労は防げないんです。艦長の…」
「せ・ん・ちょ・う!」
「ああ、スミマセン。船長のレクルートなんですが、ヌッツさんが言う通り破損が酷くって、必要部品を交換すべきかどうか悩んでまして…」
「…そんなに酷いの?」
俺の質問を待ってましたとばかりに、ヌッツが割り込んできた。
「コクピットの神鋼石の結晶体もヒビが入ってますし、これなら新しい騎体を導入した方が安く上がりますよ?」

俺はメイーダを見上げた。メイーダも両手をあげている。
「でも、ベース騎はファハンなんだし、アジ・ダハーカにも流用できるパーツが…」
「…ないんです」
メイーダが俺の言葉を遮った。
「なんで?」
「いつもなら、破損箇所だけを修理・交換すればいいのですが、ここまで全身にガタが来ると…」
「全身… あ…」
そう言えば、俺には思い当たることがあった。先日の戦闘時、あの片腕野郎シアルルの巨大な手がレクルートに触れた時の、微細振動によるダメージが…。あの時は、一気にアラートを告げる音で煩かったっけか。
「シアルルの右腕…、微細振動、なのかな?」
「おそらくは。それと、あなたが最後に受けたダメージが決定的でした」
「ああ、白刃取りの後に受けたっていう…。それで、このザマか」
俺はレクルートを見上げながら、ため息混じりに言い放った。

「こちらにある予備のファハンは既にパーツ取りで稼動状態にはありません。鹵獲した二騎のファハンもパーツを抜かれてただの人形同然。そこで、商談なのですが…」
「ヌッツさん、早い早い。気が早すぎるよ。ね、メイーダさん?」
「残念ながら…」
メイーダもまた、首を横に振った。
「そこで、我がロースムント商会の出番なんでさ!」

◇     ◇     ◇     ◇

「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。私が当番組のナビゲーターを努めますブレンドフィア=メンションです。ご機嫌はいかがですか?

さて。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界…、特に帝国では、比較的おとなし動きを見せていた東部戦線と、激しく国境線を争っていた西部戦線とに別れていました。ライヴ少年を排出したグリーティスタン地方は東部戦線に当たります。では当時、一体どのようなことが行われていたのでしょうか?」

史記”ゲシュヒテ”は語る。クーニフ歴37年7月期頃の勢力図によると、グロウサー帝国は西へと駒を進めていた時期に当たる、と。既にウエストリヒ・デコラチオ・ファラクターハント・ズーダンの4国を手中に収めていた帝国は、更に西… オフンアスティス・エインマンスター・パラディスへと派兵していた。

「そうなのです。皇帝であるクーニフは次々と条約を破り、派兵し、併合していきました。体制浄化の始まりです。また、中央に行くほどコムニス主義を推進し、反対する者をことごとく弾誓していった時期でもあります」

そう語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。

「コムニス主義を一言で語るならば、その本質は共産的独裁恐怖政治であります。また民族の浄化も行われていたと、ウースタンド・ランデゼル・アンヌメアそれぞれの土地から発掘されたオベリスクから読み取れました。捉えられた人々はラァガーと呼ばれる収容所に閉じ込められ、新兵器開発の哀れな被害者として順次処刑されていったと刻まれているのです」

「コムニス主義はその実、平等を謳い上げながら、一種の見えざるヒエラルキーを構成していました。人々は搾取され、更に迫害されました。コムニスの構成員になるしか、当時の人々の安寧は得られなかったのです」

そう語るのは、ミンダーハイト=ギリアートン教授だ。

「帝国はそれまでの組織運営を捨て、コムニス主義を取り入れました。ここには、ある一人の僧侶が関わっていたと言われています。彼…ムンヒと呼ばれたその人物については後日に譲るとして、巨大大陸パノティアを征服すべく、新たな制度を設けたのです。クーニフ歴35年、帝都インゲルハイムで行われた歴史初の平和とスポーツのの祭典:オリンピスヒーラー。帝国の敵国であるウィクサー首長国からも参加者がやって来たとあります。その翌年、一体誰が帝国の侵略戦争に巻き込まれると考えたでしょう!」

◇     ◇     ◇     ◇

ヴィストーデ砂漠を挟んでウィクサー首長国との国境の西に位置するナフバシュタート州。その州都、オリエンアリエッシュは水の都としても有名だ。だが、州都は今までにない喧騒の中にあった。ヴィストーデ砂漠にある帝国側の城塞都市、ズリーヴィン。その要衝であるグレンツェ砦へ、ウィクサー首長国側から宣戦布告が遂になされたのである。そう、この地方にも戦争の気運が高まってきていた。

州都オリエンアリエッシュとズリーヴィンに挟まれた、帝国内でも最大を誇る神殿のある都市デールタ。とある船着き場にほど近い公園内に、小さなベンチがあった。大きな噴水の近くにあるそのベンチには、黒いマント姿の男が一人、何をするでもなくただ座っていた。

少女が通りかかった。その赤いフードからは、三つ編みに編まれた美しい亜麻色の髪が溢れている。だが、その表情まではフードに隠れて読み取ることができない。

「戦争が近付いてきているようですね」
男はボソッと、誰に言うともなく呟いた。
「そのようね」
ベンチの前を通りかかった一人の少女が無表情に、静かにその言葉に答えた。少女の形の良い艶やかな唇が小さく動いた。
「でも今の私には、全く関係のない出来事だわ」
「いや、失礼。随分と出で立ちがお代わりになられたものですから、つい、言葉をかけてしまいました」
男は顔を上げた。痩せこけた頬に丸いサングラス。その口元に、薄ら笑みが宿った。

「…うふふ…」
少女は鈴を転がしたような声でクスリ、と笑った。そして、その声のまま続けた。
「…構わぬよ、クーリア。儂もまさかこのような事になるとは思わなんだ」
少女がその瞳を見開いた!
木々に止まった鳥が、一斉に飛び立った。男の口元がニヤリ、と歪む。

「その覇気… 間違いなく貴方様と確認しました」
「ダス・ヴェスタで会ってきたよ。ライヴ=オフウェイの小僧にな。貴重な儂のコピーシアルルが、ああも見事にやられたわ。わっぱも随分と強くなった…」
「…そのお姿という事は、神殿へは行かれたので?」
男はうやうやしく言葉を紡ぐ。
「ああ、この体を完璧に儂のものとするのに、デールタの神殿は必須」
「…確かに。天座の巫女であれば、あるいは…」
「だから今の儂があるのよ」
「…御意」」
「で、仕損じた儂の獲物オモチャは何処へ行った?」
「…オースティン砦のブルフント=ヴィジッター公が、ロータ・メティオ隊のエッセン=ハンプトフィンガーを雇傭したと聞き及んでおります」
「ブルフント… ヴィジッター家の成り上がりか…」
少女の瞳が遠くを見つめた。
「…おそらくは。ファルクニューガン城に匿っているかと」
「確かに、彼奴は儂を快く思うてはおらなんだ。小僧の頃から、あからさまに儂に敵意を剥き出しにしておったな…」
「そう、聞いております」
「…類は類を…か。面白いものよのう…」

◇     ◇     ◇     ◇

「…これが、新しい騎体…?」
ロースムント商会が擁するルフト・トランスポータ:フリンスターフ号のカーゴの中で、俺はそのゴミクズ同然のパーツの塊をながめていた。外装パーツの感じからすると、コレは今までに見たどの機体とも異なるフォルムと思われる。呆気にとられている俺を無視して、揉み手をしながら、ヌッツが恭しげに俺に話しかけてきた。

「いやね。あたしもあちこちで商いをしておりますと、いろんな騎体を手に入れることもあるのですよ。中でもコレは帝国軍の西部戦線で活躍している騎体でして、隊長クラスのある方が乗っていたものです。皆さんは帝国軍のヴォスティン=ヴォルフ大尉をご存知で?」
「…誰、それ?」
思わず俺はメイーダに話を振っていた。
「西部戦線の砂漠の狼と怖れられている人物ですよ」
「…ナルホド。で、その誉れ高き人物が使っていたものだと?」

「いえいえ、その大尉殿が落とした敵兵の将官が乗っていたものです」
俺は思わずズッコケてしまった。
「…つまり、これも鹵獲品だと?」
「左様で。ナリはこのような形で持ち込んでおりますが、その性能はスタンダードでも一級品! ランダーよりも若干力量は劣りますが、機動性においてはランダーであるファハン等とは比較になりません。スカイアウフでも、マリーネでもないドラグナー。ヴォンダーと呼ばれる、珍しいタイプのドラグナーです。ローン殿が乗用なされているダイティーヤと同じヴォンダータイプなのです。そろそろライヴさんもこれ位の騎体をお持ちになってはいかがかと思いましてね」
「ちなみに、その騎体の正式名称は?」
「敵さんも呼称は同じでして」
「…勿体ぶるね」
「…ギーヴル。そう呼ばれております」
「で、組み上がるのはいつごろ?」
「ライヴさんの完治には間に合うかと」
「メイーダさん、整備の方は大丈夫そう?」
「幸い同型機はもう2騎分、パーツがあるようです」
俺は思案していた。現状ではファハンのパーツが手に入る確率のほうが高い。とは言え、現状として修理用のパーツが無いのでは出撃できない。ここが決めどきか…。

「うん、決めた。俺のレクルート・ファハンはパーツ間に合い次第復活させる。それまでの代替騎として、そのギーヴルとやらを使うことにしよう」
「毎度あり~」
「船長…」
「仕方ないよ。メイーダさん。主計のアースター=ブーハイターさんには、俺の貯金から支払うように言っておいて」
俺はヌッツから書類を受け取ると、サインをしてメイーダに渡した。
「分かりました」
メイーダは肩をすくめて書類を受け取ってくれた。
「…コイツもどうせ、乗り手の能力によって姿形を変えるんでしょ?」
俺はメイーダとヌッツの二人の顔を覗き込んだ。ヌッツは調子よく答えた。
「勿論! ドラグナーとはそういうもんでさ」

こうして、俺は図らずも新しい騎体を手に入れることになった。後は、コイツと相性が合えばいいんだけどね。そう思いながら、俺は山のようなパーツの塊を眺めていた。
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