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第一章
マーダーの影-08
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見知らぬ天井… 目覚めた俺の目に入ってきたのは、まずそれだった。
「痛ッ!?」
身体を起こすと、全身を襲う激痛。俺は訳も分からず周囲を見渡す。
まるでどこかの研究室か病室のような真っ白の部屋。ペンキの上から木目までハッキリと見える天井。やや首を下に傾けると、そこから香ってくる水の匂い。そういや、雨は止んだのか? …いや、戦闘時の土砂降りが継続しているわけではないようだ。
それにしても。
なんだ、ここは? 俺の知っている、アジ・ダハーカのどの部屋でもない。
…慌てるな、ここは記憶を整理して…。
俺達はダス・ヴェスタ攻略戦において、中央突破をかけて、それから、それから…。
「…オフツィーア・ベクツェ…」
俺は、思い出したように呟いていた。
あの凶暴な腕から、光のツメが…。思わず瞳孔が開いていく。
「…主様!」
聞き覚えのある澄んだ声が部屋中に響き渡った。
「皆さん、主様が目覚めましてよ!!」
涙声。
「ほ、本当か!?」
廊下から慌てるようなフラウの声。
「ライヴ君!!」
パタパタとこの部屋に向かって駆け寄ってくるシェスターの足音。あんまり慌てると、
ほら、転んだ。
俺はクスリと笑うと、副長… エッセン大尉の姿を探した。
◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。私が当番組の司会進行を努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
さて、ダス・ヴェスタの戦いも終盤となりました。巨大な右腕を持つバケモノ”シアルル”を相手に奮闘したライヴ少年でしたが、惜しくも戦線から脱落、撤退することになりました。この事実は彼の数少ない負け戦のひとつであり、手痛い教訓となった模様です。では、ここまで無敗を誇っていたライヴ少年を敗退させたのは一体誰だったのでしょう。ここに、ひとつの疑問が残ります。オベリスクの碑文には以下のように書いてありました。
『レプリカツィオン=ノマトハイ、それは人ではなかった。意識を持った、何かだった。誰もがその姿に恐怖し、慄いた。何故なら…』
そこから先がわからないのです。相次ぐ内戦の為にこの一帯のオベリスクはひどく損傷しており、ごっそりと剥ぎ取られてしまっているのです…」
では、最先端の科学的見地からはどうなのだろう?
「碑文の破損した箇所にレーザーを当て、オベリスクに残された僅かな歪みを読み取る試みが実地されています」
そのように語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「未だ完璧ではないにせよ、この方法で随分な数の文字が判別できるようになりました。後は既に分かっている文字列と比較し、当てはめていく方法で様々なことが分かってきました。例えば、前述のレプリカツィオンについての記述ですが、破損箇所の部分…『何故なら』からの数行が、この方法である程度解読することができました。それは全体からすれば僅かな行数ではありますが、とても意義のある発見となりました。では、レプリカツィオンとは一体何だったのでしょう? その部分を解読すると、以下の驚くべき文章が現れてきました。
『何故なら、それは人の形を成していない、巨大な胎児を思わせる肉塊に過ぎなかった』
これが答えです。あまり想像したくはありませんが、人間のなりそこない、いわばミュータントのようなものであったと考えられるのです」
レプリカツィオン…。それはまるで、中世の魔術史におけるホムンクルスに通じるものがある。しかし、現代科学においてホムンクルスの存在は否定されており、また倫理上その開発は禁忌とされている。
「しかし、レプリカツィオンは確かに、そこにいたのです」
そう力強く語るのはミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この世界において最強を誇る戦闘兵器・ドラグナーには、決定的な欠点がありました。それは、一部の限られた人間にしか取り扱えないという事実です。それを補うのが、レプリカツィオン・システムであると考えています。優秀な人物のDNAを元に設計されたミュータントが量産されれば、少なくとも本人と同レベルの戦士が誕生するわけです。文句も意義も唱えない完璧な戦士…。一見、滑稽と思われるかもしれませんが、現代においては理論上、レプリカツィオンの製造は確立されています。今できることが、過去の世界においてできなかったと誰が言い切れるでしょう? …そう、誰も言い切れはしないのです」
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、俺のベッドの周りには人だかりができてしまっていた。もみくちゃにされながら、俺は大尉の姿を探した。…いない。こういう時に最も的確な相談ができる人物なのだが、一体どうしたのだろう…? 体の痛みも忘れて、ゆっくりと起き上がった。
「どうやら息を吹き返したようだな」
人の波が割れて、一人の人物が俺の元へとやって来た。この顔には覚えがある。
「…ブルムント=ヴィジッター公…」
「そうだ。簡単には死にそうにないお前が担ぎ込まれてきた時には、正直驚いたわ」
「て、事は?」
「…そうだ、ここはオースティン砦。ファルクニューガン城の中だ」
「なんで? …どうして俺はここに? ファルクニューガン城にはもう入れないものとばかり…」
「エッセン=ハンプトフィンガー殿の尽力だ」
「大尉の?」
「そうだ。彼奴が取引を持ちかけてきたのよ。エッセン殿が一時儂の軍を鍛え直すという条件で、お前を含む反乱軍を城内で匿うことをな」
「では、大尉は…」
「暫く儂のもとにおるという事よ。勿論、彼奴の配下におる真紅の流星のメンバーもな」
◇ ◇ ◇ ◇
「…という訳」
フラウは一通り説明を終えると、そのまま言葉を続けた。
「確かに。あの土砂降りの中で、あなたが黒いドラグナーに襲われているところまでは私達も把握しているわ。でもそれがオフツィーア・ベクツェだったかどうかまでは確認できてない。私たちはあなたからあの黒い奴を引き剥がすのに精一杯だったもの」
「そうだよ」
シェスターが割り込んできた。
「みんなあの位置から、それぞれのポジションから、必死で弾幕張ったんだ。ボクの、…いえ、みんなの艦長の首を取られるもんかってさ。レクルート・ファハンは残念な事になっちゃったけどさ」
「そうそう、シェスターに至っては上空から体当たりをカマしてたもんな」
とは、アギルの弁。
「結果として、我が方としては初の7割という破損率を叩き出したもんな。メイーダが頭抱えてたよ。次の出撃までにどうやって足並みをそろえようかってさ」
「…そんなに、やられたのか…?」
俺はベッドから身を乗り出して、思わずアギルの首元を掴んでいた。
「心配しなくていい。人的被害は殆どないと言ってもいいのだ、主様」
「静…」
俺のアギルを掴む手が緩まるのを確認すると、ゆっくりと静が口を開いた。
「主様はあのような状況下で、よくも致命的なダメージを避けられたものだ。勿論、私達の援護も要因としてあったかもしれない。でも、それでも主様の白刃取りは見事だった。相手を引き倒せなかったのは、敵ドラグナー乗りの度量故だろう。後でレクルートと対面するといい。よくあれだけのダメージを受けてこのような軽症で済んだものだと、主様自身が感心すると思うぞ」
…そうだったのか。全く覚えていない。
「…それで、大尉は?」
「エッセン氏はお前を拾い上げた後、総員撤退を命令した。それは見事なタイミングだったぞ。んで、そのままファルクニューガン城へと舵を切った」
アギルは遠い目をした。
「聞いた話じゃ、戦うよか逃げる時の方が難しいんだってな。今回はまさに、そんな戦いだった。ロクな補給線も逃げ場もない、そんな無茶な戦いだった。それを屁とも思わないで戦いを挑む艦長もいりゃ、引き際の見事な副官もいた。いろんな意味で、いい選択したよな、俺達。ヴィジッター公を前にあれだけ見事な弁明をし、取引に持ち込むなんざ、草々にできるもんじゃない」
「で、取引の内容は?」
「さっきヴィジッター公が言ってたろう。暫く大尉とロータ・メティオ隊がご厄介になると」
「静…?」
「つまり、怪我が治癒するまでここにご厄介になる…。そういうことです」
「フラウ…」
「そうそう、ボク達がこのオースティン砦を警護するって条件付きでね!」
「シェスター…」
「…わかったかい、相棒?」
「え? …えっ?」
「もう、ニブチンなんだから! ヴィジッター公は反逆の意思を固めたの! ボク達の味方についてくれたんだよ!」
「…決めた」
俺はフラウに車椅子への移乗を手伝ってもらいながら、呟いた。
「え? 何を?」
静は戸惑いながら俺の着衣の乱れを直すと、跪いて俺の手をとった。
「今から俺は艦長を辞める。…船長だ。皆、次からはそう扱うように。…いいね?」
「ええええええええ!?」
◇ ◇ ◇ ◇
「…いいのか?」
オースティン砦の城壁の上で夕日に照らされながら。アギルは俺に聞いてきた。
「何がよ?」
「”船長”の件。お前、ローン様からこの部隊を預かってる事に引け目でも感じてきたか?」
「…そういうわけじゃないんだけどさ」
「んじゃ、何よ?」
「まだまだなんだなってさ」
「?」
「よく考えるまでもなく、人の生死を判断するだけの器じゃないんだなって。いい気になって、まるでゲームでもするかの様に采配を振るってきたけどさ。全然その自覚が無かった。今になって、そのことに気付いたのさ」
「…いいんじゃないの?」
「何が…、いいんだよ?」
「お前はお前、エッセン氏はエッセン氏。どっちもなりきることなんてできないんだからさ、お前は艦長として振る舞っていればいいんだよ」
「いや、それは… できない」
「なんでさ?」
「今度のこと。俺のために、皆が危険なことに巻き込んでしまった事についてさ。これは一種の戒めなんだ。俺の… 俺自身の不甲斐なさについての戒めだよ」
「…そんなに目を伏せるなよ、少年。お前はお前にできることをすりゃいいのさ。ローン様だって、それを望んでる。でなけりゃ、これだけの軍団をお前一人に任せたりはしない。だから…」
「……」
「…逃げんなよ」
「…そうだな」
「なら…」
「なぁ、アギル?」
「ん?」
「アジ・ダハーカ… あれが軍艦でなくなる時代、見てみたくはないか?」
「どういう… 意味だ?」
「言葉の通りだよ。それが、俺が船長を名乗る理由さ」
「さぁねぇ…。俺にゃ、なーんにも分からん!」
梅雨の合間の、つかの間の夕日がゆっくりと、沈んでいく…。
「痛ッ!?」
身体を起こすと、全身を襲う激痛。俺は訳も分からず周囲を見渡す。
まるでどこかの研究室か病室のような真っ白の部屋。ペンキの上から木目までハッキリと見える天井。やや首を下に傾けると、そこから香ってくる水の匂い。そういや、雨は止んだのか? …いや、戦闘時の土砂降りが継続しているわけではないようだ。
それにしても。
なんだ、ここは? 俺の知っている、アジ・ダハーカのどの部屋でもない。
…慌てるな、ここは記憶を整理して…。
俺達はダス・ヴェスタ攻略戦において、中央突破をかけて、それから、それから…。
「…オフツィーア・ベクツェ…」
俺は、思い出したように呟いていた。
あの凶暴な腕から、光のツメが…。思わず瞳孔が開いていく。
「…主様!」
聞き覚えのある澄んだ声が部屋中に響き渡った。
「皆さん、主様が目覚めましてよ!!」
涙声。
「ほ、本当か!?」
廊下から慌てるようなフラウの声。
「ライヴ君!!」
パタパタとこの部屋に向かって駆け寄ってくるシェスターの足音。あんまり慌てると、
ほら、転んだ。
俺はクスリと笑うと、副長… エッセン大尉の姿を探した。
◇ ◇ ◇ ◇
「皆さん、こんばんは。クーリッヒ・ウー・ヴァンの世界へようこそ。私が当番組の司会進行を努めます、ブレンドフィア=メンションです。ご機嫌いかがですか?
さて、ダス・ヴェスタの戦いも終盤となりました。巨大な右腕を持つバケモノ”シアルル”を相手に奮闘したライヴ少年でしたが、惜しくも戦線から脱落、撤退することになりました。この事実は彼の数少ない負け戦のひとつであり、手痛い教訓となった模様です。では、ここまで無敗を誇っていたライヴ少年を敗退させたのは一体誰だったのでしょう。ここに、ひとつの疑問が残ります。オベリスクの碑文には以下のように書いてありました。
『レプリカツィオン=ノマトハイ、それは人ではなかった。意識を持った、何かだった。誰もがその姿に恐怖し、慄いた。何故なら…』
そこから先がわからないのです。相次ぐ内戦の為にこの一帯のオベリスクはひどく損傷しており、ごっそりと剥ぎ取られてしまっているのです…」
では、最先端の科学的見地からはどうなのだろう?
「碑文の破損した箇所にレーザーを当て、オベリスクに残された僅かな歪みを読み取る試みが実地されています」
そのように語るのは、アンスタフト=ヒストリカ教授だ。
「未だ完璧ではないにせよ、この方法で随分な数の文字が判別できるようになりました。後は既に分かっている文字列と比較し、当てはめていく方法で様々なことが分かってきました。例えば、前述のレプリカツィオンについての記述ですが、破損箇所の部分…『何故なら』からの数行が、この方法である程度解読することができました。それは全体からすれば僅かな行数ではありますが、とても意義のある発見となりました。では、レプリカツィオンとは一体何だったのでしょう? その部分を解読すると、以下の驚くべき文章が現れてきました。
『何故なら、それは人の形を成していない、巨大な胎児を思わせる肉塊に過ぎなかった』
これが答えです。あまり想像したくはありませんが、人間のなりそこない、いわばミュータントのようなものであったと考えられるのです」
レプリカツィオン…。それはまるで、中世の魔術史におけるホムンクルスに通じるものがある。しかし、現代科学においてホムンクルスの存在は否定されており、また倫理上その開発は禁忌とされている。
「しかし、レプリカツィオンは確かに、そこにいたのです」
そう力強く語るのはミンダーハイト=ギリアートン教授だ。
「この世界において最強を誇る戦闘兵器・ドラグナーには、決定的な欠点がありました。それは、一部の限られた人間にしか取り扱えないという事実です。それを補うのが、レプリカツィオン・システムであると考えています。優秀な人物のDNAを元に設計されたミュータントが量産されれば、少なくとも本人と同レベルの戦士が誕生するわけです。文句も意義も唱えない完璧な戦士…。一見、滑稽と思われるかもしれませんが、現代においては理論上、レプリカツィオンの製造は確立されています。今できることが、過去の世界においてできなかったと誰が言い切れるでしょう? …そう、誰も言い切れはしないのです」
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、俺のベッドの周りには人だかりができてしまっていた。もみくちゃにされながら、俺は大尉の姿を探した。…いない。こういう時に最も的確な相談ができる人物なのだが、一体どうしたのだろう…? 体の痛みも忘れて、ゆっくりと起き上がった。
「どうやら息を吹き返したようだな」
人の波が割れて、一人の人物が俺の元へとやって来た。この顔には覚えがある。
「…ブルムント=ヴィジッター公…」
「そうだ。簡単には死にそうにないお前が担ぎ込まれてきた時には、正直驚いたわ」
「て、事は?」
「…そうだ、ここはオースティン砦。ファルクニューガン城の中だ」
「なんで? …どうして俺はここに? ファルクニューガン城にはもう入れないものとばかり…」
「エッセン=ハンプトフィンガー殿の尽力だ」
「大尉の?」
「そうだ。彼奴が取引を持ちかけてきたのよ。エッセン殿が一時儂の軍を鍛え直すという条件で、お前を含む反乱軍を城内で匿うことをな」
「では、大尉は…」
「暫く儂のもとにおるという事よ。勿論、彼奴の配下におる真紅の流星のメンバーもな」
◇ ◇ ◇ ◇
「…という訳」
フラウは一通り説明を終えると、そのまま言葉を続けた。
「確かに。あの土砂降りの中で、あなたが黒いドラグナーに襲われているところまでは私達も把握しているわ。でもそれがオフツィーア・ベクツェだったかどうかまでは確認できてない。私たちはあなたからあの黒い奴を引き剥がすのに精一杯だったもの」
「そうだよ」
シェスターが割り込んできた。
「みんなあの位置から、それぞれのポジションから、必死で弾幕張ったんだ。ボクの、…いえ、みんなの艦長の首を取られるもんかってさ。レクルート・ファハンは残念な事になっちゃったけどさ」
「そうそう、シェスターに至っては上空から体当たりをカマしてたもんな」
とは、アギルの弁。
「結果として、我が方としては初の7割という破損率を叩き出したもんな。メイーダが頭抱えてたよ。次の出撃までにどうやって足並みをそろえようかってさ」
「…そんなに、やられたのか…?」
俺はベッドから身を乗り出して、思わずアギルの首元を掴んでいた。
「心配しなくていい。人的被害は殆どないと言ってもいいのだ、主様」
「静…」
俺のアギルを掴む手が緩まるのを確認すると、ゆっくりと静が口を開いた。
「主様はあのような状況下で、よくも致命的なダメージを避けられたものだ。勿論、私達の援護も要因としてあったかもしれない。でも、それでも主様の白刃取りは見事だった。相手を引き倒せなかったのは、敵ドラグナー乗りの度量故だろう。後でレクルートと対面するといい。よくあれだけのダメージを受けてこのような軽症で済んだものだと、主様自身が感心すると思うぞ」
…そうだったのか。全く覚えていない。
「…それで、大尉は?」
「エッセン氏はお前を拾い上げた後、総員撤退を命令した。それは見事なタイミングだったぞ。んで、そのままファルクニューガン城へと舵を切った」
アギルは遠い目をした。
「聞いた話じゃ、戦うよか逃げる時の方が難しいんだってな。今回はまさに、そんな戦いだった。ロクな補給線も逃げ場もない、そんな無茶な戦いだった。それを屁とも思わないで戦いを挑む艦長もいりゃ、引き際の見事な副官もいた。いろんな意味で、いい選択したよな、俺達。ヴィジッター公を前にあれだけ見事な弁明をし、取引に持ち込むなんざ、草々にできるもんじゃない」
「で、取引の内容は?」
「さっきヴィジッター公が言ってたろう。暫く大尉とロータ・メティオ隊がご厄介になると」
「静…?」
「つまり、怪我が治癒するまでここにご厄介になる…。そういうことです」
「フラウ…」
「そうそう、ボク達がこのオースティン砦を警護するって条件付きでね!」
「シェスター…」
「…わかったかい、相棒?」
「え? …えっ?」
「もう、ニブチンなんだから! ヴィジッター公は反逆の意思を固めたの! ボク達の味方についてくれたんだよ!」
「…決めた」
俺はフラウに車椅子への移乗を手伝ってもらいながら、呟いた。
「え? 何を?」
静は戸惑いながら俺の着衣の乱れを直すと、跪いて俺の手をとった。
「今から俺は艦長を辞める。…船長だ。皆、次からはそう扱うように。…いいね?」
「ええええええええ!?」
◇ ◇ ◇ ◇
「…いいのか?」
オースティン砦の城壁の上で夕日に照らされながら。アギルは俺に聞いてきた。
「何がよ?」
「”船長”の件。お前、ローン様からこの部隊を預かってる事に引け目でも感じてきたか?」
「…そういうわけじゃないんだけどさ」
「んじゃ、何よ?」
「まだまだなんだなってさ」
「?」
「よく考えるまでもなく、人の生死を判断するだけの器じゃないんだなって。いい気になって、まるでゲームでもするかの様に采配を振るってきたけどさ。全然その自覚が無かった。今になって、そのことに気付いたのさ」
「…いいんじゃないの?」
「何が…、いいんだよ?」
「お前はお前、エッセン氏はエッセン氏。どっちもなりきることなんてできないんだからさ、お前は艦長として振る舞っていればいいんだよ」
「いや、それは… できない」
「なんでさ?」
「今度のこと。俺のために、皆が危険なことに巻き込んでしまった事についてさ。これは一種の戒めなんだ。俺の… 俺自身の不甲斐なさについての戒めだよ」
「…そんなに目を伏せるなよ、少年。お前はお前にできることをすりゃいいのさ。ローン様だって、それを望んでる。でなけりゃ、これだけの軍団をお前一人に任せたりはしない。だから…」
「……」
「…逃げんなよ」
「…そうだな」
「なら…」
「なぁ、アギル?」
「ん?」
「アジ・ダハーカ… あれが軍艦でなくなる時代、見てみたくはないか?」
「どういう… 意味だ?」
「言葉の通りだよ。それが、俺が船長を名乗る理由さ」
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